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2025.08.31

NHKと新聞社の世論調査差分から石破内閣の支持率を推定する

自民党がNHKの世論調査を根拠に総裁選見送りを主張
 自民党内で、2025年秋の総裁選を見送る動きが活発化している。この根拠として、NHKの2025年8月世論調査が示す石破茂内閣の支持率38%、不支持率45%が引用される。この数字は、2025年7月(31%)や6月(39%)に比べやや上昇傾向にあり、党内では「政権の支持が安定している」との主張が広がっている。
 NHKは無作為に選んだ電話番号に架電するRDD方式で、固定電話と携帯電話をそれぞれ約1,200件、計2,400件を対象に調査し、回答をそのまま合計する。この方法は、調査の透明性や過去の結果との比較を重視するが、すでに大きな問題点がある。固定電話の利用者は約1,277万加入(2022年、総務省データ)で、主に高齢層が中心。一方、携帯電話は約2億2,694万契約(2025年6月、総務省データ)で、若年層から中年層まで幅広い。現代では携帯電話が95%以上の国民に普及しているが、NHKは固定電話と携帯電話を同数で扱うため、高齢層の意見が過剰に反映される。このため、支持率38%が国民全体の意識を正確に表しているか疑問視され、若年層や携帯中心の層から「世間の感覚とズレている」との批判が強い。自民党がこの数字を基に総裁選を不要と主張するのは、国民の声を十分に捉えているか再考が必要である。

同じ実態を異なるウェイトで反映する
 NHKの世論調査は、固定電話と携帯電話を同数で調査し、特別な調整をせずに1:1で結果を合計している。一方、朝日新聞と読売新聞は、固定電話を40%、携帯電話を60%の割合で調査し、年齢や性別などの人口構成に合わせて結果を調整する。2025年8月の朝日新聞調査(8月16~17日)では支持率36%、不支持率50%、読売新聞調査(8月22~24日)では支持率39%、不支持率50%と、NHKの38%と近いが異なる結果が出た。朝日は1,250人(固定497人、携帯753人、回答率50%と40%)、読売は1,043人(固定408人、携帯635人、回答率54%と35%)を対象にRDD方式で実施した。
 これらの調査は、国民全体の意見を対象にしていると考えられるが、固定電話と携帯電話の割合の違いが結果に影響を与えている。NHKの方法では、高齢層が多く使う固定電話の意見が半分を占め、支持率が高めに出やすい。
 朝日と読売は携帯電話の割合を60%に増やし、若年層の意見をやや反映するが、携帯電話が95%以上普及する実態にはまだ足りない。たとえば、朝日の調査では、50代以上の女性の支持率が約5割と高く、18~29歳(33%)や40代(34%)は低い傾向がある。ネット調査(例:楽天インサイト)では支持率15~25%とさらに低く、若年層の政権への批判が明確に表れる。
 NHKや朝日・読売の調査結果の違いを分析すれば、固定電話と携帯電話の意見の差を推定し、より実態に近い支持率を計算できる可能性がある。

調査結果の差分から8:2の支持率を推定
 NHK(固定電話と携帯電話を1:1)と朝日・読売(固定40%:携帯60%)の支持率の違いを利用し、携帯電話80%:固定電話20%(8:2)の割合で石破内閣の支持率を推定してみよう。
 個別の回答データは公開されていないため、NHKの支持率38%と朝日の支持率36%を基に、固定電話と携帯電話の意見の差を推測する。NHKの38%は、固定電話と携帯電話の意見を半々で合計した結果であり、朝日の36%は携帯電話の割合を増やした結果である。この違いから、固定電話の利用者(主に高齢層)は内閣への支持率が高く、携帯電話の利用者(若年層や中年層)は支持率が低いと考えられる。
 計算の結果、固定電話の支持率は約48%、携帯電話の支持率は約28%と推定される。これらの推定値は、過去の調査で高齢層の自民党支持率(40~60%)が若年層(10~30%)より高い傾向と一致する。不支持率についても同様に、固定電話は約30%、携帯電話は約58%と推定する。8:2の割合で計算すると、固定電話の意見を20%、携帯電話の意見を80%で組み合わせる。固定電話の支持率(48%)を20%、携帯電話の支持率(28%)を80%で計算すると、支持率は約32%になる。不支持率は、固定電話(30%)を20%、携帯電話(58%)を80%で計算し、約52%となる。読売の支持率39%を使うと、固定電話の支持率54%、携帯電話29%となり、8:2で支持率約33%、不支持率約51%となる。
 この8:2の割合は、携帯電話が95%以上普及する実態に近く、若年層の政権への批判的意見を強く反映する。ただし、回答率の低さ(固定50~54%、携帯35~40%)や推定の限界があるため、結果は参考値である。

内閣の支持率は低く、国民の不支持は明確
 携帯電話と固定電話の8:2の推定では、石破内閣の支持率は32~33%、不支持率は51~52%となる。
 これはNHKの38%、朝日36%、読売39%より低く、国民の多くが内閣を支持していないことを示す。
 携帯電話の意見(若年層や中年層、支持率28~29%)を80%の割合で重視することで、政権への批判が強く表れる。NHKの1:1の方法では、固定電話の意見(高齢層、支持率48~54%)が半分を占め、支持率が高く出る。たとえば、NHKの支持理由「他より良さそう」(45%)は、高齢層の現状維持を求める考えを反映している。朝日と読売の方法は、携帯電話の割合を60%に増やすが、携帯95%の実態には及ばず、高齢層の影響が残る。
 朝日の調査では、50代以上の女性の支持率が約5割と高く、18~29歳(33%)や40代(34%)は低い。8:2の推定は、携帯電話の普及率に近い割合で、若年層の政権批判(不支持率58%)を強調する。
 ネット調査(例:楽天インサイト、支持率15~25%)と比べ、8:2の32~33%は若年層の意見を反映しつつ、高齢層の意見も適度に含む妥当な推定である。個別の回答データがないため推定に留まるが、NHKと朝日・読売の違いから計算した8:2の結果は、高齢層の意見が過剰に反映される問題を軽減し、実態に近い指標を提供する。
 自民党がNHKの38%を根拠に総裁選不要を主張するのは、国民全体の意識を正確に反映しているとは言い難い。8:2の推定は、石破内閣への不支持が広く存在する現実を浮き彫りにしている。

 

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2025.08.30

赤澤大臣の訪米ドタキャン裏に潜む交渉の行き詰まり

 2025年8月28日、赤澤亮正経済再生担当大臣の10回目の訪米が突如取りやめになった。公式発表では、「共同文書取りまとめが進まなかった」「事務方での調整不足」が理由とされる。これは、まず、米国が日本製品、特に自動車に課す最大27.5%の関税見直しを巡る交渉が深刻な停滞に陥っていることを示している。
 赤澤氏は2025年4月以降、トランプ大統領、ベッセント財務長官、ラトニック商務長官らと複数回協議を行ってきた。あたかも成果があったような政府発表と報道があるものの、実際には目に見える進展はほとんどない。6月の7回目の訪米ではベッセント氏との会談が実現せず、滞在延長も成果を上げなかった。
 トランプ政権は「米国第一」政策がから、米国は国内産業保護を優先し、関税を外交カードとして活用する戦略を堅持しており。日本側が求める関税引き下げに応じる動機は乏しい。
 今回のドタキャンの背景には、事務レベルでの事前協議で具体的なアジェンダや成果の見込みが確保できなかったこととしても、最大要因は、米国側が日本の提案に前向きな姿勢を示さなかったことは明白である。
 さらに、日本側が成果の見込みのない訪米を強行した場合、国内での批判が高まるリスクがあったのだろう。つまり、事態は実際には失態だったことを示している。
 自動車産業など経済界は、高関税による輸出競争力の低下を懸念しており、政府への圧力が強まっており、こうした国内の不満を回避しつつ、交渉の次の機会を模索する戦略的判断などと糊塗するのだろうか。しかし、事務レベルの準備不足は、日本側の交渉体制の甘さを露呈しており、赤澤氏の交渉力だけでなく、政府全体の調整力にも疑問符がついている。事態は、単なるスケジュール変更といった問題ではなく、日米交渉の構造的な困難さを示している。

赤澤氏の「成果」は実体のない蜃気楼
 赤澤大臣は2025年4月以降、関税交渉のために少なくとも9回訪米し、トランプ大統領や米国高官との対話を重ねたとされる。しかし、具体的な成果は皆無である。報道では「協議継続」「前向きな対話」といった曖昧な表現が繰り返されるが、関税率の引き下げ、猶予措置の確約、協定文書の締結といった実質的な進展は確認できない。6月の7回目の訪米では、ベッセント財務長官との会談が設定できず、滞在を延長しても成果を上げられなかった。同様に、8月の9回目訪米でも具体的な合意には至らず、交渉は空転した。
 つまり、成果を裏付ける米国側の公式声明や文書はまったく存在しない。実態を冷静にみれば、9回も訪米しても何も得られていない。いよいよ、国民や経済界の間で赤澤氏の交渉力への疑問が広がるはずだが、不思議との国民からの批判は弱い。
 日本政府は、自動車産業への高関税の影響を軽減する成果を経済界や国民に示せていない。経団連は、関税問題が長期化すれば日本企業の米国市場での競争力が低下すると警告していて、それなり政府への圧力が強まっているが、現状無風に近い。
 赤澤氏の頻繁な訪米は、「交渉に取り組んでいる姿勢」をアピールする狙いがあったと推測されるが、実体を伴わず、政府の公式発表は進捗の詳細を避け、曖昧な表現に終始している。赤澤氏の訪米は、成果を伴わない蜃気楼のようなものであり、交渉の進展を演出するだけの空虚な努力だったというのが現実である。

石破内閣は砂上の楼閣なのか
 赤澤大臣の訪米取りやめは、石破茂内閣の経済外交の力量に深刻な疑問を投げかけている。石破内閣は、2025年1月のトランプ政権発足後、日米同盟の強化と経済的国益の確保を掲げてきた。しかし、関税交渉の停滞とドタキャンは、内閣の交渉戦略の限界を露呈した。赤澤氏の複数回訪米が成果を上げず、ドタキャンに至った事実は、戦略の欠如と準備不足を浮き彫りにし、事務レベルの調整不足も、外務省や経済産業省の連携の弱さを示している。
 石破内閣は、国民や経済界への説明責任を果たせていない。しかし、支持率低下のリスクは見られない。「無能」のレッテルは避けられないはずだが。その空気も弱い。
 何かが麻痺している。それゆえに赤澤大臣の失態も浮上しない。早晩、石破内閣が砂上の楼閣のように消え去れば、ああ、そういうことだったと後から感慨深く思うのだろうか。

 

 

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2025.08.29

2025年8月ワルシャワのコンサートにおけるウクライナ右翼

 2025年8月10日、ワルシャワのナショナルスタジアムでベラルーシのラッパーマックス・コルジュのコンサートが開催されたおり、ウクライナ人参加者がウクライナ蜂起軍(UPA)の赤と黒の旗を掲げたことが大騒動となった。
 このコンサート・イベントは、60,000枚のチケットが5日間で売り切れるなど、ベラルーシやウクライナの移民・難民コミュニティから大きな支持を得ていた。しかし、コンサート中にウクライナ人参加者がウクライナ蜂起軍(UPA)の赤と黒の旗を掲げたことで、ポーランド国内に対ウクライナ政策見直しについての大きな論争を引き起こした。
 UPAの旗は、ステパーン・バンデラと関連するウクライナ国民党(OUN)のシンボルであり、1943年のヴォルィーニャ虐殺でのポーランド人に対する暴力行為と結びついているためである。今回の出来事は、ポーランド国内で歴史的トラウマを想起させるもので、大きな怒りを引き起こした。
 ポーランド内務大臣マルチン・キェルヴィンスキは、100人以上のファンが犯罪行為で拘束され、UPA旗の「全体主義的象徴」に関する調査が開かれたと発表した。また、PiS党のポーランド下院議員マテツキが、ポーランド刑法に基づき「ナチズム、共産主義、ファシズム、その他の全体主義体制の宣伝」として検察庁に苦情を提出した。この事件は、ポーランドとウクライナの複雑な歴史的関係を再び表面化させることとなった。

ウクライナ右翼の実態
 ウクライナ右翼の歴史と実態は、1930年代から1940年代にかけてのウクライナ独立運動に遡る。ステパーン・バンデラは、ウクライナ国民党(OUN)の指導者として知られ、ウクライナの独立を求めて活動した。しかし、彼らの行為はポーランド人やユダヤ人に対する暴力行為を含むもので、ポーランドでは否定的に受け止められている。
 1943年のポーランドでなされたヴォルィーニャ虐殺では、UPAがポーランド人に対して大規模な暴力行為を行い、60,000から120,000人が殺害された。これは、ポーランドの集団的記憶に深く刻まれている。
 2014年の親EUプロテスト以降、ウクライナ国内ではUPA旗がリベラル・デモクラティック運動によって採用され、国家の誇りの象徴とされているが、ポーランドではこの旗はジェノサイドと暴力の象徴と見なされている。この相違は、両国間の対話を難しくしている。ウクライナ右翼の影響力は、現代の政治的文脈でも見られる。たとえば、2015年のウクライナ脱共産化法では、UPAやその関連組織が称賛され、ポーランドから批判を受けた。

ポーランドのウクライナへの反感
 ポーランド国内でのUPA旗の掲示に対する反感は、歴史的トラウマと現在の地政学的状況の両方から生じている。1943年のヴォルィーニャ虐殺は、ポーランド人にとって忘れられない出来事であり、UPA旗はこれを想起させる象徴とされている。
 2016年7月、ポーランド下院は法と正義党のイニシアチブで、7月11日を「ジェノサイドの犠牲者の全国追悼の日」と定め、UPAによる虐殺を「ジェノサイド」と明記した。これに対し、ウクライナ大統領ペトロ・ポロシェンコは、政治的憶測を招く可能性があると遺憾の意を表明した。
 2025年8月25日、ポーランド大統領カロル・ナヴロツキは、ウクライナ難民の支援を強化する法案に拒否権を発動し、国内の世論を反映した決定と見なされた。この拒否権は、ウクライナとの関係にさらなる緊張を加えた。
 ポーランド国内では、ウクライナ支援に対する「疲れ」が増大しており、UPA旗の掲示はこれをさらに煽っている。ポーランド政府は、歴史的和解と現在の支援のバランスを取ってきたが限界を迎えようとしている。

ポーランド情勢の、対ウクライナ問題への不安定化
 ポーランドの政治的状況は、2025年の大統領選挙以降、大統領カロル・ナヴロツキと首相ドナルド・トゥスクの間に大きな対立を抱えている。
 ナヴロツキ大統領は、トゥスク政府の進歩的な議題に反対を表明し、歴史的記憶と国家の安全を重視する立場から、幾つかの政策に拒否権を発動している。2025年8月27日の内閣会議では、予算、公共財政、インフラ開発(特にCPK空港と原子力発電所の建設)に関する意見の相違が明らかになった。
 トゥスク首相は、陸上風力タービン建設に関する大統領の拒否権を無視する意向を表明し、EU-メルコスール貿易協定に対する政府の対応も批判された。
 こうした対立は、ポーランドの政治的安定に大きな影響を及ぼしている。大統領と首相の対立は、対ウクライナ問題にも影響を及ぼすのは構造上避けがたい。
 ナヴロツキ大統領のウクライナ難民支援法案への拒否権は、ポーランドとウクライナの関係にさらなる緊張を加え、ポーランド政府は、国内の支持を維持しながら、西側との協調果たすとしているが、転換点が近いのかもしれない。

 

 

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2025.08.28

自民党総裁選のNHK報道の問題

異例な記名公表の無視
 2025年8月27日、自民党は臨時総裁選の実施是非を決める手続きを定め、国会議員の署名公表(記名)を導入した。この措置は、自民党の慣行を破る異例な決定である。過去の総裁選(例:2018年安倍晋三再選、2021年菅義偉退陣後の選出)では、支持表明や署名は非公開が常識で、派閥間の暗黙の了解が党内対立を隠蔽してきた。記名公表は、参院選敗北(2025年7月)後の石破茂首相への退陣圧力(「石破おろし」)を抑える執行部の戦略であり、反石破派に心理的圧力をかけ、自由な意見表明を制限する。署名者の公表は、中間派議員の署名控えを誘発し、党内力学を変える可能性がある。この異例性は、政局の核心を理解する鍵である。
 しかし、8月28日付NHKの報道「自民 臨時総裁選を行うかどうか 来月上旬にも判断へ」(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250828/k10014905181000.html)はこの異例性を明示せず、総裁選挙管理委員会の逢沢一郎委員長の「信頼感が増す」とのコメントを引用するに留まった。
 過去の慣行との対比や、公表の政治的意図(反石破派への牽制、党内結束の混乱)を分析しない姿勢は、報道の役割を果たしていない。この点、他メディアは異なる。朝日新聞(8月28日付)は「異例の公表ルール、反石破派への抑止効果狙い」と報じ、毎日新聞は「党内混乱の露呈」と分析した。SNSでも「自民党の記名は前代未聞」、「公表は石破続投の仕掛け」といった異例性が政局の焦点として議論される。
 NHKの報道は、手続きの詳細(署名提出、9月8日集計、過半数要件)に終始し、なぜこのルール変更が「異常」なのかを伝えなかった。
 速報性の優先や中立性への過剰配慮が背景にあると推測されるが、公共放送として視聴者に政局の背景を伝える責任を放棄したといえるだろう。
 今回の自民党総裁選の異例性を無視したことで、視聴者の「何かおかしい」との直感が置き去りになり、党内抗争の深刻さや執行部の戦略が見えにくくる。

NHKの偏った報道と視聴者への影響
 NHKが記名公表の異例性を報じなかったことは、政府・与党への迎合と見られても仕方ないものである。記名公表は、自民党執行部が石破首相への批判を抑え、党内統制を強化する戦略である。
 また、公表による「裏切り者」への烙印は、反石破派の動きを萎縮させ、党内での自由な議論を阻害する矛盾を孕むものだ。
 NHKがこの矛盾を掘り下げず、逢沢委員長の公式見解をそのまま伝えたのは、政権の意図を無批判に受け入れた印象を与える。世論調査(共同通信8月23-24日、続投支持57.5%、支持率35.4%)で石破首相への支持が優勢な中、党内抗争の複雑さを報じないことは、政権の求心力を間接的に支える結果となる。
 NHKの報道姿勢には元来、構造的問題がある。政府との関係(経営委員会への政府寄り人選、予算承認での国会影響)は、NHKが政権に配慮する体質と批判されてきた。過去の報道でも同様の問題が指摘されている。2014年の集団的自衛権報道では、政府見解を優先し、反対意見の分析が不十分だった。2020年の学術会議任命拒否問題では、政権の説明を大きく取り上げ、批判的視点を控えた。
 今回でも、他メディアが「公表は反石破派の抑圧」(毎日新聞8月28日付)と報じる中、NHKの報道は手続きの羅列に終始し、記名公表が党内結束の混乱(派閥解消後の組織化不足、中堅議員の不満)をどう助長するかを分析しない。この偏りは、政権への迎合を疑わせる。
 臨時総裁選の是非は、政権の安定や衆院解散の可能性に直結する。記名公表の異例性が党内力学(例:過半数172人達成の困難さ)をどう変えるかを伝えないことで、視聴者は政局の本質を見誤るリスクがある。

