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2026.01.06

2026年-ユーラシア・グループ「トップ・リスク 10」

2026年、ユーラシア・グループは年次報告書「トップ・リスク(Top Risks)」を発表した。このレポートは、同社が毎年1月初旬に公開する旗艦的な年次報告書である。その内容は、当該年に実現する可能性が最も高く、かつ世界に甚大な影響を及ぼす地政学的リスク(政治リスク)をトップ10形式で予測・分析したものだ。

このレポートの目的は、投資家、企業、政府関係者、そして個人がグローバルな不安定要因を事前に把握し、リスク管理や新たな機会の発見に活用することにある。

1998年に設立された地政学リスク・コンサルティング会社であるユーラシア・グループは、2000年代初頭からほぼ毎年このレポートを発行しており、同社の最も代表的な取り組みとして定着している。主要な執筆者は、社長のイアン・ブレマー(Ian Bremmer)と会長のクリフ・クプチャン(Cliff Kupchan)である。

各リスクについて背景、発生確率、潜在的な影響を詳細に解説するだけでなく、世間で過大評価されがちな懸念(Red Herrings:赤ニシン)を併せて指摘する点が大きな特徴である。

以下、2026年のトップ10リスクの概略を述べる。


Risk 1:米国政治革命(US Political Revolution)

トランプ大統領が主導する「政治革命」が、権力のチェック機能を解体し、政府機構を掌握して敵対者に対して武器化しようとする動きである。これは、フランクリン・ルーズベルト(FDR)時代のような過去の執行権拡大とは異なり、システムレベルの変革を目指すものである。トランプの1期目に存在した「ガードレール」はすでに崩壊している。しかし、トランプ自身はこれを「腐敗したエスタブリッシュメントの浄化」と位置づけ、その支持者も「民主主義の回復」と見なしている。潜在的な影響として、米国の政治システムが根本から変質し、国内の報復人事が優先される恐れがある。

Risk 2:過剰電力化(Overpowered)

「過剰電力化」とは、21世紀経済の基幹技術(EV、ドローン、ロボット、先進製造業、スマートグリッド、バッテリーストレージ、AIなど)が依存する「電動スタック(バッテリー、モーター、電力電子機器、組み込みコンピューティング)」を中国が掌握し、米国がその優位を許している状況を指す。2026年、この格差はもはや無視できない水準に達する。将来の経済生産において他国への依存が生じ、米国の競争力は低下する。中国の圧倒的優位が、グローバル経済のさらなる分断を加速させることが懸念される。

Risk 3:ドンロー・ドクトリン(The Donroe Doctrine)

トランプ政権が「モンロー・ドクトリン」を再解釈し、西半球(米州)における米国の覇権を、軍事圧力、経済的強制、選択的な同盟構築、個人的な報復によって主張する方針である。これによって、中国、ロシア、イランの影響力を制限するだけでなく、米国が積極的な優位性を追求することで、政策の過剰執行や予期せぬ結果を招くリスクがある。米国の過度な介入が地域の不安定化を招きかねない。

具体例として、2025年の麻薬密輸船への攻撃、コロンビアやメキシコへの軍事威嚇、コロンビア大統領やブラジル最高裁判事への制裁、パナマ運河の管理権への圧力、ニカラグア・キューバへの制裁強化が挙げられる。一方で、エルサルバドルのブケレ大統領との関係強化、アルゼンチンへの200億ドル支援、ホンジュラス元大統領の恩赦、そしてベネズエラ情勢への関与といった動きも含まれる。

Risk 4:包囲された欧州(Europe under Siege)

欧州の政治的中心が崩壊の危機にあり、フランス、ドイツ、英国の弱体化した政府が、左右のポピュリスト、さらには米政権やソーシャルメディアによる敵対的勢力にさらされている。3大国における現政権の不人気とポピュリズムの台頭により、少なくとも一人の指導者が退陣に追い込まれるリスクがある。最悪の場合、欧州全体が機能不全や不安定化に陥る可能性がある。その影響として、経済停滞への対応、米国の撤退による安全保障上の空白の補填、およびウクライナ支援の継続が極めて困難になる。

