ミヒル・シャルマ氏(ブルームバーグ・オピニオン、2026年4月8日掲載)のコラム「Is Trump the President Who Lost Asia to China?」(邦訳「トランプ大統領、中国にアジアを譲る気なのか――米の秩序を信じた国が苦境に」)は、2026年2月28日に米国とイスラエルが開始した対イラン軍事作戦「エピック・フューリー作戦(Operation Epic Fury)」と、それに伴うホルムズ海峡の閉鎖・混乱を背景に、「中国製太陽光パネルやEVに依存した途上国(パキスタン、ネパールなど)が予想外の耐久力を発揮した一方、パックス・アメリカーナを信じた国々が苦境に立たされている」と主張する。結論として、「予測可能な重商主義の中国か、予測不能の米国の二択なら答えは明白」「トランプ大統領はアジアを中国に明け渡した大統領として歴史に刻まれる」と断じている。
本稿は、この論評を検証するものである。シャルマ氏の指摘のうち、一部の短期的事実は確かに正確である。中国製品の安価な供給がエネルギー価格ショック下で即時的な消費者利益をもたらした点は否定しない。しかし論評全体としては、極めて近視眼的であり、構造的リスクを意図的に軽視し、因果関係を逆転させた誤った結論に至っている。短期的な「耐久力」を長期的な戦略的勝利にすり替える論理の飛躍、中国の供給網支配を美化する一方で米国秩序の長期貢献を無視するバイアス、そして進行中の地政学的現実の軽視、これらが最大の欠陥である。以下、順を追って見ていこう。
中国製品がもたらした短期的な恩恵は事実である
まず、シャルマ氏の指摘のうち正しい部分を明確に認めよう。パキスタンでは、中国からの太陽光パネル輸入が爆発的に増加した。2024会計年度だけで約16.6GWに達し、2025年も前年を上回るペースで累計輸入量は2025年11月時点で51.5GWに達した。パネル価格は1ワットあたり約0.08米ドルまで下落し、世帯の4分の1近くが屋根置きシステムを導入。太陽光が国内電力供給の約25%を占めるまでに至り、燃料輸入を大幅に削減したとの試算もある。これにより、従来の長時間停電やIMF緊急支援の悪循環をある程度緩和できたのは事実だ。
ネパールも同様で、2024-25会計年度の新車販売に占めるEV比率が73-76%と、世界第2位の普及率を記録した。ほぼすべてが低価格の中国製で、ガソリン価格高騰の影響を大幅に軽減した。中国の過剰生産(国家補助金によるダンピング)を「活用」した政策選択が、短期的にエネルギーショックへの耐性を高めた点は評価に値する。
問題は、ここから先である。シャルマ氏はこれを「中国賭けの勝利」と結論づけるが、太陽光・EVブームの代償は深刻であり、すでに2026年に入ってその限界が明確に露呈している。これらの恩恵は一時的であり、隠れた構造的コストと脆弱性が存在する。
中国EV市場自体の急失速が示すもの
シャルマ氏が「予測可能な重商主義」の象徴として持ち上げる中国のEV産業は、本体である国内市場自体が2026年に入って急失速している。EV Volumes等の調査によれば、2026年1月の中国BEV販売は前年同月比20.4%減、PHEVは35.6%減。2月はさらに悪化し、最大手BYDの2月単月販売は前年比で約41%減となり、1-2月合計でも前年比約36%減の約40万台にとどまった。BYDは世界最大のEVメーカーでありながら、国内市場で6ヶ月連続の販売減となり、2026年1-2月の中国乗用車市場シェアはフォルクスワーゲン、吉利(Geely)に次ぐ4位にまで後退した。
