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2026.04.23

イランとパキスタンを本当につなげている二人の男

モハンマド・ガリバフという男

モハンマド・ガリバフという男を日々目にするようになった、ガリバフという男は何者なのだろうか。もちろん、簡単に答えることはできる。モハンマド・バゲル・ガリバフ(Mohammad-Bagher Ghalibaf)は、元革命防衛隊(IRGC)司令官で今は議会議長である。モジタバ・ハメネイが負傷・公の場から消えた今、彼は「顔の見える交渉責任者」として前面に躍り出ているのだが、ようは、なぜ彼なのかだ。

4月16日、彼はテヘランでパキスタン軍トップのアシム・ムニール(Asim Munir)と直接会談した。写真を見れば一目瞭然でわかることがある。ガリバフはスーツ姿、ムニールは軍服姿である。文民と軍人、この二人が固い握手を交わしている。深夜まで続いた二人の会談で、ガリバフは「モジタバの意向」を盾にしながら、自分で決められる範囲を最大限に、「軍」に広げようとしている。ガリバフは、軍に手を伸ばしたいのだ。IRGCの将校たちと長年培ったパイプを活かし、パキスタン軍との「軍人同士の信頼」を武器に、米国へのメッセージを直接、自身の影響力を調整している。国内では「俺が和平をまとめる男だ」とアピールし、モジタバ不在の権力空白を自分の基盤拡大に利用している。

彼の行動原理はシンプルである。「最高指導者が見えない今、IRGCの実務派が表舞台に出なければ体制が持たない」。だからこそ、外交の主導権を握り、硬派の保守派ネットワーク内でも「現実的な顔」として存在感を高めている。

アシム・ムニールという男

パキスタン側を動かしているのは文民首相ではなく、アシム・ムニールである。軍が実権を握るパキスタンで、彼は3日間にわたるテヘラン訪問でイラン大統領、外相、ガリバフ、そして軍事中枢と次々に会談。米国の「次回会談の枠組み」を直接持ち込み、停戦の火種を維持しようとしている。

ムニールの思惑は二重だろう。イラン関係の報道からは見えにくいが、まず国内経済の現実がある。なにより、パキスタン側バルーチスターン州の住民にとっては、イランから密輸で入ってくるガソリン・ディーゼルが「安くて手に入る唯一の燃料」であり、文字通り生活と商売を支える命綱になっている。

バルーチ人はただの「国境の少数民族」ではない。イランとの900kmの国境線を跨いで生きる一つの民族として、両国の経済・安全保障・政治判断に直接突き刺さる現実を突きつけ続けている。バルーチ人の中には、イラン側(シスタン・バルーチスターン州)でジャイシュ・アル・アドルのようなスンニ派武装組織を形成し、IRGC(革命防衛隊)を攻撃するグループもいれば、パキスタン側でバルーチスタン解放軍(BLA)のように中国投資プロジェクトやパキスタン軍を狙うグループもいる。イランとパキスタンの両国政府にとってバルーチ分離主義は共通の天敵となっている。だからこそ1970年代から共同作戦を繰り返し、互いに「向こう側の武装勢力を抑えてくれ」と暗黙の了解で協力してきた。イランが不安定化すれば、難民や武器、闘志を持った若者がパキスタン側に流れ込み、BLAが勢いづく。逆もある。

パキスタン軍トップのムニールがガリバフと深夜まで会談する本当の理由の一つが、ここにある。公式には「和平仲介」だが、裏では「バルーチの火の粉が自国に飛んでこないように」という切実な計算である。そして、この戦争でホルムズ海峡が封鎖され、密輸ルートが細った今、燃料価格高騰でバルーチの学校が閉まり、トラック運転手たちが路頭に迷っている。この「火の粉」を自国に落とさないために、和平仲介は彼の軍事政権の正当性を高める絶好の機会なのだ。

加えて、ムニールはトランプ政権と直接つながりを持つ数少ない人物でもある。米国側が「イランに圧力をかけつつ、交渉の窓は開けておけ」とのメッセージをムニール経由で送るのは、彼が米国からも「信頼できる軍人」だからだ。文民外交官より腹を割って話せるという現実的な判断がある。

二人の「軍人同士の握手」が生む、奇妙な共生関係

ここが一番面白いところだ。ガリバフはIRGCの論理で動いている――体制の軍事優位を維持しつつ、和平で息をつく。ムニールはパキスタン軍の論理で動いている――自国経済を守り、国際的影響力を高める。二人はイデオロギーではなく、「現実の利害」で結びついている。

ガリバフにとってムニールは「米国とのパイプ」であり、国内で「自分だけが外国と話せる男だ」と証明する道具だ。他方、ムニールにとってガリバフは「イラン軍事派の顔」であり、ホルムズ問題やバルーチ国境の安定を直接交渉できる相手だ。

モジタバが「書面声明しか出せない」今、この二人の人間関係が、形式上の最高指導者を超えた実務的な意思決定の場を作り出している。分散したイランの指導部は、まさにこうした人物の動きによって埋められ、あるいはさらに複雑化されている。

要するに、イランとパキスタンを結びつけている本質は地図でも中国でもなく、ガリバフとムニールという二人の軍人上がりの男が、それぞれの野心と恐怖を計算しながら握手している現実そのものだ。

 

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