高市政権の「成長戦略」という幻
高市政権が「日本成長戦略本部」を設置したが
2025年10月、高市早苗政権は「日本成長戦略本部」を発足させた。首相自らが本部長を務め、民間有識者を含む「日本成長戦略会議」を設置し、中長期的な経済成長を議論する枠組みである。
所信表明演説では「危機管理投資」を成長の柱と位置づけ、経済安全保障や食料・エネルギー分野への積極投資を強調した。これは歴代政権の成長戦略の系譜を継ぐものであり、安倍政権の「第三の矢」や岸田政権の「新しい資本主義」と同様の構造を持つ。
しかし、過去30年にわたる日本の成長戦略はすべて失敗に終わっている。実質GDP成長率は1990年代以降、平均1%未満である。経済学的に見て、政府主導の成長戦略は先進国民主主義において成功率が極めて低い。高市政権の試みも、構造的な制約から脱却できない運命にある。
成長戦略の四つの柱
経済学的に有効とされる成長戦略の要素は四つに整理できる。
まず「規制緩和+競争促進」である。政府は市場の障害を取り除き、競争を促すことで生産性を向上させる。次に「移民・労働市場の流動化」である。労働力不足を補い、労働市場の柔軟性を高める。三つ目は「イノベーション政策」である。基礎研究とスタートアップ支援を通じて新たな産業を創出する。最後に「マクロ安定」がある。財政健全化とインフレ目標(2%)を掲げるものである。
しかし、マクロ安定は政策の目的ではなく結果である。ケインズ経済学によれば、財政赤字は景気調整の手段であり、成長が税収を増やして結果的に財政を改善する。インフレ目標も同様の傾向がある。フィリップス曲線が示すように、失業率低下と賃金上昇がなければインフレは発生しづらい。日本銀行が1999年以来掲げる2%目標は、有意味ではあったが、需要拡大なしにはさらなる達成はできない。MMT(現代貨幣理論)はインフレを資源制約の産物と位置づけるが、マクロ安定を政策の柱に据えることは本末転倒であろう。成長環境の整備が先であり、マクロ安定はその副産物に過ぎない。
移民・労働市場の流動化は欧米で限界露呈
移民・労働市場の流動化は理論的には労働力不足を解消し、生産性を向上させる。しかし、EUと米国では失敗が明らかとなりつつある。ドイツは2015年のメルケル開放政策で100万人の難民を受け入れた。当初は労働力補充に成功したが、5年後の雇用率は40%に留まる。財政負担は年1500億ユーロに達する。スウェーデンは世界最高の移民受入率を誇るが、移民の失業率は20%(国民平均5%)である。ギャング暴力が急増し、社会不安が高まる。フランスでは移民2世の統合が失敗し、バンリュー地区の失業率は30%を超える。テロと暴動が頻発する。
米国では低スキル移民の純財政負担が生涯で50万ドル(NRC, 2017)と試算される。低所得層の賃金は3〜5%低下する。OECD(2023)は低スキル移民の経済的純便益をマイナスと結論づける。高スキル移民のみがプラスである。政治的には反移民感情が爆発する。イギリスのブレグジット、イタリアの移民船阻止、デンマークの「ゲットー法」、米国の2024年選挙での不法移民対策がその証左である。
日本は島国・単一言語・同質文化の傾向をもつため、その統合コストは極めて高いもとなるだろう。高齢化率29%の世界一の国で、移民はしだいに社会保障負担ともなりうる。世論調査(内閣府2023)では移民拡大反対が60%である。EU・米の失敗を教訓に、日本での移民頼みは非現実的である。
イノベーション政策は日本に土壌がない
イノベーション政策は基礎研究とスタートアップ支援を軸とする。しかし、アニマル・スピリットを有したかつての日本と異なり、現在の日本にはその素地がもはや皆無である。リスク回避文化が根強い。世界起業家精神指数(GEM, 2023)で日本は54位/54カ国である。
驚くべきことか、ようするにネット用語「公金チューチュー」ということか、ベンチャーキャピタルの90%が政府系である。民間VC投資は米国1兆円に対し日本0.1兆円である。大学は論文数重視で産学連携が機能しない。大学発スタートアップは米国年1000社に対し日本年100社である。労働市場の硬直性も障害である。転職率は米国30%に対し日本8%である。失敗への罰則文化が再挑戦を阻む。倒産経験者の再起業率は米国20%に対し日本2%である。
なにより、日本政府の支援政策はすべて失敗である。というか、失敗たるべく失敗してきた。J-Startup(2018〜)は選定企業を成長させるが、エコシステム全体は変わらない。大学発ベンチャー1000社計画は達成したが、ユニコーン企業はゼロである。規制サンドボックスは参加企業が年間10社未満である。
シュンペーターの創造的破壊によれば、イノベーションは既存の破壊から生まれる。政府が有望企業を選ぶ支援は逆効果である。日本と成功国との差はもはや決定的である。米国は民間VC主導、失敗容認文化、流動性が高い。イスラエルは軍隊経験が起業家を育成する。シンガポールは外資誘致に徹する。日本はユニコーン企業6社(2025年)にとどまる。エストニア(人口130万人)はユニコーン10社である。e-Residencyで外国人起業を可能にする。
日本がイノベーションを起こすには、失敗破産法改正、ストックオプション税制改革、大学兼業自由化、外資スタートアップ誘致が必要である。しかし、これらは20年単位の改革であり、即効性はない。簡単にいえば、手遅れなのである。
規制緩和+競争促進は外資の進出を招く
規制緩和+競争促進は、政府が積極的に何もしない政策である。ハイエクの知識問題によれば、政府は市場の情報を知らない。規制は常に非効率である。
World Bank(2020)は規制負担10%減でGDP成長率0.3〜0.5%向上と試算する。日本では医療、農業、タクシー、エネルギー、労働分野に規制が残る。オンライン診療は制限され、農地法とJA独占が生産性を阻む。ライドシェアは禁止である。電力小売の参入障壁は電気料金を高止まりさせる。派遣・副業制限は労働市場を硬直化する。
緩和の効果は即効性がある。ライドシェア解禁で運賃30%減、ドライバー収入2倍(米国例)。農地法改正で生産性2倍(オランダ並み)。外資進出が鍵である。コストコ・IKEAは国内小売の価格競争を促す。Amazon・GoogleはIT企業の生産性向上を強いる。テスラはEVシフトを加速する。ポーターの競争戦略とメルローズの外圧仮説が示すように、外資は国内企業の触媒である。
日本企業が負けるのは創造的破壊の当然の帰結である。1980年代の米国自動車産業は日本車進出で危機に陥ったが、テスラが生まれた。負ける企業が消え、勝てる企業が残る。これが経済全体を強化する。
高市政権は、もし本気なら、ライドシェア解禁、オンライン診療自由化、農地法大改正、電力・ガス完全自由化を優先すべきであるだろう。原則自由、日没条項、規制影響評価(RIA)を制度化するのもよいだろう。外資参入を条件に国内企業も参入可能とすれば、既得権益を突破できる。規制緩和は外資の発展素地となる。しかも、それが日本経済を活性化する唯一の道であるが、実際のところ、日本社会はそれを何よりも実際は嫌っているのだ。
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