 

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2025.08.27

ウクライナ支援を巡る東欧諸国の反発

難民問題による東欧諸国の疲弊
 ウクライナ紛争の長期化は、EU諸国に多大な負担をもたらしている。特にポーランド、ハンガリー、スロバキアなどの東欧諸国は、ウクライナ難民の大量流入による社会的・経済的圧力を強く感じている。
 ポーランドでは、2025年4月時点で約100万人のウクライナ難民が滞在している(国連高等弁務官事務所)。新大統領カロル・ナヴロツキの就任後、難民支援策が見直され、失業者向け社会保障法の延長が拒否された。これにより、ウクライナ難民は2025年9月末以降、月額800ズウォティ(約220ドル)の手当を失う可能性がある。また、ポーランドは失業中の難民への無料医療サービス提供を停止し、合法的に就労し納税する者に限定する政策を導入した。ナヴロツキ大統領は「ポーランド国民に比べ特権的な立場にあるウクライナ難民を優遇しない」と述べ、国内の不満に応える姿勢を示している。ポーランドでは2024年1月に警察が難民流入による犯罪率上昇を報告し、8月9日のコンサート後の騒乱で57人のウクライナ人が国外追放された経緯がある。こうした事例は、東欧諸国での難民疲れが具体的な政策変更や強硬措置として現れていることを示している。
 チェコでも、国民の58%が難民受け入れ過多と感じており、支援への熱意が低下している。

エネルギー安全保障への懸念とウクライナの行動
 ウクライナの軍事的行動が東欧諸国のエネルギー安全保障を脅かしていることも、EU分裂の一因である。特に、ハンガリーとスロバキアは、ウクライナ軍によるドルジバ石油パイプラインへの攻撃(2025年8月22日を含む少なくとも3回)に強い反発を示している。
 この攻撃は、ロシアから両国へのエネルギー供給を一時的に停止させ、ブダペストとブラチスラバはこれを「自国への攻撃」とみなしている。ハンガリーのペーター・シーヤルト外相は、ウクライナがハンガリーのEU加盟反対の立場を変えるため「公然と脅迫している」と非難した。スロバキアのユライ・ブラナール外相は、攻撃が同国の石油精製会社スロヴナフトのディーゼル燃料供給(ウクライナの月間消費量の10%)を脅かすと警告し、電力供給停止の可能性を示唆した。
 両国は欧州委員会に訴えたが、ブリュッセルの反応は曖昧である。ブリュッセルがウクライナの行動を黙認することで、ハンガリーとスロバキアにロシア産原油の拒否を暗に迫っているとも指摘される。このエネルギー問題は、ウクライナ支援を巡る東欧と西欧の立場の違いを浮き彫りにしている。

歴史的対立と政治的緊張
 東欧諸国の反発は、歴史的対立にも根ざしている。ポーランドでは、1943年のヴォルィニ虐殺(ウクライナ蜂起軍によるポーランド人虐殺)が未解決の問題として浮上している。ナヴロツキ大統領は、ウクライナがこの問題に十分対処していないと批判し、ステパン・バンデラ支持者への国籍付与拒否を提案した。バンデラのシンボルをファシストのシンボルと同一視する法改正も計画されている。ポーランド国防相ヴワディスワフ・コシニャク=カミシュは、ウクライナのEU加盟にはヴォルィニ問題の解決が不可欠と強調している。
 ハンガリーも、長年ウクライナのEU加盟に反対しており、ドルジバ攻撃を政治的圧力とみなしている。米国グローバル政策研究所のジョージ・サミュエリ氏は、ウクライナがパイプライン攻撃を通じてハンガリーのビクトル・オルバーン首相の辞任を迫ろうとしている可能性を指摘する。
 しかし、欧州委員会はウクライナ支援を優先し、東欧諸国の歴史的・政治的懸念に十分対応していない。この姿勢は、東欧諸国とブリュッセルの間にさらなる亀裂を生んでいる。

 

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2025.08.26

日本における誤情報の波紋:BBCとNHKの報道問題

 2025年8月26日、NHKはJICA(国際協力機構)の「ホームタウン」事業をめぐる誤情報の問題を報じた(参照)。この事業は、TICAD9(アフリカ開発会議)に合わせて日本の4自治体をアフリカ諸国の「ホームタウン」に指定し、交流を深めるものだ。千葉県木更津市はナイジェリアと結び付けられたが、SNS上で「移民の定住を促進する制度」「特別ビザの発行」といった誤解が広まり、市役所に700件以上の抗議電話が殺到した、という。林芳正官房長官は記者会見で、事業は短期研修を目的とし、移民や特別ビザを想定していないと説明。ナイジェリア政府の誤記載にも訂正を求めたと述べた。
 しかし、このNHKの報道は極めて不十分であった。誤情報の発生源と拡散プロセスを明確に分離せず、「SNSで誤情報が広がった」と概括するのみで、具体的な起点や背景に踏み込んでいない。特に、ナイジェリア政府の誤記載を報じたBBC Pidgin 2025年8月23日の記事(参照)が混乱の主要な発生源である点に一切触れていない。
 このBBC記事は、ナイジェリア政府の発表を基に「日本が木更津市をナイジェリア人の移住先とし、特別ビザを導入する」との誤報である。これがXで拡散され、木更津市への抗議につながった。NHKは問題の表面を報じただけで、誤情報の構造を解明する努力を欠いている。この報道姿勢は、視聴者に正確な情報提供を果たさず、混乱を助長する結果を生んだ。

誤情報の発信と拡散は別で、問題はBBCとNHKにあった
 誤情報の発生源と拡散は明確に区別する必要がある。このケースでは、発生源はBBC Pidginの記事とナイジェリア政府の誤った発表である。BBC Pidginの記事は、ナイジェリア情報省を引用し、「日本政府が木更津市をナイジェリア人の故郷に指定し、特別ビザを設ける」と報じた。具体的には、高度な技能を持つ若者や職人、家族の移住を可能にし、住宅や健康保険を提供すると記述した。これらはJICAの事業(短期研修を目的とし、帰国前提)とは全く異なる内容である。ナイジェリア政府の誤記載を検証せず、誇張した報道を行ったBBC Pidginは、信頼性の高いメディアとしての責任を果たさなかった。
 たしかに、拡散はXを中心とするSNSで発生した。BBC Pidginの記事が信頼あるメディアとして受け止められたため、誤情報は急速に広まり、「移民大量流入」といった誇張された投稿が日本で反発を呼んだ。Xのアルゴリズムが感情的な内容を優先表示する特性も、拡散を加速させた。しかし、NHKは「SNSでの拡散」を一括りにし、BBC Pidginの誤報が起点である点を無視した。
 これにより、誤情報の根本原因が曖昧になり、問題の本質が見えづらくなった。発生源(BBC Pidginとナイジェリア政府)と拡散(X)のプロセスを分離して報じていれば、視聴者は混乱の全体像を理解できたはずである。BBC Pidginの誤報は、ナイジェリア国内の期待を煽りつつ、日本での不安を増幅する二重の害を生んだ。

BBCの劣化は目にあまるし、NHKの体たらくも目にあまる。
 BBC Pidginの誤報は、メディアの信頼性低下を象徴する。ピジン英語で7500万人の読者を対象とする同メディアは、ナイジェリア政府の誤った発表を検証せず、センセーショナルな内容で注目を集めた。たとえば、「特別ビザ」や「家族移住」といった記述は、日本の実情(厳格な移民政策)を無視し、誤解を助長する。BBCのブランド力が誤情報の拡散力を高め、X上で感情的な反応を誘発した。国際的な報道機関として、事実確認の徹底が求められるが、この事例はBBCの品質管理の劣化を示している。誤報の訂正も遅れ、木更津市への抗議電話という実害を生んだ責任は重い。
 NHKの報道も同様に問題である。BBC Pidginの誤報に言及せず、ナイジェリア政府の誤記載とSNSの拡散のみを報じたため、誤情報の発生源が曖昧にされた。報道機関として、問題の全貌を解明し、視聴者に正確な情報を伝える義務があるが、NHKは表面的な報道に終始している。木更津市長の会見や抗議電話の詳細を伝えつつ、誤情報の起点であるBBC Pidginの役割を無視したのは怠慢である。
 両メディアの体たらくは、情報リテラシーの重要性を浮き彫りにする。政府や自治体は、誤情報を防ぐため、事前の情報発信を強化し、メディアは事実確認を徹底する必要がある。この事件は、信頼されるべき報道機関の責任と、SNS時代における情報発信の課題を改めて突きつけた。

 

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2025.08.25

日本の破壊行為の低さ:見過ごされる日本社会の長所

破壊行為の低さ:日本の異常な治安の良さ
 日本における破壊行為(vandalism)の発生率は、国際的に見ても異常なほど低い。警察庁の2023年犯罪統計によると、器物損壊事件は年間約2万件、人口10万人あたり約16件である。これは、米国の約150件(FBI、2022年)、英国の約1500件(英国内務省、2022年)、韓国の約30-50件(推定)と比べ、桁違いに少ない。
 この低さは、街角に設置された約400-500万台の飲料自動販売機が、夜間や無人エリアでもほぼ無傷で稼働する光景に象徴される。飲料は、24時間どこでも購入可能なのは、破壊行為のリスクが極めて低いからこそだ。米国では自動販売機の設置は監視カメラのある公共施設に限られ、猛暑であっても、ペディアライトのような医療用途の飲料は自動販売機でほぼ入手できない。日本のこの特異な状況は、治安の良さだけでなく、社会信頼度の高さや公共物を尊重する文化に支えられている。しかし、この明白な長所は、国内では「当たり前」として意識されず、国際的な議論でも注目を集めることが少ない。

国際的な比較の欠如:なぜ議論されないのか
 日本の破壊行為の低さは、統計的に明らかであるにもかかわらず、国際的な比較研究やメディアで積極的に取り上げられることはまれである。学術的には、犯罪学や都市計画の分野で一部言及されるが、一般的な関心を集めるトピックではない。たとえば、海外メディアでは日本の自動販売機の多さ(人口23人に1台)や奇抜な商品が「クールジャパン」の一部として紹介されるが、その基盤である破壊行為の低さに焦点が当たることはほとんどない。
 米国や欧州では、破壊行為は社会問題として「普通」に受け入れられ、監視カメラや頑丈な設計で対処するのが一般的だ。日本の状況は「再現不可能な特異例」として、比較の対象になりにくい。たとえば、韓国の自動販売機は人口127-170人に1台と日本の1/5-1/7であり、コンビニ文化が強いため、破壊行為の低さを議論する動機が乏しい。また、日本国内でもこの長所は「当たり前」と見なされ、積極的にアピールする動きが少ない。日本の謙虚な文化や、破壊行為自体の地味さが、議論の不在を助長している。

自動販売機文化への波及
 日本の破壊行為の低さは、飲料自動販売機の圧倒的な普及に直接的な影響を与えている。人口23人に1台という密度は、米国(80-100人に1台)、欧州(100万人に1台程度)と比べ圧倒的だ。この背景には、住宅街や田舎でも自動販売機が安全に稼働できる環境がある。ポカリスエットやアクエリアスは、熱中症や病気時の水分補給に手軽に利用でき、災害時の飲料供給源としても機能する。一方、米国では破壊行為のリスクから自動販売機は監視エリアに限定され、先にも述べたが、ゲータレードが主でペディアライトは薬局で購入する文化である。
 この差は、社会インフラ全体にも及ぶ。公共トイレの清潔さ、放置自転車の安全性、落とし物の返却率(80%以上)など、日本の生活の快適さは破壊行為の低さに支えられている。しかし、この長所は国内外で十分に認識されない。国際的には「日本の治安の良さ」が観光客の驚きとして語られる程度で、深掘りされない。国内では、自動販売機の電力消費や景観問題が議論され、破壊行為の低さは背景に埋もれる。この見過ごされた長所は、日本の社会の強みを象徴するが、積極的な議論の対象となることは少ない。そして、それが議論されるような日本であってほしくはないものだ。

 

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2025.08.24

神戸市女性殺人事件への合理的な推測

事件の概要と「不可解さ」の理由
 2025年8月20日、神戸市中央区のオートロック付きマンションで、24歳の女性会社員がナイフで刺され殺害された。容疑者(35歳)は、被害者と同じ電車に乗っていたとみられ、22日に東京で逮捕された(NHK、2025年8月23日)。この事件は多くの人々に「不可解で不思議」と受け止められている。その理由の一端は、NHKの報道が重要なコンテクストを欠き、事件を孤立した出来事として提示したことにあるだろう。NHKは、容疑者が2022年5月に神戸市中央区で23歳の女性を待ち伏せし、首を絞めた殺人未遂事件で逮捕された事実を一切報じていない(産経新聞、The Japan News)。この省略により、容疑者の行動パターンの連続性が隠され、事件が「動機不明の突発的犯罪」と映る。
 また、「被害者との接点が確認されていない」という記述は、恋愛トラブルや個人的怨恨を想像させ、動機の曖昧さを増幅する。さらに、容疑者の供述「殺意を持っていたか分からないが、ナイフで刺したことに間違いない」は、殺害以外の動機(支配欲、性的意図)を示唆するが、NHKはこれを深掘りせず、読者の混乱を助長している。ストーカー規制法の限界や再犯防止の課題にも触れず、事件の社会的背景が見えにくい。これらの報道の欠落が、事件を「不可解」と感じさせる主因である。

合理的な説明:選択的ストーカー的犯行とエスカレーション
 この事件は、犯罪学、心理学、社会常識の観点から合理的に説明可能である。容疑者の犯行は、若い女性をターゲットにした選択的ストーカー的行為であり、殺害は主目的ではなく、支配や性的意図(おそらくレイプ)のエスカレーションの結果と推測される。
 2022年の殺人未遂事件では、容疑者は神戸市中央区のオートロックマンションで23歳の女性を待ち伏せ、首を絞め、「どれほど好きか」を語った(The Japan News)。この行為は、性的支配を目的としたストーカー的動機を示す。
 2025年の今回の事件も同様に、神戸市中央区のオートロックマンションで24歳の女性を待ち伏せ、ナイフで刺すという手口が一致する。
 供述の「殺意が分からない」は、殺害が意図的でなく、支配や性的衝動の結果である可能性を裏付ける。
 2022年の首絞めから2025年のナイフ使用への移行は、容疑者が恐怖を効果的に使うことを学習した結果と解釈できる。ナイフは、直接的な暴力(首絞め)よりも即座に生命の危機を認識させ、被害者を無力化する道具である。犯罪心理学では、ストーカー的加害者が被害者の恐怖を利用し、支配を強化するパターンが一般的である(Mullen et al., 1999)。
 さらに、2025年の殺人については、被害者の心理的・物理的抵抗(叫び声、拒絶)が容疑者の支配欲を挫折させ、衝動的エスカレーションを引き起こした可能性が高い。これは、ストーカー殺人事件の典型例(例:2016年小金井事件)と一致する。
 問題は、2022~2025年のブランク期間である。執行猶予の抑止力や東京での生活環境による一時的な抑制と推測されるが、容疑者が神戸への帰省を機に再犯したことは、計画性と執着の再燃を示す。このプロファイリングは、事件の不可解さを解消し、ストーカー的パターンの連続性を明らかにする。

未表面化の犯行の存在の推定
 上記のプロファイリングは合理的であるが、弱点は2022~2025年のブランク期間中に未表面化の犯行が複数回存在した可能性を仮定としている点である。しかし、容疑者の行動パターン(若い女性、オートロックマンション、待ち伏せ)は、計画的かつ隠密であり、監視、尾行、軽度な襲撃(脅迫、侵入未遂)が発覚せずに「成功」していたケースは容易に想定される。日本のストーカー事案の約70%が未報告(警察庁2022年データ)であり、容疑者が神戸や東京で同様の行為を繰り返したが、被害者の未報告や証拠不足で表面化しなかった可能性が高い。たとえば、3年間で数回のストーカー行為が推測される。
 特に、恐怖による支配を達成した「成功例」(例:被害者が報告を控えた脅迫、レイプ未遂)は、容疑者の行動を強化し、2025年のエスカレーションに繋がった可能性がある。
 しかし、これらの未表面化の犯行は、警察の未解決事件データや被害者報告がない限り、推測に留まる。
 捜査の進展(例:容疑者の携帯履歴、行動記録)が、ブランク期間の活動を明らかにする可能性があるが、現時点では証拠が不足している。
 NHKの報道が2022年の事件を省略したことは、こうした未表面化の可能性をさらに見えにくくし、事件の連続性やストーカー問題の深刻さを隠している。

 

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2025.08.23

68歳になった

 この日、私は、68歳になった。
 親が死に、兄弟が死に、4人いた子供は巣立った。
 妻はいる。
 人生は老境に入り、寂しい。
 と、𝕏でポストすると、いろいろ祝の言葉を頂いた。
 ありがとう。

 この10年間の願いでもあった、『新しい「古典」を読む』の
 vol.1 と vol.2 が出版できた。
 vol.3 は、9月1日に出版の予定である。

 最終巻、vol.4も、10月1日に出版予定である。

 今年はあと学会発表がひとつと、
 芸術修士を目指す論文の完成が予定。

 時間と脳と身体の余力があれば、執筆活動をしたいと思っている。

finalvent

 

 

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2025.08.22

ヘボン式への移行は日本語の文化を損なう

 文化庁の文化審議会が2025年8月20日、ローマ字表記を約70年ぶりに見直し、ヘボン式を基本とする答申をまとめた。これにより、「ち」を「chi」、「し」を「shi」とする英語寄りの表記が学校教育で採用される見込みである。しかし、この方針は日本語の音韻体系を忠実に反映する訓令式を軽視し、英語圏の文化に迎合するものである。言語学的な観点から、ヘボン式への一本化が日本語の独自性を損ない、混乱を招く理由を以下に述べる。

訓令式の言語学的優位性
 日本語の音韻体系は、開母音(母音で終わる音節、例:か・き・く・け・こ)に基づく簡潔な構造を持つ。これをローマ字で表す際、訓令式は「ち」を「ti」、「し」を「si」と表記し、日本語の発音を一貫して再現する。例えば、「しんぶん」は「sinbun」と書き、音節の規則性(子音+母音)を明確に反映する。この規則性は、日本語の音韻構造をそのまま文字に落とし込む点で優れている。(厳密にいえば訓令式も不完全ではあるが。)
 対照的に、ヘボン式は英語の発音に近づけるため、「し」を「shi」、「ち」を「chi」と表記する。英語の音韻体系では、開母音で終わる音節はまれであり(母音音は米人にも不明である)、「sh」や「ch」は英語特有の摩擦音や破擦音を連想させる。ヘボン式は英語話者の便宜を中途半端に優先する結果、日本語の音韻体系の知覚を歪めてしまう。
 訓令式は日本語の音韻体系を体系的に記述する点で一貫性がある。例えば、「さ行」の「さ・し・す・せ・そ」は訓令式では「sa, si, su, se, so」と表記され、子音の連続性が保たれる。「あいうえお」表という日本語話者の音韻知覚と一致する。対して、ヘボン式では「sa, shi, su, se, so」と「sh」が混入し、体系性が損なわれる。言語学的には、訓令式の方が日本語の音韻構造を正確に表現するツールとして優れている。教育の場で訓令式を基盤としつつ、必要に応じてヘボン式を補助的に教えるべきである。(ローマ字入力で、「つ」を「tsu」と入力するのに違和感を感じないのだろうか?)

