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2025.02.28

ジェフ・ベゾスがワシントン・ポストを変える

 2025年2月28日、ワシントン・ポストのオーナー、ジェフ・ベゾスが下した決断は、アメリカのメディア界に衝撃を与えた。同紙の意見ページを「個人の自由と自由市場」を支持する方針にシフトすると発表したのだ。これまでリベラル寄りの論調で知られ、特にトランプ政権時代にはその反対を旗印に掲げてきた同紙にとって、これは大きな方向転換とも言える動きであり、他の米国メディアも注目している。
 事態の発端は、このブログでも触れたが(参照)、2024年11月の大統領選挙直後である。そして、ドナルド・トランプが再選を果たし、多くのリベラルメディアが予想した「バイデン政権の延長」は崩れ去った。この結果に、ワシントン・ポスト内部でも動揺が広がった。選挙直前、同紙はカマラ・ハリスへの支持表明を見送り、その決定に反発した編集スタッフの一部が辞職。さらに、長年のリベラル読者が購読をキャンセルし、社内は混乱に陥った。そんな中、ベゾスが12年間の沈黙を破り、ようやく新方針を打ち出したのである。
 なぜ今なのか? 2013年にベゾスがワシントン・ポストを2億5000万ドルで買収して以来、彼は経営再建には力を注いだものの、編集方針にはほとんど介入しなかったものだった。オバマ政権への穏やかな支持、トランプへの激烈な批判など、同紙がリベラル路線を突き進む中、彼は噂に反して静観を続けた。それが、2025年2月に突然の「方針転換」である。この決断は、単なる経営戦略なのか、それともメディアの役割を見直す大胆な一手なのかに関心が集まるのも当然だろう。

オバマ時代から始まったメディアの「偏向」

 この転換を理解するには、ワシントン・ポストの近年の動向を振り返る必要がある。その起点は2008年、バラク・オバマが大統領に就任した時点に遡る。当時、アメリカのリベラルメディアはオバマを「変革の象徴」として持ち上げ、彼の政策への批判を控えた。2008年の金融危機後の経済混乱、オバマケア導入時の混乱、2011年以降のシリア内戦への対応の遅れなど、これらは本来、報道機関が厳しく追及すべき課題だった。だが、ワシントン・ポストを含む主要紙は、政権との「蜜月」を優先してしまった。端的に言えば、オバマ政権の失態をリベラル系のジャーナリズムは十分に追求してこなかった。
 右派メディアであるFOXニュースのチャーリー・ハートは、「ワシントン・ポストが狂気に走ったのは2016年から」と批判する。それは、おそらく半分しか正しくない。2016年のトランプ当選後、同紙が反トランプの急先鋒となったのは事実だが、その土壌はオバマ時代にすでに整っていたと見るべきだろう。そして、トランプ政権一期では、ワシントン・ポストは事実検証よりも感情的な論調を強め、「トランプは悪」という前提で記事を量産した。2017年の就任直後から2021年の退任まで、トランプ関連の報道は異常なまでに偏り、読者に「考える余地」を与えなかった。
 この偏向の代償が、2024年の選挙で明らかになった。リベラルメディアはバイデン政権の経済失策、つまり、インフレ率の上昇、ガソリン価格の高騰、国境管理の失敗を軽視し、他方、トランプの復活を「民主主義の危機」とイデオロギー的に大げさに警告した。有権者の関心はもっと現実的だったのである。生活コストの上昇、治安の悪化、仕事の不安がそこにあった。市民はリベラルな理想論ではなく、具体的な解決策を求めていた。高級紙と言われるワシントン・ポストの読者層も例外ではなく、リベラル路線への不信感が募っていた。

ベゾスの賭け

 ベゾスの「個人の自由と自由市場」という新方針は、この状況への答えと見るべきだろう。彼は、リベラル偏向がワシントン・ポストを国民の実感から遠ざけたと見抜いたのだろう。2024年の選挙後、イーロン・マスクがXで「ブラボー、@jeffbezos!」と称賛したのは、単なる政治的応援ではない。マスクは、リベラルメディアが「偽善」と「現実逃避」に陥っていると繰り返し批判してきた。ベゾスの決断は、その指摘に応えるものだった。
 だが、この転換が何を意味するのかは、まだはっきりとはしない。ベゾスは、私の見解ではあるが、「中立」を目指しているわけではない。むしろ、特定のイデオロギーに縛られず、現在の社会の意識変化、つまり経済的自立や政府への不信感に寄り添おうとしている。彼の根底にあるのはビジネスモデルの基本であり、これは新聞のビジネスモデルとも直結する。デジタル時代に広告収入が激減した今、ワシントン・ポストは購読者頼みの経営を強いられている。リベラルな読者層だけに依存するのではなく、保守派や中間層にも門戸を開く必要があるのは、実は明白なことだ。
 問題は、今回の方針転換が成功するかどうかだ。過度にリベラルな偏向を除き、自由な論点を掲げることで、トランプ支持者や経済重視の読者を引き寄せられるかもしれない。だが、リベラル派からは「裏切り」と見なされ、新たな偏向と批判されるのも当然だろう。すでに社内では反発が起き、編集者の辞職が続いている。ベゾスの賭けは、メディアが「国民の声」を映す鏡となるか、それともまた別の歪んだレンズに変わるかにかかっているとも言えるが、大きな潮流はすでに変化しているのである。
 現実的には、2025年2月28日時点で、ワシントン・ポストの未来は、その経営という視点からは、不透明だ。ベゾスは、リベラルメディアが失った「現実とのつながり」を取り戻そうとしているのか、それとも、単に生き残りを図る経営判断なのか。あるいは、より本質的な問いに答えるほうがいいかもしれない。新聞は誰のために存在するのか。何のために存在するのか。いや、そもそも新聞が存続するということはどういうことなのか。



