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2026.02.22

中国の影が忍び寄る情報空間

日経新聞が2月22日スクリーンショット付きで報じた「衆議院選挙、中国系400アカウントが『反高市工作』」の記事は、多くの日本人読者に、「やはりそうだったのか」と納得させるものがあった。

自民党が圧勝した2月8日の衆院選期間中、X(旧Twitter)上で高市早苗首相を標的にした批判投稿が急増した。約400のアカウントが旧統一教会関連のテーマを集中して拡散し、多くのアカウントが選挙直前に開設されていたというのだ。日本語発信に力を入れ、AIを活用した自然に見える画像や文面が特徴である。自然な世論形成に見える。だが、組織的な中国工作であろう。

この問題は、日本だけに孤立した現象ではない。米国では2024年の大統領選前に、中国国家関連の影響工作ネットワーク「スパンモフラージュ(スパモフラージュ: SPAMとカモフラージュから)」が同様の手法で社会的分断を煽っていた。

米オープンソース分析企業グラフィカ(グラフィカ)のレポート「The #Americans」は、この中国工作の詳細を暴く点で、日本への警鐘として今なお示唆に富む。ただ、このレポートは約1年半前の2024年9月時点のもので、当時の工作は「ぎこちない」失敗の痕跡が多く見られた。2026年現在、中国の影響工作はAIの深偽造技術を駆使し、より洗練され、外国政府の転覆を直接呼びかけるほど大胆化している。中国の情報操作が日本の民主主義の根幹をどう脅かしているかを、再考する時が来ている。

スパモフラージュの実態 中国国家関連の工作が米国選挙を標的に

グラフィカのレポートは、スパモフラージュを「中国国家関連の影響工作」と高い確度で評価し、その進化を詳細に分析している。このネットワークは2019年から追跡されており、プロ中国・反西側ナラティブを多言語で拡散した。グラフィカは、公開されている各種データ(オープンソースの指標)や業界パートナーからの評価を根拠に、その活動や事案を中国の国家に関連するアクター(政府や政府系組織など)によるものだと、高い確信度で判断している。

スパモフラージュは、2024年米大統領選を前により攻撃的に変貌した。米国人を装う偽キャラクターを拡大運用し、𝕏上で15アカウント、TikTok上で1アカウント、さらにクロスプラットフォームの「米国向けメディア」というキャラクターを特定した。これらは米国市民や平和・人権・情報健全性擁護者を名乗り、米政治や西側に失望した「普通のアメリカ人」として投稿を繰り返した。

工作の目的は明確であった。民主党・共和党の両候補を等しく腐し、選挙の正当性に疑念を植え付けることだ。ジョー・バイデン、ドナルド・トランプ、カマラ・ハリスを標的に、銃規制、ホームレス、薬物乱用、人種不平等、イスラエル・ハマス紛争などの敏感なテーマも煽る。一部コンテンツは生成AIの関与がほぼ確実で、バイデンを「coward(臆病者)」、トランプを「fraud(詐欺師)」と描いたミームが拡散された。ここでの中国工作の核心は、特定候補の勝利ではなく、「誰も信じられない」という不信の空気を醸成することであった。グラフィカはこれを、米国を「弱い指導者と失敗した統治システムを持つ衰退するグローバルパワー」として描く戦略だと指摘する。中国の国家目標に沿った、長期的なイメージ操作である。

これらのアカウントは協調的に動作した。同一コンテンツを再投稿し、スパモフラージュの他のリソースとも連携した。実際のところ、その影響力は概ね限定的だったが、TikTokの一動画が150万再生を記録した例もあり、「一点突破」の可能性を示した。ISDの2024年4月報告で指摘された「MAGAflage」(トランプ支持者を装うクラスタ)と類似するが、スパモフラージュはより広範に愛国心を強調し、中国による工作の柔軟性がうかがえるものだった。

中国工作の巧妙な演出

グラフィカのレポートで興味深いのは、中国工作の「人間らしさ」を演出する手法と、その失敗のディテールにある。アカウントの多くはプロフィールに星条旗や兵士の画像を配置し、#Americanなどのハッシュタグを多用した。少なくとも5アカウントが「私はアメリカ人だが、政府に失望した」「兵士として祖国を愛するが、現政権は違う」と明記した。あるアカウントは「NATOと米政府に反対するアメリカ人」として投稿し、もう一つは「アメリカに家がない!」と嘆きながらバイデンを「私たちの大統領」と呼んで「次は投票しない」と誓う。中国工作の鍵は、主張の前に「所属(I am one of you)」を強調し、読み手の警戒心を下げることであった。

文体も中国工作の洗練を示していた。ぎこちない英語のレトリック、例えば「is the present America still our America?(今のアメリカは、まだ私たちのアメリカか?)」や「is the current president our president?(今の大統領は私たちの大統領か?)」が、母語話者の不器用さを装い、「素人の嘆き」として機能する。

