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2026.03.15

ホルムズ海峡安全確保と日本の選択

2026年3月14日、トランプ米大統領はSNSに投稿し、ホルムズ海峡の航行安全確保のために日本、中国、韓国、英国、フランスが艦船を派遣することに期待を示した。「海峡を通じて石油を輸入する国々は、航路の安全を自ら確保しなければならない」という主張である。19日に予定される高市早苗首相との日米首脳会談でも、この問題が主要議題となる公算が大きい。しかし、この要求は突然降って湧いたものではない。ホルムズ海峡の安全保障をめぐる日米間の緊張関係は、実に40年以上にわたって繰り返されてきた構造的な問題である。ここでは、過去の事例を振り返りながら、今回の事態が日本に何を突きつけているのかを考察する。

タンカー戦争から有志連合への「前例」

ホルムズ海峡の航行安全が国際的な危機として浮上した最初の大規模事例は、1980年代のイラン・イラク戦争中に発生した「タンカー戦争」である。両国は互いの石油輸出を妨害するため、ペルシャ湾を航行するタンカーへの攻撃や機雷の敷設を繰り返した。米国は1987年、クウェートのタンカーを米国船籍に変更して海軍が護衛する「アーネスト・ウィル作戦」を実施し、英国やフランスも軍艦を派遣して掃海活動にあたった。このとき日本は、憲法上の制約から自衛隊を派遣せず、資金面や外交面での間接的な協力にとどまった。その対応は、湾岸戦争での「小切手外交」批判へとつながり、日本の安全保障政策に長い影を落とすことになる。

2019年から2020年にかけても、ホルムズ海峡周辺ではタンカー攻撃事件が相次ぎ、米国は「国際海洋安全保障構成体(IMSC)」を提唱して有志国による警戒態勢を構築した。英国やオーストラリア、バーレーンなどがこれに参加したが、日本はIMSCには加わらなかった。代わりに安倍政権が選んだのは、海上自衛隊の護衛艦とP-3C哨戒機を「独自派遣」し、「情報収集・警戒監視」という任務名目で中東に送り出すという方式であった。活動海域もホルムズ海峡そのものではなく、オマーン湾やアラビア海北部、アデン湾という「海峡外」に設定された。防衛省設置法に基づく「調査・研究」を法的根拠とすることで、国会承認を不要とし、武力行使との距離を保つという、極めて日本的な折衷策であった。

2026年「想定例」が現実になった日

今回の事態は、過去の事例とは質的に異なる。2026年2月28日、米国とイスラエルがイランに対して大規模な軍事攻撃を実施し、最高指導者ハメネイ師を殺害した。報復としてイラン革命防衛隊はホルムズ海峡の封鎖を宣言し、通過しようとする船舶への攻撃を警告した。1日あたり約120隻が通過していた海峡の通航量は、3月初旬にわずか5隻にまで激減した。タンカーへの実際の攻撃も確認され、機雷敷設の情報も飛び交っている。NY原油先物は再び100ドルを突破し、世界のエネルギー市場は混乱の渦中にある。

この状況は、2015年の安全保障関連法をめぐる国会審議で、当時の安倍首相が「存立危機事態」の典型例として繰り返し言及した、まさにそのシナリオともいえる。日本が輸入する原油の約9割は中東から来ており、その大部分がホルムズ海峡を経由する。このため、これまで海峡の封鎖が国民生活に「死活的な影響」をもたらすという論理で、集団的自衛権の限定的行使を可能にする法整備がなされてきた。しかし現実に事態が到来した今、政府の対応は慎重を極めている。極めざるを得ないとも言える。木原官房長官は3月2日の時点で「存立危機事態に該当するとは判断していない」と述べ、高市首相も3月16日の参院予算委員会で、海上警備行動による船舶護衛は「法的に非常に難しい」との認識を示した。相手が国家であるイランである以上、警察権の延長である海上警備行動では対処しきれないという壁が立ちはだかるのである。

一方でトランプ大統領の要求は強まるものと見られる。15日には7カ国程度と艦船派遣について協議中であることを明かし、合意を今週中にも発表するとの報道も出た。中国に対しては、前向きな対応がなければ訪中を延期する可能性にまで言及し、欧州諸国にも協力しなければ同盟関係が厳しくなると警告した。ドイツは艦船を派遣しないと明言し、韓国は「慎重に検討」の段階にある。日本もまた、同盟国としての責任と、憲法・国内法上の制約、そして米国がイランに先制攻撃を仕掛けたという経緯のなかで、極めて困難な判断を迫られている。

「独自派遣」の限界と、問われる日本の覚悟

仮に日本が何らかの形で自衛隊を派遣するとすれば、最も現実的な選択肢は2019年の先例を踏襲することである。すなわち、多国間の枠組みには参加せず「独自派遣」とし、任務は「情報収集」に限定し、活動海域はホルムズ海峡そのものではなくその外側に設定するという形式である。法的根拠としては、防衛省設置法上の「調査・研究」を再び援用する可能性が高い。時事通信の報道によれば、安保関連法に基づく存立危機事態の認定は政府内で「99%ない」との見方が支配的であり、重要影響事態や国際平和共同対処事態についてもハードルは低くないとされる。

しかし、今回の状況は2019年とは根本的に異なる。2019年はタンカーへの散発的な攻撃にとどまり、海峡の通航自体は維持されていた。今回は革命防衛隊が海峡封鎖を正式に宣言し、実際に船舶への攻撃が頻発している。日本関係の船舶42隻がペルシャ湾内で足止めされているとの情報もある。「海峡外での情報収集」という従来の枠組みで、米国をはじめとする国際社会の期待に応えられるのかは、大いに疑問である。

より根本的な問いは、日本が自国のエネルギー安全保障にどこまでの責任を負う覚悟があるのか、ということである。1980年代には「金は出すが人は出さない」と批判され、2019年には「独自派遣」という折衷策でしのいだ。今回もまた同じ手法で乗り切れるかもしれない。だが、ホルムズ海峡が実際に封鎖され、原油価格が高騰し、国民生活に目に見える影響が及び始めている現在、「何もしない」という選択肢の政治的コストはかつてなく高い。高市首相が19日の日米首脳会談でどのような回答を示すかは、日本の安全保障政策の転換点となりうる。2015年に整備された法的枠組みの「想定例」が現実となった以上、その枠組みを使うのか使わないのか。日本はついに、長年先送りしてきた問いに正面から向き合わなければならない局面に立っている。これは、戦後日本の「幼年期の終わり」となるかもしれない。

 

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