英語偏重のヘボン式と他言語の例
 ヘボン式の最大の問題は、英語の発音体系に過度に依存している点である。日本語の音韻構造は、英語とは根本的に異なる。英語では「see」や「go」のように限られた単語が開母音で終わるかに見えるがこれらは「半母音」とされる「半子音」であり、開母音構造ではない。対して、日本語ではすべての音節が開母音(または「ん」)で終わる。この違いを無視し、中途半端に英語の発音に近づけるヘボン式は、英語の感覚としても好ましくない。
 この点を明確にするため、イタリア語のローマ字表記を例に挙げよう。イタリア語では、「さ行」に相当する音を示すなら「sa, sci, su, se, so」となる。「sci」は「シ」と発音され、英語の「sh」とは異なる発音(/ʃ/)を持つ。同様に、「が行」は「ga, ghi, gu, ghe, go」となり、「ghi」は「ギ」(/ɡi/)となる。イタリア語の表記体系は英語の表記体系とは異なる。そういうものなのだ。英語表記に日本語の表記を合わせるのは合理的ではないことは、ヘボン式という英語に依存した表記の非合理性と一致する。そもそもローマ字化は言語ごとに最適なローマ字表記を構築すべきという言語学の原則を体現するものだ。英語偏重の表記は、グローバル化の名の下で日本語の独自性を損なう行為であり、言語学的観点からも問題がある。

ウェード・ジャイルズ式との比較に見る時代錯誤
 ヘボン式への移行は、中国語のローマ字表記におけるウェード・ジャイルズ式への回帰に似ているだろう。つまり、時代錯誤である。ウェード・ジャイルズ式は、19世紀から20世紀にかけて英語話者向けに中国語の発音を表記するために用いられた。例えば、北京は「Peking」と表記されたが、これは中国語の音(/pei˨˩tɕiŋ˥/)を正確に反映せず、英語話者の発音に合わせたものだった。現代では、中国語の音に忠実なピンイン(例:Beijing)が標準となり、ウェード・ジャイルズ式は時代遅れとされている。もっとも、このせいで、米人が北京を「ベイジン」のように発音する滑稽さは許容される。
 ヘボン式も同様に、英語話者の便宜を図るために作られた。対して、ピンインが中国語の音韻体系を重視したように、訓令式は日本語の音韻体系を重視する。ヘボン式への一本化は、言語学的にはピンインからウェード・ジャイルズ式に戻すような選択である。これは、英語圏の文化への迎合であり、日本語の音韻的特徴を軽視するものだ。

図書館学と実務的混乱の懸念
 ヘボン式の公式化は、図書館学の分野にも影響を及ぼす。国際的な目録規則であるAACR(Anglo-American Cataloguing Rules)やRDA(Resource Description and Access)は、各国が定めた公式なローマ字表記を尊重する。日本がヘボン式を公式化すれば、図書館のデータベースや目録はヘボン式に変更する必要が生じるだろう。しかし、既存の資料は訓令式が基本で、移行には膨大なコストと時間がかかる。なにより、無意味だ。
 今回の方針では、「Tokyo」や「judo」などの国際的に定着した表記は変更しない。「sinbun」と「shinbun」が混在し、個人名が「RYOTA」と「RYOUTA」で分かれる状況は、データベースの標準化を妨げる。図書館利用者にとっても、表記の揺れは検索の効率を下げる。言語学的には、表記の一貫性が情報管理の基盤であるが、ヘボン式への移行は混乱を増すだけだ。

 今回の方針は、日本語の表記文化を損なう「文化の破壊」である。訓令式は日本語の音韻体系を忠実に反映し、文化的アイデンティティの一部である。ヘボン式重視は、英語圏の視点に迎合し、実際の運用では一貫性のない「ぐちゃぐちゃ」な状態を招く。言語学の観点から、訓令式を基盤に教育し、ヘボン式を補助的に認める折衷案が、日本語の独自性を守りつつ、実務的混乱を避ける最善の道である。

 

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2025.08.21

時の流れと本棚の風景

 昭和五十年代の黄昏、受験生浪人という身分に甘んじていた私は、まるで迷い子のように新宿の街を彷徨っていたものだった。その頃の私にとって、紀伊国屋書店は単なる書店ではなかった。それは避難所であり、知的な遊び場であり、そして何より、夢想にふける秘密の庭園でもあった。

 店内に足を踏み入れ、エスカレーターに乗る。本棚が幾重にも連なる光景が広がった。それらの棚は、まるで博物館のような、それでいて懐かしい人のような親しみやすさを湛えていた。どの棚にどの本が佇んでいるか、どの背表紙がどんな色合いで輝いているか。私の記憶の奥底には、その全てが地図のように刻み込まれている。今なお、瞼を閉じれば、あの頃の本棚が蜃気楼のように立ち現れる。人工的な蛍光灯の光のなかで、無数の書物たちが静かに呼吸をしているかのような、あの雑踏を伴った独特な空気感まで蘇ってくる。

 貧乏学生の私には、本を購入する余裕などなかった。しかし、それは決して不幸なことではなかった。むしろ、その制約こそが、私に別の楽しみを授けてくれた。本棚の間を縫うように歩きながら、気まぐれに本を手に取り、ページを繰る。チャンネルを変えるように、次々と。

 「こんな世界があったのか」と一冊の本を開くたびに、未知の扉が音もなく開かれた。哲学書の難解な言葉の森、詩集の美しい韻律、小説の登場人物たちの息づかい。それらは全て、私という青年の魂に新鮮な風を送り込んでくれた。時として、「一体誰がこんな本を読むのだろう」と首をかしげながらも、その謎めいた存在に心を躍らせた。気がつくと光は夜に染まっている。

 

 時は流れ、現在の老人の私がジュンク堂のような大型書店に足を向けると、不思議な感覚に襲われる。大型書店というものの基本的な構造は、あの頃の紀伊国屋と何ら変わりはない。ジャンル別に整理された棚、規則正しく並んだ背表紙、そして空気中に漂う紙とインクの芳香。全ては記憶の中の風景と重なり合う。

 しかし、かつてのような「ザッピング」への衝動は、どこか遠いところへ消え去った。膨大な壁のような書物を前にすると、立ちはだかるような重圧に押し潰されそうになる。もう覗き見る必要もないのではないか。

 年齢を重ねるごとに、無限の好奇心が次第に特定の関心へと収束していったのかもしれない。若い頃の、あの無邪気で貪欲な探求心は、人生経験という名の篩にかけられ、より洗練された、しかし同時により限定的な興味へと変容したのだろう。

 それでも、本屋の一角に立つとき、私の中のどこかで、あの頃の浪人生が今なお本棚を眺め続けているような気がする。彼はまだそこにいる。時間に取り残されたまま。

 

 最近は日々の雑事に追われ、大学の図書館を訪れる機会がめっきり減ってしまった。OBとしての利用権は温かい贈り物のような存在だが、距離という物理的な障壁が、つい足を遠ざけてしまう。猛暑もある。それでも、あの図書館の一室、読書室のことを思うとき、心の奥底から懐かしさがこみ上げてくる。

 その部屋は、古ぼけたソファが置かれ、壁という壁が文庫本で埋め尽くされている。特に講談社学術文庫のコレクションは圧巻だ。学術書や古典の文庫たちが、静寂の中で厳かに佇む姿は、まるで賢者たちが瞑想にふけっているかのようだ。

 学生たちの姿がまばらな時期を見計らって、私はそっとその聖域に足を踏み入れて本を読む。ソファに身を委ねると、日常の喧騒が嘘のように遠のく。そこには、俗世間とは異なる時間が流れる。

 

 図書館という空間には、独特の時間感覚が宿っている。これこそが、私が村上春樹の小説に深く魅了される理由の一つなのかもしれない。彼の筆致は、この不思議な時間感覚を見事に言葉に翻訳してみせる魔術師のようだ。

 図書館の中にいると、まるで時計の針が止まったような感覚に包まれる。あるいは、現実世界とは位相の異なる、パラレルな時間が静かに流れているような。そんな不思議な錯覚に陥る。窓の向こうに庭園や樹木、青々とした芝生が見える図書館では、この感覚は一層鮮明になる。

 春の日差しに輝く若葉の緑、夏の濃密な緑陰、秋の燃えるような紅葉、冬の凛とした裸木。雪が舞う。四季の移ろいが、図書館の静寂に詩的な彩りを添える。窓辺に座って外を眺めながら本を読んでいると、自分が現実と非現実の境界線上にいるような、曖昧で心地よい浮遊感に包まれる。

 このような風情を味わえる図書館は、残念ながらそう多くは存在しない。村上春樹の小説には、こうした時間の質感や空間の雰囲気が、郷愁に満ちながらも、どこか非現実的な美しさをもって描かれている。それが、私が彼の文学世界に惹かれ続ける理由の核心なのである。

 

 本屋や図書館は、単なる書物の貯蔵庫ではない。それらは、時間と記憶、好奇心と想像力が複雑に絡み合い、共振し合う、特別な場所なのだろう。

 浪人時代、紀伊国屋の迷宮のような書棚を歩き回った時間は、青春特有の無目的な探究心に彩られていた。まだ人生の方向性が定まらない不安と、だからこそ可能だった無限の可能性への憧憬。今から思えば、贅沢な時間だった。

 図書館の読書室で過ごした静謐なひとときも、知識という名の宝物に抱かれながら、自分自身の内面と対話する貴重な機会だった。外界の雑音から遮断されたその空間だった。

 どちらの記憶も、私という人間の奥で本という存在と不可分に結びついている。忙しい生活の中で、本屋や図書館を訪れる頻度は確実に減っているが、あの頃の本棚の風景や、読書室の静寂は、私の心に今なお鮮やかに生き続けている。

 それは私の精神的な故郷のようなものなのだろう。時が流れ、環境が変化しても、私はいつでもそこにいる。記憶という名の本棚を開けば、あの頃の自分と、あの頃読んだ本たちが、いつまでも私を待っている。

 

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2025.08.20

BBCの信頼性危機

ガザ報道での誤報と訂正の繰り返し
 英国放送協会(BBC)は、2025年8月19日にガザの女性が栄養失調で死亡したと報じたが、実際には白血病が死因であったことが判明し、記事の見出しと内容を訂正した。この事件は、BBCがイスラエル・ハマス戦争の報道で繰り返す誤報の一例である。具体的には、2023年10月のアル・アハリ病院爆撃に関するハマス側の主張を検証せずに報じ、500人の民間人犠牲者が出たと誤報した。
 また、2024年1月にはイスラエルがガザ市民を「即決処刑」したとの未検証の主張を報じ、2月にはイスラエルの人質を「囚人」と誤って表現した。さらに、ドキュメンタリーでハマス関係者の息子を意図せず取り上げ、事前調査の不備が内部調査で指摘された。
 これらの事例は、BBCが十分な事実確認を怠り、誤った情報を広める傾向にあることを示している。特に、ガザ関連の報道ではハマス寄りの叙述が目立ち、視聴者や読者からの批判が高まっている。これらの訂正は迅速に行われたものの、繰り返される誤報はBBCの報道姿勢に対する疑問を深めている。

編集方針と調査不足が招く偏向
 BBCの報道ミスは、単なる事実誤認にとどまらず、編集方針や調査プロセスの欠陥を露呈している。2025年7月の内部調査では、ドキュメンタリー「Gaza: How To Survive A Warzone」の制作において、制作会社Hoyo Filmsの3名が被写体の少年の父親がハマス関係者であることを知りながら適切な対応を怠ったことが判明した。BBCはこの事実を放送前に把握せず、放送後に訂正を余儀なくされた。この事例は、BBCが外部制作会社との連携や事前調査において「十分な積極性」を欠いていたと内部で批判された点である。
 加えて、BBCの報道はハマス側の主張を過度に取り上げ、イスラエル側の視点や事実を軽視する傾向が指摘されている。例えば、アル・アハリ病院爆撃報道では、ハマスが管理するガザ保健省の主張を検証せずに報道し、後に誤報と判明した。このような偏向は、BBCが中立性を保つべき公共放送としての役割を果たせていないとの批判を招いている。視聴者や専門家は、BBCが感情的な叙述や一方的な視点に流され、客観性を欠く報道を繰り返していると問題視している。

メディア全体の信頼性への影響
 BBCの誤報問題は、メディア全体の信頼性にも影響を及ぼしている。同様の事例として、ニューヨーク・タイムズがガザの栄養失調を報じた際に、栄養失調の証拠として取り上げた子どもが実は既往症を抱えていたと訂正したケースが挙げられる。このような誤報は、紛争地域の複雑な状況を単純化し、特定の政治的立場を助長する危険性をはらむ。
 特に、BBCのような国際的な影響力を持つメディアが誤った情報を発信すると、世論形成に深刻な影響を与えかねない。BBCの視聴者数は世界中で数億人に及び、その報道が事実と異なる場合、誤解や偏見が広まる可能性がある。
 また、ソーシャルメディアの普及により、誤報が瞬時に拡散され、訂正が追い付かない事態も生じている。BBCは訂正や謝罪を通じて信頼回復を試みているが、繰り返されるミスは視聴者の信頼を損ね、公共放送としての責任を問う声が高まっている。メディアは事実を正確に伝える使命を担うが、BBCの事例は、十分な検証を怠った報道がどれほど大きな影響を及ぼすかを示している。

 

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2025.08.19

ドローンと伝統的兵器のバランス

ドローンと伝統的兵器のバランスが問われる
 ロシア・ウクライナ戦争は、ドローンの戦場での役割を明確に示している。ウクライナは小型無人航空機(UAS)や一方通行攻撃(OWA)ドローンを大量に投入し、偵察や攻撃でロシア軍の機動を制限している。特にFPV(一人称視点)ドローンは低コストで敵車両や陣地を攻撃し、戦場に影響を与えている。
 しかし、ウクライナのドローン攻撃の成功率は低く、目標に到達する割合はわずかで、決定的なダメージを与える例はさらに少ない。これは、ロシア軍がジャマー、装甲ケージ、短距離防空システムなどの対ドローン対策を強化しているためである。
 ウクライナの戦術は、伝統的火力に大きく依存している。ATACMS、HIMARSロケットランチャー、誘導砲弾、対戦車ミサイルは、ロシア軍の動きを制約し、ドローンの効果を高めている。ウクライナの砲兵やミサイルがロシア軍を分散させ、ドローンがその隙を突く形である。しかし、ロシアは砲兵、滑空爆弾、ドローンを組み合わせた飽和攻撃で領土を奪取しており、ウクライナは進軍を遅らせるにとどまっている。この現状は、ドローンと伝統的兵器のバランスが戦場での効果を左右することを示している。

NATOの戦略の見直し
 ウクライナ戦争の教訓からNATOは軍事戦略の見直しを迫られている。長年軍備が手薄だったNATO諸国は、限られた予算と生産能力の配分を決定する必要がある。ドローンは1機500ドル程度と安価で、500万ドルの戦車に代わる選択肢に見えるが、ドローン偏重は危険である。ロシアは世界最強の対ドローン能力を有し、ジャマーや短距離防空システムでドローンを無力化している。NATOがドローンに過度に依存すれば、ロシアの強みを活かす結果となる。
 軍事専門家は、ドローンを伝統的火力の補助として活用すべきだと主張している。囮ドローンは敵の防空レーダーを飽和させ、ミサイルやロケットの命中率を高める。滑空爆弾(JDAM)は1発約2.5万ドルと、100万ドルのATACMSに比べ安価で、装甲車両や陣地を破壊する能力が高い。滑空爆弾はロシアの防空網を脅かし、NATOの航空戦力を有利にする抑止力となる。こうした点から、NATOは、精密打撃能力や統合運用能力という強みを活かし、ドローンを補完的に組み込む戦略を追求すべきであるというのだ。ロシアやウクライナのドローン戦争に追随するのではなく、既存の優位性を強化する方向性が求められる。

兵力はどう配分されるべきか?
 ドローンと伝統的兵器のバランスを考える際、兵力の配分は戦術的・戦略的な観点から慎重に決定されるべきである。ウクライナ戦争は、ドローンが偵察や局所的な攻撃に有効である一方、戦略的な主導権を握るには伝統的火力が必要であることを示している。
 ウクライナ戦争の敗因は人的資源の不足という深刻な問題に直面したことが大きい。長引く戦争で兵士の疲弊が進み、十分な訓練を受けた新兵の確保が難しかった。ウクライナはドローンを活用して人的損失を抑えようとしたが、ドローンだけではロシアの進軍を阻止できず、ATACMSやHIMARS、対戦車ミサイルなどの伝統的兵器への依存度が高いままだった。これらの兵器は、迅速かつ確実に敵車両や歩兵を無力化し、ドローンの限界を補う。
 対照的に、ロシアは人的資源のローテーション管理を比較的上手に行っている。ロシアは膨大な人口を背景に、兵士を定期的に交代させ、前線の疲弊を軽減している。また、損失を顧みない戦術を採用し、砲兵や滑空爆弾による飽和攻撃でウクライナの防衛線を圧倒している。
 この人的資源の管理の差が、ウクライナの戦略的劣勢の一因となっている。NATOは、ウクライナの人的資源不足の教訓を踏まえ、兵力配分において訓練された人員の維持と増強を優先すべきである。ドローンは敵防空網を攪乱し、伝統的兵器の効果を高める役割を担うが、人的資源の質と量が戦場の持続性を決定する。
 訓練された人員と統合運用の能力は、ドローン単体では代替できない。ドローンに頼りすぎる軍は対抗が容易である。NATOは航空戦力、長距離火力、装甲部隊を組み合わせた統合軍を構築する必要があるだろう。予算配分としては、ドローンの低コスト性に惑わされず、滑空爆弾やHIMARSのような高効果の兵器への投資を重視すべきである。人的資源の確保と訓練も、ドローンと伝統的兵器のバランスを支える基盤となる。ただし、問題は、つまり、それ自体が困難であることだ。