主因は2つある。第一に、2026年1月から新エネルギー車(NEV)に対する5%の購入税が復活し、長年の全額免税(10%)からの転換が行われたこと。第二に、長年の価格戦争による過剰生産の調整期に入ったことである。約400ものNEVモデルが市場に溢れ、中小メーカーの倒産・縮小が相次いでいる。BYDは2021年以来初めて年間利益が減少し、会長の王伝福氏自ら「NEV産業の競争は過熱し、残酷な『サバイバル戦』の段階に入った」と認めている。
この失速は、中国の「予測可能な重商主義」がもたらした構造的歪みの表れである。中国は国内需要の冷え込みを輸出で補おうとしており、BYDは2026年に海外販売を約130万台まで引き上げる計画だが、欧州・インドなどでの関税壁が強まる中、途上国へのダンピング依存は持続可能性に疑問符がつく。シャルマ氏の論旨の前提である「安価で潤沢な中国製EVが供給され続ける」という想定自体が、すでに揺らいでいるのである。
パキスタンにおける太陽光ブームの隠れた代償
パキスタンの場合、中国パキスタン経済回廊(CPEC)を通じた中国へのエネルギー関連債務は累計約300億ドル規模に膨張している。加えて、電力セクターの未払い分(circular debt)は2025年6月末に1.614兆ルピー(約58億ドル)まで圧縮されたものの、2026年2月には再び1.889兆ルピー近くまで増加した。CPEC関連電力プロジェクトの未払い分だけで5430億ルピーに達している。中国は2025年も商業融資のロールオーバーを行ったが、パキスタンはIMFから2024年に承認された70億ドルのEFF(Extended Fund Facility)を軸に、2025年12月時点で累計33億ドル規模の資金払い出しを受け続けている。IMFの条件(財政規律、国有企業改革)がなければ、債務はさらに悪化していた可能性が高い。
太陽光発電の本質的な弱点も無視できない。間欠性電源であるため、夜間・曇天時の蓄電池・グリッド強化が不可欠だが、これらの主要コンポーネントも中国依存である。パキスタンでは屋根置きシステムの急増で昼間需要が減少し、残る利用者の料金負担が増大する「グリッド離脱の悪循環」が進行中である。登録済みネットメータリング容量はわずか5.3GW程度(2025年4月時点)で、多くのシステムが未登録・オフグリッドのため、電力会社の財務はさらに圧迫されている。中国依存が単純に「耐久力」をもたらしたのではなく、短期的な燃料節約と引き換えに、長期的な財政・インフラの歪みを積み上げているというのが実態だ。
また、ネパールでは、中国製EVが新車販売の7割超を占める一方、バッテリー原料・充電インフラ・部品交換のすべてを中国一極集中に委ねている。この脆弱性は2026年2月、北部国境閉鎖により顕在化した。EV輸入は22.64%減少し、全体輸入も半年ベースで大幅に減少した。中国依存が「耐久力」をもたらしたのではなく、燃料輸入依存から中国サプライチェーン依存への乗り換えにすぎなかったことが、早くも示されたのである。
中国の「予測可能な重商主義」の実態
シャルマ氏自身が論説中で「中国は磁石やレアアースの生産を武器化する意思を示している」と認めながら、すぐに「それでも現時点では違いが明らか」と流すのは、論理的矛盾というより、結論ありきの修辞的構成である。修辞は現実によって正されなくてはならない。
2025年、中国商務省は4月と10月に2波にわたり輸出規制を強化した。重希土類7元素に加え、関連化合物・金属・磁石・技術までライセンス制とし、一部を「中国由来0.1%以上含む外国製製品」にも適用する異例の域外適用を試みた(10月規制は11月まで一時停止されたが、基調は変わらない)。EVや太陽光のバッテリー・インバーターに不可欠な材料を中国が一手に握る構造は、将来的に価格操作や輸出制限のリスクを途上国に直接突きつける。中国の「予測可能性」とは、要するに自国産業保護を最優先とした重商主義であり、途上国の長期自主性を損なうものである。##
