韓米日空中訓練をめぐるナラティブの迷宮
朝鮮日報は2026年2月25日付の独自報道で、かなり強い見出しと内容のもとにある政治的なナラティブを打ち出してきた。「韓米日合同空中訓練から『日本排除』 韓国政府の逆提案に米国『それなら米日だけで実施』」というのだ。記事の主軸は、米国が提案した韓米日3カ国合同空中訓練に対して、韓国政府(国防部)が「日本を除外した韓米2カ国のみ」の実施を逆提案し、米国がこれを拒否して米日だけで訓練を進めた、という流れである。この出来事を「日本排除」の積極的な意図として描き、韓国側の対日感情優先が同盟の信頼を損ない、最終的に韓国自身が「コリア・パッシング」されたという辛辣な批判的フレームを強く押し出している。
国防部は即座に公式反論を出し、「事実ではない」「拒否ではなく調整を求めただけ」「韓米日協力は固く維持されている」と強調した。言葉選びの「排除」という表現や、意図的な拒絶という解釈の強調は、保守系メディアらしい独自取材に基づくナラティブの色が濃く出ている部分だ。
ナラティブを支える事実は何であったか
確認可能な最小限の事実を、複数メディアの共通部分からリストアップすると、以下のシークエンスに絞られる。
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米国が2026年1月15日頃、韓米日3カ国空中訓練の実施を韓国に提案(予定日程:2月中旬頃)。
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提案日程が韓国の旧正月連休(2月15日〜18日)と重なり、「竹島の日」(2月22日)直前だった。
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韓国国防部は、日程前倒し(3カ国継続)または韓米2カ国のみでの実施を米国に提案(逆提案)。
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米国はこの提案に応じず、2月16日と18日に米単独訓練+米日合同訓練(B-52戦略爆撃機参加)を実施。
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結果、予定されていた韓米日合同訓練は見送られた。
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韓国国防部公式コメント:「米日の訓練は3カ国枠組みとは無関係」「今後調整して3カ国実施可能」。
聯合ニュースやKBSも「韓国側が韓米2カ国案を提示した」点を認めているが、「竹島の日」などの政治的・日程的配慮を主因として扱い、「排除」という言葉は用いていない。事実の骨子は一致するものの、意図や内部判断の部分は当事者の非公開情報に依存するため、公開一次資料が存在しない。
どの複数ナラティブも裏付けはできない
朝鮮日報の強いナラティブ以外にも、いくつかのナラティブが並存している。たとえば聯合ニュース・KBSのような公営・中立寄りメディアは、「日程が旧正月連休と竹島の日に重なり政治的に敏感だったため、韓国側が日程前倒しまたは韓米のみを提案したものの、米国が日程変更に応じず、一時的な調整失敗に終わった。今後も3カ国協力は継続可能」と穏やかにまとめている。一方、日本側や一部のSNSの反応では、おそらく朝鮮日報のナラティブを復唱したのだろう、「韓国がまた日本を排除しようとした結果、米国が韓国を切って日米でやった。当然の結果だ」という嘲笑や皮肉が広がっている。これらこそ、ナラティブの基本機能そのものである。
しかし、これらのいずれのナラティブも、「本当の物語」だと断定する決定的証拠、すなわち外交文書、録音、当事者の公的発言などは存在しない。国防部の釈明と朝鮮日報の独自筋リークの間で言葉の解釈の余地が大きく残り、外部からは複数の可能な物語が並存する状態に留まっている。
どのようなナラティブであっても影響はでる
ナラティブの色合いや解釈の強弱に関わらず、この出来事の連鎖が自動的に生んだ現実的影響は変わらない。米国は韓国抜きでも日本と即座に訓練を実施できたことで、日米同盟の運用柔軟性と、中国・北朝鮮に対する抑止の「代替オプション」を明確に示した。韓国側の優先事項(日程調整や政治的配慮)が通らなかったことで、今後の韓米協議において韓国が譲歩を強いられる圧力を感じやすくなる可能性が高まった。また、3カ国枠組みの非対称性、すなわち米国主導で韓国がオプション化されうる現実が可視化され、韓国にとっては「取り残されるリスク」が顕在化してしまった。さらに韓国国内では、朝鮮日報的なナラティブのもと、保守メディアが韓国政府の「失敗」「排除」と騒ぎ、政府が「調整中」と釈明する構図が続き、対日感情や対米信頼をめぐる国内対立を増幅させる触媒となっている。これらはナラティブ抜きでも確定した機能・効果として国際政治の力学に痕跡を残している。
それもまたナラティブなのか
しかし、それもまたナラティブなのではないか。そうだ。最終的に「これらの事実が何をもたらすか」を語る時点で、どうしても微妙なナラティブが入り込んでしまう。「一過性の日程ミスに過ぎず、影響は最小限」という最小化の物語もあれば、「米国の現実主義的シフトが同盟の再編を予感させる」という兆候論の物語もあるし、「韓国の自滅的選択が招いた外交的失敗」という教訓的な物語もある。ナラティブを完全に排除して「機能だけ」を述べようとしても、「誰にとっての影響か」「何のための機能か」を無視できない以上、因果の意味づけが避けられない。
つまり、この事態は「ナラティブを要請する最小単位の事実」として機能し続け、「ナラティブを抜くこと自体が一つのナラティブ(中立・事実主義の立場)」というパラドックスを抱えている。だが、ナラティブは空白化できない。日韓関係が良好であることが求められるというナラティブは、そもそもが日韓の国是とも言えるものだ。ゆえに、私たちにできるのは、複数の物語を並べて比較し、事実の重みとどれだけ整合するかを検証し続けることという文芸批評的な遊戯ではない。現代の地政学報道が直面する迷宮の典型例を通して、残念ながら私たちはナラティブを選択しなくてはならない。
ナラティブの遊戯の外側にある米国にとっては、日韓の「良好さ」は重要だが必須ではない。米国は、インド太平洋戦略の優先順位では、中国・北朝鮮抑止の即応性が上回る場合、韓国を「オプション」扱いできる柔軟性を持っていることを、この一連の事実が露呈させた。韓国側が米国の現実主義に譲歩せざるを得ない状況では、「日韓良好」というナラティブを維持しなければならない。この主語は当然、日韓政府である。
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