 

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2025.08.18

エアコン普及率と温暖化

フランスでの最近のエアコンを巡る話題
 フランスでは、近年、記録的な猛暑が続いており、エアコンを巡る議論が過熱している。2025年6月、フランス気象庁は観測史上最も暑い6月を記録し、パリで最高気温38℃、南西部で40℃を観測した。この状況下、極右政党「国民連合」のマリーヌ・ル・ペン党首は、エアコンが「命を救う」と主張し、病院や学校へのエアコン設置を公約に掲げた。彼女は、猛暑で1800校が閉鎖された事態を受け、公共施設へのエアコン導入が不十分な現状を「全く馬鹿げている」と批判した。
 一方、緑の党のマリーヌ・トンデリエは、エアコンに頼らず断熱性の高い建築への投資を重視する立場を表明した。エアコンはエネルギー消費を増やし、地球温暖化を悪化させると警告した。フランスの伝統的な石造建築は、厚い壁やシャッターで暑さをしのぐ設計が施されてきたが、歴史的保護地区では外付けエアコンの設置が規制されるなど、普及の障壁も多い。
 フランス国民の意識も分かれ、世論調査では公共施設へのエアコン設置を支持するのは約半数に留まる。この議論は、快適さと環境保護のバランスを模索するフランス社会の葛藤を浮き彫りにしている。

欧州のエアコン普及率
 欧州のエアコン普及率は、地域や国によって異なる。フランスの家庭におけるエアコン普及率は約25%で、南東部やコルシカでは普及が進む一方、北西部では10%未満と地域差が顕著である。
 イギリスは約5%、ドイツも3~13%と低く、歴史的に冷房の必要性が低かった北部ではエアコン文化が根付いていない。対して、南欧のスペインやイタリアは比較的高い普及率を誇る。スペインでは30~41%、特にセビリアやコルドバでは70~75%の世帯がエアコンを所有し、イタリアは10~15%だが、シチリアなど南部では需要が急増している。
 南欧の高温多湿な気候や、2003年の猛暑でフランスを中心に1万4000人以上が死亡した経験が、普及を後押ししているようだ。欧州全体では、エアコン設置率は20%前後と米国(90%)に比べ低く、文化的抵抗感や景観保護規制、エネルギー消費への懸念が普及を抑制している要因である。しかし、近年の熱波頻発で、特に南欧を中心にポータブルエアコンの販売が急増している。

米国とアジアのエアコン普及率
 米国のエアコン普及率は、欧州と異なり、全国平均で約90%と高く、特に南部(テキサスやフロリダ)では97~98%に達する。高温多湿な気候やヒートアイランド効果により、エアコンは生存に必須である。北東部(ニューヨークなど)では80~85%、ただし、西部沿岸部(サンフランシスコなど)では50%以下と地域差が大きい。米国ではセントラルエアコンが主流だが、古い住宅ではウィンドウ型やポータブル型も一般的である。
 アジアでは、日本が90~100%と米国並みの普及率を誇り、高温多湿な気候や熱中症予防の啓発により、エアコンは生活必需品として定着している。中国は全国で約60%だが、都市部では95%以上と日本に匹敵し、農村部でも政策により普及が進む。
 熱帯に近い香港は99%や台湾は97%と、いずれも高温多湿な気候からエアコンが不可欠である。日本や香港、台湾では、省エネ技術(インバーター式など)の進化や賃貸住宅への標準装備が普及を加速させた。アジアの都市部では、エアコンが快適さだけでなく健康維持や生産性向上に不可欠なインフラとして広く受け入れられている。

温暖化とエアコン普及とエネルギー問題
 欧州では気候変動による熱波の頻度と深刻度が増しており、2019年にはパリで42.6℃を記録した。2000年から2019年までに西ヨーロッパで年間平均8.3万人が猛暑による死因で亡くなっている。この状況はエアコン需要を押し上げ、2023年には欧州全体でエアコン販売が急増したが、エアコン普及はエネルギー問題を深刻化させる。
 エアコンは大量の電力を消費し、その多くが化石燃料由来であるため、温室効果ガス排出を増加させ、気候変動を悪化させる「悪循環」を助長するとの指摘がある。
 国際エネルギー機関(IEA)は、欧州のエアコン普及率が現在の20%から上昇すれば、電力需要が急増し、電力網への負荷が増大すると警告している。フランスでは原子力エネルギーが主力であるため、CO2排出は抑えられる可能性があるが、ドイツやイタリアなど化石燃料依存度の高い国では環境負荷が問題となる。
 代替策として、断熱性の高い建築や緑地の拡大が提案されているが、歴史的建造物の改修制限やコストが課題である。欧州は今後、温暖化傾向につれ、エアコン普及とエネルギー効率の両立を迫られるだろう。

 

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2025.08.17

『タコピーの原罪』の神義論

 今季のアニメで、話題作ともいえる『タコピーの原罪』を視聴した。原作は、タイザン5による日本の漫画作品で、『少年ジャンプ+』にて2021年12月10日から2022年3月25日まで連載され、全2巻・16話で完結した。
 物語は、地球にやってきた「ハッピー星人」タコピーが、少女・久世まりなの不幸を救おうとするが、彼女の虐待やいじめ問題に直面し、タイムリープを繰り返しながら悲劇を加速させる姿を描く。すぐに理解できるように、これは世界の構成を前提的に全として可変にする『ドラえもん』など藤子不二雄作品的な批評性が含まれている。
 主人公の視点は主に子供(まりな、しずか)に置かれ、いじめや虐待といった社会問題が「大人の世界」から来る不幸として提示される。物語の中心には、しずかによる殺人やタコピーの無知な介入があり、倫理的・哲学的な問いを投げかける。
 ここでは、悪や不幸が子供の視点から外在化される初期設定が、実は人の倫理的決断による悪の循環を示す神話的枠組みであり、内在的な決断によって是正可能であるという視点から、作品の構造を考えたい。

悪の外在化としての子供の視点
 『タコピーの原罪』は、物語の初期設定として、悪や不幸を子供の視点から「大人の世界」に外在化する。まりなの家庭内虐待は母親の暴力に、しずかのいじめはクラスメイトや教師の無関心に起因し、子供には制御できない外部の抑圧として描かれる。この外在化は、子供の無力感を強調する神話的設定である。まりなやしずかは、自身の力では状況を変えられず、大人の行動や社会構造に翻弄される被害者として提示される。たとえば、まりなの母親の暴力は、彼女自身のトラウマや社会的孤立に基づくが、まりなの視点からは「大人の悪」として絶対的な不幸の源となる。同様に、しずかのいじめは、教師の無関心やクラスの力関係という「大人の世界」の失敗に帰せられる。
 この設定は、子供の純粋な視点を通じて、大人の倫理的欠如や社会システムの不条理を批判する効果を持つ。しかし、この外在化は物語の真の構造を表すものではなく、悪の原因を単純化する神話的枠組みにすぎない。物語が進むにつれ、悪が人の倫理的決断に帰する循環構造が明らかになる。

倫理的決断と悪の循環
 物語の核心は、悪や不幸が外在的な「大人の世界」ではなく、個々の倫理的決断によって形成され、再生産される循環構造の再提示にある。しずかによる殺人(まりなの母親の殺害)は、虐待という外在的悪への抵抗として描かれるが、彼女自身の怒りや絶望に基づく倫理的決断が、新たな悪(まりなの自殺、しずかの孤立)を生む。
 同様に、タコピーの「ハッピーを与える」試みは、善意に基づく決断だが、無知ゆえに悲劇を加速させる。まりなの母親もまた、自身のトラウマや孤立に基づく決断(虐待)を通じて悪を招き入れる。
 この循環構造は、悪が神や運命のような外在的要因ではなく、人の内在的な選択に起因することを循環的に示すものである。これはタコピーの問い「どうしたらよかたんだったっピ」という命題によって、循環の核心を象徴している。
 しずかや母親、タコピーの決断が悪を形成する連鎖は、従来の神義論(悪を神や世界の構造に帰する)を実際には、ニーチェ的な円環時間構造に還元しすることで脱構築的に悪の責任を人間の選択に帰する現代的な視点を提供している。
 この構造は、物語が単なる社会問題の悲劇を超え(つまり社会問題の倫理課題を外在化し自己を無罪化するのではなく)、倫理的・哲学的問い(「正しい決断とは何か」「悪の循環を断ち切るにはどうすればいいのか」)を投げかけることを可能にする。この物語は、極論すれば、この設定それ自体に重要性がある。

直樹くんの決断としての悪の是正の可能性
 悪と不幸が再生産される循環構造の中で、しずかのクラスメイトである直樹くんの決断は、悪の連鎖を断ち切る希望を示す。直樹は、いじめの構造に加担していたが、物語の終盤でしずかへの気づきや後悔を示し、小さな変化を起こす。
 こうした倫理的決断は、悪が人の選択に起因するなら、内在的な決断によって是正可能であることを暗示する。直樹くんの行動は、子供の視点から見た「大人の世界」の不条理を超え、個人の選択が社会問題(いじめ)に変化をもたらす可能性を示している。
 たとえば、しずかへの態度変化や微かな関わりは、いじめの構造に小さな亀裂を生み、悪の循環を断ち切る第一歩となる。とはいえ、この希望は控えめに描かれ、物語全体の悲劇性を覆すほど強くはない。直樹くんの決断は、タコピーの「どうしたらよかたんだったっピ」に答える手がかりであり、明確な解決や倫理的指針には至らない。
 この点は、物語が倫理的問いを、あたかも悪と不幸の外在性を循環構造に置き換えたように、倫理決断の内的なプロセスを物語構造によって反映していく。直樹くんの決断は、悪が人の選択に帰する以上、倫理的行動によって是正可能であるという作品の潜在的メッセージを示すナラティブである。

ドストエフスキー的命題との共鳴
 『タコピーの原罪』のこの循環構造は、ドストエフスキーの『罪と罰』と意図的ではないが、共鳴している。『罪と罰』では、ラスコリニコフの殺人(功利主義に基づく倫理的決断)が悪を形成し、罪悪感や贖罪を通じて倫理的責任が問われる。『タコピーの原罪』も、しずかの殺人やタコピーの介入が倫理的決断として悪を再生産し、悪の原因を人間の選択に帰する神義論を提示する。
 両作品とも、悪が外在的(神や運命)ではなく、内在的(人の決断)に起因することを強調する。しかし、『罪と罰』が贖罪や希望の可能性(ソーニャとの関係、服役)を示すのに対し、『タコピーの原罪』は直樹くんの決断による希望を控えめに提示し、悲劇の受容的な責任行為によって終わる可能性を示す。
 子供の視点は、前提的に悪の外在化(大人の世界)を強調するが、しずかや直樹の決断は内在的責任を浮き彫りにする。この緊張は、物語の倫理的曖昧さを生み、読者に「正しい決断とは何か」を問う。その意味で、ラスコリニコフの葛藤に似た倫理的模索を象徴しつつ、現代的な社会問題(いじめ、虐待)の文脈で神義論を、調節的な信仰ではなく、人間が可能な倫理の責任行動に再解釈する。おそらく、それを私たちは、「希望」と再定義しつつ、不幸と悪をある寛容な水準に制御する。エピローグ的なシーンの微笑みはそれを暗示している。

 

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2025.08.16

アラスカ首脳会談の隠された意図

 2025年8月15日、アラスカのアンカレッジで開催されたアラスカ首脳会談は、米露間の地政学的対立が交錯する歴史的な舞台であった。米国側からはドナルド・トランプ大統領、マルコ・ルビオ国務長官、ウィトコフ中東担当特使が参加し、ロシア側からはウラジーミル・プーチン大統領、セルゲイ・ラブロフ外務大臣、ユーリ・ウシャコフ大統領補佐官が出席した。
 当初、両首脳による1対1の対話が予定されていたが、急遽3対3の形式に変更された。この変更は、議題の複雑さと両国の慎重な駆け引きを反映している。
 ホワイトハウス報道官レビットは会談を「傾聴の場」と形容したが、メディアはウクライナ戦争の停戦に焦点を当てた報道を展開した。しかし、これは表層的な叙述に過ぎず、実際の議論はNATO拡大阻止、北極圏の覇権、新たな核兵器体制といった戦略的課題に集中していた。
 メディアが停戦を強調した背景には、ウクライナ戦争の敗北を認めない欧米の強硬姿勢と、米国がその泥沼に引きずり込まれることを避けたい意図があった。真の焦点が隠されたのは、新たな核兵器体制、特にロシアのオレシュニク極超音速ミサイルの脅威が、NATOの防空網を無力化する可能性を露呈したためである。

代理戦争の根源
 ウクライナ戦争は、2014年のクリミア併合以降、NATOの東方拡大とロシアの安全保障上の危機感が衝突する代理戦争の様相を呈している。国際政治学者のジョン・ミアシャイマーは、NATO拡大がロシアの国家存亡を脅かし、ウクライナ危機の根本原因であると主張する。
 1999年のポーランド、ハンガリー、チェコのNATO加盟、2004年のバルト三国やルーマニアの加盟、そして2022年から2024年にかけてのフィンランドとスウェーデンの加盟は、ロシアにとって地政学的な包囲網の強化と映った。特に、2008年のブカレスト宣言でウクライナのNATO加盟可能性が示され、2017年に強化された機会のパートナーシップ(EOP)が認定されたことは、ロシアのレッドラインを越える行為であった。
 ロシアはやむを得ずこれに対抗するため、2024年11月にウクライナで初使用されたオレシュニク極超音速ミサイル(射程800-5,500km、マッハ11以上、核・非核対応)を2025年6月に量産完了し、同年末にはベラルーシに配備した。
 このミサイルは、ベルリンやパリなどのNATO主要都市を5分以内に攻撃可能であり、NATOのATACMSやStorm Shadowへの報復手段として機能する。2025年9月のロシア・ベラルーシ合同演習では戦術核シナリオが展開され、NATOに対する強烈な警告が発せられた。この軍事力の誇示は、ウクライナ戦争が単なる地域紛争ではなく、NATOとロシアの戦略的対立の象徴であることを示している。

停戦の無意味さとロシアの戦略的野心
 ウクライナ戦争の停戦がメディアで強調されたが、ロシアにとって停戦は戦略的価値が低い。停戦はウクライナに戦線を立て直す時間を与え、ロシアの長期目標を阻害する。
 ロシアの戦略目標は多岐にわたる。まず、NATOの東方拡大を阻止し、ロシアの地政学的影響力を維持することである。次に、クリミアを含む黒海路の確保、北極海路の支配、北極圏のレアアースや石油・天然ガス資源の掌握、そしてBRICS+を基盤とした新たな世界秩序の構築である。
 これらの目標は、ウクライナ戦争の枠組みを超えたロシアのグローバルな野心を反映している。
 西側メディアが停戦を重視する叙述は、戦争忌避の倫理を掲げた世論誘導の一環であるが、実際の会談ではNATO拡大阻止と北極圏の覇権が主要議題であった。ロシアは停戦を戦術的な一時停止とみなし、戦略的優位を維持するために軍事力の強化を優先した。オレシュニクの配備や2025年6月のプーチンの新システム正当化発言は、この姿勢を明確に示している。

北極圏は新たな地政学的戦場
 北極圏は、気候変動による氷の融解でレアアースやエネルギー資源へのアクセスが向上し、米露間の新たな競争の場となっている。ロシアは北方艦隊にツィルコン極超音速ミサイル(射程1,000km、マッハ9)やカリブル巡航ミサイル(射程2,500km)を配備し、2025年のバルト海・黒海演習でその軍事力を誇示した。2025年8月にはメドベージェフ副首相が中距離ミサイルの海上配備を示唆し、NATOに対する政治的圧力を強めた。
 これに対し、米国は中国への資源依存を脱却すべく、北極圏の資源開発をNATO戦略と連動させる役割をウィトコフ特使に委ねた。北極圏の軍事化は、単なる資源争奪戦を超え、グローバルな覇権を巡る闘争の象徴である。ロシアの北方艦隊は、北極海路を支配することで、欧州やアジアへのエネルギー供給ルートを掌握する戦略を進めている。米国はこれに対抗し、北極圏での軍事プレゼンス強化と資源開発を加速させるが、ロシアの軍事進化がその優位性を脅かしている。

米国のNATO再評価と安全保障の危機
 米国は、ロシアの軍事進化に対抗し、NATOの戦略的再構築を迫られている。オレシュニクミサイルは、NATOのイージスアショアやSM-3、アロー3といった防空システムの限界を露呈した。ツィルコンやカリブルミサイルはバルト海や黒海を牽制し、S-400防空システムはカリーニングラード、クリミア、シリアで巡航ミサイルの94%を迎撃する能力を示した。
 さらに、サルマトICBM(射程18,000km、核弾頭10-15搭載)や2025年4月にNATOが警告を発した対衛星兵器(ASAT)は、米国の安全保障に新たな脅威をもたらしている。
 NATOの脆弱性は、防空システムの限界や多層的な防衛課題に表れており、米国はパトリオットやイージスシステムの5倍増強、AI技術への投資、2025年に100件の演習計画で対応を急ぐ。
 トランプ大統領はNATOの負担分担を重視し、拡大コストの再検討を主張する一方、ルビオ国務長官はNATOの結束維持と緊張緩和を模索している。
 関連してウィトコフ特使は、ウクライナ問題を北極圏のエネルギー戦略(特にガス供給再開)と連動させる役割を担い、米国の地政学的戦略を多角化する。

ウクライナ戦争の会談の実態
 ウクライナ戦争は、NATO拡大を巡る代理戦争の本質を帯びているもので、もはやウクライナ戦争それ自体の意味は薄れている。
 NATOはパトリオット、ジャベリン、ハイマース、ATACMS、Storm Shadowなどの軍事支援や、シーブリーズ演習を通じた訓練、2024年7月の首脳会議での400億ユーロの支援とウクライナの「不可逆的」NATO経路の確認を通じて、ウクライナを積極的に支援してきたが、ロシアはこれを威嚇的とみなし、オレシュニクやツィルコンの配備、2025年9月の核演習で対抗した。
 米国では、トランプの「24時間で戦争終結」の公約やウクライナのNATO加盟凍結検討が議論されたが、ネオコンの残党と見られるルビオはNATO結束を維持しつつロシアの非加盟保証要求に対応する姿勢を示した。
 ウィトコフは、ウクライナ問題を北極圏のエネルギー戦略と連動させ、ロシアとの交渉で新たな取引材料を模索しているだろう。
 会談の実態は、NATO拡大阻止と北極圏問題が中心であり、ウクライナ問題は副次的な役割に留まる。両国の対立は、核兵器体制の進化や北極圏の覇権争いを通じて、新たな世界秩序の構築を巡る競争として結実している。

