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2025.07.26

ゼレンスキー政権への抗議デモと反汚職機関の独立性問題

 ウクライナの首都キエフを中心に、2025年7月21日からゼレンスキー大統領とその側近に対する大規模な抗議デモが続いている。このデモは、ゼレンスキー政権が国家汚職防止庁(NABU)と汚職対策検察庁(SAP)の独立性を制限する法案(第12414号)を7月21日に可決したことが発端となったものである。この法案は、最高検察庁にNABUとSAPの捜査への広範なアクセス権や指示権限を与え、実質的にこれらの反汚職機関を政権の統制下に置くもので、政権による「権力の垂直化」や独裁化への動きとして国内外から強い批判を浴びている。デモはウクライナ全土に広がり、2014年のマイダン革命を彷彿とさせる規模と熱気を見せ、政権の不安定さを浮き彫りにしている。

NABUとSAPの設立背景と役割
 NABUは2015年、ポロシェンコ政権下で設立された反汚職機関で、汚職の防止、摘発、捜査を担当する政府の執行機関である。一方、SAPはウクライナ検察庁内に属するが、NABUの捜査や活動が法的に適切に行われているかを監督する独立機関として機能する。
 これらの機関は、米国や欧州連合(EU)、国際通貨基金(IMF)の支援を受けて設立され、ウクライナの汚職問題に対処し、西側からの巨額の支援金の透明性を確保することを目的としている。
 特に、2014年のマイダン革命後、EUとの関係強化やビザ自由化の条件として、反汚職機関の設立が求められた経緯がある。しかし、両機関は設立以来、汚職摘発の実績が限定的で、政権や有力者への影響力が十分でないとの批判も受けてきた。それでも、2023年には最高裁長官の3百万ドルに上る収賄事件や、元国防相オレクシイ・レズニコフの捜査など、注目すべき成果を挙げていた。

チェルニシェフ氏の汚職疑惑
 抗議デモの直接的な引き金は、NABUがゼレンスキー大統領の最側近であるオレクシー・チェルニショフ(Олексій Михайлович Чернишов)氏を汚職容疑で告発したことにある。チェルニショフ氏は、2022年から2025年7月16日まで副首相兼国民統一相を務め、それ以前はウクライナ国営石油会社ナフトガスのCEOとして活躍した実業家で、ゼレンスキー大統領とは家族ぐるみの親密な関係にあり、特に両者の夫人が親しいと報じられている。チェルニショフ氏は、ゼレンスキー政権の国際的なネットワーク構築に重要な役割を果たし、西側諸国での支持拡大や、欧米に逃れたウクライナ避難民の動員を通じた政権のイメージ戦略に多額の資金を投入していたとされる。
 2025年6月中旬、NABUはナフトガス時代にチェルニショフ氏の部下だった複数の人物を不正容疑で告発し、その後、チェルニショフ氏自身も6月23日に汚職容疑で正式に告発された。この告発は、チェルニショフ氏がゼレンスキー大統領と共にオーストリアへ出張する直前に表面化したため、政権中枢に衝撃を与えた。チェルニショフ氏は逮捕を恐れて一時キエフに帰国せず、国外逃亡の噂が広がったが、ゼレンスキー大統領の保証を受けて最終的に帰国したと推測されている。チェルニショフ氏が逮捕されれば、政権内部の汚職に関する詳細が明るみに出る可能性が高く、ゼレンスキー政権にとって致命的な打撃となりかねない状況だった。

ゼレンスキー政権の強硬な対応とデモの激化
 チェルニショフ氏の告発を受け、ゼレンスキー政権はNABUとSAPへの対抗措置を迅速に講じた。7月21日、ウクライナ保安局(SBU)はNABU職員の調査を開始し、SAPの事務所を捜索した。さらに翌22日、ゼレンスキーの側近であるアンドリー・イェルマーク長官が実質的に影響力を持つウクライナ最高会議は、法案第12414号を賛成263票(全324票中)で可決した。この法案は、戦時下において最高検察庁がNABUの全事件にアクセスし、担当検察官の交代や捜査官への強制指示を可能にするもので、NABUとSAPの独立性を事実上奪う内容だった。この動きは、イェルマーク長官による権力集中化の一環と見られ、ゼレンスキー政権が反汚職機関を掌握し、チェルニショフ氏関連の捜査を封じ込めようとする意図が明らかだった。
 しかし、この法案は国内外で猛反発を招いた。キエフでは7月22日夜、約2000人の若者や退役軍人を中心とした抗議デモが発生し、「恥を知れ」「議会は寄生虫だらけ」「法案12414は1984のようだ」といったプラカードが掲げられた。
 デモはリビウ、チェルニヒウ、ハルキウ、ポルタワ、ドニプロ、オデッサなどウクライナ各地に拡大し、参加者はゼレンスキー大統領とイェルマーク長官の辞任や法案への拒否権発動を強く求めた。戦時下の集会禁止令にもかかわらずデモが続いたことは、国民の怒りの深さを示している。現地メディアは、これが2022年のロシア全面侵攻以来最大の反政府デモだと報じた。

