« 韓米日空中訓練をめぐるナラティブの迷宮 | トップページ | ラピダス2676億円出資が示す高市政権の本気 »

2026.02.27

中国公安当局による「サイバー特別行動」の全貌

OpenAIが2026年2月に公表した報告書は、中国の法執行機関(公安当局)に関係する工作者がChatGPTを悪用し、「サイバー特別行動(QüYù)」と称する隠密な影響力工作(IO)を組織的に展開していた実態を詳細に明らかにしていた。

この工作は、国内外の異見者や中国共産党(CCP)批判者を沈黙させることを目的とした、大規模かつ持続的な国家戦略の一環である。その規模は膨大であり、少なくとも数百人の専従オペレーターが配置され、300以上のプラットフォームにわたる数千の偽アカウントが組織的に運用されていることが判明した。さらに、対象者の分析・プロファイリング、多言語翻訳、内部報告書の作成・整理にまでその活動は及んでいた。

高市早苗総理大臣を標的とした多角的な信用失墜工作

この工作者がChatGPTを用いて計画した最も具体的な活動の一つは、高市早苗総理大臣(報告書作成時点で日本初の女性首相)を標的とした大規模キャンペーンであった。高市氏が内モンゴルにおける人権状況を公開批判したことを受け立案されたこの計画は、6つの攻撃ラインで構成されていた。

具体的には、①高市氏へのネガティブなコメントの投稿・拡散、②外国人居住者を装った偽メールアカウントを使った日本の政治家への苦情送付、③物価高騰を利用した政権批判の扇動(偽アカウントによる情報拡散と一般ユーザーの誘導を組み合わせる)、④高市氏を「極右」として印象づけるレッテル貼り、⑤米国の関税への怒りを煽ることによる日米関係の離間工作、⑥内モンゴルに関する中国側の親政府的なコメントの拡散、の6点である。

OpenAIのモデルはこの計画への協力を拒否したが、工作者は独自の手段でキャンペーンを実行に移した。10月下旬にOpenAIへ提出した報告書の精査依頼によって、ChatGPTを使わずに工作が進行していたことが確認されている。

視覚的ミームとハッシュタグを用いた実効工作の展開

工作の実行段階では、特定のハッシュタグとAI生成による視覚的ミームが多用された。

工作者は「#右翼共生者」、およびより自然な日本語表現である「#右翼的共生者」というハッシュタグを用い、𝕏(旧Twitter)、Pixiv、Blogspotなどのプラットフォームで攻撃を展開した。投稿された画像には、高市氏が日本の民族主義団体「一水会」の代表・木村三浩氏と密会しているかのように合成した写真や、米国の牛肉関税が日本市場を圧迫していると主張する中国語・日本語のミームが含まれていた。Pixivに投稿された風刺漫画のうち4点はAI生成であることが明記されており、技術を駆使して「証拠」を捏造する姿勢が顕著である。

特筆すべきことは、これら投稿の実際の拡散力である。工作者が主張する50,000件以上の投稿のうち、300件以上のシェアやコメントを獲得したのは150件未満にとどまった。YouTubeの動画再生数は多いもので4回、Pixivのミームで最高108閲覧と、オーガニックなエンゲージメントはほぼゼロに近かった。

心理的・社会的抹殺を狙った嫌がらせ戦術

このような「サイバー特別行動」は、著名な活動家や人権団体を対象とした執拗な嫌がらせ戦術を特徴としている。

𝕏のアカウント「李老師不是你老師(Teacher Li is not your teacher)」を運営する李穎(Li Ying)氏や、人権団体「セーフガード・ディフェンダーズ」に対しては、スパイ容疑や性的スキャンダルを捏造・拡散するスマキャンペーンが展開された。報告書が確認した一つの𝕏アカウントは、11月に高市氏攻撃のハッシュタグを投稿する一方、同年1月には李穎氏とセーフガード・ディフェンダーズを標的とした返信を9件投稿しており、同一の工作が複数ターゲットに対して継続的に展開されていることを示している。

活動家の解立軍(Jie Lijian)氏に対しては、偽の訃報や墓石の写真を大量に投稿し、本人が死亡したという虚偽情報を流布させることで心理的追い込みを図った。VOAの中国語サービスが2023年10月に報じたように、解氏の「訃報」は同年8月に中国国内のインターネットで広く拡散しており、「大量生産・広範にリポストされた偽の訃報、追悼写真、葬儀場、墓石」が確認されている。

活動家の慧波(Hui Bo)氏に対しては、組織的な罵倒コメントで本人の反論を誘発し、その返信を規約違反として数千件規模で虚偽通報することで、プラットフォームの自動システムを悪用してアカウントを制限状態に追い込んだ。さらに、慧波氏のなりすましアカウントを多数作成し、本物のアカウントを検索しても偽物が上位に表示されるよう工作した。2025年11月29日時点で、慧波氏のアカウントは実際に制限状態に置かれていることが確認されている。

ローカルAIモデルの体系的な統合

工作者は外部のAIサービスに加え、中国国内で開発されたオープンウェイトのAIモデルを業務フローに体系的に組み込んでいる。報告書では、DeepSeek-R1、Qwen2.5、YOLOv8といったモデルをローカル環境に展開し、対象者の常時監視、精密なプロファイリング、多言語翻訳、コンテンツ生成、内部文書の整理に活用していることが記述されている。OpenAIはこの主張を独立に検証することはできないとしながらも、過去の脅威報告でも中国を起源とするユーザーがオープンウェイトモデルを用いてSNSの監視やフィッシングメールの作成を試みた事例を確認していると指摘している。

デジタルとフィジカルが融合した弾圧

「サイバー特別行動」の深刻な側面の一つは、オンライン工作が現実世界での物理的な弾圧と密接に連動している点にある。

中国国内では、親台湾のツイートを投稿した疑いのある若い女性が逮捕・取り調べを受けた事例が報告されており、また公安職員が批判者の勤務先や大家に偽の告発を行い、さらに批判者の家族の自宅近くに敵対的なポスターを貼り付け、それを写真に撮ってオンラインで拡散するという手口も確認されている。

国外においても悪質な活動が報告されている。工作員が米国移民局の職員を装い、在米の活動家に対してその公的発言が違法にあたると警告した事例や、米国の地方裁判所の文書を偽造してSNSプラットフォームに提出し、アカウントの削除を求めた事例が記述されている(後者については実行には至らなかったとされるが、実現可能性を示すものとして記録されている)。

工作の規模と実際のインパクト

OpenAIの報告書は、工作の規模と実際のインパクトを慎重に区別して評価している。工作者の主張によれば、「特別行動」は中国国内のWeibo・WeChatに加え300以上の海外プラットフォームにわたり、国内ネットワークでは数百万件、海外では数万件の投稿を行っているという。ある省の300人のオペレーターが国内外のプラットフォームでIOに従事しているとの報告も含まれており、複数省にわたる等価チームの存在を示す記述と合わせると、全国規模で少なくとも数百人のオペレーターが配置されていると推定される。

しかし、一般ユーザーへの実際のリーチは現時点では限定的であると評価されている。視覚的な拡散力は低くとも、執拗な嫌がらせや虚偽通報によるアカウント停止工作は、ターゲットとなった個人の活動意欲を削ぎ、自己検閲や沈黙を促す「言論封殺」の武器として確実に機能している。OpenAIは、こうした戦術の影響力を、その外見上の数値的インパクトだけで判断すべきではないと警告している。

 

 

|

« 韓米日空中訓練をめぐるナラティブの迷宮 | トップページ | ラピダス2676億円出資が示す高市政権の本気 »