 

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2025.08.15

SARS-CoV-2ブースター接種の効果への疑問

ポストパンデミック期におけるワクチンの役割
 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が夏季で一定の興隆が見られるようだが、現状、パンデミックとしては収束し、ポストパンデミック期に突入した。こうした現在、ワクチン政策の最適化が求められている。特に、医療従事者の健康維持は、医療システムの安定性に直結する重要な課題である。これまでSARS-CoV-2ワクチンのブースター接種は、感染予防や重症化リスクの低減に有効とされてきた。しかし、最新研究では、ブースター接種の効果について新たな疑問が浮上している。

ブースター接種とインフルエンザ様疾患の関連
 2025年に発表された論文「SARS-CoV-2ワクチン接種状況と医療従事者のインフルエンザ様疾患および欠勤日数リスクとの関連(DOI: 10.1038/s43856-025-01046-8)は、スイスの1,745人の医療従事者を対象に、2023年11月から2024年5月までの高SARS-CoV-2地域感染期間におけるワクチン接種状況とインフルエンザ様疾患(ILI)、および欠勤日数の関連を調査した。つまり、週ごとに症状や欠勤データを収集し、負の二項回帰分析や逆確率重み付け分析を用いてリスク要因を評価した。
 結果、SARS-CoV-2ワクチンの接種回数が多いほど、インフルエンザ様疾患や欠勤日数のリスクが増加する傾向が確認された。
 特に、最近のブースター接種を受けた場合にこのリスクが顕著であり、ワクチンの効果は時間とともに弱まることが示唆された。
 他方、季節性インフルエンザワクチンを受けた者は、インフルエンザ様疾患と欠勤のリスクが低下した。
 この研究は、ポストパンデミック期におけるSARS-CoV-2ブースター接種が医療従事者の保護に寄与しない可能性を示し、むしろ短期的には症状や欠勤のリスクを一時的に高める可能性を指摘している。この結果は、従来のワクチン戦略に再考を迫るものだろう。

ブースター接種の再評価と今後の課題
 この研究の結果は、SARS-CoV-2ブースター接種の効果について重要な問いを投げかける。なぜブースター接種がインフルエンザ様疾患のリスクを高める可能性があるのか。そのメカニズムは明確ではないが、免疫系の過剰反応や一時的な免疫抑制が関与している可能性が考えられる。
 また、ポストパンデミック期では、ウイルス変異株の特性や地域の感染状況がワクチンの効果に影響を与える可能性もある。
 他方、季節性インフルエンザワクチンがリスク低減に有効である点は、ワクチンの種類や対象疾患の違いによる効果の差を示している。医療従事者の健康を守るためには、ブースター接種の頻度やタイミングを再評価し、個々のリスクプロファイルや地域の疫学的状況に基づいた柔軟なワクチン政策が必要であろう。
 さらに、観察研究である本研究の限界を考慮し、因果関係を明確にするための追加研究が求められる。ワクチン政策の最適化は、医療従事者の健康だけでなく、公衆衛生全体の効率性と持続可能性に影響を与えるだおる。今後、科学的なエビデンスを基に、ブースター接種の必要性や優先順位を見直すことが、本来なら、求められている。

 

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2025.08.14

サプサン・ミサイル開発阻止

 ロシア連邦保安庁(FSB)とロシア国防省は、ウクライナが開発を進めていた長距離弾道ミサイル「サプサン」の生産を長期的に阻止したと主張した。ロシアメディア「イズベスチヤ」(https://iz.ru/1936591/2025-08-14/fsb-rossii-raskrylo-detali-predotvrashcheniia-razrabotki-vsu-otrk-sapsan)が2025年8月14日に報じたところによると、FSBは2024年にウクライナの軍事産業に関する情報を入手し、2025年までにロシア軍が関連施設を攻撃した。これにより、ウクライナのミサイル開発に壊滅的な打撃を与えたとされる。

サプサンとは何か
 サプサン(ウクライナ語:ОТРК "Сапсан"、英語:Sapsan)は、ウクライナが開発を試みた短距離弾道ミサイル(SRBM)システムであり、フリム-2(Hrim-2)またはグロム(Grom)とも呼ばれる。ソ連時代のトーチカ-Uミサイル(射程120km)の後継として設計され、ウクライナの戦略的自律性を強化し、ロシア領内深部への攻撃を可能にすることを目的としている。
 このミサイルは、国内向けでは射程400~500km、一部報告では最大700kmに達し、輸出向けではミサイル技術管理レジーム(MTCR)に準拠して280kmに制限される。弾頭は480kgで、単弾頭またはクラスター弾頭のオプションを持ち、高価値目標である指揮所やロジスティクスハブへの攻撃に適している。速度はマッハ5.2の準極超音速で、最大射程を3分以内に到達可能。誘導システムは慣性航法、衛星(GPS/GLONASS)、レーダー、光電子、終末誘導を統合し、高い精度を誇る。空力弾道および準弾道軌道を採用し、ロシアのS-300やS-400防空システムを回避する設計が施されている。発射は10輪輸送起立発射機(TEL)から行われ、2発のコンテナ化ミサイルを搭載し、機動性と「撃って逃げる」能力を確保する。戦術ミサイルと多連装ロケットランチャーの機能を統合し、一部報告では巡航ミサイル発射の可能性も示唆されている。
 ロシア側は、サプサンがモスクワを含む中央ロシアやベラルーシ全域を脅かす可能性を強調し、重大な戦略的脅威とみなしている。

サプサンの開発経緯とドイツの関わり
 サプサンの開発は、2006年にウクライナ国家安全保障・国防会議がトーチカ-Uの後継の必要性を認識したことに始まる。ソ連崩壊後、ウクライナは老朽化した軍事装備とロシアへの依存という脆弱性を抱えていた。2007年9月、KBピウデンネ(設計局)とPAピウデンマシュ(製造企業)が開発を担い、運用要件が合意されたが、2008年の金融危機や資金不足により、2009~2010年に開発は停滞し、2013年に一時中止された。
 2011年以降、サウジアラビアが輸出向けフリム-2の開発に資金を提供(2016年に4000万ドル)し、専門知識を維持し、2014年のロシア・ウクライナ紛争後、開発が再開され、2022年のロシア全面侵攻で加速した。
 2024年には国防省内にミサイル監督部署が設置され、アナトリー・クロチコ副大臣が調整役に任命された。2025年5月には実戦試験で約300kmのロシア軍事目標を攻撃し、6月に量産体制に移行したと見られる。
 ロシア側は、2025年8月14日の発表で、ドイツがサプサンの開発資金を提供したと主張した。FSBは2024年に技術的侵入(サイバー攻撃やスパイ活動)でこの情報を入手し、ウクライナの軍事産業指導部が国家防衛発注に関連した汚職や詐欺を行っていたとも報告している。
 ドイツの関与は、ウクライナの軍事強化を支援する西側の動きとみなされ、ロシアにとって地政学的な懸念材料であるが、ドイツやウクライナからの公式確認はなく、現状証拠は未公開である。他方、サウジアラビアの資金提供はウクライナ側で確認されており、輸出向けフリム-2の開発を支えた。
 ロシアは2025年までに、ドニプロペトロウシク州のパヴロフラード化学・機械工場、スームィ州のショストカ「ズヴェズダ」工場、国家化学製品研究所の4施設を攻撃した。2025年8月6日にはガス輸送システムも破壊し、サプサンの生産を長期的に阻止したと主張している。

ロシアの展望
 ロシアは、サプサンの開発阻止を自国の安全保障における重大な成果と位置づけていた。2025年8月14日のFSBとロシア国防省の発表によると、2024年の情報収集と2025年の軍事行動により、ウクライナの軍事産業基盤を弱体化させた。
 具体的には、ミサイルの固体燃料や戦闘部を生産する4施設を破壊し、ガス輸送システムも攻撃した。これにより、ウクライナの戦略的攻撃能力を封じ込み、モスクワやベラルーシへの脅威を軽減したと評価している。
 サプサンが戦場で運用されれば、ロシアのロジスティクスハブや指揮所への攻撃が可能となり、戦場の力学が変化する。S-300/S-400防空システムの迎撃確率が約30%と低い中、サプサンの準極超音速や回避能力はロシアにとって深刻な脅威となりうる。
 ウクライナの国産ミサイル生産(年間80~100発、1発約300万ドル)は、外部援助への依存を減らし、長期的なレジリエンスを示すことになる。
 ロシアは今後、ウクライナの軍事産業施設やサプサンの生産ラインを標的に、ドローンやミサイルを用いた精密攻撃を続ける可能性がある。また、ドイツの資金提供やウクライナの汚職を強調した情報戦を強化し、ウクライナの国際的信用を損なうとともに、西側の支援を分断する戦略を展開するだろう。
 さらに、サプサンの回避能力に対抗するため、ロシア側はS-300/S-400の迎撃能力を強化し、電子戦や新たな迎撃技術の開発を急ぐ必要がある。また外交的には、ドイツやサウジアラビアへの圧力を強めることになる。特にドイツの関与をNATOの対ロシア戦略と結びつけて西側との緊張を高める可能性があるだろう。
 サプサンは、ウクライナの戦略的自律性と西側支援を象徴する存在であり、ロシアは軍事・情報・外交の多角的なアプローチでその脅威を最小化しようとするだろう。

 

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2025.08.13

「死に金」理論から見る日本経済

「死に金」とは何か
 日本経済の長期停滞を語る上で、高齢者による過剰な貯蓄、すなわち「死に金」が注目される。
 この「死に金」とは、高齢者が将来の不安やデフレ期待から消費や投資に回さず、預金や現金として溜め込む資金を指す。実際にはそれが貯蓄者の生存時には使用される見込みがないために「死に金」となる。
 日本の高齢者世帯の金融資産は約1000兆円に達し、その約70%が預金や現金で保有されている。こうした資金は、経済に循環せず、実体経済の活性化に寄与しない。
 この現象は、高齢化率が2025年時点で38%に達する日本特有の構造に根ざしている。高齢者は社会保障への不安や低リスク選好から、株式や投資信託よりも安全資産を選好し、結果として経済の流動性を低下させている。
 「死に金」の蓄積は、消費性向の低さ(高齢者世帯で約0.6)を通じて需要不足を招き、金融政策や財政出動の効果を減殺する要因となっている。

政策の限界と「死に金」
 日本銀行が長年実施してきた量的緩和(QE)やマイナス金利政策は、実質金利を下げ、インフレ期待を高めることで経済を刺激する狙いを持っていた。しかし、これらの政策は期待された効果を十分に発揮できていない。背景には、「死に金」の存在が大きく影響しているだろう。
 高齢者の過剰貯蓄は、デフレ期待を強化し、期待インフレ率を低く抑える。これにより、実質金利(名目金利から期待インフレ率を引いたもの)が経済を刺激する水準まで低下しない。たとえば、2013年の「量的・質的金融緩和」は円安や株価上昇をもたらしたが、インフレ率は2%目標に届かず、消費はほとんど増えなかった。高齢者の低消費性向が、QEによる資産効果を消費に結びつけなかったためである。
 さらに、「死に金」が銀行預金として滞留することで、金融機関の貸出意欲が低下し、QEのマネー供給が実体経済に波及しない。投資や消費が実質金利の低下に反応しない状況は、ご提示の意見にある「実効実質金利」の制約とも整合する。このように、「死に金」は金融政策の限界を説明する鍵となる。

財政赤字の安定性と「死に金」
 日本の政府債務はGDP比約250%(約1250兆円)と、先進国中最悪の水準にあるが、国債市場は驚くほど安定している。この安定性の背景には、高齢者の「死に金」が深く関与している。
 国債の約90%は国内で消化され、日本銀行が約50%、民間金融機関(銀行、保険会社、年金基金)が約40%を保有する。高齢者の貯蓄は、預金として金融機関に流れ、これが国債購入に回ることで、安定した国債需要を形成している。民間の金融資産は約2000兆円に上り、高齢者の約1000兆円の貯蓄がその中核を占める。この資金は、デフレ期待や低リスク選好により、安全資産である国債に間接的に吸収され、利回りの急上昇を抑えている。
 低金利環境を支える日本銀行の量的緩和も、この構造を強化する。政府が国債を発行し続ける一方で、高齢者の貯蓄がその資金調達を支える循環構造が、財政赤字の安定性を維持している。しかし、この安定は「死に金」に依存しているため、将来の変化に脆弱性を孕む。

「死に金」の吐き出しと今後の展望
 「死に金」は中期サイクル的な展開となる。高齢者の貯蓄が今後15年程度(2040年頃まで)に吐き出されると予測される。
 高齢者人口は2030年頃にピーク(約3900万人)を迎え、その後減少に転じる。80代以降の高齢者が貯蓄を取り崩し(年1-2%程度)、または死亡に伴う遺産移転(年間約50兆円)により、貯蓄が消費や投資に還流する可能性がある。
 この吐き出しは、医療・介護費の増加(2040年で約70兆円)によって加速する。貯蓄が若年層に移転すれば、消費性向の高い層(約0.8)による需要創出が期待され、量的緩和や財政出動の効果を高める。たとえば、貯蓄の20-30%(200-300兆円)が還流すれば、GDPの10-15%の需要が生じる可能性がある。
 しかし、遺産が富裕層に集中したり、若年層が将来不安から貯蓄に回したりすれば、効果は限定される。
 さらに、吐き出しにより国債需要が減少し、利回り上昇リスクが高まる可能性がある。日本銀行のQE縮小と重なれば、財政赤字の安定性が揺らぐ可能性がある。この動態は、金融政策の限界を克服する一方、新たな課題を生む二面性を持つ。

 

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2025.08.12

異例の米中AI用半導体チップ取引

 2025年8月11日、米国の半導体大手NvidiaとAMDがトランプ政権と異例の貿易協定を締結した。この協定は、両社が中国でのAIチップ(NvidiaのH20、AMDのMI308)販売収益の15%を米国政府に支払うことで、輸出規制を緩和し、輸出ライセンスを取得するというものである。このニュースはフィナンシャル・タイムズが最初に報じ、ホワイトハウスが正式に確認した。
 背景には、米中間のAI技術競争と両社の中国市場への依存がある。Nvidiaは2024年に中国で約170億ドル(売上の13%)、AMDは62億ドル(売上の24%)を計上していたが、2022年以降、米国は国家安全保障を理由にAIチップの中国への輸出を制限してきた。2025年4月、トランプ政権はNvidiaのH20チップ等の輸出を全面禁止したが、7月14日、NvidiaのCEOジェンスン・フアン氏がトランプ大統領と会談し、規制緩和の交渉を開始。7月下旬に商務省がH20とMI308の輸出ライセンス発行を認め、8月11日に収益15%支払いの条件付き協定が成立した。この協定は、両社が中国市場での売上を取り戻す一方、利益率を圧迫する新たな負担を課すものだ。
 この取引は、トランプ政権の「ディールメーカー」的な姿勢を反映している。トランプ大統領は会見で、Nvidiaの「時代遅れのチップ」を売る許可と引き換えに当初20%を求めたが、フアン氏との交渉で15%に落ち着いたと述べた。このような収益分配モデルは、米国史上初の試みであり、従来の輸出規制が安全保障目的だったのに対し、収益目的の「輸出税」とも見なされている。

これがなぜ問題なのか
 この協定が問題視される理由は多岐にわたる。第一に、法的根拠の曖昧さである。米国憲法は輸出税を禁じており(50 USC 4815)、専門家は15%の収益支払いが事実上の税として違憲の可能性があると指摘する。共和党のジョン・ムーレナー議員や民主党のラジャ・クリシュナムールティ議員は、輸出規制が国家安全保障ではなく収益目的に使われることを「危険な誤用」と批判し、議会での調査を求めている。
 第二に、国家安全保障への懸念である。H20やMI308は最先端ではないが、AI推論処理に十分な性能を持ち、中国の軍事用途(例:自律型兵器や監視システム)に利用されるリスクがある。7月28日、国家安全保障専門家グループは商務長官に書簡を送り、H20輸出再開が米国のAI優位性を損なうと警告した。中国のAIチャットボット「DeepSeek」の登場(2025年1月)により、中国のAI技術進化が加速する中、この協定は米国の戦略的リードを危うくする可能性がある。
 第三に、企業の競争力への影響である。15%の収益支払いは利益率を圧迫し、Nvidiaは55億ドル、AMDは8億ドルの在庫関連損失を既に計上している。両社が価格を15%引き上げる場合、中国市場での競争力が低下し、Huaweiなどの中国企業にシェアを奪われる恐れがある。また、このモデルが他業界に波及すれば、企業の負担が増大する。

最悪なにが起こり得るか
 最悪のシナリオとして、まず法的な混乱が予想される。協定が違憲と判断されれば、輸出ライセンスが無効となり、NvidiaとAMDは再び中国市場を失う。これにより、両社の株価下落やサプライチェーンの混乱が起こり得る。さらに、議会や裁判所が介入し、トランプ政権の貿易政策全体が精査される可能性がある。
 国家安全保障面では、AIチップが中国の軍事力強化に寄与するリスクがある。書簡で指摘されたように、これらのチップは戦場での意思決定や監視システムの高度化に利用可能であり、米国の軍事優位性が損なわれる。中国が独自のAI技術をさらに発展させれば、米国のAI競争でのリードが縮小する。
 経済的には、収益分配モデルが他業界(例:Apple、Microsoft、軍事企業)に拡大すれば、米国企業のグローバル競争力が低下する。特に中小企業は交渉力が弱く、不平等な取引条件に直面する可能性がある。また、中国がH20チップの「バックドア」懸念を理由に購入を控えれば、NvidiaとAMDの売上回復が期待外れに終わるリスクもある。
 国際的には、米国の同盟国(日本、オランダ、韓国)が同様の収益徴収を強いられる恐れがあり、米国の輸出規制の信頼性が損なわれる。米国が安全保障を理由に同盟国に協力を求めてきた従来の姿勢が揺らぎ、グローバルサプライチェーンから米国が孤立する可能性も否定できない。