西側諸国の強い批判と法案の行方
 NABUとSAPは西側諸国が支援する機関であり、法案第12414号はEUや米国から強い批判を浴びた。EUのフォンデアライエン欧州委員長の報道官は、法改正がウクライナの「法の支配」と反汚職の取り組みに与える影響に「深い懸念」を表明し、ウクライナ政府に説明を求めた。米国の共和党上院議員リンゼイ・グラハムらは7月24日、ゼレンスキーが署名した法案が「ウクライナの投資環境や国民・国際社会の期待に反する」との声明を発表した。ドイツの外務省やフランスの欧州担当閣僚も、ウクライナのEU統合プロセスへの悪影響を警告した。ウクライナは2022年にEU加盟候補国として承認されており、反汚職改革はEU加盟の核心的条件であるため、この法案はウクライナの欧州統合の道を大きく損なうとされた。
 国内外の圧力に直面したゼレンスキー大統領は、7月24日、採択からわずか2日で法案第12414号を事実上廃止する新法案を最高会議に提出した。この新法案は、最高検察庁のNABUへの指示権限や検察官への命令権を削除し、NABUとSAPの独立性を元の体制に戻す内容である。ゼレンスキーはこの変更について、「公平性が重要」と述べ、EUや米国などの「外国のパートナー」と協議した結果だと説明した。しかし、一部では、政権がチェルニショフ氏関連の捜査情報をNABUから確保した後、時間を稼いで法案を撤回したとの見方もできる。NABUとSAPは共同声明で、独立性を奪う法案に反対し、国民の支持に感謝を表明した。

ウクライナの汚職問題と国際的背景
 ウクライナの汚職は根深く、2024年腐敗認識指数では180カ国中105位と低い評価だが、NABUとSAP設立以来、39ポイント改善した。両機関は、最高裁長官の収賄事件や元国防相の捜査など、汚職摘発で一定の成果を挙げてきた。しかし、今回の法案騒動は、ゼレンスキー政権が反汚職機関の独立性を損なうことで、西側との信頼関係やEU統合の進展を危うくしたと広く批判されている。現地メディア『ウクライナ・プラウダ』は、法案が「欧州統合に致命的な打撃を与えた」と報じ、『ゼルカロ・ティジニャ』は「ゼレンスキーが独裁への一歩を踏み出した」と警告した。
 7月26日時点で、新法案はまだ審議・可決されておらず、正式な成立は未確認。議会での反対や政治的駆け引きにより、可決が遅れる可能性は残る。チェルニショフ氏の汚職疑惑やゼレンスキー政権の権力集中化の意図は、独立性回復後もNABUとSAPOの運用に影響を与える可能性を残す。このため、ウクライナ政権は単に西側のメンツを保つための時間を稼ぎ、実際の疑惑の隠蔽を図る課程にあるかもしれない。

今後の展望
 今回の抗議デモと法案騒動は、ゼレンスキー政権の脆弱性と独裁化に向かう徴候を浮き彫りにした。ロシアとの戦争が続く中、国内の政治的混乱はウクライナの団結を損ない、国際的な支援にも影響を与えかねない。BBCなどが伝えるデモ参加者からは「ロシアと戦うだけでなく、政府とも戦わなければならない」との声もあり、国民の不信感を象徴している。
 苦境にあるゼレンスキー政権は、以前にもまして西側との関係修復と国内の信頼回復に迫られている。NABUとSAPの独立性回復は重要だが、チェルニショフ氏の汚職疑惑や政権中枢の不透明性に対する国民の疑念は根強い。ウクライナが西側支援を受け、さらにEU統合の道を進むためには、汚職撲滅と民主的統治の強化が不可欠であり、今後の政権の対応に国内外の注目が集まる。

 

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