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2026.06.02

セルビアのヴチッチ支配は続くのか

ブルームバーグが6月2日に報じた、セルビアのヴチッチ大統領首相復帰の可能性というニュース(参照)は、日本ではほとんど扱われないかもしれない。だが国際政治を見るうえで見過ごせない。

報道によれば、セルビアのヴチッチ大統領は、2027年に大統領任期を終えたあと、再び首相に就く可能性を否定しなかったのである。憲法上、彼は大統領職にとどまり続けることはできないが、首相に戻れば、形式上は任期制限を守りつつ、実権を握り続けることができる。セルビアの政治制度では、首相と政府が日常の行政運営に大きな権限を持つからである。これは一政治家の進退ではなく、長期支配の継続可能性を示す動きだ。かつてのプーチン露大統領が想起される。

日本から見れば、セルビアは遠い国だが、この国は、EU加盟候補国でありながらロシアと関係を維持し、コソボ問題を抱え、中国とも経済的に接近している。つまり欧州の東西対立、EU拡大、ロシアの影響力、バルカンの安定が交差する場所に位置し、ウクライナ戦争後、欧州の安全保障は世界秩序全体の問題となっている。バルカンの動揺は、日本が支援するウクライナの将来や対露制裁の結束にも跳ね返ってくる。

EU加盟候補国でありながら、停滞するセルビア

セルビアは2012年にEU加盟候補国となり、2014年に交渉を開始した。だが10年以上経っても道筋は見えない。EUは法の支配、司法独立、メディアの自由、選挙の公正、汚職対策を繰り返し求めてきたが、ヴチッチ政権下では与党セルビア進歩党による権力集中が進み、国家機関やメディアへの影響力が強いと批判されている。

2024年11月のノヴィ・サド駅屋根崩落事故は、この問題を一気に表面化させた。事故は単なるインフラ問題ではなく、公共事業の汚職と責任追及の弱さを象徴する出来事と受け止められ、学生を中心に大規模な抗議運動が広がった。彼らが問うているのは、責任ある者が責任を取らず、権力に近い者が守られる政治文化そのものであり、これはEUがセルビアに求める改革課題と重なる。

また、ウクライナ戦争後の対露姿勢も焦点である。セルビアはEU加盟を掲げながら対露制裁に同調していない。ヴチッチ氏は加盟支持を口にしつつ、エネルギーや歴史的・宗教的つながりからロシアとの関係を保ち、ロシアもコソボ問題で国連安保理においてセルビアを支えている。EUにとって、これは「この国は本当に加盟国になれるのか」という根本的な疑問を生んでいる。

ここでよく比較されるのがハンガリーのオルバン政権だろう。ハンガリーはすでに加盟国なので拒否権を持ち、ウクライナ支援や対ロ制裁、EU予算をめぐる意思決定を実際に止めてきた。セルビアはまだ加盟国ではないため、即効性のあるリスクではない。

だが、問題は将来である。EUはかつて中東欧の加盟が民主化と市場経済化を進めると考えたが、ハンガリーやポーランドの経験は、加盟後に民主主義が後退しうることを示した。いったん加盟すれば簡単には排除できず、拒否権でEU全体に影響を及ぼせる。だからEUはセルビアに対し、加盟前の段階で改革を確認しなければならない。EU拡大は単なる地域問題ではなく、ロシア制裁、ウクライナ支援、対中政策に関わるEUの意思決定能力そのものを左右する問題なのである。

最大の壁としてのコソボ

この問題の深層、つまり、セルビアのEU加盟を阻む最大の壁は、ヴチッチ氏個人の手法ではなく、より根深い問題がある。コソボ問題である。

コソボはセルビアにとって単なる領土問題ではない。歴史認識、民族意識、宗教、国家の正統性が結びついた象徴的な場所である。1389年の「コソボの戦い」で、中世セルビア勢力はオスマン帝国軍と戦った。軍事的には敗北だったが、19世紀以降の民族主義の高まりの中で、「民族の犠牲」「英雄的抵抗」「信仰を守る戦い」として語り直されていった。とはいえ、重要なのは、コソボ神話が単なる昔話ではないという点である。それは学校教育、教会、政治演説、メディアを通じて繰り返し再生産されてきた。セルビア正教会にとってコソボは中世セルビア王国の宗教的・文化的中心の一つであり、「セルビアの心」として語られてきた。民族主義にとっても、コソボは「失われた聖地」であり「決して手放してはならない土地」とされてきた。

この歴史認識は、1980年代から90年代にかけてミロシェビッチ政権によって強く政治利用された。ユーゴスラビア解体の過程で、コソボ問題はセルビア民族主義を動員する強力な材料となった。その後、1999年のNATO空爆、2008年のコソボ独立宣言を経て、「西側はセルビアからコソボを奪った」という感情も社会に根付いた。現在のセルビア憲法前文にも、コソボはセルビアの不可分の一部であると記されている。世論調査でも、独立承認を支持する人は少数にとどまる。

ここに難しさがある。民主化を求める若者はEU志向であり、コソボでも妥協しやすいと想像しがちだが、ここでの現実は異なる。汚職に怒り、メディア統制に反対し、より自由な社会を求める若者であっても、コソボについては「セルビアの一部である」という認識を共有する者が少なくない。民主化要求と民族的領土意識は、必ずしも同じ方向を向かないのである。

これがEUとの間で問題化するのは、加盟交渉のChapter 35において、コソボとの関係正常化を求めているからだ。これは技術的項目ではなく、交渉全体を左右する政治的条件である。加盟しようとする国が隣接地域との関係を不安定なままにすれば、EU内部に紛争の火種を持ち込むことになるからである。

だがセルビアにとって、コソボ独立の承認は政治的に極めて危険である。明確に認めれば、どの政権も「国家を売り渡した」と批判される。ヴチッチ氏はこの構造を熟知し、EUには対話を約束し、ロシアや中国とも関係を維持し、国内では「コソボを守る指導者」として振る舞う二重戦略を取ってきた。この戦略は彼の生存には役立つが、結果としてセルビアはどの方向にも完全には進まない国になっている。EU加盟を目指すが、EU外交には従わない。改革を約束するが、権力集中は緩めない。コソボとの対話を続けるが、最終的妥協には踏み込まない。この曖昧さこそがヴチッチ体制の本質であり、同時にセルビアの加盟が進まない理由でもある。

振り返ってみても、バルカンは現代世界の問題の焦点である。第一次大戦の引き金となり、冷戦後最も激しい紛争が起きたのもここである。今もボスニアの分断やコソボ北部の緊張は残っている。ロシアにとってセルビアはバルカンの足場であり、EUやNATOの拡大に揺さぶりをかける手段になる。中国にとってすら、欧州進出の拠点になり得る。EUは、放置すれば影響力を奪われ、急いで加盟させれば内部にリスクを抱える板挟みにある。

ヴチッチ後も残る課題

さて、ヴチッチ氏が2027年以降に首相へ復帰するかは、現状ではまだ分からない。学生デモや市民社会の圧力が政局を変える可能性もある。だが仮に彼が退いても、問題が解決するわけではない。コソボ問題以外でも、法の支配、メディアの自由、汚職があり(Chapter 23・24:司法・基本権、司法・自由・治安)、これらはヴチッチ個人を超えた構造的課題である。

そしてEUは、同じ水準ともいえるほど構造的に腐敗しているウクライナを対露関係から、例外的に取り入れようとしている。これがセルビア国内で「EUは本気でウクライナだけ優遇している」との不信感にもなる。ウクライナを巡る、EUそれ自体のダブルスタンダードがセルビアによって露呈されつつもある。

 

 

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