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2025.02.27

ホワイトハウス記者団の席決めゲーム

 2025年2月、トランプ政権がホワイトハウスの記者席を「自分で仕切る」と宣言した。レストランのオーナーが「今日の客は俺が選ぶ」と言い出したような印象がある。これまで記者団の構成を握ってきたホワイトハウス記者協会(WHCA)を脇に押しやり、今後はホワイトハウス自身が取材陣を管理する方針に切り替えるという。門戸を広げて新たなメディアにもチャンスを与えると謳う一方で、「公平さ」がどこまで担保されるかは未知数だ。
 バイデン政権時代を振り返れば、記者席の整理に血眼だった時期がある。2023年、ホワイトハウスへの常駐記者証(ハードパス)の更新ルールを厳しくした結果、1,417人いた記者が975人にまで減らされた。「過去3か月にホワイトハウスに来ていない記者が40%もいた」と当局は胸を張ったが、地方紙や独立系の記者から「取材費がない我々にどうしろと?」と恨み節が漏れた。合理化の名のもとに、不都合な声が締め出された可能性は否めない。

ホワイトハウス記者協会(WHCA)って何者?

 この話に出てくるホワイトハウス記者協会(WHCA)とは何なのか。WHCAは1914年に設立された記者たちの集まりで、ホワイトハウスを取材するメディアの利益を守るのが目的だ。大統領の記者会見や移動取材に誰が同行できるか、どのメディアがプレスルームに席を確保できるかを決める、いわば「報道の門番」的な存在だ。ただし、この門番、完全な中立とは言い難い。CNNやニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポストといったリベラル寄りの大手メディアが幅を利かせてきた歴史があり、保守系や独立系のジャーナリストは「席がない」と肩身の狭い思いをしてきた。特にトランプ初代政権時代には、WHCAとホワイトハウスの対立が火花を散らしたものだった。トランプは「WHCAは偏ったメディアの既得権益を守るクラブだ」と公然と批判し、会見をすっぽかしてSNSで直接国民に語りかける場面もあった。確かに、WHCAの顔ぶれを見ると、「報道の自由」を掲げつつも、ある種のエリート意識が漂うのは否定できない。

バイデン流「整理整頓」の裏側

 バイデン政権が2023年に打ち出したハードパスの見直しは、一見すると「ホワイトハウスの取材をスリム化する合理的改革」に見えた。だが、蓋を開けてみれば、排除された440人の中に地方メディアや政権に批判的な記者が目立ったという指摘もある。例えば、ある中西部の地方紙記者は「年に数回しか来られない我々を切り捨てるのは、首都圏の大手優遇と同じだ」と嘆いた。ホワイトハウス側は「セキュリティと効率のため」と繰り返したが、結果的に政権に都合のいい報道環境が整ったのではないかと疑う声は根強い。効率化は大事だが、ホワイトハウスは国民全体のための場所である。首都から遠く離れた小さなメディアが締め出されるのは、「多様な声」を聞くべき政府としてどうなのか。公平さを装いつつ、都合の悪い質問を避けたかっただけでは?と勘繰られるのも無理はない。

トランプの「門戸開放」?

 翻って、トランプ政権の新方針はどうか。「WHCAの独占を打破し、もっと多くのメディアにチャンスを」と言うのは聞こえがいい。確かに、保守系メディアや新興の独立系ジャーナリストがホワイトハウスにアクセスしやすくなる可能性はある。トランプはかつて、フォックス・ニュース以外のメディアを「フェイクニュース」と切り捨ててきただけに、自分の味方を増やす意図がないとは言い切れないが、それでも多様性が増すなら悪くない話だ。
 とはいえ、ホワイトハウスが直接記者を選ぶとなると、リスクも見えてくる。政権に批判的な記者が「リストから漏れる」なんて事態が起きれば、バイデン時代以上に露骨な「報道操作」と批判されかねない。トランプが「俺のルールでやる」と豪語する裏で、どれだけ透明性が保たれるのか。そこが鍵だろう。
 ここで一歩引いて考えてみたい。そもそも、ホワイトハウスの報道なんだから、ホワイトハウスがそのルールを決めるのが筋じゃないか? WHCAが長年仕切ってきたとはいえ、彼らはあくまで民間の記者クラブだ。大統領が国民に語る場を、特定のメディア団体が牛耳るのはおかしくないか。レストランに例えるなら、シェフがメニューを決めるより、オーナーが「この料理を出す」と決める方が自然だろう。もちろん、政府がメディアをコントロールしすぎると「報道の自由」が危うくなる。だが、WHCAだって完璧に公平とは言えない歴史がある。いずれにせよ、大統領が誰を取材させるか自分で決め、その選択に責任を持つのだから、「この政権はこういうメディアを重視するんだ」と判断するしかない。

