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2025.07.14

普洱茶と私

 中国茶に魅了されて久しい。かれこれ40年くらいか。最初は烏龍茶、特に岩茶や凍頂烏龍茶のような、親しみやすく香り高いものから飲み始めた。やがて、鳳凰単叢の華やかな果実香や龍井茶の爽やかな香ばしさ、茶葉の美しさにも心を奪われた。白毫銀針の繊細な甘み、キーマン紅茶の赤ワインのような奥深さ、東方美人の蜜のような風味にも惹かれた。さまざまな中国茶を試し、知的な好奇心を満たしながら、いつしかそれらから気に入ったものの定番の茶葉を日常的に楽しむようになっていた。が、定番に陳年茶は入れていなかった。
 一時期、陳年茶に強く惹かれたことがある。30年くらい前、沖縄で暮らしていたころだ。中国の茶商との交流もあり、年代物の陳年茶に夢中になった。古いものでは、購入時に80年ものとされる千両茶や、40年物の邦喬木大葉種、20年ものの饅頭普洱茶などを手に入れた。だが、陳年茶への熱はやがて落ち着き、茶棚の奥に眠る茶葉たちは忘れ去られていた。それが約一年前、茶棚を整理していると、その30年前に購入した普洱茶がひょっこり顔を出した。購入時からさらに30年を経て、自然に陳年化が進んだ茶葉たちである。試しに淹れてみると、なんとも形容しがたい、不思議な味わいが広がった。まるで時間そのものを飲んでいるかのような、深く複雑な風味。饅頭形の普洱茶を飲み尽くすと、もっと普洱茶を味わいたいと思った。
 そんなわけで、新たに20年ものくらいの餅茶や磚茶を購入したが、飲んでみると「まだ若い」と感じる。20年という歳月は、普洱茶の世界ではまだ「若造」に過ぎないのかもしれない。そこからさらに、生茶、熟茶、老白茶、糯香茶など、さまざまな普洱茶を試し、また陳年茶に取り憑かれてきた。以前は濃い目に淹れて、コーラのような深い色を楽しむこともあったが、最近は淡く淹れ、繊細な香りと味わいをじっくり感じるのが好みだ。
 さて、普洱茶の美味しさだが、簡単には言い表せない。「美味しい」とは即答しがたい。なんとも複雑すぎるのか、それでも心を掴まれる何かがある。ようするに、はまった、としか言いようがない。

普洱茶の種類と製法

 普洱茶には大きく分けて「生茶」と「熟茶」がある。それぞれの製法が異なり、味わいや香り、変化の過程も大きく異なる。生茶は、収穫した茶葉を軽く発酵させた後、圧縮成型し、自然に熟成させる。時間が経つにつれて、青々しい風味がまろやかになり、複雑な香りと深みが現れる。微妙に発酵していて香りが複雑だが(意外と烏龍茶に近い感じもする)、これも20年ではまだ若過ぎるみたいだ。生茶は年月をかけてゆっくりと変化を楽しむ茶なのだろう。あと、普洱茶ではないが、見た感じ似たのに老白茶というのがある。この香りと味は紅茶にちょっと似ている。
 さて普洱茶の熟茶だが、人工的に発酵を促進する「渥堆(あくたい)」という工程を経る。1970年代に確立した製法らしく、意外と歴史は古いわけではない。陳年茶の速成製法でもあったのだろう。このプロセスにより、濃厚で土のような香りと、まろやかなとも言い難いが独特の口当たりが生まれる。熟茶は、速成でもあり比較的早く飲めるというが、実際は10年以上しないとまろやかにはならない。まろやかさは、なんというか、水より飲みやすいという感じだ。
 かくして陳年茶を飲むとなんとも「時間」との対話している感じがする。同じ茶葉でも、5年、10年、20年と経つごとに、奇妙な深みが増す。年月とともに渋みが和らぎ、甘みや花のような香りが現れることもある。まるでワインやウイスキーのように熟成のようなものだろうか。私の茶棚に眠っていた千両茶は、蒋介石と一緒に台湾海峡を渡ったと茶商が言っていたが、本当ならそれは76年前。そのときにすでに珍念茶なら100年前かもしれない。人はそんなに長くは生きられない。そんな奇妙な感覚を与えてくれる。

普洱茶と日常

 普洱茶は産地や茶樹の種類、製法の違いにより、個性がある。雲南省の古樹(老茶樹)から作られるものは、力強い味わいと言われるが、ようするに若いと渋い。あと生茶は、烏龍茶ではないが、烏龍茶に似た微発酵があり花や果実を思わせる香りもある。そういえば、糯香茶というのもこの機会に飲んだが、ジャスミン・ライスのような香りがした。別のハーブによる着香というか、何煎してもその香りは残る。
 餅茶の普洱茶は、茶をほぐす過程も楽しみのひとつだ。茶葉をナイフやフォークで丁寧にほぐす。専用のナイフや崩した茶葉を散らさない四角いお盆のようなものも欲しくなってきた。
 淹れ方だが、まず洗茶をする。最近の凍頂烏龍茶や金萱茶などは洗茶不要だが、さすがに何十年ものの茶は洗茶したほうがいい。で、洗茶すると、意外とさくっと淹れられる。というか、30秒くらいだ。中国茶を説明する人たちは難しく言うが、茶の淹れ方のコツは茶を見ることだろう。淡く淹れた普洱茶は、透明感のある琥珀色で、口に含むとほのかな甘みが広がる。喉や胃に引っかかることなく、体に染みていく。
 普洱茶を飲みながら考える時間が増えた。茶の香りは「聞く」というが、まさに、瞑目して「聞く」のだ。時間の旅のようなものだ。とはいえ、私はもうあと何十年もは生きることはできない。

 

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