国内外の対応予想
 国内では、議会が迅速に対応する可能性が高い。ムーレナー議員やクリシュナムールティ議員は既に調査を表明しており、輸出管理法や憲法違反の観点から協定の合法性を検証する。共和党と民主党の双方が国家安全保障を重視する中、バイデン政権時代に構築された輸出規制の枠組みを支持する声が強い。議会は、トランプ政権に対し、収益分配の透明性や資金の使途を明確にするよう求めるだろう。
 企業側では、NvidiaとAMDは中国市場での売上回復を優先し、価格調整や中国向け低性能チップ(例:H20のメモリ削減版)の開発を進めている。Nvidiaは既にBlackwellベースのGPUを中国向けに準備中だ。一方、他の米企業(例:Apple、Lockheed Martin)は、類似の収益徴収が課されることを警戒し、ロビー活動を強化する可能性がある。
 国際的には、中国国営メディアがH20チップの安全性や「バックドア」問題を強調し、国内での購入に慎重な姿勢を示している。これにより、NvidiaとAMDの市場回復が遅れる可能性がある。同盟国では、オランダのASMLや日本の半導体企業が、米国の収益徴収モデルが自国企業に及ぶことを懸念するだろう。米国が同盟国に同様の圧力をかければ、技術移転の強制や関税引き上げのリスクが高まり、米国のグローバルリーダーシップが揺らぐ。
 投資家は、NvidiaとAMDの株価が8月11日に小幅下落したものの、市場再参入を「85%の収益はゼロより良い」と評価しつつも、長期的な競争力や法的リスクを注視する。米国政府は、協定による収益(推定20億ドル以上)をどう使うか明確化を迫られる中、トランプ政権の取引主義が今後の貿易政策にどう影響するかが注目される。

 

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2025.08.11

ウクライナ人の戦争支持の崩壊

 ウクライナ人のロシアとの戦争に対する支持は、侵攻開始から3年以上経過した2025年7月の時点で急激に崩壊している。ギャラップの2025年7月1日から14日までの調査(参照)によると、勝利を目指して戦闘を継続すべきと考える割合は24%にまで低下した。これは2022年の侵攻初期に73%が勝利まで戦うことを支持していたのに対し、ほぼ逆転した数字である。
 ウクライナ国民の意識において、戦闘継続支持の緑線が2022年の70%台から2023年を通じて下降し、2024年にさらに急落、2025年に24%へ達しているのである。他方、交渉による終結を望む青線は上昇を続け、69%に到達した。
 この変化は全人口層で一貫しており、都市部、地方部、年齢層、性別を問わず見られる。戦争の長期化がもたらした人的損失、経済的負担、日常的なミサイル攻撃やドローン脅威が、国民の疲弊を加速させた結果である。
 該当のギャラップの調査では、一部の占領地(ロシア支配地域、人口の10~13%)がモバイルオペレーター経由の電話調査から除外されているため、データに偏りがある可能性もあるが、全体的な傾向としては明確である。戦争終結に向けての外交的努力の活性化、例えばゼレンスキー大統領のプーチン大統領との直接交渉提案や、トランプ大統領の制裁強化による圧力も、この世論シフトを後押ししている。しかし、戦況は依然として厳しく、前線での激戦が続き、国民の間で持続可能性への疑問が広がっている。
 このようにウクライナ戦争継続意志の崩壊は、単なる戦意喪失ではなく、現実的な戦争コストの再評価を反映していると言えるだろう。ギャラップ以外の複数の分析でも、この数字が戦争疲労の頂点を示すものとして議論されており、概ね、ウクライナ人の7割が交渉を望むこの状況が、外交の転換点として注目されている。

交渉による早期終結へのシフト

 すでにウクライナ人の大多数が、可能な限り早く交渉で戦争を終えることを望むようになっており、前段で示した2025年のギャラップ調査でも、69%が交渉支持を表明し、2022年の22%から大幅に増加している。この変化は、2023年から2024年にかけて徐々に進行し、2025年にピークを迎えた。

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 グラフの青線が上昇する様子は、国民の現実志向を象徴する。勝利まで戦う支持が24%に落ち込んだ背景には、戦闘の長期化による死傷者増加やインフラ破壊が挙げられるだろう。調査詳細では、交渉支持者のうち、即時終結を強く望む層が多数を占め、外交の即時性への期待が高い。一方、7%が「わからない」または拒否を示しており、意見の多様性も存在する。この変化は、ゼレンスキー政権の外交姿勢にも影響を与え、プーチンとの直接対話を提案する動きにつながっている。
 トランプ大統領の制裁脅威も、交渉の枠組みを強化する要因ではあるが、実際の進展は限定的でる。世論のこの転換は、現状では明確な敗北の受容とも言えず、とりあえず持続不可能な現状からの脱却を意味していると見るべきだろう。つまり、69%の数字が戦争終了への国民的欲求を表すとして、平和優先のサインと解釈されるだろう。

戦闘終結への懐疑的見通しと国際役割

 ウクライナ人の多くが戦争終結に向けた交渉を望む一方で、積極的な戦闘が近々に終結するとは考えていない。調査では、12カ月以内の終結可能性を「非常に可能性が高い」とする人は5%、「やや可能性が高い」は20%で、合計25%に留まる。逆に「やや可能性が低い」34%、「非常に可能性が低い」34%で、68%が懐疑的であり、6%が「わからない」と回答した。否定的意見が目立つ。外交努力の活発化にもかかわらず、戦況の停滞がこの懐疑を生んでいる。
 国際社会の役割については、EU諸国を75%、英国を71%、米国を70%が和平交渉で重要視しており、トルコの55%を上回り、米国への不満が高い(承認率16%、不承認73%)にもかかわらず、その影響力を認めている点が興味深い。
 ドイツの承認率は63%と上昇し、初期の慎重姿勢から好転した。中国8%、ロシア1%の低評価は変わらずである。トランプ政権下の支援中断や2月の緊張会談が対米感情を悪化させたが、交渉での役割期待は残るようだ。この二重性は、ウクライナの外交ジレンマを表している。この懐疑的な立場は、ウクライナ戦争を巡る外交の不透明さを反映し、終結の遅れを予感させるとも見られる。つまり、終結の早期性を疑問視する声は多い。

NATO・EU加盟への期待の低下

 ウクライナ戦争当初喧伝されていたウクライナのNATO加盟への希望は、戦争の進行とともに急速に後退している。2022年の64%が10年以内の加盟を期待していたが、2023年69%のピーク後、2024年51%、2025年32%へ半減した。決して加盟しないと考える人は33%に上昇し、期待値と並んだ。EU加盟期待も2022~2023年の73%から2024年61%、2025年52%へ低下した。これらの数字は、NATOサミットの進展欠如や戦争長期化が原因である。
 NATOは長期安全保障の鍵と見なされたものだが、現状の現実的な障壁(ロシアの反対、加盟基準)が失望を招いている。EUについても、経済統合の遅れが影響している。調査では、10~20年後やそれ以上の長期期待が増加し、短期楽観が消滅した。この低下は、戦争支持崩壊と連動し、国民の将来不安を増大させている。調査では、32%のNATO期待が侵攻初期の半分以下となり、国際統合の不確実性を示している。

 

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2025.08.10

日本の憲法観と市民社会の不信

 日本の憲法議論は、左派の護憲姿勢が市民社会への根本的な不信を表している点で、独特な特徴を持っている。日本国憲法とはどのような憲法なのだろうか。
 フランス式の成文憲法は、本来、市民契約として位置づけられるものである。つまり、国家と市民が合意したルールとして、時代とともに変化し、成熟した市民社会がその改正を担う仕組みであるはずだ。しかし、日本の左派は、この成文憲法の改定を絶対的な禁忌として扱い、改憲を強く拒否する傾向が強い。このような態度は、単なる憲法擁護ではなく、日本の市民社会全体に対する信頼の欠如を示している。左派は、市民が憲法を変える能力や判断力を信用せず、自分たちこそが正しい憲法の守護者であるという優越感を抱いているのである。この優越感は、護憲の主張を攻撃的なものに変え、他者への不信に基づく批判に発展する。たとえば、改憲派を「戦争推進者」とレッテル貼りするような議論もそれである。こうした心理は、憲法を市民の生きる契約から、静的な理想像に変えてしまう問題を引き起こす。結果として、護憲と改憲の対立は深まり、建設的な議論が阻害される。
 日本の左派がこのような不信を抱く背景には、戦後憲法の特殊な成立過程がある。日本国に主権のない時代に、超陶器機構として君臨したGHQの影響で押しつけられた日本憲法を、左派は平和の象徴として神聖視するが、それが市民社会の自発的な契約ではありえない点を意図的に見落としている。さらに、日本の市民社会の成熟を信じない姿勢は、憲法を道具化し、優越感を維持するための手段に成り下がってしまった。こうした状況は、日本独自の憲法観を歪め、改正の機会を失わせている。

フランス憲法の市民契約性

 フランスの憲法は、市民契約の典型例として、革命の精神を体現している。1789年のフランス革命に端を発するこの憲法観は、国家を市民の合意によって縛る契約として機能する。現在の第五共和国憲法は、1958年に制定され、明確な条文で国家の構造、市民の権利、義務を規定している。この成文憲法の特徴は、改正の柔軟性にある。たとえば、2008年に環境憲章を追加したように、社会の変化や市民の成熟に応じて内容を更新する。市民社会が憲法を進化させる主体であるため、改正は自然なプロセスとして受け入れられる。フランスでは、憲法裁判所が改正の妥当性を審査し、市民の声が反映される仕組みが整っている。これにより、憲法は時代遅れにならず、常に生きる文書として機能する。
 一方、日本の成文憲法は、1947年、日本が主権を喪失している時代に超法規機関GHQの主導で制定されたため、フランスのような市民主導の契約性に欠ける側面がある。左派の護憲姿勢は、この本来の市民契約の原則を無視し、憲法を不変の聖典のように扱う。たとえば、第9条の平和主義を絶対視するあまり、改正議論を封じるのは、フランスのダイナミズムとは対照的である。
 さらにフランスの事例を振り返ると、憲法改正は市民の議論を通じて行われ、国民投票がしばしば用いられる。これが市民社会の信頼を高め、憲法の正当性を強める。日本がこれを参考にすれば、左派の不信を克服し、改正を市民契約の延長として位置づけられるはずだ。しかし、現状では、左派の優越感がこうした柔軟性を阻害し、憲法を硬直的なものにしている。フランス憲法の市民契約性は、日本に改正の重要性を教える鏡である。

お国柄と慣例としてのイギリス憲法

 イギリスの憲法は、不文憲法として知られ、王家と議会の歴史的な決議や慣例によって形成される。お国柄そのものが憲法の本質であり、単一の成文書が存在しない点が特徴である。
 たとえば、1215年のマグナ・カルタや1689年の権利章典は、憲法の基盤を成すが、これらは議会の法律、裁判所の判例、慣習の積み重ねとして機能する。王権と議会の力関係が、妥協を通じて進化し、社会の空気や慣例が規範となる。
 この柔軟性は、明文化されないことで、時代に即した適応を可能にする。イギリスでは、議会主権が中心で、憲法の変更は議会の決定や慣習の移行によって自然に行われる。たとえば、EU離脱(Brexit)は、憲法的な大変更だったが、不文憲法の柔軟さが対応を容易にした。
 日本の本来のお国柄は、これに近い側面を持つ。日本の社会では、明文化されたルールよりも、暗黙の合意や集団の空気が行動を支配している。たとえば、職場やコミュニティでの「和」を重視する文化は、イギリスの社会慣例に似ている。しかし、日本の憲法は成文形式を取るため、このお国柄と本質的な矛盾が生じる。左派の憲法禁忌視は、イギリスのような慣例主導を無視した理想主義として現れてしまう。
 イギリスの憲法は、歴史的文書と慣習の融合で安定性を保つが、日本では成文憲法の厳格さが、社会の柔軟性を抑制していると言える。たとえば、自衛隊の運用は、憲法条文ではなく政治的慣例で支えられているのに、左派はこれを認めない。にもかかわらず、実際には、日本の防衛機構は時代と政治的な慣例で実体としては変化している。
 日本は、イギリスの憲法事例から学ぶべき点が多い。イギリスの不文憲法は、お国柄を尊重し、変化を自然に取り入れるモデルである。日本がこれを自覚的に参考にすれば、憲法を空気や慣例と調和させた運用が可能になる。ごく単純にいれば、解釈改憲を実質的な憲法に統合すればよく、現状の「日本国憲法」は、「1947年憲法」とすればよい。

成文憲法と社会規範のギャップ

 以上のように、日本の憲法問題の根幹は、成文憲法の制度的枠組みと、不文憲法的な社会規範の間の深刻なギャップにある。
 フランス式の憲法は明文化された市民契約として設計されているが、実際の日本社会では、イギリス的な慣例やお国柄、つまり倫理的な空気が規範として現れる。
 この矛盾は、すでに述べたように、GHQによる憲法制定の歴史的出自と、日本文化の集団主義から生じたもので、たとえば、憲法第9条は戦争放棄を明確に規定するが、自衛隊の存在は2014年の閣議決定のような政治的空気による解釈変更で正当化される。こうした運用は、成文の厳格さと不文の柔軟さが衝突する典型例である。
 日本社会では、明文化されたルールが曖昧に扱われ、状況に応じた妥協が優先される。たとえば、学校や企業でのルール適用が、形式より実態の空気に左右されるように、実際には日本の本来のお国柄としての「憲法」も同様である。
 このギャップは、左派の護憲姿勢を助長し、市民社会への不信を拡大する。護憲派は成文憲法の理念を絶対視するが、改憲派は現実の社会規範を重視するため、議論が噛み合わない。結果として、改憲議論は難航し、憲法の機能性が損なわれる。たとえば、緊急事態条項の不在は、成文の不備を露呈するが、空気による臨時対応でしのぐ文化が問題を先送りする。
 こうした矛盾は、社会の透明性を低下させ、法的予測可能性を弱める。日本文化の「和」や集団的倫理は、不文憲法的な強みだが、成文憲法との調和は取れていない。フランスの改正柔軟性やイギリスの慣例主導を参考に、このギャップを埋める必要がある。左派の優越感がギャップを無視する限り、憲法は社会から遊離した存在となる。すでに実際にそうなっているのが現実である。であれば、繰り返すが、憲法を改正するのではなく、現行憲法を「1947年憲法」として相対化すればよいのである。

 

 

 

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2025.08.09

日米関税交渉、現状と各シナリオの蓋然性

 2025年8月9日時点で、日米間の関税交渉を巡る米国の大統領令誤記載問題は、依然として進展が見られない。7月31日に署名された大統領令(8月7日発効)が、7月22日の日米合意(関税15%フラットレート、自動車関税27.5%→15%)と異なり「MFN税率に15%上乗せ」を課したため、日本側が抗議した。
 赤澤亮正経済再生担当大臣は8月5日から訪米し、8月7日にラトニック商務長官、ベッセント財務長官と協議、訂正と払い戻しを求めたが、8月9日時点で具体的な進捗は未公表である(NHK、8月9日)。米側の書面声明はなく、口頭コメント(USTR、商務省)に依存し、文書化不足が混乱の要因となっている。
 以下、問題の背景を整理し、「単純ミス」「意図的ミス・圧迫戦術」「交渉未妥結」「日本のでっち上げ」の4つのシナリオの蓋然性を評価する。

シナリオ1:単純ミス(蓋然性:55-65%)
 米側の大統領令誤記載は、USTRと商務省の調整不足による単純な官僚的失態であるとするシナリオである。7月22日の合意は、米側ファクトシート(7月23日)と日本側発表(7月25日)で一致し、15%フラットレートや自動車関税引き下げが確認されているが、詳細な共同文書が非公開で、口頭合意に依存した、とする。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ、8月8日)は、内部文書を基に、USTRと商務省の調整不足が誤記載(「15%上乗せ」)の原因と報じた。赤澤氏の8月9日会見(NHK)では、ラトニック、ベッセントが訂正を約束し、閣僚レベルの対応は単純ミスの蓋然性を高めている。日本企業への過剰関税負担は、米側にも税関混乱や日米関係悪化のコストを生むため、意図的なミスより偶発的ミスの可能性がある。8月7日の迅速な謝罪(ブルームバーグ、8月7日:「extremely regrettable error」)も、単純ミスを裏付ける。
 しかし、米側の書面声明(ustr.gov、commerce.gov)の不在、発言者の匿名性(USTRスポークスパーソン、高官)、8月9日時点での進捗未公表は、対応の曖昧さを示している。赤澤氏の訪米(8月5日~)中に通知がなかった点も、頻繁な協議(4月以降9回)を考慮すると不自然である。文書化不足はミスを招いたが、米側の過密スケジュール(中国、EU交渉並行)が混乱の背景と見られる。最新ニュースの「進展なし」は、行政手続きの遅さ(大統領令改訂に数日~1週間)を反映するが、意図的遅延の疑念を完全には払拭できない。単純ミスは最も蓋然性が高いが、曖昧さが残るため、55-65%と評価する。

シナリオ2:意図的ミス・圧迫戦術(蓋然性:35-45%)
 米側が意図的に「15%上乗せ」を記載し、日本にショックを与えて追加譲歩(投資拡大、農産物輸入増加)を引き出す圧迫戦術を狙ったとするシナリオが想定できる。トランプ政権は、過去の通商交渉(中国25%関税、USMCA)で高関税を提示し譲歩を強いる戦術を多用している。ブルームバーグ(7月25日)は、ベッセント財務長官が「不満なら25%に引き上げる」と警告し、強硬姿勢を示唆。7月31日から8月7日まで大統領令の詳細が日本側に通知されなかったのは、意図的に隠蔽し反応を試した可能性を疑わせる。最新ニュース(NHK、8月9日)の「進展なし」は、米側が訂正を遅らせ、追加譲歩を待つ戦略の可能性を示している。赤澤氏が文書化不要を維持したことも、米側が曖昧さを活用して圧迫する余地を残したと解釈できる。
 他方、8月7日の協議で米側(ラトニック、ベッセント)が追加譲歩を求めず、訂正と払い戻しを約束したのは、圧迫戦術の目的(譲歩獲得)と一致しない。日本は$550億(約80兆円)投資と米産コメ75%増を合意済みで、さらなる圧迫の動機は限定的である。WSJの内部文書は調整不足を原因とし、意図的ミスを裏付ける証拠はない。過剰関税は米側にもコスト(税関混乱、日米関係悪化)を生むため、意図的ショックはリスクが高い。最新ニュースの閣僚協議は、単純ミスの蓋然性を強めるが、進捗の未公表と通知の欠如は意図的遅延の疑念を強め、蓋然性を35-45%と評価する。

