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2025.12.01

円安はまだ終わらないのか?

「円安は財政に影響なし」の論理

経済学者で嘉悦大学教授の高橋洋一氏は、長年にわたって日本の財政と為替について独自の視点を提供してきた人物である。物価上昇局面にあってもなお、彼が強く主張しているのは、円安は日本財政に実質的な悪影響を与えないどころか、むしろプラスに働くという見方である。各方面から議論が寄せられている。

高橋氏の論拠は「統合政府バランスシート」という考え方にある。通常、財務省は国債残高や利払い費だけを見て悲観的な試算を繰り返すが、彼は政府と日銀を一つの会計主体として捉えるべきだと主張する。こうすれば、国債発行による利払い費の増加は、同時に政府が保有する巨額の金融資産や外貨準備の運用益増加で相殺されるため、ネットではほぼゼロになるという計算である。

具体的に言えば、2025年度の長期金利が1.5%近辺に上昇したとしても、利払い費は数兆円程度しか増えない。これに対し、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)や外為特会(外国為替資金特別会計)の運用益が同程度増加し、収支はほぼトントンになる。

さらに円安が10円進むごとに、輸出企業の経常利益が膨らみ、法人税収が2~3兆円増加する。加えて外為特会が保有するドル資産の円換算価値が跳ね上がり、含み益として15兆円程度が積み上がる。これを高橋氏は毎度の命名だが、「円安埋蔵金」と呼び、国民一人当たり30万円相当の還元が可能だと試算している。また、彼は財務省が緊縮財政を唱えるのは、負債しか見ていない近視眼的思考の結果だと厳しく批判する。この主張は2023年の著書『円安好況を止めるな!』から一貫しており、意外にも思えるが、2025年12月現在も変わっていない。

高市政権との驚くべき整合性

高橋氏の見解だが、経済学者としてそうした主張もあるだろうとまず受け止められるが、この見方が高市早苗政権の経済運営と驚くほど整合しているとなると政治的な考慮が必要になる。現在、高市首相は「責任ある積極財政」を掲げ、2025年度補正予算で真水21.3兆円を計上しながらも、財政規律を損なわないと強調する。その根拠はまさに高橋が繰り返し示す統合政府視点である。実際、2025年度税収は過去最高の72兆円超を更新し続け、外為特会の剰余金は5兆3600億円に達した。これを一般会計に繰り入れるだけでなく、国民への直接給付や減税の財源に充てる案が政権内で浮上している。

また、両者は2025年9月のYouTube対談で、財務省の伝統的財政観を「古い」と一蹴し、ほぼ同じ言葉で「円安の恩恵を国民に還元すべき」と語り合っている。政策の背後にある経済哲学が完全に重なっているのだ。高市首相が総裁選で掲げた「給付付き税額控除」や「ガソリン税の実質引き下げ」も、高橋が長年主張してきた「個別対策で家計を支えつつ、マクロでは円安を活かす」という考え方と一致する。とはいえ、長年の経緯から見ると、高橋氏が高市首相の経済ブレーンというより、高市首相自身のマクロ経済的見解が近いと判断できる。2025年12月時点で、税収が過去最高を更新し続けている事実は、少なくとも短期的には彼らの主張が正しいことを示している。

コアコアCPI3%は短期的には問題ないどころか圧倒的に有利

現状を振り返る。2025年10月の全国コアコアCPI(生鮮食品とエネルギーを除く総合指数)は前年比3.1%と、依然として高い水準にある。これは賃金上昇がサービス価格を押し上げている証左であり、30年近く続いたデフレマインドが完全に払拭されつつあることを示している。

高橋氏はこれを「好ましいインフレ」と呼び、かつての日銀の2%目標に縛られる必要はないと断じる。実際、名目GDP成長率は3%前後で安定し、企業経常利益は83兆円を超える過去最高水準を更新し続けている。自動車、半導体製造装置、工作機械といった資本財の輸出は過去最高ペースで伸び、法人税収は爆発的に増加している。なるほど短期的には、確かに問題はない。むしろ日本にとって圧倒的に有利な状況である。

輸入物価上昇による家計負担は確かにあるが、それを上回る税収増と企業収益増が財政と成長を支えている。ガソリン補助や電気・ガス料金の負担軽減、外為特会の剰余金を活用した直接給付といった対策は必要だが、それらはあくまで調整弁に過ぎない。基調そのものは崩れていないし、むしろこのまま続けた方が国全体としては得である。輸出企業の業績は過去最高を更新し続け、雇用は人手不足が深刻化するほどに逼迫し、春闘賃上げ率は5%を超えている。

実質賃金はまだマイナス圏にあるが、名目賃金の伸びがそれを上回り始めている様子もある。この状況を「悪い」と言うのは、データを見ていないに等しいと指摘されても、現状では反論しづらい。

米国と中国が明確に嫌っている現実

この状況を外から眺めてみよう。端的なところ、米国と中国は明確に嫌っている。米国は対日貿易赤字が過去最高水準に達し、トランプ政権は24%の包括関税をちらつかせる。円安は米国にとって「不公正な輸出補助金」に他ならない。中国は日本製品が人民元建てで安くなり、自動車や半導体製造装置のシェアを奪われることを恐れている。円安が続けば中国の中高級製造業は衰退する可能性がある、同時に中国としても見過ごせるわけもなく、例によって理不尽な報復措置も強まるだろう。いずれにせよ、米中の両大国が嫌う状況を日本が維持することは、外交的コストが極めて高い。円安は国内経済にはプラスだが、国際的な摩擦を増幅させる装置でもある。

中期的にはこのままではいかないだろう

さて、中期的にはこのままではにいかないのではないか。円安が156円台で高止まりし、コアコアCPIが3%近辺を維持する状況は、2026年以降になると、どこかで転換点を迎えることにならないか。例えば、トランプ政権の関税が定着すれば輸出は減少する。中国の報復は継続し、観光と一部輸出は壊滅的打撃を受ける。これらの想定のもとに日銀は既に、金融正常化の道を模索しており、2026年には政策金利が1%を超える可能性が高いと見られる。長期金利の上昇は利払い費を急増させ、高橋氏が言う現下の「チャラ」は成立しにくくなる。税収増で全てを賄えるという楽観は、とりあえず目先の国際環境が許さないだろう。

円安好況は短期の幻想に過ぎないことになるのだろうか。そうなった場合に日本はどう対応するか。

突飛な想定のようだが、選択的保護主義、いわば「令和の鎖国」を視野に入れざるを得ない状況が近づいているのかもしれない。自給率の向上、サプライチェーンの国内回帰、信頼できるパートナー国との限定開放、現代版鎖国、それが中期的な生存戦略となるかもしれない。円安はまだ終わらないが、終わりが見えないでもない。令和の鎖国なんてことになるのだろうか。

 

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