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2026.09.10

牛乳余りと価格の構造改革

生乳余りと価格のメカニズム

いま日本では生乳が余っている。2026年9月10日の報道でも、値上げで牛乳の消費が落ちているのに減産は進まず、余った乳の転用を支える基金は初年度から底をついた、と伝えられている。現場からは「常に余っている。このままでは廃棄も現実味を帯びる」といった声も出ている。

数字で見ると、日本の生乳生産は年730万〜740万トン。2024年度は約737万トンで、このうち北海道が約57パーセント、都府県が約43パーセントを占めている。一方、東京都内の生乳生産は年8000トン前後で、全国の0.1パーセント程度にすぎない。東京など大都市圏で日常的に飲まれている牛乳の多くは、北海道から毎日運ばれているのではなく、栃木、群馬、千葉、茨城など近県の工場から配送されている。

現在日本では、飲む牛乳の需要は減っている。2016年度から2021年度まで、牛乳など飲用向けの生乳処理量は405万〜409万トンで推移していた。それが2025年度見込みでは384万トンまで落ち、4〜5年で20万〜25万トン減っている。学校給食は牛乳消費の約1割を占めるため、夏休みや冬休みに需要が大きく減る事情もある。加えて2025年8月には飲用向け乳価の引き上げを受け、1リットルあたり平均で約10円値上がりし、店頭価格は230円台になった。2022年秋と比べると約45円高い計算である。値上げのたびに販売個数は落ちやすくなっている。

こうした状況に対して、業界や行政が説明する理由はほぼ決まっている。牛は毎日乳を出す生き物で、急に搾乳を止めると病気になる。涼しい時期ほど乳が出るのに、人が多く飲むのは夏である。学校が休みになると給食需要が消える。しかも生乳は傷みやすいので、余ったらすぐに加工するしかない——つまり、生き物の都合と季節と保存性の問題だ、という説明である。

この説明は、現場の作業としては間違いではない。搾ったばかりの生乳は長く置けない。ただし、牛乳という食品全体が保存できないわけではない。水を抜けば粉になり、粉は1年ほど保管できる。実際、余った生乳はクリームを分けてバターにし、残りの脱脂乳を乾燥させて脱脂粉乳にしている。生乳100キロから、おおよそバター3.8キロと脱脂粉乳8.8キロが同時に出る。

牛乳からの粉にも需要はある。国内では年間13万〜15万トン使われ、約4割がヨーグルトや乳酸菌飲料、ほかは乳飲料、アイスクリーム、菓子などの原料である。家庭用のスキムミルクは全体の0.2パーセントしかなかったが、「使い道がない」わけではない。問題は、飲用が減った分を粉に回した上乗せ分まで、今の用途が同じ価格で吸収できないことである。

その状況は在庫がそのずれが示している。脱脂粉乳の適正在庫は5万〜7万トンとされる。2026年1月末時点では約7.5万トンあり、対策が弱ければ2026年度末に11万トンまで増える見通しも出ていた。対策後でも8万トンを超える可能性が残っている。保存できる形にしたあと、その粉を安く市場へ出せないために倉庫に残っている、というのが実情である。

価格の仕組みと産地の矛盾

つまりこの問題の中心にあるのは、保存技術の不足ではなく価格の仕組みである。日本では飲用向けの生乳価格が加工向けより高く設定され、指定団体が集荷して用途別に販売する。加工向けには補給金が出て、乳製品には高い関税がかかっている。WTOの約束に基づく輸入機会も、生乳換算で13.7万トン残っている。国内の乳製品需要を生乳に換算すると1100万トンを超え、国産生乳との差400万トン以上は輸入で賄われている。ただしその中心はチーズであり、余っている国産の脱脂粉乳を、輸入品より安く市場で清算する仕組みにはなっていない。余っても値段が十分に下がらないため、需給が閉じないのである。

この仕組みで保護される現場も、数字からはっきりする。北海道は生乳の半分以上を生産し、バターや脱脂粉乳、チーズといった加工の主産地である。都府県、とくに関東は飲用向けの産地である。にもかかわらず、北海道で余った加工原料の調整が、全国の飲用価格に波及している。近県で配っている牛乳の値段まで、北海道の在庫を守る装置に巻き込まれている。ここに矛盾がある。

こうして見ると、必要なのは「もう一杯飲んでください」という呼びかけを強めることではない。産地の役割を構造化しなおすことである。都府県は飲用、北海道は最初から保存できる製品、つまり粉やバター、チーズに特化する。北海道の需給調整を、都市圏の1リットル230円台の飲用価格に直接結びつけない。そうすれば、余っているのに安くならない、という歪みの相当部分は整理できる。

もちろん、粉の国際価格で北海道の農家所得をどこまで支えられるか、夏に都府県の飲用が足りなくなったときの移出をどう残すか、といった問題は残る。それでも、いま公式に語られている「牛が止まらない」「給食が休む」「生乳は日持ちしない」だけでは、20万トン減った飲用需要も、7万トンを超えた粉の在庫も説明しきれない。問題の本体は、価格を守る仕組みと、その仕組みが実際に守っている産地の話である。そこを分けて設計し直す方が、構造としては筋が通る。

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