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2025.08.30

赤澤大臣の訪米ドタキャン裏に潜む交渉の行き詰まり

 2025年8月28日、赤澤亮正経済再生担当大臣の10回目の訪米が突如取りやめになった。公式発表では、「共同文書取りまとめが進まなかった」「事務方での調整不足」が理由とされる。これは、まず、米国が日本製品、特に自動車に課す最大27.5%の関税見直しを巡る交渉が深刻な停滞に陥っていることを示している。
 赤澤氏は2025年4月以降、トランプ大統領、ベッセント財務長官、ラトニック商務長官らと複数回協議を行ってきた。あたかも成果があったような政府発表と報道があるものの、実際には目に見える進展はほとんどない。6月の7回目の訪米ではベッセント氏との会談が実現せず、滞在延長も成果を上げなかった。
 トランプ政権は「米国第一」政策がから、米国は国内産業保護を優先し、関税を外交カードとして活用する戦略を堅持しており。日本側が求める関税引き下げに応じる動機は乏しい。
 今回のドタキャンの背景には、事務レベルでの事前協議で具体的なアジェンダや成果の見込みが確保できなかったこととしても、最大要因は、米国側が日本の提案に前向きな姿勢を示さなかったことは明白である。
 さらに、日本側が成果の見込みのない訪米を強行した場合、国内での批判が高まるリスクがあったのだろう。つまり、事態は実際には失態だったことを示している。
 自動車産業など経済界は、高関税による輸出競争力の低下を懸念しており、政府への圧力が強まっており、こうした国内の不満を回避しつつ、交渉の次の機会を模索する戦略的判断などと糊塗するのだろうか。しかし、事務レベルの準備不足は、日本側の交渉体制の甘さを露呈しており、赤澤氏の交渉力だけでなく、政府全体の調整力にも疑問符がついている。事態は、単なるスケジュール変更といった問題ではなく、日米交渉の構造的な困難さを示している。

赤澤氏の「成果」は実体のない蜃気楼
 赤澤大臣は2025年4月以降、関税交渉のために少なくとも9回訪米し、トランプ大統領や米国高官との対話を重ねたとされる。しかし、具体的な成果は皆無である。報道では「協議継続」「前向きな対話」といった曖昧な表現が繰り返されるが、関税率の引き下げ、猶予措置の確約、協定文書の締結といった実質的な進展は確認できない。6月の7回目の訪米では、ベッセント財務長官との会談が設定できず、滞在を延長しても成果を上げられなかった。同様に、8月の9回目訪米でも具体的な合意には至らず、交渉は空転した。
 つまり、成果を裏付ける米国側の公式声明や文書はまったく存在しない。実態を冷静にみれば、9回も訪米しても何も得られていない。いよいよ、国民や経済界の間で赤澤氏の交渉力への疑問が広がるはずだが、不思議との国民からの批判は弱い。
 日本政府は、自動車産業への高関税の影響を軽減する成果を経済界や国民に示せていない。経団連は、関税問題が長期化すれば日本企業の米国市場での競争力が低下すると警告していて、それなり政府への圧力が強まっているが、現状無風に近い。
 赤澤氏の頻繁な訪米は、「交渉に取り組んでいる姿勢」をアピールする狙いがあったと推測されるが、実体を伴わず、政府の公式発表は進捗の詳細を避け、曖昧な表現に終始している。赤澤氏の訪米は、成果を伴わない蜃気楼のようなものであり、交渉の進展を演出するだけの空虚な努力だったというのが現実である。

石破内閣は砂上の楼閣なのか
 赤澤大臣の訪米取りやめは、石破茂内閣の経済外交の力量に深刻な疑問を投げかけている。石破内閣は、2025年1月のトランプ政権発足後、日米同盟の強化と経済的国益の確保を掲げてきた。しかし、関税交渉の停滞とドタキャンは、内閣の交渉戦略の限界を露呈した。赤澤氏の複数回訪米が成果を上げず、ドタキャンに至った事実は、戦略の欠如と準備不足を浮き彫りにし、事務レベルの調整不足も、外務省や経済産業省の連携の弱さを示している。
 石破内閣は、国民や経済界への説明責任を果たせていない。しかし、支持率低下のリスクは見られない。「無能」のレッテルは避けられないはずだが。その空気も弱い。
 何かが麻痺している。それゆえに赤澤大臣の失態も浮上しない。早晩、石破内閣が砂上の楼閣のように消え去れば、ああ、そういうことだったと後から感慨深く思うのだろうか。

 

 

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