Risk 5:ロシアの第二戦線(Russia's Second Front)

ウクライナでの戦闘が膠着する中、欧州における最大の危険地帯はドネツクの塹壕から、ロシアとNATOによる「ハイブリッド戦争(インフラ破壊、空域侵犯、選挙干渉など)」へと移行する。NATO側が反撃を開始すれば、対立はさらに激化する。欧州内での対露衝突が頻発し、ウクライナの弱体化や、不測のエスカレーションを招く「テールリスク(Tail Risk)」が増大する。ロシアによる領土拡大の野心と民間施設への攻撃、およびウクライナによるロシア深部への攻撃が続き、戦争開始から4年が経過しても決着がつかない不安定な状態が続く。

Risk 6:米国型国家資本主義(State Capitalism with American Characteristics)

トランプ政権が「ニューディール政策」以来となる経済介入主義を推進し、企業への政府出資や、個人的・取引的な政策を拡大させる。これはバイデン政権が展開した標的型の産業政策とは異なり、制限となる原則が存在せず、トランプの掲げるアジェンダに沿う企業のみが優遇される。その結果、「クロニー資本主義(身内びいきの資本主義)」が定着し、非協力的な企業は不利な立場に置かれ、ロビー活動が激増する。トランプの「企業への出資は非常にアメリカ的である」という発言や、関税免除を交渉材料にする「壊して修復する(Break and Fix)」アプローチがその典型である。

Risk 7:中国のデフレ・トラップ(China's Deflation Trap)

中国のデフレ・スパイラルが深刻化し、中国政府が介入を拒む事態が想定される。習近平国家主席は2027年の党大会を控え、政治的統制と技術的優位の確保を優先しており、消費刺激策や構造改革を避けている。過剰生産、国内需要の低迷、債務デフレのサイクルが主因である。この影響により、中国国内の生活水準が低下するだけでなく、世界経済にも悪影響が波及する。具体的には、4年半にわたる住宅価格の下落(2008年の米国金融危機に匹敵する規模)、消費者心理の冷え込み、トランプ政権の関税による輸出市場の閉鎖などが懸念材料である。

Risk 8:AIがユーザーを食いつぶす(AI Eats Its Users)

収益化への圧力と規制の欠如により、AI企業がかつてのソーシャルメディアと同様の「破壊的なビジネスモデル」を採用し、社会や政治の安定を脅かす。AIには革命的な潜在能力があるものの、現時点では投資家の期待を下回っており、「幻覚(ハルシネーション)」や能力の不均一性、企業への導入率の低さ(米国企業で約10%)が課題となっている。短期的には生産性向上への期待が裏切られ、AIの広範な普及が遅れる可能性がある。その一方で、バイオ・材料科学分野での研究開発加速や、メール作成、コードのデバッグといった実用面での利用は進む。

Risk 9:ゾンビUSMCA(Zombie USMCA)

米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)が更新も終了もされず、再交渉が続く「ゾンビ状態」のまま存続する。トランプ大統領は二国間交渉でのレバレッジ(交渉力)を好み、相手国に譲歩を強いるため、北米貿易は長期的な不安定状態に陥る。カナダに対するデジタルサービス税の廃止要求、メキシコに対する中国産品への関税導入やフェンタニル対策の強制などが焦点となる。輸出の対米依存度が高い両国(カナダ75%、メキシコ80%)に対し、トランプが圧倒的な優位に立って交渉を進めることになる。

Risk 10:武器としての水(The Water Weapon)

水が最も激しく争われる共有資源となる。需要の増大と統治の空白により、水資源の「武器化」が進み、非国家主体が国家の脆弱性を突く手段として利用する。これにより人道的危機が国家安全保障上の脅威へと転じる。人類の半分が水ストレスにさらされ、人口増加、都市化、気候変動が事態を悪化させる。インドのチェンナイ、メキシコシティ、イランのテヘランなどで「デイ・ゼロ(給水停止日)」の危機が迫るほか、水不足に起因する移民の加速、ヒマラヤの氷河融解、モンスーンの変動、南アジアやサヘル地域での干ばつが深刻なリスクとなる。

 

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