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2025.03.30

令和のコメ騒動・続編

 2025年3月下旬、日本のコメ市場は依然として混乱の渦中にある。東京でのコシヒカリ小売価格は5キロ4185円、前年比71.5%増という高値が続き、政府が備蓄米21万トンを放出したにもかかわらず、価格は下がらない。前回のコラム(2025年3月11日)で指摘したように、JA(日本農業協同組合)の構造的欠陥が農家の離反を招き、小規模卸によるネットワーク的な流通混乱が価格を押し上げた。しかし、事態はそれで終わらない。政府の対策とその裏で動くJAの思惑が、新たなからくりを露呈させている。この高騰は単なる騒動ではなく、日本の農業と食糧管理体制が抱える深い歪みの現れだ。

備蓄米放出の虚実

 政府が備蓄米21万トンを放出したとニュースが報じたとき、多くの国民は「これで価格が下がる」と期待した。しかし、現実は異なる。小売価格は5キロ4000円前後で高止まりし、スーパーの棚に並ぶコメは依然として手が届きにくい。この備蓄米が市場にそのまま流れない理由は、ブレンドにある。古米や低品質米である備蓄米は、高品質な新米と混ぜ合わされ、一定の価格帯で供給される。ブレンド比率を調整することで、市場への影響をコントロールできるのだ。
 例えば、高品質米8割なら5キロ4000円前後、5割なら3000円程度、2割なら2000円台となる。この「手加減」で価格が決まる仕組みは、高値が一気に値崩れするのを防ぐためのものだ。もし備蓄米が安価で市場に溢れれば、農家は収支を維持できず離農が進み、消費者は買い占めに走り、流通業者は在庫を抱えて混乱する。政府とJAはこのパニックを避けたい。だが、その結果、国民は高いコメを買い続け、農家への還元は増えない。この狡猾さが、「対策を講じた」というポーズを隠してしまう。

JAと政府の「阿吽の呼吸」

 このブレンド作戦が機能するのは、JAと政府の暗黙の協調があるからだ。意図的な共謀というより、長年の関係性の中で利害が一致した結果、「阿吽の呼吸」が生まれた。JAは全国のコメ流通の7~8割を担うが、農家への買い取り価格(概算金)は60キロ1万7000円程度と、市場価格(約4万8000円)の3分の1以下に抑える。これで利益を確保しつつ、高値維持を優先する。一方、政府は予算をかけずに混乱を抑えたい。備蓄米をJA経由でブレンド供給すれば、大規模な介入を避けつつ、「やった感」を出せる。
 この連携は、戦後の食糧管理体制から続くパートナーシップに根ざしている。JAは農家の集票組織として政治的影響力を持ち、政府はJAを通じて農業政策を遂行してきた。両者は言葉を交わさずとも「市場の安定」を優先する方向で動く。ブレンド米で高値を維持しつつ、パニックを回避するこの手法は、「うまくやりやがった」と感じさせるほど現実的だ。しかし、そのツケは国民と農家が払うことになる。不公平感と無力感が募る。

パニックの裏にある現実

 なぜ安価なコメが市場に出るとパニックが起きるのか。農家側では、60キロ1万円で備蓄米が流れると、小売価格が5キロ2000円台に急落し、JAの概算金すら下回る。すでに生産コストが1俵1万5000円を超える中、これでは農家はやってられない。平均年齢67歳超、後継者不足で100万戸しかない農家がさらに減る。流通側では、高値で仕入れた在庫が売れなくなり、備蓄や売り惜しみが加速する。JAと政府はこのリスクを熟知している。だからブレンドで高値を維持し、農家の収支をギリギリ保ちつつ、市場の急変を防ぐ。「しかたない」という言い訳が成り立つ一方で、国民は高いコメを強いられ、農家は十分な収入を得られない。この狡猾さが、現実的な危機回避策として機能してしまう。

外国米という禁じ手と利権の壁

 この状況を打破するシンプルな手がある。外国米を入れることだ。年間100万トンの輸入米が市場に流れれば、5キロ2000円台の選択肢が増え、価格は下がる。アメリカやタイからの安価なコメがスーパーに並べば、消費者も高値の国産米にこだわる必要が減る。しかし、この案は、わかりきったことだが、タブーだ。JAは流通シェアの縮小を恐れ、農家は国産米のブランド価値低下を嫌う。政府は農村票を失うリスクを避けたい。TPPやWTOの輸入枠(約77万トン/年)はあるが、それを超えて自由化するなんて政治的にありえない。
 なにしろ国民感情も壁となる。国産米信仰や食糧安全保障への不安が根強く、「日本のコメを守れ」とか「外国米なんか食えるか」という声が上がるのは目に見えている。経済的には合理的だが、社会的・政治的なハードルが高すぎる。外国米を入れれば日本の農業が変質する。生産量が縮小し、コシヒカリのような高級米の価値が薄れるか、高所得層向けの高級品になる。こうした変化に対応できない農家は、低コストの量産型農業にも移行できないから、撤退かを迫られる(そうでなくてももう撤退の時期ではある)。輸入依存が増えれば、天候不順や国際情勢で供給が途絶えるリスクも現実味を帯びる。食料自給とか変な呪いに満ち溢れる。この恐怖は、利害関係者だけでなく、少なからぬ市民にも共有されている。だから外国米導入は封じられたまま、高値が続く。

絡み合う利害と動かない構図

 この騒動の裏には、絡み合う利害がある。農家はJAに依存するか離反するかという簡単な二分法でもない。とはいえ、一部は民間ルートで60キロ2万円で売るが、大半はJAに頼り(実態は金融機関だから)、現状維持を望むだろう。消費者は高値に文句を言いながらも、「国産でなきゃ」と感情的にこだわる。JAは利益と存在意義を守り、低価格で買い取って高値で卸す。政府は責任回避に終始し、予算をかけずに「対策済み」と主張する。小規模卸は備蓄で損が出ないように値の運動を注視する。
 この構図を誰も実際は変えようとしない。農家が一丸となってJAを改革することもない。消費者がブレンドの実態を見抜いて賢くなるなんてことも、騒ぎに右往左往する現実を見ればありえない。政党が率先して政府に大胆な一手を迫るなんてことも、あるわけないよな。外国米導入は禁じ手として封じられ、ブレンド米で、それなりに下がりはするだろうが、一定の高値は続く。この「なるようにしかならない」状況が、令和のコメ高騰である。

 

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