現在のイラン情勢をどのように見るべきか
現在、イランは米・イスラエルとの戦争で深刻な打撃を受けながらも、崩壊せずに持ちこたえているように見える。最高指導者モジタバ・ハメネイー師は2月28日の攻撃で負傷し、公の場に姿を見せず、健康状態をめぐる憶測が飛び交う中、革命防衛隊(IRGC)が実質的な支配を強めているかに見える。
確かにミサイルやドローンによる散発的な反撃、ホルムズ海峡での妨害行為が続くが、これらは一見国家レベルの戦略のように映るものの、実際には統制の取れた軍事行動とは実際には程遠い。2月の空爆で核施設の一部とミサイル在庫の約30%が失われたとされ、経済も石油輸出が前年比40%減少し、インフレ率が60%を超える状況だ。
なぜこうした粗雑な攻撃が目立つのか。答えは、革命防衛隊が長年準備してきた「モザイク防衛ドクトリン」が今、戦争下で本格的に発動され、体制全体を分散型生存モードに変えてしまったからだろう。このドクトリンを軸に、イランの現在の姿を読み解くと、従来の中央集権的な神権政治はすでに影を潜め、地方ごとの半独立したユニットが自己防衛を優先する「蜘蛛の巣」状態になっていることがわかる。体制は生き残るために、革命防衛隊の経済帝国(石油精製、建設、密輸ネットワーク)を各モジュールで分散管理しており、これが国家の一体性をさらに損なっている。
モザイク防衛ドクトリンの核心
モザイク防衛とは、革命防衛隊が2000年代後半に正式化した戦略で、中央からの一元的な指揮をあえて捨て、全国31州ごとに省別コマンド(Provincial Corps)を設置した分散型防衛網を意味する。
元々は、2006年のレバノン戦争でのヒズボラ経験や、2010年代の米軍脅威評価を基に、指導部斬首攻撃への耐性を高めるために設計された。各省コマンドは独立したミサイル部隊、ドローン倉庫、Basij義勇軍を保有し、テヘラン中央が壊滅しても地方ユニットだけで戦闘を継続できる仕組みだ。
2026年2月の大規模空爆で最高指導者層と中央司令部が大打撃を受けた今、このドクトリンは単なる戦術を超えて、体制存続の唯一の支えとなっている。各ユニットは反米・反イスラエルという共通の指針だけを共有し、具体的な作戦は現地指揮官の判断に委ねられている。
このため、中央からのリアルタイム命令はほとんどなく、テヘランは「一般的なガイドライン」を出す程度だ。この仕組みのおかげで、イランは指導部の喪失後も攻撃を続けられるが、同時に国家としてのまとまりを失っている。たとえば西部のクルディスタン州コマンドは独自にクルド地域の安定維持を優先し、東部のホラーサーン州コマンドはアフガニスタン国境警備に注力するなど、地方事情が作戦に直接反映されるようになった。
スパイダーウェブ型モジュール分散構造の実態
このドクトリンの実態を端的に表す用語が「スパイダーウェブ型」である。各省革命防衛隊コマンドは独自のミサイル・ドローン在庫、バスィージ義勇軍、経済資源を持ち、互いに緩やかな連携を取るだけで、厳格な上下関係はない。たとえば南部バンダレ・アッバースやブーシェフルの海軍ユニットは、ホルムズ海峡で高速艇や機雷を使った妨害を独自に開始する。
中央はこれを事後的に「政府の決定」として発表するが、実際は各モジュールの裁量による散発的な行動だ。戦争が長引くにつれ、このウェブはさらに細かく分断され、各ユニットが資源確保と自己防衛を最優先に動いている。北部テヘラン近郊コマンドは首都防衛と内部治安に特化し、中部のイスファハンコマンドは核・ミサイル残存施設の保護を担うなど、役割分担が明確に地方化されている。
バスィージ義勇軍は各省で約10万~20万人の規模を持ち、革命防衛隊の経済セクター(建設会社や石油関連企業)を直接管理するため、モジュール間の資源争いも起きている。結果として、革命防衛隊は「一つの軍隊」として機能しているように見せかけつつ、内実はバラバラの寄せ集め集団となっている。この構造は耐久性が高い一方で、予測不能な行動を生み出し、外部からは「統制の取れていないゲリラ」にしか映らない。
統一指揮系の欠如と政府戦略の一貫性の喪失
モジュール分散の最大の問題は、政府全体としての一貫した戦略が消滅している点だ。指揮系統が一本化されていないため、周辺国への攻撃はタイミングも規模もまちまちで、恣意的である。
イラクやシリアでの代理勢力活用では、西部コマンドがハッシュド・シャアビの一部に独自指示を出し、東部コマンドはシリアのイラン系民兵に別ルートで武器供与している。紅海でのフーシ支援も、イエメン担当モジュールが個別にドローンを回送し、中央は事後報告を受けるだけだ。
イスラエルへの断続的なミサイル発射も同様で、航空宇宙コマンドの複数モジュールが別々のタイミングで発射するため、連動性がない。ホルムズ海峡の妨害も典型で、南部ユニットが独自に仕掛けたものを外務省や最高指導者府が後付けで「国家方針」として喧伝しているだけだ。この見せかけの統一性が、かえって攻撃の粗雑さを際立たせている。軍事作戦らしい洗練された連携はなく、ただ反米・反イスラエルという旗印の下で各々が動く姿は、国家の戦略というより、崩壊寸前の寄せ集め勢力のそれだ。外務省声明と現地革命防衛隊発表の間に数日間のタイムラグが生じるケースも増え、国際社会から「政策の矛盾」と指摘される要因となっている。
革命防衛隊中核の不在とホメイニー主義の借り物化
こうした変化の根底にあるのは、革命防衛隊の中核がすでに失われている現実と、ホメイニー主義が単なる「借り物」になったことだ。
元来革命防衛隊はホメイニー師の絶対的ヴェラーヤト・エ・ファキーフを支柱に据えていたが、2026年の指導部壊滅後、モジタバ師は象徴的な正当性提供役に成り下がり、実権は地方モジュールに分散した。モジタバ師は専門家会議で革命防衛隊の後押しにより選出されたが、公的発言は文書のみで、実際の決定権は各省コマンドの上層部が握っている。
ホメイニー主義は革命の原動力ではなく、革命防衛隊が自己存続を正当化するための外皮に過ぎなくなっている。各ユニットは反米・反イスラエルを叫びつつ、実際の行動は資源確保と延命優先で、イデオロギーは道具として使い捨てられている。たとえば革命防衛隊の経済帝国は国家予算の約25%を占め、各モジュールが独自に管理するため、ウラマー(宗教指導者)との力関係も逆転し、伝統的宗教権威は形骸化している。この中核不在が、モザイク防衛を「機能しているように見える蜘蛛の巣」に変え、同時に国家としての戦略的統一性を完全に失わせた。イランは今、生き残るための分散生存モードに入っており、そこから抜け出す道は見えにくい。
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