米国秩序の役割とトランプ政権の実際の対応
シャルマ氏の論評における最大の難点は、「パックス・アメリカーナを信じた国々が苦境に立たされている」という因果関係の逆転にある。ホルムズ海峡混乱の責任をトランプ政権の「撤退」に帰する論調は、現状(4月上旬)の不安のなかで共感を集めやすい。しかし事実を精査すると、事情はむしろ逆である。
トランプ政権は2026年2月28日の軍事作戦開始後、3月9日にはホルムズ海峡の奪還を明言し、3月19日から海峡再開に向けた本格的な軍事作戦を開始した。イランに対しては4月7日(現地火曜20時)という明確な期限を設定し、期限までに海峡を再開しなければイランの発電所・橋梁等のインフラへの大規模攻撃を行うと警告。作戦開始以来、米軍は15,000以上のイラン軍事目標を攻撃したとされ、イランのミサイル発射量は90%減り、弾道ミサイル製造能力は機能停止レベルにまで減殺されたと国防長官が公表している。これを「アジア撤退」と解するのは、事実に反する。航行の自由という米国秩序の核心を守るための現実的措置が、まさに進行中なのである。
もちろん、戦争の是非それ自体を論じる余地はある。UN事務総長や一部の国々は米イ攻撃を批判しているし、合法性を問う議論も存在する。しかしそれはシャルマ氏の論旨、すなわち「トランプはアジアを明け渡そうとしている」とは論点が異なる。むしろトランプ自身も言明している通り、ホルムズ海峡の安全は究極的にはそれを利用する各国にとっての問題であり、旧来のパックス・アメリカーナに無条件で依存するという発想こそ、各国の経済安全保障の欠落を示していた。
長期的視点では、米国はIMFを通じた多国間支援、技術移転、透明性の高い市場アクセスを提供してきた。中国の一帯一路(BRI)融資とは異なり、条件付きのガバナンス改善を伴う支援である。パキスタンが繰り返しIMFに頼らざるを得ない現状こそ、中国一極依存の歪みがもたらした結果である。スリランカのハンバントタ港のように、戦略的資産が中国管理下に置かれる事例(リース形態であれ、債務圧力による流動性確保であれ)は、依存の末路を象徴している。
途上国が取るべき現実的な戦略
真の教訓は、短期的な消費者利益に飛びつくことではない。すでに日本の高市政権が推進しているように、多角的な供給源確保と国内能力強化こそが、長期的な戦略的自主性につながる。中国製品を「活用」すること自体は合理的選択だが、それを「米国秩序の敗北」と位置づけるのは、不安の誘導で終わり、市場不安定化を好機とみる勢力に加担する結果にしかならない。
太陽光・EV政策は維持しつつ、蓄電池の多国間調達、グリッド近代化、債務管理の透明化を進めるべきである。皮肉なことに、イラン戦争による石油・ガス価格高騰は、各国の再生可能エネルギーへの関心を再び高めており、これは中国一極依存ではなく多元的な供給網構築の好機とも捉えられる。トランプ政権がアジアを「明け渡す」どころか、強硬姿勢でエネルギー安全保障の枠組みを維持しようとしている今こそ、途上国は中国依存のリスクを再評価する機会を得ている。
長期的な戦略的自主性こそが真の底力となる。諸国は中国の「予測可能な重商主義」の甘い罠に陥ることなく、ルールベースの多様なパートナーシップを構築する道を選ぶべきである。
小結
シャルマ氏の論評は、2025年までに観察された現象を、2026年4月時点の現実から乖離したまま近視眼的に延長したものに過ぎない。中国EV市場自体の急失速、レアアース輸出規制の実態、パキスタンの構造的債務、ネパールの供給網脆弱性の顕在化、そしてホルムズ海峡におけるトランプ政権の強硬な介入姿勢、これらの事実を直視すれば、「中国賭けの勝利」という結論は成り立たない。短期的な「耐久力」と長期的な戦略的勝利は別物であり、両者を混同する論説は、途上国の真の利益にも資さない。