しかし、この時点での中国の工作は完璧ではなく、レポートでは意図せぬ中国語の混入点が複数指摘されている。たとえば、「アメリカに家がない」と主張するアカウントが2023年7月20日に「水电费水电费(水道・電気代)」という中国語の投稿をして、すぐに削除した。これは操作環境が中国語設定だった証拠である。もう一つの反戦キャラクターは、𝕏のコミュニティリンクを「看看我创建的社群(私が作ったコミュニティを見て)」という中国語キャプション付きで投稿した。これは機能の自動生成文面で、オペレーターが中国語で𝕏を閲覧していたことを示唆する。しかも、その「NO WAR」コミュニティの25メンバーのうち11が特定アカウント群だった。こうした中国工作の「漏れ」は、抽象論ではなく、技術的指紋として貴重だ。次第に巧妙になるとはいえ、工作を乱造しているためにいまだに漏れは現れてくる。

キャラクター構築も中国工作の特徴といえる。あるアカウントは2023年5月27日から6月17日まで投稿を止め、6月18日に復帰して「depression relapse(うつの再発)」で「医師の勧めで外出して休んでいた」と説明した。政治主張はテンプレート化可能だが、沈黙の理由を「生活物語」で埋めるのは、中国工作の長期戦略を表している。

再ブランド化とAI活用が中国工作の進化形

同レポートはまた、中国工作の資産再利用とAIの役割も強調している。グラフィカが2020年から追う「Deep Red(深红)」という親中メディアのキャラクターが、𝕏上で米国人を装う形に再ブランド化した。これは、元々韓国語で投稿していたアカウントが2023年後半に英語の親中コンテンツへ移行し、「Common fireman」に改名した。プロフィールとカバーを星条旗画像に更新し、米選挙公務員脅迫やTikTok禁止などの正規報道スクリーンショットを共有するようになった。つまり、中国工作は捏造だけでなく、正規素材の「切り貼り」で感情を誘導するようになったのである。

注目すべき例としては、「Harlan Report」という保守系メディアを装うキャラクターがある。TikTokと𝕏で活動し、トランプ支持・バイデン批判を展開した。そこで、バイデンの年齢を嘲る動画がTikTokでは150万再生を記録した。動画は縦型短尺で、正規ニュース映像に黒字の黄色背景(後には白字のバーガンディ背景)で煽り文を重ね、ブランドロゴを付けた。中国工作の「番組化」手法である。

このキャラクターは15ヶ月で複数変身した。最初は@HarlanManning19として「ニューヨーク在住の退役軍人」を演じ、次に@Harlan_RNCとして「29歳のトランプ支持者(Biden Hamas™)」へ、最後に「31歳のフロリダ共和党インフルエンサー(Harlan Report™)」へと変わった。その後、過去投稿を削除し、AI生成アバターを使用している。中国ウイルス学者を批判するスパモフラージュ定番漫画を投稿し、後で削除した痕跡もある。プロフィール画像は別スパモフラージュ動画のAIアバターと同じである。中国工作の連続性を隠すための再ブランド化といえる。

2026年現在、中国工作の高度化と政府転覆の呼びかけ

この2024年レポートは今から見てるともはや古い。当時の中国工作は中国語の漏れやぎこちない英語などの「失敗」が目立っていた。2026年現在、スパモフラージュはさらに進化を遂げ、より洗練された形で世界各国に広がっている。

グラフィカの2025年1月レポートでは、スパモフラージュがスペインの洪水対応を批判し、人権団体「Safeguard Defenders」を偽装して政府転覆を直接呼びかけた事例を指摘している。これは初めて外国政府の転覆を公然と促したケースである。 また、カナダでは2025年選挙前に復活し、AI深偽造動画を使って中国語話者の政治家やコミュニティリーダーを標的にした。2025年3月のRRM Canada報告では、数百の投稿が毎日アップロードされ、自動化と協調性が強化されていると分析された。 台湾では2025年選挙で2.16百万の偽情報インスタンスが検知され、AI生成コンテンツの量産が難易度を上げていた。 米国防省の2025年報告書も、中国の軍事開発でAIやサイバー能力の進化を強調し、核・長距離ストライクの脅威とともにIOの脅威を警告している。

こうした進化は、以前の「ぎこちない」失敗を減らし、検知を難しくしている。生成AIの活用で、ディープフェイクが日常化し、投稿の多様性が増した。ロシアとの手法共有も見られ、グローバルな脅威となっている。

中国工作が「反高市」トレンドに忍び寄る

この中国工作のディテールは、日経の最新報道と重なる。衆院選中の400アカウントは選挙直前に開設され、AI画像を活用した自然な日本語の投稿で高市首相を旧統一教会関連で攻撃した。拡散規模は限定的だったともいえるが、手法の巧妙化はスパモフラージュの進化を思わせる。中国工作の「ぎこちない文体」「再ブランド化」「AI活用」「協調拡散」「感情的テーマ選定」は、日本語空間に適用可能である。プラットフォームの監視が英語圏より緩く、生成AIの日本語生成が進化した今、政治的不信を増幅しやすい。

中国の国家目標、すなわち民主主義の劣化は日本も例外ではない。次の選挙や論争で似た「違和感」が生じた時、内容より「発信源の質」と「生成過程」を問うことが防衛の第一歩となるだろう。中国の影が情報空間を蝕む時代、私たちは画面の「声」が本当に市民のものかを、慎重に検証しなければならない。また、こうした意味で、現在、劣化リベラルとして代表とされる大御所たちは、いっそう工作の隠れ蓑として価値を高めていくだろう。

 

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