米中首脳会談の深層:トランプの空振り
1 米中首脳会談の概要:ニュース報道的な内容
2025年10月30日、韓国・釜山でトランプ米大統領と習近平中国国家主席による首脳会談が開催された。会談時間は約1時間40分であり、APEC首脳会議の合間に実施され、両国は事前に「貿易摩擦の緩和」を議題にすると発表していた。会談後、トランプ大統領はTruth Socialで「驚異的な合意」「レアアースの障害が消えた」「農家が喜ぶ数百億ドルの取引」と自賛したが、中国外務省は「重要な経済・貿易問題で合意」と控えめに述べ、商務省は「米国の行動次第で条件付き」と強調した。
合意内容は以下の通りである。①中国のレアアース輸出規制(第61号通告)を1年間凍結。②米中双方の港湾手数料を1年間停止。③米の関税を全体で57%から47%に引き下げ、特にフェンタニル関連を20%から10%に半減。④中国が米国産大豆・エネルギーの大量購入を再開。⑤Nvidiaチップ販売の仲裁で米国が「仲介役」を務める。
台湾・ウクライナ問題は議題に上らず、映像的には習主席が右側(ホスト位置)に立ち、トランプ大統領が待機する形となった。会談後、トランプは「4月訪中」を表明したが、中国側は未確認である。
報道では、米メディア(NYT、CNN)は「短期的な緊張緩和」と評価し、中国メディア(人民日報)は「米国の譲歩が先」と強調した。市場は一時的に反応し、MP Materials株が急騰後下落した。
2 会談結果の評価:トランプの空振り
会談の結果は、トランプ大統領の「勝利宣言」とは裏腹に、米国の戦略的後退と評価できる。トランプは100%関税脅迫や核実験再開で強硬姿勢を示したが、中国のレアアース規制という「拳」に対抗できず、1年休戦に甘んじた。つまり、トランプのブラフは「空振り」に終わり、中国が主導権を握った形である。
まず、トランプの「サラミ・スライシング」戦略は失敗した。これは、米国の細切れ制裁(港湾手数料、エントリー・リスト拡大、半導体輸出規制など)を指す用語である。米国の薄皮をはぐような攻撃は、結局のところ中国の報復を誘発し、米軍・産業の即時危機を招いた。
当初トランプは「中国を屈服させる」と豪語したが、実際は米農家(大豆輸出25億ドル損失)や軍需産業(F-35生産停止リスク)の圧力で譲歩せざるを得なかった。中国商、務省のスキームとして「米が先に撤回し、中国が応じる」という構造は、交渉の主導権が中国にあることを示している。
次に、米中の経済的一心同体の現実がトランプのブラフを無力化した。米中貿易額は1950億ドル、また、米国のレアアース依存は92%に達する。トランプの「デカップリング」公約は現実的には幻想であり、会談は「管理された対立」の延長に過ぎない。
トランプのいう「Amazing meeting」は単なる自己満足であり、実態は脆弱な休戦と評価するのが妥当であろう。こうしたトランプの空振りは、まったく予想されていないわけではなく、そもそも中間選挙(2026年)までの「繋ぎ」に過ぎなかったが、思わぬの失態で米国国内政治の制約が露呈してしまった。
3 中国激怒の時系列:船舶手数料が火種
転機は中国の激怒にあり、それは米国の「船舶港湾手数料」から始まる。時系列は以下の通りである。
2025年1月、トランプ政権はSection 301調査で中国の造船業を「国家補助金による不公平」と認定した。5月、米国の港湾で中国製・所有・運航船舶に年32億ドルの手数料を課す決定を下す。これは米造船シェア0.1% vs 中国50%という現実を無視した「貿易無関係の攻撃」であり、サラミスライシングの典型である。中国商務省は即座に「経済テロ」と非難。
