異例の米中AI用半導体チップ取引
2025年8月11日、米国の半導体大手NvidiaとAMDがトランプ政権と異例の貿易協定を締結した。この協定は、両社が中国でのAIチップ(NvidiaのH20、AMDのMI308)販売収益の15%を米国政府に支払うことで、輸出規制を緩和し、輸出ライセンスを取得するというものである。このニュースはフィナンシャル・タイムズが最初に報じ、ホワイトハウスが正式に確認した。
背景には、米中間のAI技術競争と両社の中国市場への依存がある。Nvidiaは2024年に中国で約170億ドル(売上の13%)、AMDは62億ドル(売上の24%)を計上していたが、2022年以降、米国は国家安全保障を理由にAIチップの中国への輸出を制限してきた。2025年4月、トランプ政権はNvidiaのH20チップ等の輸出を全面禁止したが、7月14日、NvidiaのCEOジェンスン・フアン氏がトランプ大統領と会談し、規制緩和の交渉を開始。7月下旬に商務省がH20とMI308の輸出ライセンス発行を認め、8月11日に収益15%支払いの条件付き協定が成立した。この協定は、両社が中国市場での売上を取り戻す一方、利益率を圧迫する新たな負担を課すものだ。
この取引は、トランプ政権の「ディールメーカー」的な姿勢を反映している。トランプ大統領は会見で、Nvidiaの「時代遅れのチップ」を売る許可と引き換えに当初20%を求めたが、フアン氏との交渉で15%に落ち着いたと述べた。このような収益分配モデルは、米国史上初の試みであり、従来の輸出規制が安全保障目的だったのに対し、収益目的の「輸出税」とも見なされている。
これがなぜ問題なのか
この協定が問題視される理由は多岐にわたる。第一に、法的根拠の曖昧さである。米国憲法は輸出税を禁じており(50 USC 4815)、専門家は15%の収益支払いが事実上の税として違憲の可能性があると指摘する。共和党のジョン・ムーレナー議員や民主党のラジャ・クリシュナムールティ議員は、輸出規制が国家安全保障ではなく収益目的に使われることを「危険な誤用」と批判し、議会での調査を求めている。
第二に、国家安全保障への懸念である。H20やMI308は最先端ではないが、AI推論処理に十分な性能を持ち、中国の軍事用途(例:自律型兵器や監視システム)に利用されるリスクがある。7月28日、国家安全保障専門家グループは商務長官に書簡を送り、H20輸出再開が米国のAI優位性を損なうと警告した。中国のAIチャットボット「DeepSeek」の登場(2025年1月)により、中国のAI技術進化が加速する中、この協定は米国の戦略的リードを危うくする可能性がある。
第三に、企業の競争力への影響である。15%の収益支払いは利益率を圧迫し、Nvidiaは55億ドル、AMDは8億ドルの在庫関連損失を既に計上している。両社が価格を15%引き上げる場合、中国市場での競争力が低下し、Huaweiなどの中国企業にシェアを奪われる恐れがある。また、このモデルが他業界に波及すれば、企業の負担が増大する。
最悪なにが起こり得るか
最悪のシナリオとして、まず法的な混乱が予想される。協定が違憲と判断されれば、輸出ライセンスが無効となり、NvidiaとAMDは再び中国市場を失う。これにより、両社の株価下落やサプライチェーンの混乱が起こり得る。さらに、議会や裁判所が介入し、トランプ政権の貿易政策全体が精査される可能性がある。
国家安全保障面では、AIチップが中国の軍事力強化に寄与するリスクがある。書簡で指摘されたように、これらのチップは戦場での意思決定や監視システムの高度化に利用可能であり、米国の軍事優位性が損なわれる。中国が独自のAI技術をさらに発展させれば、米国のAI競争でのリードが縮小する。
経済的には、収益分配モデルが他業界(例:Apple、Microsoft、軍事企業)に拡大すれば、米国企業のグローバル競争力が低下する。特に中小企業は交渉力が弱く、不平等な取引条件に直面する可能性がある。また、中国がH20チップの「バックドア」懸念を理由に購入を控えれば、NvidiaとAMDの売上回復が期待外れに終わるリスクもある。
国際的には、米国の同盟国(日本、オランダ、韓国)が同様の収益徴収を強いられる恐れがあり、米国の輸出規制の信頼性が損なわれる。米国が安全保障を理由に同盟国に協力を求めてきた従来の姿勢が揺らぎ、グローバルサプライチェーンから米国が孤立する可能性も否定できない。
国内外の対応予想
国内では、議会が迅速に対応する可能性が高い。ムーレナー議員やクリシュナムールティ議員は既に調査を表明しており、輸出管理法や憲法違反の観点から協定の合法性を検証する。共和党と民主党の双方が国家安全保障を重視する中、バイデン政権時代に構築された輸出規制の枠組みを支持する声が強い。議会は、トランプ政権に対し、収益分配の透明性や資金の使途を明確にするよう求めるだろう。
企業側では、NvidiaとAMDは中国市場での売上回復を優先し、価格調整や中国向け低性能チップ(例:H20のメモリ削減版)の開発を進めている。Nvidiaは既にBlackwellベースのGPUを中国向けに準備中だ。一方、他の米企業(例:Apple、Lockheed Martin)は、類似の収益徴収が課されることを警戒し、ロビー活動を強化する可能性がある。
国際的には、中国国営メディアがH20チップの安全性や「バックドア」問題を強調し、国内での購入に慎重な姿勢を示している。これにより、NvidiaとAMDの市場回復が遅れる可能性がある。同盟国では、オランダのASMLや日本の半導体企業が、米国の収益徴収モデルが自国企業に及ぶことを懸念するだろう。米国が同盟国に同様の圧力をかければ、技術移転の強制や関税引き上げのリスクが高まり、米国のグローバルリーダーシップが揺らぐ。
投資家は、NvidiaとAMDの株価が8月11日に小幅下落したものの、市場再参入を「85%の収益はゼロより良い」と評価しつつも、長期的な競争力や法的リスクを注視する。米国政府は、協定による収益(推定20億ドル以上)をどう使うか明確化を迫られる中、トランプ政権の取引主義が今後の貿易政策にどう影響するかが注目される。
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