シナリオ3:交渉未妥結(蓋然性:20-30%)
 7月22日の合意が詳細未確定で、大統領令の誤記載は交渉の未妥結を反映したとするシナリオである。合意文書が非公開で、口頭合意や簡略なファクトシート(米側7月23日、日本側7月25日)に依存。赤澤氏が8月9日(NHK)で文書化不要を維持したことは、詳細が曖昧だった可能性を示唆する。通知の欠如(7月31日~8月7日)は、合意が固まっていなかったためと解釈できる。赤澤氏の8月5日訪米は、合意の最終確認が未了だった可能性を補強する。
 しかし、米側ファクトシートと日本側発表は、15%フラットレートと自動車関税引き下げで一致。8月7日の閣僚協議(ラトニック、ベッセント)での訂正約束は、首脳レベルの合意が存在した証拠でもある。未妥結なら、米側が訂正に応じる必要はない。最新ニュースの米側対応は、合意の存在を裏付け、文書化不足は混乱の原因だが未妥結の証拠とまでは言えない。蓋然性は20-30%と評価する。

シナリオ4:日本のでっち上げ(蓋然性:10-15%)
 日本政府が交渉の不利や失敗を隠すため、米側のミスを誇張し「でっち上げ」たとするシナリオも払拭されない。米側の書面声明不在、進捗の未公表(NHK、8月9日)、匿名コメントの曖昧さは、日本側が主張を追認させた可能性を理論的に許容する。日本発の情報(赤澤氏会見、日本経済新聞、NHK)が詳細なのに対し、米側情報は口頭に留まるため、でっち上げの疑念が生じる。
 しかし、8月7日の閣僚協議(ラトニック、ベッセント)での訂正約束、国際メディア(ブルームバーグ、WSJ、ロイター)の米側取材(USTR、商務省)は、日本側の主張を裏付けてはいる。でっち上げ説は、外交リスク(日米関係悪化)も高い。蓋然性は10-15%である。

 

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2025.08.08

甲子園野球の終わりの始まり

 真夏の炎天下、砂塵舞うグラウンドで白球を追い、流した汗と涙が「青春の象徴」として語られる。そんな甲子園大会は戦後日本の夏を彩ってきた。しかし、その構造や価値観は戦前からほとんど変わらず、時代の大きな流れから取り残されつつある。いまや、少子化・人材不足・経済的困難・価値観の断絶という複合的な要因が、大会そのものの存在意義を問い直している。そろそろ、甲子園を「当然あるべきもの」とする思考停止をやめ、廃止や大幅な形態変更も含めて議論するべき時期に来ているのではないか。

少子化が削る“競技人口”の土台

 2024年、日本の高校生人口はおよそ100万人。昭和後期のピーク時から半減し、その影響は高校野球にも直撃した。2015年に約17万人いた野球部員は、2023年には10万人を下回った。これは単なる数字の減少ではなく、大会の競技的価値を揺るがす問題だ。
 特に地方の現場は深刻だ。岩手県では3〜4校が合同でチームを組むケースが常態化し、かつての名門校ですら単独出場は困難らしい。2023年の県大会では、複数の合併チームが当たり前のように登場し、昔ながらの「母校単独出場での甲子園切符」はほぼ幻想と化した。
 2022年には野球部自体を持たない高校が全国で10%増加し、地方大会の出場校数は減少した。東北・中国地方では2015年比で10〜20%減、2024年の岩手県大会は史上最低の参加校数だった。こうした状況で「全国から勝ち抜いた精鋭が甲子園に集結する」という前提はすでに崩壊しつつある。

運営を支える人材の枯渇と高齢化

 選手だけではない。大会を支える審判や役員も限界に近づいている。2015年に40代後半だった審判の平均年齢は、2024年には50歳を超える地域が多数派である。若手審判はほとんど育たず、試合運営はベテラン頼みのままだ。炎天下での長時間勤務や、地方予選から全国大会に至るまでの過密日程は、もはや高齢化した運営陣には過酷すぎる。
 2023年から白い帽子の着用や研修強化といった健康対策が取られたが、これは根本的な解決ではなく延命策にすぎない。ビデオ判定やピッチクロックの導入も一部地域の試験運用にとどまり、AI審判はコストや技術的課題で進まない。
 加えて、取材・広報を担ってきた朝日新聞地方支局が2018〜2022年の間に20%縮小したことで、人手不足はさらに深刻化している。人的リソースの先細りは、いずれ大会規模の縮小や形式の簡素化を不可避にするだろう。

主催者・朝日新聞社の経営難という“構造不安”

 甲子園大会を主催する朝日新聞社も、もはや安定的な後ろ盾ではない。2015年に約700万部あった発行部数は、2024年には334万部まで半減した。2020年には創業以来最大の419億円の赤字を計上し、2023年も営業赤字が続いた。現状、不動産事業などで純損益を黒字に保っているが、新聞事業の衰退は止まらず、収益構造は不安定なまま改善の兆しはない。
 一方、甲子園運営には莫大なコストがかかる。会場使用料、審判・役員の人件費、さらに2025年からは無料ライブ配信や誹謗中傷対策など新たな支出も加わった。デジタル事業(月間1億PV)による収益化は期待されてはいるものの、経済効果約500億円という「甲子園ブランド」の神話は、もはや維持が難しい水準に近づいている。もし主催者の朝日新聞の経営がさらに悪化すれば、大会の形態変更や廃止はいっそう現実味を帯びる。

価値観の断絶と旧態依然の文化

 甲子園野球は元来、戦前の価値観を色濃く残すイベントでもある。丸坊主や過酷な練習、炎天下での長時間試合を見ても、いずれも現代社会では健康面や人権の観点から批判が強い。表面化しづらい問題がときおり浮上したりもする。
 2018年には投球数制限(週500球)が導入されたが、抜本改革には至らず、熱中症や故障リスクは依然として高い。ジェンダー平等の観点からも、女子の立場や大会参加の制限は時代遅れとされ、2022年以降は丸坊主廃止校が増えている。
 SNS上でも「軍国主義的イメージ」や「根性主義の押し付け」への批判が散見され、BBCなど海外メディアも「日本の高校野球の闇」を報じる。現状、部分的な改善は見られるものの、それは古い枠組みをかろうじて現代風に装っただけで、文化的ギャップの解消にはほど遠い。

廃止も視野に

 甲子園野球は長年、日本人の集団的記憶を形作ってきたのは事実だろうし、地域の権力機構とも調和してきた。しかし、それはもう、「甲子園」という形式でなければ実現できないものなのだろうか。人口減少で競技人口は減り、運営人材は枯渇し、主催者は経営難、価値観は激変している。これほどの構造的変化が重なっているにもかかわらず、「伝統だから続ける」という理由だけで現行制度を守り続けるのは、社会的にも経済的にも説得力を欠く。誰もがこの状況を口にしづらく、あるきっかけの崩壊をきたいしているかのようだ。
 地域密着型の小規模大会、クラブチーム主体の全国大会、あるいは完全な廃止など、選択肢は複数ある。重要なのは、「甲子園」という枠組みに縛られず、次世代の高校野球やスポーツ文化のあり方をゼロから再設計することだろう。甲子園野球は未来永劫継続されるべきであるかのような神話にしがみつく時代は終わっている。廃止も視野に冷静な議論をそろそろ始めるべきだろう。。



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2025.08.07

イスラエルのガザ侵攻はジェノサイドか?

 2023年10月7日のハマスによる攻撃以降、イスラエルのガザ地区への軍事作戦が国際社会で議論を呼んでいる。特に、「ジェノサイド(集団殺害)」という言葉が頻繁に用いられ、専門家の間でも見解が分かれている。この問題を巡り、国際法や人道法、ジェノサイド研究の観点から、複数の専門家が「The Conversation」で意見を述べている(参照)。彼らの見解を参考に、イスラエルの行動が1948年ジェノサイド条約の定義に合致するかを検討してみたい。

ジェノサイド条約の基準とガザの状況
 ジェノサイドは、1948年ジェノサイド条約で「国民、民族、人種、宗教集団を全部または一部を破壊する意図をもって行われる特定の犯罪」と定義される。メラニー・オブライエン(国際法・ジェノサイド学者)は、ガザのパレスチナ人がこの定義に該当する「国民的・民族的集団」にあたると主張する。彼女は、イスラエル指導者や軍関係者による「ガザの消滅」「パレスチナ人を人間の獣と呼ぶ」などの発言を挙げ、破壊の意図(特殊意図、dolus specialis)が存在すると指摘する。これに加え、無差別爆撃、医療・食料の供給遮断、強制移住といった行動が、意図を推測させる「行為のパターン」を形成していると述べる。
 具体的なジェノサイド犯罪として、オブライエンは以下の4点を挙げる。第一に、6万人以上の死者(半数以上が女性と子ども)が出ている「集団の殺害」。第二に、14万6千人以上の負傷者、拘束・拷問・性的暴力の報告による「重大な身体的・精神的危害」。第三に、食料・医療・住居の欠如による「生活条件の意図的悪化」。第四に、飢餓や医療不足による女性の生殖能力への被害や、産科施設への攻撃による「出生防止」。これらの行為は、ジェノサイドが「単一の出来事ではなくプロセス」であることを示し、ガザでジェノサイドが行われている証拠だと彼女は結論づける。

ジェノサイドの意図を巡る議論
 ジェノサイド認定の鍵は「破壊の意図」の立証にある。エヤル・マイロジ(ジェノサイド学者)は、当初、イスラエル高官の報復的・非人間化発言(「ガザを破壊する」など)がジェノサイドの意図を証明するには不十分だったと述べる。しかし、2024年に入り、無差別爆撃、強制移住、意図的な飢餓政策、援助制限が続いたことで、ジェノサイドの意図が明確になったと主張する。イスラエル側は「人道支援の提供」や「民間人への警告」がジェノサイドの意図を否定すると反論するが、マイロジはこれが国際的圧力を軽減するための措置に過ぎず、「緩やかなジェノサイド」を防ぐには不十分だと指摘する。
 ベン・ソール(国際法学者)は、国際司法裁判所(ICJ)が南アフリカの提訴に基づき「パレスチナ人のジェノサイドからの保護が妥当」と判断した点を重視する。ただし、ICJの最終判断には数年かかり、法的複雑さが存在すると述べる。ICJの過去の判例(ボスニア対セルビア)では、ジェノサイドの意図が「唯一合理的な推論」でなければならないとされ、ガザのケースでは軍事的目的(ハマス壊滅など)とジェノサイド的意図が共存し得るかが争点となる。ソールは、紛争の長期化により、破壊の規模が他の説明(戦争の恐怖や戦争犯罪など)を上回り、ジェノサイドの主張が「合理的に議論可能」と結論づける。

ジェノサイド以外の犯罪と用語の限界
 ポール・ジェイムズ(社会理論家)は、「ジェノサイド」という言葉が過度に使用され、「ファシスト」や「テロリスト」のように意味が曖昧になるリスクを指摘する。ジェノサイドは、民族や宗教に基づく集団の破壊意図を必要とするが、ガザの状況は「絶滅(extermination)」や「民族浄化(ethnic cleansing)」といった他の用語で記述可能な場合があると主張する。「絶滅」は、国際刑事裁判所のローマ規程で「食料や医療の遮断など、集団の一部を破壊する条件の意図的付与」と定義され、民族的意図を必ずしも必要としない。ガザでは、AIを用いた標的選定システム「ハブソラ」が民間人の犠牲を許容し、食料配給地点での攻撃や飢餓が報告されており、絶滅の証拠は「ぞっとするほど明確」とジェイムズは述べる。
 ジェイムズは、ジェノサイドのレッテルが即座の行動停止につながらない現状を批判し、ICJの最終判断を待つ間にさらなる犠牲が生じると警告する。より議論の少ない「絶滅」や「人道に対する罪」を用いることで、国際社会の介入を促すべきだと提案する。

国際社会の責任と今後の展望
 シャノン・ボッシュ(国際人道法学者)は、イスラエルの戦術がジェノサイドの閾値に達しているとし、UNや人権団体(アムネスティ・インターナショナル、B’Tselemなど)、著名な法学者ウィリアム・シャバスがこれを支持すると強調する。彼女は、イスラエル高官の非人間化発言(「ガザをユダヤ化」「人間の獣と戦う」など)や、完全包囲、援助制限、医療インフラ破壊がジェノサイド的意図を示すと主張する。ICJが最終判断を下すとしても、法的義務として国家や市民社会は直ちに暴力を停止させる責任があると訴える。
 マイロジも、ジェノサイドのレッテルが国際的注目を集め、外国政府への圧力を高めた一方、イスラエル内に「包囲メンタリティ」を生み、内部の反戦運動を弱めたと分析する。最終的に、ジェノサイドか否かにかかわらず、ガザでの無差別な殺害や飢餓は直ちに止めなければならないと強調する。

議論を振り返る
 ガザでのイスラエルの行動がジェノサイドに該当するかは、法的・事実的検証を要する複雑な問題であることは自明である。オブライエン、マイロジ、ボッシュは、破壊的意図と条約の基準を満たす行為の証拠を挙げ、ジェノサイドの成立を強く主張する。ソールは慎重ながらもその可能性を認め、ジェイムズは「絶滅」などの代替用語を提案しつつ、ICJの調査を支持する。
 共通するのは、ガザでの人道的危機が看過できない規模に達している点だ。ICJの最終判断を待つ間、国際社会は法的・道義的責任を果たし、暴力の即時停止と人道支援の確保に動くべきであろう。

 

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2025.08.06

ウクライナ戦争における西側供与兵器の限定的効果

ジャベリンとスティンガー:初期の成功とロシアの適応

 ジャベリン対戦車ミサイルは、ウクライナ戦争の初期においてはロシアの装甲部隊の進撃を阻止する上で決定的な役割を果たした。携行可能な「撃ちっぱなし」能力と上部攻撃機能により、集中したロシア軍の戦車縦隊を効果的に破壊した。特に2022年のキエフ周辺での戦闘では、ロシアの装甲突撃を遅滞させることに成功したといえる。しかし、ロシア軍は迅速に戦術を変更し、分散配置やドローンの活用により、ジャベリンの効果は減少し、初期の優位性は失われた。ロシアの適応は、偵察ドローンや特攻ドローンを用いた非対称戦術の導入により、ジャベリンの標的捕捉を困難にした。
 同様に、スティンガー対空ミサイルは低空飛行のロシア航空機やヘリコプターに対し、戦争初期には有効だった。ウクライナの空域を守り、ロシアの航空優勢確立を阻止する役割を果たした。しかし、ロシアが航空戦術を高高度飛行やスタンドオフ兵器に変更し、ドローンを多用するようになったことで、スティンガーの役割は縮小した。低コストのドローンは、スティンガーが対処するよう設計されていない脅威となり、防空の優先順位の転換を迫った。これらの事例は、敵の適応が兵器の有効性を制限する典型を示す。西側は、単なる兵器供与だけでなく、敵の戦術変化に対応する柔軟な支援が必要であった。

ハイマースとATACMS:精密攻撃の可能性と制約

 ハイマース(高機動ロケット砲システム)は、精密攻撃によりロシアの兵站拠点や指揮所を一時的に混乱させた。その高い機動性と正確性は、ウクライナに非対称的優位性を提供。特に2022年夏の反攻では、ロシアの補給線を寸断し、戦線に影響を与えた。しかし、供与数が限られていたため、戦略的影響は持続しなかった。ロシアは後方拠点を分散させ、ハイマースの効果を軽減。もし供与数が十分であれば、ロシアの適応を困難にし、より大きな混乱を維持できた可能性がある。これは、精密攻撃システムの効果が「臨界量」に依存することを示す。

ATACMS(長距離地対地ミサイル)は、ハイマースよりも深い攻撃能力を持ち、ロシアの兵站線をさらに後方に押しやる効果を発揮したものの、供与の遅延とロシア領内攻撃の制限がその潜在能力を大きく損なった。政治的制約により、ウクライナはATACMSの全能力を活用できず、ロシアに適応の時間を与えてしまった。供与の遅れは、敵に防御態勢を整える機会を提供し、戦略的機会を逸したといえる。これらの事例は、兵器の技術的優位性が政治的・戦略的制約によって無効化され得ることを示している。将来の支援があるなら、迅速な供与と使用制限の最小化が不可欠であるが、政治的な問題それ自体が解決されずにいる。そもそも、この政治的制約が生じた理由ついての再検討が必要になるだろう。

レオパルト2とエイブラムス:装甲戦の限界

 レオパルト2は、火力と防御力に優れた西側主力戦車として、局地戦では戦術的優位性を発揮した。特に2023年の反攻作戦では、ウクライナ軍の火力支援に貢献した。しかし、供与数が約100両と少なく、地雷やドローン攻撃による損失が目立つことになった。ウクライナの戦場は広範な地雷原とドローン監視に特徴づけられ、西側の機動戦ドクトリンに適合しない環境が戦車の有効性を制限した。地雷や低コストドローンといった非対称的脅威は、高価な戦車を容易に無力化し、装甲戦の新たな課題を浮き彫りにした。
 エイブラムスM1は、供与数がわずか31両と極めて少なく、戦局への影響はほぼ皆無だったと言える。複雑な整備要件とウクライナの戦場環境への不適合が大きな障害となった。特殊燃料や部品の供給、訓練された整備要員の不足が運用を困難にし、戦場での実効性を発揮できなかった。この事例は、先進的な兵器が適切な兵站支援や環境適合性なしには効果を発揮できないことを示している。将来の装甲戦では、地雷除去能力や対ドローン対策を統合し、十分な数量の供与と堅固な支援体制が必要である。これらは、当初から予見さされることではあったが、あたかも予見なく事態が進展したかにも見える。

シーザー/PzH2000とブラッドレー:量と兵站の重要性

 シーザーとPzH2000は、性能面だけ見れば、高精度の自走砲としてロシア陣地や兵站への正確な攻撃を可能にした。2022~2023年の戦闘で、ウクライナ軍の火力投射に貢献した。しかし、砲弾不足とロシアの砲兵優勢が決定的な成果を阻んだ。西側の防衛産業は、消耗戦の膨大な弾薬需要に対応できず、生産能力の限界が露呈する結果となった。ロシアの砲兵は量で圧倒し、質的優位性を相殺。持続的な火力投射には、弾薬の安定供給と産業基盤の強化が不可欠である。これも予期できないことではなかったはずであり、戦略的なミスだった。
 ブラッドレー歩兵戦闘車両は、局地的な攻撃支援では戦術的役割を果たした。歩兵の機動性と火力を向上させたが、供与数が59台と少なく、1,000km以上の戦線全体への影響は限定的だった。広大な戦場では、少数の装備では戦略的転換を達成できない。この事例は、紛争の規模に見合った量の供与が重要であることを示す。同時に今回の戦争では当初から限定できであることが予見できた。
 原則的に複雑な西側システムの運用には、整備や訓練を含む包括的な兵站支援が不可欠であり、将来の支援があるなら、量と質のバランス、及び長期的な運用準備態勢の確保が求められるが、そもそも物量的に対応が可能なのだろうか。

 

