フランス危機とEUの迷走
政治と経済のどん詰まりのフランス
フランスは未曾有の政治・経済危機に直面している。2025年10月6日、セバスチャン・ルコルヌ首相が就任わずか27日で辞任し、現代フランス史上最短の政権となった。マクロン大統領の内閣人事(ブリュノ・ル・メイルの国防相任命)への右派反発と、2026年予算案を巡る議会の分裂が引き金である。これで過去21ヶ月で5人目の首相交代という事態は、ハングパーラメント(過半数なし議会)の機能不全を象徴する。しかもフランスの世論調査では75%がルコルヌ辞任を支持し、マクロンへの不支持率は60%を超える。
フランスは経済的にも危機は深刻である。債務対GDP比は114%超、予算赤字は5.8%でEU基準(3%)の2倍近くに達する。2029年までに利払い費は1000億ユーロを超える見込みで、フランス国債は調査会社BCAから「投資不適格」と評価され、10年物利回りは3.57%に急騰した。CAC 40指数の下落とユーロ安が続き、市場の信頼はまさに崩壊寸前である。マクロンは10月8日までの緊急交渉を指示したが、野党の極右(RN)、極左(LFI)、社会党の対立は収まらず、予算案提出期限(10月7日)を過ぎた現在、さらなる混乱が予想される。
改善の見通しが見えない悪循環
フランスの危機は短期的な解決の見通しが立たない。政治的分断は、2022年のマクロン再選後の議会過半数喪失に端を発し、2024年スナップ選挙で三極化(RN、左派NFP、中道)が固定化した。ルコルヌ辞任後の交渉も、RNの解散要求、LFIの弾劾論、社会党の左派予算要求で難航し、成功の可能性は低い。予算案不通過は2025年予算のロールオーバー(支出凍結)を強制し、インフレ調整なしの財政硬直化が社会保障や年金改革を遅らせ、失業率(7.5%超予測)の上昇やデモを誘発する。
経済的にも悪循環が続く。債務増大と利払い負担が財政を圧迫し、格付け機関の警告が頻発している。ECBの債券購入再開や利下げ議論はあるが、ドイツの経済停滞(2025年成長率0%予測)と相まって即効性は期待薄である。技術官僚政府や新首相任命で時間稼ぎを試みても、議会の分裂は解消せず、市場の不信は深まるばかりだ。このスパイラルは、第五共和制の大統領制が議会との対立で機能不全に陥る構造的欠陥を露呈している。
ナショナリズムの台頭
危機のなか、極右の国民連合(RN)が勢力を拡大している。RNは2024年欧州議会選挙で第1党(30議席)、立法選挙第1ラウンドで33.2%の支持を獲得した。マクロンの失政(不支持率60%超)を「体制の失敗」と位置づけ、移民制限、保護主義、税軽減を掲げて支持を集める。ルコルヌ辞任後、RNは議会解散を要求し、「特別法」での予算承認を提案した。マリー・ルペンやジョルダン・バルデラは、2027年大統領選や早期選挙での主導権を狙う。議会副議長ポストの確保など、RNの影響力は増している。
社会分断も深刻で、左派や中道の反RN勢力が抵抗し、完全な多数派形成は難しいが、危機の長期化はRNの支持基盤を固め、「新しい基軸」への期待を高めている。だが、RNの台頭にも障壁がある。ルペンは2025年3月のEU資金横領判決で公職就任禁止5年を課され、2027年大統領選出馬が絶望的。RNの「脱汚名化」努力は後退し、バルデラへの移行も不透明だ。RNの反EU・ナショナリズム政策は、国債利回り上昇やユーロ安を招き、市場不安を増幅させる。
EU全体の迷走
この危機はフランスに留まらない。EU全体が統治力の低下とアナキー状態に陥っていくかに見える。ドイツはエネルギー危機と中国依存の輸出減で3年連続リセッションに直面している。債務抑制がインフラ投資を制約し、EUの「エンジン」としての役割を失いつつある。イタリアの「イタリアの同胞(Fratelli d’Italia)」、ドイツのAfDなど、反EUのポピュリズムが各国で台頭し、2024年欧州議会選挙で右派勢力(ECR、IDグループ)が議席を拡大。移民や気候政策への抵抗が、EUの統一性を損なう。
EUの意思決定は、すでにフランスの予算案不通過やドイツの停滞で麻痺している。ウクライナ支援(500億ユーロ融資)、グリーンディール、防衛強化が遅れ、地政学的信頼性も低下している。ECBの金融支援(債券購入再開議論)も、加盟国の財政規律崩壊(フランス赤字5.8%、基準3%超)で限界が露呈しつつある。経済規模(EU全体18兆ユーロ)は大きいが、行政体の統治力が成長の自律性に追いつかず、加盟国のナショナリズムが統治の空白を埋める「アナキー」を助長している。
アナキーという新秩序
EUは、経済格差や市場の自律的成長に依存してきたが、行政体としての統治力不足が明らかである。フランスの政治危機は、EUの迷走の縮図であり、RNのようなナショナリズム勢力が台頭する土壌を提供する。アジアのような国家主導の成長モデルとは異なり、EUは官僚的統合と加盟国対立に縛られ、成長のダイナミズムを欠く。ロシアの脅威や米中対立の中で、EUの「戦略的自律性」は空論化し、アナキー状態が進行する。
この状況では、新たな秩序はナショナリズムとの妥協からしか生まれないだろう。RNの保護主義や反移民政策は、短期的には市場不安や分断を招くが、国民の不満(経済停滞、移民問題)を吸収し、議会での影響力を増す。フランスでは、RNのバルデラが2027年大統領選で有力候補に浮上する可能性がある。EU全体でも、ドイツやイタリアの右派との連帯が、反EUの流れを強める一方、ECBや中道勢力の抵抗が続く。
EUがアナキーな状況を克服するには、ナショナリズムの現実的な要求(例:移民管理強化、財政規律の緩和)を部分的に取り入れ、統合の枠組みを再構築する妥協が必要となるだろう。フランスの10月8日交渉や新首相選定が短期的な鍵だが、長期ではナショナリズムとの対話が不可避だ。EUの迷走は、統治の再定義を迫られる転換点に立っている。
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