高市早苗「愛読書リスト」の奥にあるもの
愛読書を「読書時間」で換算してみる
高市早苗首相の愛読書リストがネット上で話題になった。『サッチャー回顧録』上下巻、山本七平の『「空気」の研究』、司馬遼太郎の『坂の上の雲』全八巻、『松下幸之助 発言集』全四十五巻、キングストンの『ビジネスマンの父より息子への30通の手紙』。いかにも政治家らしいラインナップだという声もあれば、くだらないという声もあった。だが、このリストをひとつの補助線で見直してみると、まったく違った風景が浮かび上がる。これに要する読書時間である。
それぞれの本を通読するのにかかるおおよその時間を試算すると、『サッチャー回顧録』が三十〜六十時間、『「空気」の研究』が十〜十八時間、『坂の上の雲』が百二十〜二百時間、『ビジネスマンの父より息子への30通の手紙』が六〜十時間。ここまでは常識的な範囲だ。問題は『松下幸之助 発言集』である。全四十五巻。通読だけで五百〜八百時間以上はかかる。すると、この単純にも見える愛読書リスト全体を読破するに要する時間の合計は七百〜千時間、一日二時間読み続けて約二年という計算になる。
松下幸之助語録・四十五巻を「精読」した人間
多くの人は高市早苗の愛読書における「松下幸之助」と聞いて、『道をひらく』のような薄い語録集を思い浮かべたのではないだろうか。二時間もあれば読めるような、名言をまとめたダイジェスト版ではないか。しかし『松下幸之助 発言集』全四十五巻は、そういった類のものではない。松下が生涯にわたって語った言葉を時系列で網羅した膨大な記録であり、経営哲学から政治構想、人間観から国家観まで、一人の実業家の思考の全貌がそこに収められている。
では高市早苗は、この四十五巻をダイジェストではなく通読したのか。私は読んだと考えている。それも、通読どころか精読しているだろう。高市氏が政治家を志した最大のきっかけは松下幸之助その人である。一九八五年、松下政経塾在籍中に松下から直接薫陶を受け、一九九〇年代に日本経済が長期不況に突入するという予言を聞いたことが、国政への挑戦を決意させた。人生を根本から変えた恩人であり、最も尊敬する人物の全発言記録を、徹底的に読まないわけがない。実際、高市氏は首相就任後も松下政経塾の「五誓」を記者会見で引用し、松下の言葉を血肉として使いこなしている。表面的な引用ではなく、思想の構造を内面化した人間の言葉遣いである。
「健全財政」の名の下に失われたもの
つまり、私たち日本人は、高市早苗を通して、松下幸之助の政治思想に向き合っているのである。そしてその核にあるのは「国家経営」という発想である。国家を一つの経営体と見なし、長期的な視野で投資と蓄積を行い、国民を豊かにする。その究極の姿として松下が唱えたのが、松下幸之助一流の「無税国家論」だった。国家予算の余剰を積み立て、その運用益でいずれ国家を運営する。一九七八年に初めて発表されたこの構想は、一見すると途方もない夢想に見えるが、その思想の骨格は明確である。単年度で予算を使い切るのではなく、企業のように内部留保を積み上げよ。行政の無駄を省き、効率を高めよ。百年の計を描け。
ここで一部の論者は、高市氏の「責任ある積極財政」は松下の健全財政路線に反していると批判するだろう。松下は、蓄積と倹約を説いたのに、高市は国債を発行して財政出動している、と。だが、この批判は松下思想の表層しか見ていない。
松下幸之助は小学校中退で丁稚奉公から身を起こした実業家であり、江戸時代の幕藩体制を維持する家老のような人物ではなかった。水道哲学に代表されるように、良質なものを大量に安く供給し、社会全体を豊かにするという攻めの経営者だった。「余剰を積み立てろ」という言葉も、守りの緊縮ではなく、次の大きな投資のために体力をつけておけという攻めの発想である。松下にはアニマルスピリットがあった。
むしろ、一九九〇年代以降の日本で「財政健全化」という言葉が実際に意味したものを思い出す必要がある。増税、歳出カット、円高の容認、デフレの放置。結果として雇用は破壊され、国民は貧しくなった。「就職氷河期」も生み出された。これは、松下の「健全財政」において最も大事にしていた「国民の繁栄」そのものが三十年にわたって毀損されてきたのである。
高市氏はアベノミクスに随伴する経験を通じて、このことを明確に認識したはずだ。金融緩和と財政出動によるリフレーション政策が雇用を生み出し、結果として税収も増えた。税率を上げずとも税収を増やすという高市氏の基本方針は、実は松下の「無税国家」の発想と深いところで通底している。増税に頼らず、経済成長による税収増で国を回す。これこそ松下が本来求めていた国家経営の姿ではなかったか。
高市政権の成長戦略の核である「危機管理投資」も、松下イズムの令和的展開として読むことができる。経済安全保障、食料安全保障、エネルギー安全保障、健康医療安全保障、国土強靭化。これらの分野に官民連携で戦略的に投資し、課題解決に資する製品やサービスを世界に展開することで成長につなげる。ただ金を刷って需要を作るのではなく、「何に投資するか」を国家が長期的な視野で選定する。これは松下が政経塾で繰り返し説いた「百年の計を描け」「長期的展望を持て」という教えの、具体的な政策への実装にほかならない。
四十五巻を精読した人間は、松下の言葉尻ではなく、松下の思考の構造を受け取っている。その構造とは、国家を経営体として捉え、国民の雇用と繁栄を最優先し、そのために長期的な投資戦略を描くことだ。高市氏の積極財政は、松下の教えへの裏切りではなく、師の思考法を内面化した上での令和における応用である。
「あなたは運がいいですか」
最後に、少し余談めいた話をひとつだけしておきたい。松下幸之助には有名な逸話がある。採用面接で「あなたは運がいいですか」と尋ね、「運が悪い」と答えた者は採らなかったという。これは迷信ではない。松下にとって「運」とは、物事の流れを読み、感謝し、人の力を借りられる人間の総合的な資質を意味していた。合理性の外側にある、しかし経営においては決定的に重要な何かだ。
高市早苗という政治家を見ていると、この松下的な人間観が染みついているように感じることがある。数字とデータだけで動くのではなく、人や状況の勢いを読んで決断する。合理的に予測可能な範囲の外に踏み出す胆力がある。松下幸之助語録四十五巻を精読した人間が受け取ったものは、政策の設計思想だけではないのかもしれない。松下幸之助イズムの令和における復権、それがどこまで届くのかは、まだ誰にもわからないが、運気を確信しなければ、所詮、運など開けるはずもない。
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