ウクライナ政権の内部構造変化
——イェルマク裁判から見る2026年5月現在の状況
2026年5月11日、国家汚職対策局(NABU)と特別汚職対策検察庁(SAPO)は、元大統領府長官アンドリー・イェルマーク(Andriy Yermak)を約4億6000万フリヴニャ(約1050万米ドル)の資金洗浄容疑で正式に嫌疑通知した。容疑の中心は、キーウ近郊コジン(Kozyn)の高級住宅複合施設「Dynasty」建設プロジェクトを通じたマネーロンダリングで、エネルゴアトム(国営原子力企業)の汚職スキームと連動しているとされている。最高反汚職裁判所(VAKS)は5月14日、60日間の身柄拘束を決定したが、保釈金1億4000万フリヴニャ(約310万米ドル)を支払えば釈放可能という判断を下した。イェルマーク本人は全面否認し、「家も1軒、車も1台だけ」と主張している。そう見れば、些細な問題と言えないこともない。
この事件は、だが単なる個人の汚職事件ではありえない。イェルマークは2020年から2025年11月まで大統領府長官を務め、ゼレンスキー大統領の「影の権力者」「脳」と呼ばれた人物である。外交・和平交渉・国防政策のほぼすべてを握っていた最側近である。2025年11月に自宅家宅捜索直後に解任され、国家安全保障・国防会議からも除名された流れは、政権内部で「守りきれなくなった側近を切り捨てる」典型的な政治処理と見るのが妥当だろう。NABUは繰り返し「ゼレンスキー大統領本人は一切対象外」と明言しているが、普通に考えれば「ゼレンスキー自身、知りつつ彼も黙認・機能として活用していた構造」があった可能性は否定しにくい。
そう想定する背景には2025年7月のNABU抑制法案(法案12414)がある。ゼレンスキーは同法案を急遽可決・署名し、NABU・SAPOを検事総長(大統領任命)の管理下に置こうとした。これはエネルゴアトム汚職捜査が本格化していたタイミングと重なり、「政権中枢を守る動き」と広く批判された。EU・米国からの猛反発と国内抗議デモで数日後に言えばUターンしたが、この一件でNABUの独立性が守られた結果、2026年5月のイェルマーク起訴につながった。NABUの最大の後ろ盾は設立時からの米国(FBI・USAID)であり、資金はウクライナ国家予算である。特に政治的・技術的支援は米国が突出している。トランプ政権下の和平圧力と支援疲れが、このタイミングでの「反腐敗ポーズ」を後押しした可能性は高い。
徴兵の深刻な問題
ゼレンスキー政権のもう一つの深刻な問題は、TCC(Territorial Recruitment Centers=徴兵局)の暴力と不均衡である。2026年に入ってTCC職員に対する攻撃はすでに100件を超え、2025年全体の341件(前年比3倍)をさらに上回るペースとなっている。武器使用の重い事件も19件以上確認され、TCC職員の死亡例も出ている。市民側は「強制連行(busification)」や汚職的手法に反発し、リビウ、オデッサ、リウネなどで集団襲撃や刺傷事件が相次いでいる。
ここで目立つのが、背景にある少数民族への徴兵負担偏重の問題である。ザカルパッチャ(Transcarpathia)地域ではロマ(Roma)民族に対する衝突が激化しており、5月上旬にはメジゴーリエ村でTCC職員の発砲事件も報じられた。ロマは伝統的に貧困・疎外され、ID証明書を持たない人も多く、「徴兵逃れしやすい」と見なされやすい構造がある。UN人権専門家は「少数民族ロマに対する組織的な迫害」を明確に非難している。また、ウクライナ内のハンガリー系少数民族についても、ハンガリー政府が「強制徴兵による死亡事例」を挙げて強く抗議している。密輸ルート保護や国境問題が絡み、民族差別が政治化されている。
さらに、ウクライナでは、コロンビア出身の民間兵(傭兵)問題も深刻となっている。コロンビア政府(Petro大統領)は「7,000人規模がウクライナで戦っている」「300〜550人以上が死亡」と公表し、「無駄死に」「 捨て駒」と批判。給与目当てで来た元軍人が前線の最危険地帯に投入され、損耗率が高い状況です。ウクライナ側は公式数字をほとんど公表していない。
これらの問題に対して、EU・主流ジャーナリズム・主要人権団体(Amnesty、HRWなど)の反応が極めて薄いのが現実である。UNはロマ問題を指摘しているが、EUは2026年4月に90億ユーロの追加支援を承認したばかりで、「戦時下の非常事態」として優先順位を下げている。支援継続の正当性を揺るがしたくない政治的計算が働いていると見るのが自然だろう。
こうした内部矛盾の中で、ゼレンスキー大統領はロシアの戦勝記念日(5月9日)停戦提案を渋っていた。短期停戦すら「ロシアのプロパガンダ」と批判し、条件を付けて遅らせる姿勢を取ったのは、実際には、停戦=戒厳令解除から大統領選挙実施という政権維持の危機を意識していると見るべきだろう。ウクライナではゼレンスキー支持率は低迷し、ブダノフ(元軍事情報長官)を2026年1月に大統領府長官に据えた新体制は、軍事・諜報寄りの現実路線へのシフトとも解釈できるが、イエルマクのような政治的ネットワークの厚みはない。
ウクライナは現状、ドローンによるロシア領内への散発的な攻撃を続けることで、「戦争は負けていない」と主張できる限り、国内の不満を抑え込める。しかし、TCC暴力・停電(5月14日現在もキエフで計画停電が継続)・経済苦・民族問題が重なれば、2025年7月のNABU抑制法案時の大規模抗議のような「下からの爆発」が起きるリスクは確実にあり、高まっている可能性が高い。権力側が表面的に「なかったことにできる」余地はまだ残っているが、どこかの地点でガラッと崩れる可能性が否定しがたい。
ウクライナは戦争前から腐敗体質の国だった。何も変わっていない。戦時下で権力が集中した結果、側近ネットワークの腐敗、徴兵の不均衡、少数民族への負担が表面化しただけである。EU・米国は「腐敗したウクライナでもロシアよりマシ」という地政学的計算で支援を続けてきたが、今は「自分で掃除しろ」という段階に入ったと見るべきだろう。この政権構造が持続可能かどうかは、夏から秋にかけての国内不満の蓄積にかかっている。
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