10月9日、中国は報復として第61号通告を発令した。レアアース12種と精製技術の輸出を軍事目的で原則禁止とした。10月11日、中国は米国所有船舶に同等手数料を導入し、韓国Hanwha Oceanの米子会社5社を制裁した。10月21-27日、米財務次官スコット・ベッセントと中国貿易担当官の会談は荒れた。中国側は「強硬警告」を発し、ベッセントを「嘘つき」と公然非難し、中国メディアはこれを大々的に報道した。
この連鎖は、米国のサラミ・スライシング戦術が中国の敵対を引き起こした典型である。中国の造船業は国家戦略であり、米国の手数料は中国の核心利益を侵害する。このため、中国はレアアースという強カードで即座に応じ、米国の軍事・半導体産業を直撃した。会談で米国が手数料を撤回したのは、この激怒の結果である。船舶問題は、会談前の緊張を最大化した火種であり、米国の戦略的失敗を象徴することになった。
4 レアアース問題の深層と今後の行方
要するに、レアアース問題は、米中対立の核心である。中国は世界の採掘69%、精製92%、磁石98%を支配。米国の依存は軍事(F-35磁石、ミサイル誘導部品)、半導体、EV産業に及び、さらに、無計画なウクライナ支援で在庫70%枯渇の危機に直面した。
中国は今回の会談で第61号通告を1年間凍結したが、あくまで「条件付き」である。米国の行動(港湾手数料撤回、関税削減)が前提であり、いつでも再発動可能である。今後のシナリオは以下の通りである。
第一に、米国の代替供給網構築は大幅に遅れる。MP Materialsのテキサス工場は2026年稼働予定だが、光レアアースのみで重レアアース(ディスプロシウム)は未達である。米豪投資85億ドルも環境訴訟で遅延し、2030年でも中国依存は50%超と予測される。サラミ・スライシングの延長として、米国のリサイクル技術(Energy Fuels)は10%回収が限界である。第二に、中国の敵対応答は今後も継続しうる。1年後の再交渉で、中国は台湾問題や半導体規制を絡め、米国の譲歩を追加要求する可能性が高い。「中国の支配は10-15年続く」と指摘する向きもある。第三に、グローバル波及がある。インドは中国産レアアース輸入を条件付き許可し、欧州はASMLチップ停止の可能性で大混乱した。中国包囲の戦略はすでに機能不全であるが、幸いに日本も軍事費ショックを免れた形になった。とはいえ、日本にも潜在リスクは残る。
5 一年間の留保の行方:中国の試用期間
1年間の留保は「米国の試用期間」であり、その後はどうなるか。中国商務省のスキームでは、2026年再交渉でも中国の優位が維持される。中国はレアアースを外交カードとして保持し、米国の行動を監視するだろう。その後のシナリオも明るくはない。
第一に、再エスカレーションの可能性が高い。米中貿易赤字は解消せず、トランプの中間選挙後(2026年11月)の政権基盤次第で無謀な関税再強化をするかもしれない。そうなれば中国は即座にレアアース規制を再発動し、米軍再建を遅らせるだろう。船舶手数料の再来のようなサラミ・スライシング戦術は、さらなる報復を招くだけだ。第二に、米国の国内制約が鍵である。農家・軍需産業の圧力は依然変わらず、トランプは再び譲歩を強いられる。半導体(Nvidiaチップ)やAI競争、さらに中国のDeepSeekが脅威となる中、米国の技術優位も揺らぎかねない。トランプが打ち上げる「4月訪中」が実現するかは、中国の「好行為」次第である。第三に、米中に秩序ある「離婚」は困難である。経済的一心同体が完全分断を阻み、両国は管理された対立を継続するほかはない。
1年後も、新たな休戦となるだろう。そうでければ、無謀な本格戦争となりうる。トランプの空振りは、すでに米国の長期戦略の限界を示しており、トランプ政権後に無謀なパフォーマンスがなくなったとしても、事態の構図には変化はない。一言でいうなら、米国は、詰んだのである。
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