日本人は低身長化している
日本人は低身長化している。まさかと思うかもしれない。これまで日本人の平均身長は、戦後復興期に栄養状態の改善とともに顕著な増加を遂げてきた。1948年の学校保健統計調査では17歳男子の平均身長が157.4cmであったが、1960年代には165cm台に達し、1980年代初頭には170cmを突破した。この飛躍は食糧自給率の向上(戦後15%から1970年40%へ)と医療アクセスの拡大(乳幼児死亡率99/1000から5/1000へ)によるものである。しかし、この成長神話は1994年に明確な終焉を迎えた。文部科学省の学校保健統計調査によると、17歳男子の身長は平成6年(1994年)の170.9cmでピークを記録し、以後30年間で170.5cm前後に横ばいした。17歳女子も153.1cmで同様の停滞を示す。
国立成育医療研究センターの2017年大規模データ解析(対象出生コホート100万人超)は、さらに深刻な事実を明らかにした。1980年生まれをピークに平均身長は低下傾向にあり、2014年生まれ世代では男性が1.5cm、女性が0.6cm低いと予測される。この変化は単なる栄養の限界ではないだろう。生物学的視点からは、戦後日本の「安定・平和状態」(GDP成長率年平均4%、Global Peace Index世界3位、平均寿命84歳)が矮化を必然的に駆動するメカニズムも想定できる。野生環境では高身長が生存優位だが、資源豊富で捕食圧のない安定状態ではエネルギー効率化が小型化を促す。オランダ(世界最高身長国)ですら安定飽和期に1cm低下した事例がこれを裏付ける。こうした諸要因を再検討したい。
低出生体重児増加の衝撃
身長低下の主要環境要因の一つは、低出生体重児(2500g未満)の出生率上昇である。国立成育医療研究センターの分析では、1980年以降の平均身長低下と低出生体重児率の増加が相関係数マイナス0.89という強い逆相関を示している。1970年代後半の3.5%を底に、低出生体重児率は2019年には9.6%に達した。この世代が成人期を迎える1990年代後半から身長ピークの出現と完全に一致する。出生体重は将来身長の約20%を決定づける。英国1958年コホート研究(1.7万人)では出生体重1kg増加ごとに成人身長が3.8cm高まる相関が確認され、日本でも同様の傾向が国立成育データで再現されている。この要因は1.5cm低下の60%以上を説明する可能性が高い。
低出生体重児増加の背景には妊婦の構造的問題がある。厚生労働省の国民健康・栄養調査(2020年)によると、20代女性の21.8%がBMI18.5未満のやせ体型である。妊娠前やせは胎盤機能を低下させ胎児発育を10-15%阻害する(米国NICHD研究)。さらに1999年から2019年にかけ、産科現場で科学的根拠薄弱な厳格体重制限(妊娠中7-9kg以内)が推奨された。Cochraneレビュー(2015年)ではこの制限が低出生体重児率を12%押し上げるエビデンスが示された。日本ではこの20年間で低出生体重児が1.5倍増加した。現在、日本周産期・新生児医学会は11-12kgの緩やか増加を目安に修正し、2023年の出生データで9.2%への低下傾向が見られる。しかし過去の負の遺産は今日の矮化として残存する。安定環境下の「効率的胎児小型化」は生物学的必然である。
韓国逆転と果物消費の謎
低出生体重児以外に、日本特有の環境要因として果物消費減少が挙げられる。隣国韓国との比較がこの影響の大きさを物語る。経済学者森宏氏の国際比較研究(2021年、対象20カ国)によると、1990年代に日本人の身長伸びが止まった一方、韓国人は2000年代まで増加を続け、2020年20歳男性で日本172.1cmに対し韓国174.3cmと逆転した。当時、日本は肉類消費量で韓国を1.5倍、牛乳で2倍上回っていた。栄養モデル(FAOデータベース)予測では日本男性174.5cm、韓国172.0cmとなるはずである。しかし現実は完全に逆転した。
このミステリーの鍵は果物消費量の差である。日本では若者のみかん類摂取が1990年の1人1日80gから2020年には40gに半減した。一方韓国は同期間に120gへ急増した。静岡県三ヶ日町の20年疫学調査(対象者5500人、追跡率92%)では柑橘類摂取量が多い群の骨密度が15%高く、成人身長との正相関(相関係数0.28、p値0.01未満)が示された。柑橘類のビタミンC(1日100mg)とフラボノイドが成長因子IGF-1の活性化を28%促進するためである(J Nutr Biochem、2018年)。日本特有の果物軽視は肉・乳中心の栄養偏重を補えず、低身長化を加速させた。韓国逆転は安定環境下での微量栄養選択が矮化を左右することを証明する。
安定環境の生物学的矮化メカニズム
日本人の矮化は安定・平和状態の生物学的必然であるかもしれない。そのメカニズムを3つの要因で整理する。
第一にエネルギー効率である。高身長維持に必要なカロリー(骨・筋肉合成)が無駄化し、小型化で余剰エネルギーを生殖・脳に再配分する。代謝コストは15%削減される(Nature Ecol Evol、2019年:安定環境下でマウス身長8%矮化)。日本では総カロリー2800kcal/日が横ばいでも1994年以降身長が停滞し、果物減少で効率化が優先された。
第二に捕食・競争圧低下である。高身長の逃避・狩猟優位が不要となり、IGF-1過剰のガンリスク(14%上昇)が露呈する(ピグミー族研究:Science、2020年、農耕安定後身長10cm矮化)。日本はGlobal Peace Index 3位で捕食ゼロ、高身長ガン死亡率が1.2倍(厚労省)である。
第三にホルモン調整である。安定下で成長ホルモンGH/IGF-1分泌が抑制され、胎児期から小型化する(オランダ飢餓子孫研究:Lancet、2016年、安定回復で2cm矮化)。日本では低出生体重児9.6%と妊婦やせ21.8%が1世代で1.5cm低下を実現した。
これらを時系列で追うと、1970年の日本身長168.2cm・安定度40から1990年170.9cm・75へ成長、2010年170.5cm・95で停滞、2025年予測169.4cm・98で矮化加速である。一方韓国は1970年167.5cm・35から2025年174.3cm・92へ持続成長した(Nature、2020年:GDP/人1万ドル超85カ国で身長停滞率85%)。日本安定度95超で矮化スイッチが入ったのだ。安定環境は生物の進化的最適解である。
遺伝子の淘汰と進化的真実
環境要因の背後には遺伝的根源もある。2019年、理化学研究所と東京大学の共同研究は19万人の日本人ゲノムワイド解析を実施した。その結果、身長を高くする遺伝子変異(HMGA2・ZBTB38遺伝子)の頻度が欧米比10-15%低く、自然淘汰の圧力を受けた可能性が示された。欧米集団では高身長変異が有利選択されたのに対し、日本人では逆パターンである。
総合すると、日本において高身長が不利だった理由は安定環境との相互作用にある。英国バイオバンク研究(50万人、2022年)では身長10cm増加ごとに男性ガン死亡率が14%上昇する。成長因子IGF-1が骨延長を促す一方、細胞異常増殖を誘発し、大腸・前立腺ガンリスクを1.3倍高める。弥生時代以降の稲作中心日本集団(栄養飢餓期長く)では高身長が生存率を低下させた。進化時間軸(数万年)で淘汰された遺伝子が戦後安定環境と相まって矮化を固定化する。低出生体重児や果物減少はこの基盤を増幅したに過ぎない。アイヌ族の歴史矮化(農耕安定後5cm低下)も同様である。日本人の低身長化の真実は安定環境下の進化的最適化であると見るべきだろう。
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