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2025.08.29

2025年8月ワルシャワのコンサートにおけるウクライナ右翼

 2025年8月10日、ワルシャワのナショナルスタジアムでベラルーシのラッパーマックス・コルジュのコンサートが開催されたおり、ウクライナ人参加者がウクライナ蜂起軍(UPA)の赤と黒の旗を掲げたことが大騒動となった。
 このコンサート・イベントは、60,000枚のチケットが5日間で売り切れるなど、ベラルーシやウクライナの移民・難民コミュニティから大きな支持を得ていた。しかし、コンサート中にウクライナ人参加者がウクライナ蜂起軍(UPA)の赤と黒の旗を掲げたことで、ポーランド国内に対ウクライナ政策見直しについての大きな論争を引き起こした。
 UPAの旗は、ステパーン・バンデラと関連するウクライナ国民党(OUN)のシンボルであり、1943年のヴォルィーニャ虐殺でのポーランド人に対する暴力行為と結びついているためである。今回の出来事は、ポーランド国内で歴史的トラウマを想起させるもので、大きな怒りを引き起こした。
 ポーランド内務大臣マルチン・キェルヴィンスキは、100人以上のファンが犯罪行為で拘束され、UPA旗の「全体主義的象徴」に関する調査が開かれたと発表した。また、PiS党のポーランド下院議員マテツキが、ポーランド刑法に基づき「ナチズム、共産主義、ファシズム、その他の全体主義体制の宣伝」として検察庁に苦情を提出した。この事件は、ポーランドとウクライナの複雑な歴史的関係を再び表面化させることとなった。

ウクライナ右翼の実態
 ウクライナ右翼の歴史と実態は、1930年代から1940年代にかけてのウクライナ独立運動に遡る。ステパーン・バンデラは、ウクライナ国民党(OUN)の指導者として知られ、ウクライナの独立を求めて活動した。しかし、彼らの行為はポーランド人やユダヤ人に対する暴力行為を含むもので、ポーランドでは否定的に受け止められている。
 1943年のポーランドでなされたヴォルィーニャ虐殺では、UPAがポーランド人に対して大規模な暴力行為を行い、60,000から120,000人が殺害された。これは、ポーランドの集団的記憶に深く刻まれている。
 2014年の親EUプロテスト以降、ウクライナ国内ではUPA旗がリベラル・デモクラティック運動によって採用され、国家の誇りの象徴とされているが、ポーランドではこの旗はジェノサイドと暴力の象徴と見なされている。この相違は、両国間の対話を難しくしている。ウクライナ右翼の影響力は、現代の政治的文脈でも見られる。たとえば、2015年のウクライナ脱共産化法では、UPAやその関連組織が称賛され、ポーランドから批判を受けた。

ポーランドのウクライナへの反感
 ポーランド国内でのUPA旗の掲示に対する反感は、歴史的トラウマと現在の地政学的状況の両方から生じている。1943年のヴォルィーニャ虐殺は、ポーランド人にとって忘れられない出来事であり、UPA旗はこれを想起させる象徴とされている。
 2016年7月、ポーランド下院は法と正義党のイニシアチブで、7月11日を「ジェノサイドの犠牲者の全国追悼の日」と定め、UPAによる虐殺を「ジェノサイド」と明記した。これに対し、ウクライナ大統領ペトロ・ポロシェンコは、政治的憶測を招く可能性があると遺憾の意を表明した。
 2025年8月25日、ポーランド大統領カロル・ナヴロツキは、ウクライナ難民の支援を強化する法案に拒否権を発動し、国内の世論を反映した決定と見なされた。この拒否権は、ウクライナとの関係にさらなる緊張を加えた。
 ポーランド国内では、ウクライナ支援に対する「疲れ」が増大しており、UPA旗の掲示はこれをさらに煽っている。ポーランド政府は、歴史的和解と現在の支援のバランスを取ってきたが限界を迎えようとしている。

ポーランド情勢の、対ウクライナ問題への不安定化
 ポーランドの政治的状況は、2025年の大統領選挙以降、大統領カロル・ナヴロツキと首相ドナルド・トゥスクの間に大きな対立を抱えている。
 ナヴロツキ大統領は、トゥスク政府の進歩的な議題に反対を表明し、歴史的記憶と国家の安全を重視する立場から、幾つかの政策に拒否権を発動している。2025年8月27日の内閣会議では、予算、公共財政、インフラ開発(特にCPK空港と原子力発電所の建設)に関する意見の相違が明らかになった。
 トゥスク首相は、陸上風力タービン建設に関する大統領の拒否権を無視する意向を表明し、EU-メルコスール貿易協定に対する政府の対応も批判された。
 こうした対立は、ポーランドの政治的安定に大きな影響を及ぼしている。大統領と首相の対立は、対ウクライナ問題にも影響を及ぼすのは構造上避けがたい。
 ナヴロツキ大統領のウクライナ難民支援法案への拒否権は、ポーランドとウクライナの関係にさらなる緊張を加え、ポーランド政府は、国内の支持を維持しながら、西側との協調果たすとしているが、転換点が近いのかもしれない。

 

 

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