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2025.07.24

エプスタイン・ファイル問題とトランプの強硬姿勢

WSJが報じたトランプの名前とエプスタイン文書の意味
 2025年7月23日、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は、ドナルド・トランプ大統領の名前が、故ジェフリー・エプスタインに関連する司法省の文書に複数回登場したと報じ、米国では大きな話題となっている。
 エプスタインは、性犯罪者として有罪判決を受けた実業家で、2006年のフロリダ州での捜査や2019年のニューヨークでの性的人身売買捜査で注目を集めた人物である。文書にはトランプを含む多くの著名人の名前が記載されているが、これは過去の社交的関係や接触を示すもので、犯罪行為の証拠ではない。WSJ記事でも、トランプがエプスタイン事件で不正行為を犯したと告発された事実はないと明記されている。
 トランプは1990年代から2004年までエプスタインと友人関係にあったが、その後関係は途絶えた。エプスタインの飛行記録にトランプの名前が7回ほど登場するが、これも犯罪性を示すものではない。したがって、名前が文書にあること自体は、特段問題とは言えない。問題は、この報道が政治的論争の火種となり、トランプ政権に隠蔽疑惑や党内対立を引き起こしている点にある。
 なお、日本ではエプスタイン文書についてあまり取り上げられないようなので、概略を述べておこう。エプスタイン文書(ファイル)、フロリダやニューヨークでのエプスタインの捜査に関連する大陪審記録や司法省の資料を指す。これには、交友関係、飛行記録、被害者情報などが含まれるが、多くは未公開で、フロリダ州のロビン・ローゼンバーグ判事が州の大陪審秘密保持ガイドラインを理由に公開を拒否した経緯がある。トランプは2024年の選挙戦で「ファイルを公開する」と公約したが、2025年2月の「フェーズ1」公開では新情報が少なく、さらなる公開の遅れも不用意に疑惑をふくらませることになった。

ホワイトハウスの強硬な対応
 ホワイトハウスは、WSJの7月23日の報道を「民主党とリベラルメディアによる偽ニュースの続き」と強く否定した。トランプの報道官スティーヴン・チャン氏は、これを「オバマのロシアゲートのような捏造」と批判し、FBI長官カシュ・パテル氏も「トランプを貶めるための嘘」と主張した。
 トランプ自身は、記者に「自分の名前がファイルにあると言われたか」と聞かれ、「いいえ」と否定した。パム・ボンディ司法長官は、2月のブリーフィングでトランプに、文書には彼を含む多くの人に関する伝聞情報や、公開すべきでない児童ポルノ・被害者情報が含まれていると説明したとされる。
 一方、匿名のホワイトハウス関係者は、トランプの名前が文書にあることを否定しなかったとロイターに語っている。この矛盾する対応は、政権が疑惑を払拭しようとする一方で、透明性への不信感を増幅させている。
 トランプはボンディに大陪審資料の公開を指示したが、ローゼンバーグ判事の拒否により公約は果たされていない。こうした強硬な否定姿勢は、支持層の信頼維持を優先するトランプの政治スタイルを反映しているが、隠蔽の印象を与えるリスクも孕んでいる。

真の問題は何か
 すでに述べたように、トランプの名前がエプスタイン文書にあること自体は、犯罪性の証拠がない以上、大きな問題ではない。真の問題は、つぎの3点に集約される。
 第一に、トランプ政権の文書公開公約が進まず、隠蔽疑惑が強まっていることだ。WSJの7月23日の報道は、2024年の選挙公約である「全て公開する」が果たされていない現状を浮き彫りにし、民主党やメディアから「隠蔽」の批判を招いた。フロリダ州の公開拒否や、2月の部分公開が不十分だったことが、疑惑を増幅させている。第二に、共和党内での対立だ。ナンシー・メイス、スコット・ペリー、ブライアン・ジャックの3人の共和党議員が、民主党と共同で司法省への召喚状発行に賛成したが、ジェームズ・コーマー委員長が承認を保留している。この3人という少数ながらの造反ではあるが、党内の不一致を示し、トランプの指導力に影を落とす可能性がある。第三に、外部からの攻撃が論争を過熱させている点だ。例えば、イーロン・マスク氏が6月にX上で「トランプの名前が未公開ファイルにある」と主張し、政権への批判を強めた。この発言は、マスクとトランプの政策(電気自動車補助金など)や個人的確執に起因する側面もあるだろう。
 以上、3点から見たが、これらの要素が絡み合い、エプスタイン問題は政権の信頼性や共和党の結束を揺さぶる火種となっている。

今後のシナリオ
 エプスタイン・ファイル問題の今後の展開には、以下のようなシナリオが考えられる。

シナリオ1:部分的な文書公開と沈静化
 トランプ政権が圧力に応じ、フロリダやニューヨークの裁判所で一部の文書公開を認めること。WSJの報道後、公開への期待が高まっているが、内容が限定的であれば、隠蔽疑惑は解消せず、批判が続くかもしれない。支持層は「公約履行」と受け止める可能性があるが、新情報がなければ政治的効果は限定的だ。

シナリオ2:党内対立の拡大
 3人の造反議員に続き、さらなる共和党議員が文書公開を求め、党内対立が顕著になる可能性がある。コーマー委員長が召喚状を承認すれば、司法省への圧力が高まるが、トランプの指導力への疑問が広がるリスクもある。支持層の不満が強まれば、2026年の中間選挙に影響を及ぼす可能性がある。

シナリオ3:外部批判の継続
 マスク氏のような外部の影響力ある人物が、Xや他のプラットフォームでエプスタイン問題を追及し続ける場合、政権は防御に追われる。マスク氏の主張は証拠に欠けるが、世論を刺激する力があり、支持層の一部が動揺する可能性がある。ただし、マスク自身もエプスタインとの過去の接点が指摘されており、攻撃が逆効果となるリスクもある。

シナリオ4:問題の沈静化と焦点の移動
 WSJの報道が新たな進展を欠き、経済や移民政策などの他の課題が注目を集めれば、論争は自然に収束する可能性がある。トランプの強硬姿勢が支持層の信頼を維持できれば、政権へのダメージは最小限に抑えられる。

 最後に、ギレーヌ・マクスウェルの動向も注目である。彼女が8月11日の議会証言で「真実を語る」と選択した場合、新情報が明らかになる可能性があるが、マイク・ジョンソン下院議長が彼女の信頼性を疑問視するなど、影響は未知数だ。エプスタイン・ファイル問題は、トランプの政治的判断と対応次第で、単なる反トランプ騒動のノイズで終わるか、政権の信頼を揺さぶる問題に発展するかが決まる。

 

 

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