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2025.02.16

米国主導の和平交渉に排除される欧州

 2025年2月12日、米国のトランプ大統領はロシアのプーチン大統領との電話会談を行い、「即時和平交渉」の開始を発表した。その直後、ホワイトハウスは「欧州の指導者にも事前に相談した」と強調したが、実際には欧州は交渉の当事者と見なされていないことが判明した。注目すべきは、キース・ケロッグ特使の発言である。彼は2月15日に「交渉が失敗したのは、関与する国が多すぎたからだ」と述べ、欧州諸国が交渉のテーブルから排除されることを正当化した。米国とロシアがウクライナ戦争の和平交渉を進める中で、欧州は「相談されるだけ」の存在にとどまることになる。
 こうした状況を受け、フランスのマクロン大統領は2025年2月下旬にパリで緊急首脳会議を開催する方針を決定した。目的は、欧州が独自の安全保障戦略を持つべきかどうかを議論するためである。イギリスのキア・スターマー首相もこの会議に出席する意向を示し、「欧州はNATO内でより大きな役割を果たすべきだ」と強調している。さらに、スターマー首相は2月末にワシントンを訪れ、トランプ大統領と会談する予定であり、欧州の立場を直接伝える機会となる。しかし、トランプ政権の外交方針が示すように、米国はもはや「欧州の守護者」ではない。ウクライナ戦争をめぐる交渉の場において、欧州が主体的な役割を果たせるのか。
 ウクライナ戦争の影響は、エネルギー価格の高騰、難民問題、そしてロシアの脅威として欧州全体に及んでいる。戦争の結果次第では、欧州の安全保障環境は大きく変わる。にもかかわらず、和平交渉の主導権を握るのが米国とロシアだけであるならば、欧州は自身の未来を他国に委ねることになる。これは、ミュンヘン会談でチェコスロバキアの運命が決められたときと同じ過ちを繰り返すことになりかねない。1938年のミュンヘン会談では、イギリスとフランスがヒトラーの要求を受け入れ、チェコスロバキアの一部をドイツに譲り渡した。その結果、ナチス・ドイツの侵攻を食い止めるどころか、第二次世界大戦への道を開くことになった。そして、2025年2月、欧州は再び重大な岐路に立たされている。

ゼレンスキーの「欧州軍」構想
 2025年2月17日、ミュンヘン安全保障会議において、ウクライナのゼレンスキー大統領はある提案を行なった。彼は、「欧州は独自の軍隊を創設し、自らの安全を守るべきだ」と主張し、「欧州の防衛は、もはや米国に依存すべきでない」と明言したのである。この時、欧州首脳は彼がかつてコメディアンであったことを瞬時に想起したかは、もちろん、定かではない。
 とはいえこの発言は、トランプ政権の外交政策が欧州に与えた衝撃を如実に示している。2月12日、トランプ大統領はロシアのプーチン大統領と電話会談を行い、和平交渉の開始を一方的に発表したが、この交渉から欧州諸国は実質的に排除されており、NATOの将来に対する不安が高まっている。加えて、米国のJD・ヴァンス副大統領は、ミュンヘン安全保障会議で「ヨーロッパは自力で防衛しなければならない」と発言し、米国が今後もNATOの主要な支柱であり続けるとは限らないことを示唆した。
 ゼレンスキーの「欧州軍」構想は、欧州の政治指導者たちにとっては、笑えないジョークとしては予想外のものであったかもしれない。フランスのマクロン大統領は過去に「欧州の戦略的自立」を訴えたことがあるが、現実的にはNATOの枠組みの中での強化にとどまっていた。しかし、ウクライナ大統領の提案は、NATOの枠組みを超え、完全に独立した欧州の軍事力を構築するというものである。これを真に受けるなら、戦後の欧州安全保障の根幹を揺るがす提案である。
 ドイツのショルツ首相はゼレンスキーの提案に対し、一応慎重な態度を取っているが、ポーランドのシコルスキ外相は「欧州はもはや米国の庇護のもとに生きていける時代ではない」と述べ、欧州軍創設に前向きな姿勢を示した。特に東欧諸国では、ウクライナ戦争の経験を踏まえ、ロシアの脅威に対抗するための新たな安全保障体制を求める声が高まっている。
 欧州軍創設は議論としてはそれなりの議論の積み上げがあり、多くの課題も指摘されている。最大の問題は、加盟国間の防衛政策の違いである。フランスとドイツは歴史的に独自の軍事戦略を持ち、統一された指揮系統の確立が難しい。また、軍事費の負担をどの国がどの程度担うのか、核戦力をどうするのかといった問題も未解決のままである。
 ゼレンスキーの発言は彼の一流の修辞であり修辞としての効果はあったが、それでも欧州の指導者たちにとって避けられない現実に直面することを認識させた。NATOが弱体化し、米国の支援が不確実になる中で、欧州が自らの安全を守るための選択肢を考えなければならない時が来たのである。

欧州の防衛費増加と徴兵制復活

 ウクライナのゼレンスキー大統領が提唱した「欧州軍」構想が惹起した欧州の安全保障の現実は、各国の防衛政策に大きな影響を与えることになる。トランプ政権が進めるウクライナ和平交渉に欧州が排除される中、各国では防衛費の増額が急務となっているからである。フランスのマクロン大統領は、2月下旬に開催される緊急首脳会議で「欧州の防衛戦略を根本から見直す必要がある」と強調するとみられる。
 そこでは、欧州諸国で徴兵制の復活も議論になるだろう。兵員の確保という問題が現実化しているからだ。欧州諸国の軍隊は慢性的な人員不足に悩んでおり、徴兵制の復活が避けられないという意見が台頭しつつある。ドイツ国防省の報告によれば、現在の兵力では「実戦能力の維持が困難」とされており、特にウクライナ戦争の事実上の敗北から、東欧諸国との共同防衛の観点からも人員確保が急務となり、2022年に廃止された徴兵制の復活を求める声が高まっている。ショルツ首相も「ドイツは防衛力を強化する必要がある」と認めている。フランスでも、マクロン政権が2024年に導入した「国民奉仕制度(SNU)」を拡大し、若者に軍事訓練を義務付ける案が浮上している。ポーランドやバルト三国ではすでに徴兵制が部分的に復活しており、東欧諸国を中心に「ロシアの脅威に備えた本格的な軍備増強」が進んでいる。
 防衛費の増額も国民生活に直接影響を及ぼす。イギリスのキア・スターマー首相は、2月中に発表予定の新たな国防戦略の中で、NATO基準を超える「GDP比2.5%以上の防衛予算」への引き上げを検討している。フランス、ドイツも同様に国防費を増額する方針であり、すでに23のNATO加盟国がGDPの2%以上を国防費に充てることを決定している。しかし、この防衛費増額は増税や社会保障費の削減を伴う可能性があり、国民の間には懸念の声も広がっている。
 冷戦終結以降、欧州諸国は平和と経済発展を最優先にしてきた。しかし、2025年の現実は、それとは異なる選択を迫られている。徴兵制が復活し、防衛費が増額されれば、欧州の若者はこれまでとは異なる未来に直面することになる。さて、これが日本にとって対岸の火事の風景かというと、おそらくそうではないだろうが。



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