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2026.01.29

欧州の「中国シフト」は地政学の甘さの産物

スターマー訪中は英国の「物乞い外交」の象徴

2026年1月28日、英国のキア・スターマー首相が北京首都国際空港に到着した。8年ぶりの英国首相による中国公式訪問だ。習近平国家主席、李強首相との首脳会談を軸に、エアバス、アストラゼネカ、HSBC、BPなど約60社のビジネスリーダーを伴った大規模訪中団である。スターマー本人は「クリア・アイ(冷静に脅威を見据えつつ)」「ガードレイル(安全柵)を置く」と繰り返すが、英国メディアやネット上では「物乞い外交」「トランプ離れの両天秤」「中国に頭を下げてでも金が欲しい」という辛辣な評価が飛び交っている。

この動きは英国だけの話ではない。トランプ政権の復活がもたらした米欧関係の深刻な亀裂が、欧州全体を中国に接近させている。Brexit後の英国は経済低迷が続き、ドイツ・フランスもエネルギー危機とインフレの後遺症で苦しんでいる。そんな中、中国は依然として世界最大級の製造・消費市場であり、EV、グリーン投資、化学品、電子部品の供給源として欠かせない存在に見えるのだ。

中国経済は減速し、次の成長エンジンはアジア周辺国

IMFの最新予測(2026年)では中国成長率は4.5%前後へ減速するものの、インドは6.4〜6.9%、ベトナム6.1〜6.3%、フィリピン5.4〜6.0%、インドネシア5.0%前後と、中国を除いたアジア周辺国が本格的に「次なる成長エンジン」として台頭している。

インドの巨大国内消費市場、ベトナムのサプライチェーン移転の受け皿としての製造業、フィリピンのBPO・サービス業、インドネシアの資源・インフラ投資――これらがAI、半導体、EV電池、グリーンエネルギーの新たな拠点として急成長中である。欧米企業も米中摩擦の影響で「中国+1」戦略を加速させており、欧州企業もインド・ASEANへの投資を増やしている。

それなのに、なぜ欧州はまだ中国離れを本気で進められないのか? その核心は地政学的な「遠さ」にある。

地政学の「遠さ」が欧州に甘えを生む

中国は欧州から見れば太平洋を隔てた「遠いアジアの国」。台湾有事、尖閣諸島問題、南シナ海の緊張は「日本の目の前の火種」だが、欧州にとっては「遠い異国の話」に過ぎない。直接的な軍事脅威が薄いため、「人権問題や新疆・香港の弾圧は嫌悪するが、経済的には現実的に付き合わざるを得ない」と割り切ってしまう。結果、短期的な利益を優先し、中国依存を深めていく。

一方、日本は中国と東シナ海を挟んだ隣国。地政学的リスクが日常的にリアルだ。中国の軍事拡張、経済的圧力、狼戦士外交によるバッシングは日常茶飯事。それでも日本は一貫して警戒姿勢を崩さず、米日同盟を基軸にインド・ASEANへのサプライチェーンシフトを加速させてきた。

中国から「反中バッシング」を食らっているのは事実だが、それが逆に「媚び売らない強み」として機能する援助になっている。ありがとう、中国。中長期的に見て、地政学リスクを抑えつつ成長セクターに食い込めているのは、むしろ「良かった」と言える状況なのだ。

欧州首脳の北京ラッシュと「米国離れ」

ECFR(欧州外交問題評議会)の2026年1月グローバル世論調査では、トランプ政権下で「米国はもはや信頼できる同盟ではなく、ライバル・敵」と見なす欧州人が急増中とのこだ。中国を「必要なパートナー」と位置づける声が優勢なのである。トランプの追加関税脅し、グリーンランド買収騒動、NATOへの公然たる批判が、欧州に「米国一辺倒では生き残れない」という危機感を植え付けた。

スターマー訪中を皮切りに、カナダのマーク・カーニー首相訪中、ドイツのフリードリヒ・メルツ首相の訪中予定など、欧州首脳の北京ラッシュが続いている。ドイツの自動車・化学大手は中国依存が深すぎて、急な離脱は売上・利益の即死を意味する。英国もBrexit後の経済苦境で「中国に頭を下げてでも投資と輸出を確保したい」という切実さが優先される。

地政学をバカにする代償必ず訪れる

地政学を「遠い話」「大げさな陰謀論」とバカにする人が多いのは、まさにこの「遠さ」が原因だ。遠いからこそ、無視しやすい。短期的に中国市場にすがれば株価は上昇し、企業は息を吹き返す。

しかし、この甘さの代償は中長期で必ず訪れる。中国依存を深めすぎると、台湾有事や米中対立の本格化でサプライチェーンが一瞬で寸断されるリスクを抱え込む。中国のEV電池・太陽光パネル・レアアースの過剰生産とダンピングは、欧州の産業を空洞化させる「グリーン依存の罠」として現実味を帯びてきている。PwCの2026地政学リスク報告書でも、「パクス・アメリカーナの限界」「グローバルサウスの米国離れ」が指摘される中、欧州の中国接近は「一時しのぎ」に過ぎない可能性が高い。

2030年頃には、欧州企業も本気で「中国抜きアジア」へのシフトを迫られるはずだ。今のうちに「中国依存の欧州 vs 地政学的に賢い日本・アジア」の差が、国際情勢のリアルなドラマになっている。

こうしてみると、スターマーの北京訪問は、ある意味「最後の大博打」である。トランプがさらに暴走し、米欧関係が決定的に悪化すれば、欧州の中国シフトは加速するだろう。でも、地政学をバカにし続けたツケはいずれ回ってくる。遠いからこそ高を括れるというその甘さが、結局は自らの首を絞めることになるのかもしれない。

 

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