これは「ダルフール問題」である:エル・ファシャル陥落
1 エル・ファシャル陥落──2025年10月の惨劇
2025年10月25日から27日にかけて、スーダン北ダルフール州都エル・ファシャル(人口約70万人)は、準軍事組織「緊急支援部隊(RSF)」によって完全に制圧された。RSFは2023年4月以来の内戦で、ダルフール地方のほぼ全域を掌握していたが、エル・ファシャルはスーダン軍(SAF)と同盟勢力が最後に保持していた主要都市である。包囲戦は数カ月に及び、10月下旬にRSFが市内主要軍事基地を占領したことで決着した。
陥落直後から、即決処刑の証拠が続出した。BBC Verifyが検証した動画には、RSF戦闘員が非武装の男性を射殺する場面が複数記録されている。具体的には、大学構内で数十体の遺体に囲まれた男性が階段を降りる途中で銃撃され、倒れる様子が映る。別の動画では、戦闘員「アブ・ルル」が率いる部隊が跪かせた捕虜9人を一列に並べ、自動小銃で処刑する。負傷者を脅迫し、情報を得られなければ射殺する映像も公開された。これらの動画は10月27日以降にオンラインで拡散され、BBC Verifyは撮影場所をエル・ファシャル周辺と特定した(BBC Verify, 2025-10-28)。
衛星画像も虐殺の規模を示す。イェール大学人道研究室は、陥落後の画像に路上の「成人の体サイズの塊」を確認し、2004年の村落壊滅パターンと一致すると指摘した。変色部分は血液の可能性が高いとされる(Yale HRL, 2025-10-28)。WHOはエル・ファシャル病院で460人の遺体を確認し、RSFによる組織的殺害の痕跡を報告した(WHO, 2025-10-29)。
10月30日現在、RSFは市内を封鎖し、通信を遮断している。食料・医薬品は途絶え、数千人の民間人が閉じ込められたままである。国連スーダン調整官は「非武装男性に対する即決処刑の信頼できる報告」を受けたと述べた(UN OCHA, 2025-10-29)。市街地は「死の街」と化し、避難民キャンプへの砲撃も継続中である。RSFは市内に「新政府」を樹立し、支配の永続化を図っている。
2 「ダルフール」を避ける報道──地名と政治の狭間
主要メディアはエル・ファシャル陥落を報じながら、「ダルフール」という用語を極力控えている。BBCは本文中盤で2回、Reuters・Al Jazeera・CNNはゼロ、AP・Guardianは1回のみである。見出しではNYTが「Darfur」を使用した例外を除き、すべて「El Fasher」または「North Darfur state」で代替された。
この傾向には三つの要因がある。第一に、地名報道の原則である。事件はエル・ファシャルで発生したため、具体的な地名が優先される。第二に、「ダルフール=2003–2005年の過去紛争」という固定観念が存在する。広域名を使うと現在進行形の危機が過去の文脈に埋没する恐れがある。第三に、国際法・政治的配慮である。「ダルフールでジェノサイド再発」と明記すれば、保護する責任(R2P)が発動し、軍事介入の圧力が高まる。
米国は2025年1月にRSFをジェノサイド実行主体と認定したが、10月の虐殺後も新たな制裁は課していない。UAEはRSFの主要資金源とされるが、武器供給を継続中である(HRW, 2025-10-28)。国連安保理では中国・ロシアが「ダルフール制裁延長」に反対し、議論を封じ込めている。
一方、人権団体は「ダルフール」を明言する。Human Rights Watchは「エル・ファシャルの陥落はダルフール・ジェノサイドの新章である」と断じた(HRW, 2025-10-27)。Amnesty Internationalも「2003年の虐殺が繰り返されている」と警告した(Amnesty, 2025-10-28)。メディアと人権団体の役割分担が、用語の差となって現れている。
3 連続性──2003年から2025年への同一線
エル・ファシャルでの即決処刑は、ダルフール問題以外では説明できない。加害者、被害者、手法の三要素が2003年以来一貫している。
加害者はRSFである。その前身ジャンジャウィードは2003–2005年に非アラブ系住民を標的にし、30万人を殺害、200万人を追放した。RSFは2013年に正式編成されたが、構成員の多くはジャンジャウィード出身である。処刑動画の戦闘員「アブ・ルル」は2023年以前からRSFで活動し、2025年8月には捕虜処刑で内部調査を受けた(RSF声明, 2025-08)。しかし10月には再び処刑の中心に立つ。
一人の人間が20年間、同一の殺戮を繰り返す。これは組織の連続性であり、個人の免罪符でもある。RSFは「調査する」と声明したが、加害者は昇進し、被害者は消える。歴史は個人レベルで反復する。
被害者は非アラブ系民間人である。RSFは民族浄化を目的に、非アラブ系男性を優先的に殺害する。衛星画像の遺体群は、2004年に焼け落ちた村落の写真と同一パターンである(Yale HRL, 2025-10-28)。ダルフール5州の地図上で見れば、2003年の焼却村落(赤丸)と2025年のRSF制圧都市(黒丸)が重なる。エル・ファシャルは「最後の白地」であり、陥落でダルフール全域が黒塗りになった。衛星画像は、2004年の焼け野原と2025年の遺体散乱が同一座標で重なることを示す(Maxar, 2025-10-29)。民族浄化の版図は20年で完成した。
手法も変わらない。即決処刑、村落封鎖、避難民キャンプ砲撃は、2003年のジャンジャウィード戦術の再現である。ICCは2009年にバシール大統領をダルフール・ジェノサイドで起訴した。2025年、RSF司令官ヒメイドティは「新政府樹立」を宣言するが、逮捕状はゼロである。法は過去を裁くが、現在を止めない。米国はジェノサイド認定後も武器禁輸を強化せず、UAEは金鉱山でRSFに資金を提供する(Global Witness, 2025-10)。「ダルフール」を避ける報道は、国際法の死を隠す共犯である。
タイムラインは以下の通りである。
2003年:第1章──村落焼却(ジャンジャウィード)。
2009年:ICCがバシール逮捕状。
2019年:バシール失脚、SAFとRSFが共同統治。
2023年4月:第2章──内戦勃発、RSFがダルフール制圧。
2025年10月:第3章──都市虐殺、エル・ファシャル陥落。
エル・ファシャル陥落は終わりではなく、序章である。RSFは「ダルフール新政府」を宣言し、スーダン全土への拡大を表明した。歴史は「地方→全国」のパターンを繰り返す。次章は「全国制圧」か「国際介入」か。地名はエル・ファシャルに変わったが、歴史は同一線上にある。国際社会が「ダルフール」を避けるほど、反復は加速する。
| 固定リンク




