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2025.11.04

OTC化の加速と医療費削減の日本的ジレンマ

スイッチOTC化推進

厚生労働省は現在、医療用医薬品の一般用医薬品(OTC)への転用を加速させる方針を明確に打ち出している。6月13日に石破政権下で閣議決定された「骨太の方針2025」では、OTC類似薬の保険給付の見直しが位置づけられ、早期実現可能なものは2026年度から実施する方向性が示された。この見直しは、医療費の持続可能性を確保し、現役世代の保険料負担を軽減することを目的としている。

具体的には、海外で既にOTC化された成分約60を対象に、2028年度末までに日本国内での転用を完了させる目標が掲げられている。代表的な進展として、8月29日の薬事審議会要指導・一般用医薬品部会で、緊急避妊薬「レボノルゲストレル」(ノルレボ)のスイッチOTC化が了承された。これは改正薬機法で新設された「特定要指導医薬品」の初適用事例であり、薬剤師の面前服用を条件に薬局での即時入手が可能となる。

加えて、胃薬「タケプロン」のOTC化も同月了承され、セルフメディケーションの選択肢が拡大した。 これらの動きは、医療用からOTCへの転用に関する評価検討会議の成果を反映したもので、軽度症状の自己治療を促進し、公的医療費の抑制を図る政府の強い意志がうかがえる。

検討会議では、第15回以降、単なる可否判断から課題解決策の提示へシフトし、産業界や消費者からの要望を幅広く取り入れる体制が整えられている。こうした政策は、2025年5月14日の薬機法改正と連動し、オンライン服薬指導の活用も視野に入れた柔軟な運用を可能にしている。

患者負担増への反発

OTC化推進に対する批判世論は、2025年を通じて急速に高まっている。自民党、公明党、日本維新の会の3党は6月11日に社会保障改革に関する合意をまとめ、OTC類似薬の保険給付除外を明記したが、これに対し、患者調査では94.9%が反対を表明し、「負担激増で生活が崩壊する」「アトピー患者のQOLが低下する」といった声がSNS上で爆発的に広がった。例えば、X(旧Twitter)ではアレルギー患者の体験談が相次ぎ、「痒くて死にたいほどの苦痛を、OTCで誤薬したらどうなるのか」との投稿が数万の反響を呼んだ。

対して、日本医師会会長は3月時点の話だが、「容認の余地なし」とし、保険医団体は「地域医療の崩壊を招く」と猛反発を展開した。さらに、参院選2025の公約でも維新、国民、参政党が保険除外を推進したため、「手取りを増やすと言いながら薬代負担が増す矛盾」との怒りの声が京都をはじめ全国で噴出している。

全日本民医連も4月16日の声明で「健康格差を生む」と反対を表明し、3党協議での28有効成分(総額1543億円)の除外提案を「命にかかわる改悪」と非難した。これらの批判は、単なる経済的負担の問題を超え、誤用リスクや医療アクセスの質低下を懸念するものであり、政府の政策に深刻な亀裂を生んでいる。SNSでは「OTC化で重症化したら誰が責任を取るのか」との投稿が数百件に及び、世論の二極化を象徴している。

上位10品目の実態

厚労省政策議論の背景には、医療用医薬品のOTC転用による公的医療費削減効果の試算がある。厚生労働省の過去のシミュレーションでは、対象品目の転用で全体700億円の削減が見込まれ、そのうち上位10品目が560億円を占める。つまり、上位10品目だけで全体の80%をカバーする構造である。この試算は、特定の対象品目を基にした初期段階の数字であり、確定値ではないが、議論の基盤となっている。以下に、これらの品目を順に挙げて、今回の話題の実態を考察したい。

まず1位はロキソニンで、医療費250億円を占める。これは鎮痛・抗炎症薬として頭痛、生理痛、腰痛などに広く処方されるためである。市販の代替としてロキソニンSが700円程度で入手可能であり、既にOTC化されている。2位のムコスタは80億円で、胃炎・胃潰瘍治療薬だが、H2ブロッカー系などのOTC胃薬で軽度症状に対応できる。3位ガスターは60億円で、消化性潰瘍や急性胃炎に用いられるが、ガスター10が完璧な代替としてOTC化済みである。4位アレグラは40億円で、アレルギー性鼻炎や蕁麻疹向けだが、アレグラFXが花粉症対策として市販されている。5位ナゾネックスは30億円で、花粉症やアレルギー性鼻炎の点鼻薬であり、OTC化候補として検討中である。6位クラリチンは25億円で、同様に花粉症・鼻炎薬で、クラリチンEXが眠くなりにくい選択肢としてOTC化済みだ。7位ジルテックは22億円で、花粉症や蕁麻疹に有効で、ジルテック錠のOTC版が存在する。8位タリオンは20億円で、花粉症・鼻炎特化型であり、OTC候補である。9位アレロックは18億円で、即効性の花粉症・鼻炎薬として知られ、OTC化が検討されている。最後の10位メインテートは15億円で、高血圧や狭心症の治療薬であるが、これは医師の厳重管理が必要なためOTC対象外の例外品目である。

これらの上位9品目、すなわちロキソニンからアレロックまでの合計545億円は、主に鎮痛薬やアレルギー薬で構成され、日常的な軽度症状に対する処方が大半を占める。メインテートを除けば、これらは自己判断で対応可能な領域であり、医療費の「固定費化」を象徴している。この点は、後に海外での状況と比較したい。