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2025.08.05

ロシアの「オレシュニク」配備

 ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は2025年8月1日、射程500~5500キロメートルの地上発射型中距離弾道ミサイル「オレシュニク」の大量生産が始まり、ロシア軍に配備されたと発表した。さらに、年末までに同盟国ベラルーシへの配備方針を示した。この極超音速ミサイルはマッハ10以上の速度を誇り、モスクワやベラルーシから発射された場合、欧州の大半、さらには中東や北アフリカの一部を射程圏内に収める。ロシアは、NATOの東方拡大や米国主導のミサイル防衛システム(例:ルーマニアのAegis Ashore)を「包囲網」とみなしており、この配備は冷戦期を彷彿とさせる軍事的緊張を欧州にもたらすことになった。西側専門家は高コストながら迎撃可能と分析しているが、プーチンは「オレシュニク」が現行の防空システムで迎撃不可能と主張している。おそらくプーチンの見解が正しいだろう。

トランプのINF条約離脱とロシアの対応
 日本および西側報道では「プーチン露大統領の悪魔化」が進展しているが、今回の「オレシュニク」の配備は、2019年にドナルド・トランプ米大統領が中距離核戦力(INF)全廃条約を一方的に破棄したことへの反応である。
 INF条約は射程500~5500キロメートルの地上発射型ミサイルを禁止していたが、米国はロシアの9M729ミサイルが条約違反と主張し、2019年2月に義務を停止、8月に離脱した。このため、ロシアも条約を停止せざるをえなくなったが、それでもこの間、自主的な遵守を試みていた。もっとも、米国としては2014年以降、ロシアの9M729が違反と非難してはいた。

ウクライナ戦争での「オレシュニク」使用
 2024年11月21日、「オレシュニク」はウクライナ東部ドニプロのピヴデンマッハ工場への攻撃で初実戦投入された経緯がある。これは、ウクライナが米国製ATACMSや英国製ストームシャドウでロシア領を攻撃したことへの報復であり、西側がレッドラインを超えたことに対する寛容な対応でもあったが、ウクライナの防空網の脆弱性を露呈しつつ、欧州支援国への心理的牽制となった。
 ロシアとしては、「オレシュニク」はマッハ10で900キロメートルを15分で飛行し、迎撃不可能だったと強調した。この時点では、レッドライン違反のメッセージということもあり、ミサイルは核弾頭でなく不活性な子弾(運動エネルギー弾)を搭載し、MIRV技術で6弾頭(各6子弾、計36発)が散乱する攻撃とした。
 このため、ウクライナ当局も被害が限定的と評価し、これに、破片からソビエト時代のRS-26ルベジ基盤と分析し、「革新的技術は少ない」と評価するという修辞を加えた。西側専門家も、修辞的な基調から、「オレシュニク」はTHAADやパトリオットで迎撃可能としながらも、複数弾頭への対応は高コストと指摘している。つまり、実際には複数の核弾頭が搭載された場合の対応は現実的には不可能だろう。

他地域と日本への懸念
 「オレシュニク」の配備は欧州に深刻な影響を及ぼす。年末までのベラルーシ配備により、ポーランド、バルト三国、フィンランドなどが直接的脅威に晒され、NATOは防空強化を迫られる。米国はINF離脱後、アジアや欧州でのミサイル配備を模索し、ロシアに対抗する動きを加速させることになる。
 「オレシュニク」の射程5500キロメートルはトルコ、イスラエル、湾岸諸国にも及び、中東の緊張を高める。日本では、北方領土や沿海州への配備で北海道・東北が射程圏内に入る可能性がある。
 2025年7月、日本は熊本に長射程ミサイルを配備したが、これは主に中国・北朝鮮対応であり、ロシアの動きは間接的影響を与えるにとどまる。しかし、中露の軍事協力深化は北東アジアの新たな脅威となるだろう。

 

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2025.08.04

ウクライナ戦線崩壊とキエフの政治的混乱

 ウクライナ東部の戦線は、ロシア軍の進撃により危機的状況にある。ロシア国防省は、2025年7月31日にドンバス地域の要衝であるチャソフヤールが完全に制圧されたと発表した(ウクライナ側は現状否定している)。チャソフヤールは高台に位置し、コンスタンティノフカやクラマトルスクを見下ろす戦略的要地である。
 報道によれば、ロシア軍は数か月前に町の中心部を掌握していたが、周辺の高層住宅地の掃討に時間を要していた。この制圧により、ロシアはスラビャンスク、クラマトルスク、コンスタンティノフカへの進軍を加速させる可能性が高いと推測される。
 さらに、ポクロフスクでもロシア軍の進撃が予想以上の速さで進んでおり、ウクライナの防衛線は2014年以降に構築された強固な陣地にもかかわらず、崩壊の危機に瀕している。ウクライナ軍の陣地が持続不可能となり、ドニプロ川までのロシア軍進軍が現実味を帯びる状況は、ウクライナにとって壊滅的な打撃となるだろう。

キエフ政権の内部軋轢
 キエフでは、ゼレンスキー政権の内部に混乱と不安定の兆候が広がっている。反汚職機関(NABU)がゼレンスキーの側近や、コロモイスキーやイェルマクとのビジネス取引を調査しているとの噂が浮上しているが、これらは未確認情報であり、慎重な検証が必要である。
 それでも、こうした噂は政権の正当性と信頼性を揺さぶる要因となっている。ロシアの情報機関が流したとされる情報ではあるが、ゼレンスキーの参謀長イェルマク、元軍司令官ザルジニー(現ロンドン大使)、情報機関長ブダノフが英米と共謀してゼレンスキー排除を計画したと主張する。ただし、この話は信憑性が低く、3者の敵対関係からみても現実的でないかもしれない。それでも、キエフの政治構造が不安定化していることは、複数の報道から妥当に推測できる。ゼレンスキーは議会の承認を得て大統領職を継続しているが、2024年5月の任期切れ後の正統性は脆弱であり、クーデターや強制排除のリスクも報じられている。

ザルジニーの台頭とその予想
 この間、元軍司令官ザルジニーは、7月末、ウクライナのメディア(Vogue Ukraine Leaders 2025)で積極的に露出を増やし、自身を「ウクライナの救世主」として位置づけ出している。英国がザルジニーをロンドン大使に任命した背景には、ゼレンスキーの不安定な政権に代わる指導者として彼を準備する意図があると推測される。
 ザルジニーは米国防総省や情報機関とも良好な関係を持ち、ゼレンスキーに比べて「予測可能で信頼できる」人物とみなされていることが、複数の情報源から裏付けられている。
 仮に、ザルジニーが非合法的に権力を握った場合、戦時中の重大な意思決定を行う権限が欠如し、キエフの政治的中心はさらに脆弱化すると予想される。つまり、ゼレンスキーの排除がクーデターとして実行されれば、国民の不信感が高まり、さらなる政治的混乱を招く可能性が高い。

西側の混乱とロシアの不変の姿勢
 西側諸国、特に米国と英国は、ウクライナの政権交代を模索している兆候がある。噂段階であるが、トランプ大統領はゼレンスキーを嫌い、ザルジニーのような人物への交代を支持する可能性が高い。加えて、英国はザルジニーを情報機関や政府と連携させることで、ゼレンスキー政権の崩壊に備えていると推測する向きがある。
 EUとしては、ゼレンスキーへの支持を続けてきたが、資金提供の遅れや汚職疑惑に関する報道により、支持が揺らいでいる現状にある。EUやNATOは、2027年までに軍備を増強し、ロシアとの対決に備える計画を掲げるが、これは核戦争のリスクを冒さずにロシアに勝利することが不可能であるため、非現実的であるとの分析が支配的である。
 また、西側がゼレンスキーをザルジニーに交代させても、ロシアとの停戦交渉を容易にすることはない。基本的にロシアはゼレンスキーやザルジニーの個人に関心を示さず、自身の条件に基づく交渉を優先する姿勢を崩していない。
 EUの政治的優先事項は、経済停滞や地政学的失敗を背景に、対ロシアの敵対姿勢を通じて国内の支配力を維持することにあると推測される。
 西側としてはウクライナ支援という大失態を糊塗するためにはウクライナ紛争の長期化が望ましいが、現実的には紛争の継続はこれ以上は困難であるため、欧州全体の不安定化を招く危険性が高まっている。

 

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2025.08.03

埼玉県行田市マンホール事故

 2025年8月2日、埼玉県行田市で下水道点検作業中の作業員4人がマンホール内で次々に転落し死亡する事故が発生した。死因は確定していないが、硫化水素濃度が150ppm以上(安全基準の15倍)に達し、4人全員が落下防止器具を装着していなかったことは明らかになっている。この事故は、死者数の多さで注目を集めるが、過去の類似事故と共通する構造的な問題がある。

事故の概要

 行田市の今回の事故は、マンホールメンテナンス事故の典型的な特徴を有する。まず、硫化水素の高濃度だ。150ppm以上という数値は、2020年茨城県土浦市(2人死亡)や2025年秋田県男鹿市(3人死亡)の事故と同様、急性中毒を引き起こす危険な環境を示している。次に、落下防止器具の未装着が挙げられる。4人全員が装備なしで深さ10メートル以上のマンホールに入り、転落した。これは労働安全衛生法違反であり、過去の事故でも繰り返された問題である。なお、1人目の転落後に救助を試みた3人が次々に死亡した「二次災害」は、2020年の土浦市や2023年静岡県伊東市の事故と共通する。

 今回の事件での特異な点は死者数と連鎖性であろう。4人死亡は近年のマンホール事故で最多であり、短時間での連続的な被害は緊急対応の完全な欠如を露呈する。夏場の高温が硫化水素の発生を増やした可能性も、事故の深刻さを高めた。

 以上、行田市の事故は、過去の事例と構造的に類似していることは明らかである。厚生労働省の「密閉空間作業における危険防止マニュアル」では、事前のガス濃度測定、換気、保護具の使用が義務付けられているが、これらが徹底されていなかった。2020年以降、マンホールや下水道関連の死亡事故が少なくとも5件発生し、いずれも安全管理の不備や硫化水素リスクの軽視が原因だ。業界全体で安全意識の向上が進まず、事故が繰り返されている。

公共インフラメンテナンスの広範なリスク

マンホールに限定されない公共インフラのメンテナンス事故も俯瞰しておきたい。厚生労働省の2023年データでは、建設業の死亡者数は281人で減少傾向にある。その意味で、公共インフラ全体のメンテナンスに関わる構造的な問題とはいえない。 今回のような「墜落・転落」が全体の41.3%を占めている。背景には関連のインフラ老朽化もリスクを高める要因がある。国土交通省によると、2023年時点で下水道管渠の8%が建設後50年以上経過し、2033年には21%に達する。老朽化した施設のメンテナンスは、腐食やガス発生のリスクを増大させる。2021年の和歌山県六十谷水管橋崩落事故では、老朽化が原因でメンテナンス不足が指摘された。自治体の技術者不足や予算制約も、安全管理の質を下げる一因である。



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2025.08.02

2025年、中国経済の危機と日本への影響

 中国経済は深刻な構造的問題に直面している。まず、不動産セクターの不良債権が拡大している。恒大集団(エバーグランデ)は2021年に約3000億ドルの負債を抱え、デフォルト状態に陥った(Bloomberg, 2021年9月20日)。不動産は中国GDPの25~30%を占め、関連産業への波及が大きい(IMF, 2023年10月)。
 中国国家統計局によると、2023年以降、消費者物価指数(CPI)がマイナス圏に突入し、デフレ圧力が強まっている(National Bureau of Statistics of China, 2024年7月)。
 電気自動車(EV)や白物家電の過剰生産も問題だ。2024年にはEVの在庫が急増し、国内販売低迷で中古市場への流出が進む(Reuters, 2024年7月15日)。地方政府の債務は2023年時点で約90兆元(約1800兆円)に達し、複数の地方政府傘下の不動産企業がデフォルトに陥っている(Financial Times, 2023年12月10日)。中央政府は支援を制限し、自己責任を求める方針を明確化している(Nikkei Asia, 2024年3月5日)。これらの問題は経済全体の縮小を加速させている。

今後どのようなシナリオが考えられるか
 中国経済の今後は複数のシナリオが想定される。3つほど提示しよう。
 第一に、不動産危機の連鎖的拡大である。2024年時点で、不動産デベロッパーの破綻が続き、関連債務が金融システムに波及するリスクが高まっている(The Economist, 2024年6月20日)。
 第二に、デフレの長期化だ。CPIのマイナス傾向が2年以上続けば、消費と投資の縮小がさらに進む(National Bureau of Statistics of China, 2024年7月)。過剰生産の解消が進まない場合、EVや半導体産業で大規模な企業破綻が発生し、失業率が急上昇する可能性がある。2024年の若年層失業率は15%を超える(China Labour Bulletin, 2024年8月)。
 第三に、中央政府の大規模な財政出動による回復シナリオも考えられる。だが、地方政府債務の規模と財政余力の制約から効果は限定的と予測される(Financial Times, 2024年2月15日)。最悪の場合、地方政府のデフォルトが金融危機を誘発し、経済全体がハードランディングに陥るリスクがある(IMF, 2023年10月)。一方、輸出依存の経済構造を維持し、過剰生産品を海外に押し出す戦略が続く可能性もある(European Commission, 2024年6月12日)。

日本への影響はどうなるか
 中国は日本の最大の貿易相手国であり、2023年の貿易総額の約22%を占める(JETRO, 2024年1月)。中国経済の低迷は日本に直接的影響を及ぼす。まず、輸出の減少だ。2023年、日本の対中輸出は前年比10%減少し、機械や自動車部品が特に打撃を受けた(財務省, 2024年2月)。中国の国内需要縮小が続けば、日本企業の売上・利益がさらに悪化する。中国での生産拠点に依存する企業のサプライチェーンも混乱する。2022年の上海ロックダウンでは、日本企業の生産遅延が顕著だった(Nikkei Asia, 2022年6月1日)。また、中国の過剰生産品(EV、太陽光パネル、半導体)が低価格で日本市場に流入するダンピングリスクがある。EUは2024年に中国製EVに最大38%の追加関税を課した(European Commission, 2024年6月12日)。日本でも同様の市場攪乱が懸念され、経済産業省はWTOルールに基づく対策を強化している(経済産業省, 2023年11月)。
 金融面では、日本の金融機関の対中エクスポージャーは約3兆円(BIS, 2023年12月)。中国の債務危機が拡大すれば、投資損失や市場不安定化が発生する可能性がある。

全体的な影響について
 中国経済の危機は経済を超えた影響も及ぼす。まず、中国社会内の不安の増大である。2024年の若年層失業率は15%を超え、地方政府の破綻が地域経済を直撃している(China Labour Bulletin, 2024年8月)。2022年には銀行前での債権者抗議が警察により強制解散された(BBC, 2022年7月11日)。この不安定化が国内の社会分断を加速させる可能性がある。
 次に、地政学的リスクがある。国内圧力を軽減するため、中国政府は対外強硬姿勢を強める可能性がある。南シナ海や台湾問題での緊張が高まれば、日本にとって重要なシーレーン(南シナ海の90%が日本のエネルギー輸入経路、JETRO, 2023年)が脅かされる(Council on Foreign Relations, 2024年5月)。また、チベットやウイグルでの人権問題が国際的な批判を招き、対中制裁が強化されれば、日本企業の中国事業に制約が生じる。さらに、中国経済の混乱が北朝鮮や周辺国の不安定化を誘発した場合、日本は難民流入や安全保障コスト増に直面する可能性がある(Ministry of Defense, Japan, 2023年)。中国の経済危機はこのように関連地域全体の安定性にも影響を及ぼすだろう。

 

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2025.08.01

finalvent (著)『新しい「古典」を読む 2』発売とオンデマンド出版

finalvent (著)『新しい「古典」を読む 2』発売とオンデマンド出版

 2025年8月1日、finalvent (著)『新しい「古典」を読む 2』発売になりました。
 つまり、私が書いたこのシリーズの2巻目です。すでに別記事に書いたように、10年ほど前オンライン・マガジンcakesに連載していたもので、細かい修正・編集は入っていますが、内容的には大きな変更はありません。
 kindle 版は 1,250円ですが、Kindle Unlimitedに入っているので、このサービスをご利用のかたは、その範囲で無料に読むことができます。こういうのもなんですが、できるだけ安価に幅広く読まれることを願っています。ひどく素朴に言うと、この本には、誰かにとって、とても大切メッセージになってほしいという願いがあります。
 また、同日、ペーパーバック版も発売になりました。ペーパーバック版というのは簡易製本ではあるのですが、すでに私も見本を頂いているのが、けっこう普通の本です。つまり、書店で販売されている普通の本と同じと言っていいと思います。

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finalvent (著)『新しい「古典」を読む 2』


 内容なこんな感じで盛りだくさんです。


【目次】

1章 生命が持つ必然としての痛み——岩明均『寄生獣』
2章 変わらない日本社会の構造——中根千枝『タテ社会の人間関係』
3章 国家の精神を炙り出す試み——高橋和巳『邪宗門』
4章 観察に基づいた科学的読み物——D・カーネギー『人を動かす』
5章 数学的感性の真髄——山口昌哉『カオスとフラクタル』
6章 笑劇としての戦争——小林信彦『ぼくたちの好きな戦争』
7章 喪失からの回復という希望——神谷美恵子『生きがいについて』
付記 神谷美恵子の謎
8章 大義とロマン、その帰結——山崎豊子『不毛地帯』
9章 国を失っても遺るもの——邱永漢『食は広州に在り』
10章 ふたりのアウトロー——団鬼六『真剣師 小池重明』
11章 大人になるということ——山田詠美『ぼくは勉強ができない』
12章 奇譚に刻まれた生きることの軌跡——半村良『妖星伝』
13章 伝記に秘められた若き日の痛切——山本夏彦『無想庵物語』
14章 小林カツ代が日本に残してくれたもの
15章 性に潜む死の予感——手塚治虫『アポロの歌』
16章 いま漢文を学ぶ意義——加地伸行『漢文法基礎』
解説 「批評」ということ


 山本夏彦『無想庵物語』については、この連載が御縁となって中公文庫の解説を書きました。
 「小林カツ代が日本に残してくれたもの」は、連載当時、たしか、糸井重里さんのつてでしょうか、カツ代さんのご親族のかたにも読んでいたいた記憶があります。
 手塚治虫『アポロの歌』は最近TBSでドラマ化もしたのですが、尺が短くて、あれは本来は、ハリウッドとかNetflixでシリーズ化してほしいですね。
 などなど、思い出すといろいろあります。著者としては、どれも独自の思いを込めたので読んでいただけたらと思っています。
 解説の「批評」ということは描き下ろしです。現在、自分が批評について思うことを書きました。

 vol.3は9月1日に出る予定です。打ち合わせして再編集していただいてという過程では、本になるのかなあと漠然とした思いでしたが、本になりましたね。

 

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