ロキソニン250億円の過剰処方構造

上位品目の中で特に第一位で目立つのがロキソニンの250億円である。これは医療費全体の約36%に相当し、国民的鎮痛薬としての地位を物語る。患者数は約2000万人を超え、人口の約1/6が利用していると推定される。整形外科、内科、歯科、婦人科のほぼ全診療科でファーストチョイスとして処方され、頭痛や生理痛では70%、腰痛・関節痛では60%、歯痛では80%のケースで選ばれる。薬価は1錠9.7円と安価で、1回の処方が3錠×10日分で約290円、患者負担3割で87円となるため、気軽な長期処方が常態化している。年4回処方される患者が平均的であれば、1人あたり1160円の負担で総額232億円に達する計算である。

この膨張の背景には、医師と患者の双方の「ロキソニン信仰」がある。安全で即効性が高いとのイメージがなぜか定着し、不要不急の処方が増加している。加えて、市販のロキソニンSが700円で12錠分であるのに対し、保険適用で実質 h87円と圧倒的に安いため、病院受診の経済的合理性が働く。2011年のOTC化以降も医療用処方は減らず、むしろ胃粘膜保護剤のムコスタとのセット処方が80億円を押し上げている。

しかし、医学的には、ロキソニンの処方でなくても、イブプロフェンやアセトアミノフェンで代替可能な軽度~中等度の痛みが大半を占めており、WHOの疼痛ラダーでも同等の位置づけである。メタアナリシスでも有効性に有意差はない。なのに、日本の医療現場の慣性と保険の甘さが250億円のブラックホールを生んでいる。この70%はイブプロフェンOTCに置き換えれば175億円、残りをアセトアミノフェンで75億円削減可能である。実際、スウェーデンではイブプロフェンが第一選択で日本の1/10の医療費に抑えられている。

花粉症薬155億円の季節的負担

次に、花粉症関連薬が上位品目を埋め尽くすしていることも異様な印象を与える。4位から9位までのアレグラ、ナゾネックス、クラリチン、ジルテック、タリオン、アレロックの合計155億円は、全体の22%を占める。患者数は3000万人を超え、日本人の4人に1人が花粉症に悩まされる国民病である。シーズン2~4ヶ月×毎日2錠の長期連用が特徴で、1人あたり1シーズン5000円超の処方につながる。アレグラの40億円はフェキソフェナジン主成分でアレグラFXが700円で代替可能、クラリチンの25億円はロラタジンでクラリチンEXが眠気少なくOTC化済み、ジルテックの22億円はセチリジンでOTC版が存在する。一方、ナゾネックス30億円、タリオン20億円、アレロック18億円は点鼻薬や即効型でOTC候補だが、重症例では医師判断が必要だ。

保険適用で60錠が144円なのに対し、市販は700円と5倍の差が生じ、毎年病院受診を促す。なお、北欧では抗アレルギー薬の9割がOTCで医療費は日本の1/5に抑えられている。日本では「毎年同じ薬」の習慣が155億円の季節税を生むんでいるかのようだ。80%をOTC移行すれば124億円削減可能であり、軽症の花粉症はWHO基準ではセルフメディケーション適格である。SNS上では「鼻水で病院が混むのは保険のせい」との投稿が患者のフラストレーションを露呈している。

セルフメディケーション推進と医療のジレンマ

OTC化の本質は、セルフメディケーションの確立にある。セルフメディケーションは、WHOの定義では、軽度疾患の自己治療が医療費抑制と利便性向上を促すとされている。日本でもセルフメディケーション税制でOTC購入を所得控除対象としている。 上位9品目の545億円は頭痛や花粉症のような日常不調が中心で、この点からは、医療の対象外と位置づけられる。転用により公的負担ゼロ化が可能で、1人あたり年4300円の保険料抑制につながる。とはいえ、第10位のメインテート15億円だけが血圧測定と副作用監視を要する真の医療領域であることには注意したい。

日本の医療という点から見れば、医療費の問題は深刻な状態にある。高齢化社会で医療費50兆円超の日本では、病院依存文化が定着し、OTC化推進が患者負担増と誤用リスクを招く可能性がないわけではない。だが、批判世論の94.9%反対は、健康格差の拡大を恐れる声であり、入院中の適用除外や重症化の懸念とは異なる。他にも潜在的な問題としては、現行ロキソニン多用と長期服用で胃潰瘍がある。政府の推進は医療のスリム化を狙うが、薬剤師教育の不足や価格抑制策の遅れは現実はジレンマを生むことになる。

海外は迅速OTC化に成功

海外では、OTC化がよりスムーズに進んでいる。欧米、特に米国とEUでは、抗アレルギー薬の9割がOTC化され、スウェーデンでは審査期間を6ヶ月短縮し、医療費を1/5に抑制している。 セルフメディケーション税制の活用率が高く、誤用防止のための教育が徹底されている。英国では緊急避妊薬が即日OTCで面前服用不要となる。これらは、WHOガイドラインに準拠しアクセスを向上させた。特にスイスは面前服用廃止後、販売率が向上し、患者利便性を優先した運用で成功を収めている。これに対し、日本は審査の予見性向上と製造販売後調査の具体化を厚労省が進めているが、石破政権下の三党合意の強引さが海外モデルとのギャップを露呈しているる。いずれにせよ、海外の成功事例からは、薬剤師の役割強化と価格競争が鍵であり、日本もこれを参考にバランスの取れた転用を進めるべきであることを示唆している。

 

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