公平さは幻想か

 この事態の本質は「誰が仕切るか」ではなく、どうやっても完璧な報道の公平さなんて実現できないだろうという疑問だ。バイデン時代は「合理化」の名のもとに不都合な記者が消え、トランプ時代は「開放性」を掲げつつ政権寄りの顔ぶれが並ぶかもしれない。WHCAに任せても、リベラル系のエリートクラブ臭が漂う。どうすればいいか。 一つのアイデアは、記者団の選定を完全に公開プロセスにすることだろう、応募制にして選考基準を明示し、国民がその妥当性をチェックできるようにする。あるいは、大統領がSNSで直接語れる時代なんだから、記者団自体をスリム化して「国民の質問コーナー」を増やすなんて過激な案もあり得る。しかし、それこそがうまくいかない。話が循環するが、米ドラ見てもわかるように、ホワイトハウスの報道自体が結局のところ、政治そのものなのだ。



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2025.02.26

ウクライナの希少鉱物取引

 トランプ米大統領がウクライナ支援の見返りに希少鉱物取引を持ちかけた交渉は、実は当初、ウクライナの「勝利の計画」に組み込まれていたものだった。この計画は、米国からの軍事・経済支援を確保するための交渉材料として希少鉱物資源を活用し、戦争継続のための財政基盤を確立することを目指していた。あの時点でウクライナ側は、現在ロシアが占領している地域の資源を念頭に置いていた可能性があり、苦戦状況下での「勝利の計画」という名称でさえどこまで真剣に考えていたかも不明だ。一方、米国にとっては、この提案が中国依存からの脱却という戦略的目標と合致していた。
 ウクライナには世界の「重要原材料(クリティカル・ロウ・マテリアル)」の約5%が存在し、特に黒鉛(グラファイト)は1900万トン以上の埋蔵量を誇る。また、欧州全体のリチウム埋蔵量の3分の1を保有し、チタンの世界生産シェアも7%に達している。これらの資源は電気自動車、軍需産業、電子機器製造に不可欠なものだ。しかし、これらウクライナの鉱床の約半分はロシアの占領地域にある。カナダの地政学リスク分析企業の報告によれば、ロシアはウクライナのマンガン、セシウム、タンタル、希少鉱物の鉱床の50%以上を支配下に置いているという。

交渉の経緯と現状
 ゼレンスキー政権と米国との交渉は当初難航した。米国は「提供した支援額5000億ドルに相当する見返り」として、ウクライナの希少鉱物資源の50%を要求したが、ゼレンスキー大統領は「ウクライナは売り物ではない」と強く反発し、交渉は一時停滞した。しかし最近になって、米国側が要求を緩和し、ウクライナ主導での鉱物開発という形で合意に向けた調整が進展している。
 この交渉の背景には、ウクライナの希少鉱物が持つ経済的・軍事的価値がある。特に戦闘機、ミサイルシステム、ドローンなどの軍事兵器に不可欠な資源であり、米国にとって戦略的重要性は高まる一方だ。そのため、ウクライナとの鉱物取引は単なる経済協力ではなく、安全保障戦略の一環として位置づけられている。
 ロシアも対抗策を講じている。プーチン大統領は「ロシアの希少鉱物を米国に提供する用意がある」と発言し、ウクライナとの契約を牽制。特に占領したウクライナ東部の鉱床についても「外国企業と協力して開発する用意がある」と述べ、米国がウクライナと契約を結ぶ前に別の供給ルートを示唆している。

中国依存からの脱却
 米国にとって、ウクライナとの希少鉱物取引は単なる経済契約ではなく、戦略的安全保障政策の一環だ。現在、世界の希少鉱物市場は中国が75%を支配しており、米国は中国からの供給に大きく依存している。しかし中国政府は近年、希少鉱物の輸出規制を強化しており、米国への制約も厳しくなっている。これを受けて、米国は新たな供給源確保のため他地域の希少鉱物に注目している。
 中国は2023年に一部の希少鉱物の米国への輸出を制限し、2024年にはさらに規制を強化した。これにより、米国内の電気自動車産業や軍需産業が大きな打撃を受ける可能性が高まっている。特に希少鉱物は軍事技術に不可欠であり、F-35戦闘機、ミサイル誘導システム、ドローンなどの開発に必須だ。米国政府は中国の影響を排除しつつ、自国の経済と軍事を支える資源供給ルートの確立を急いでいる。
 ウクライナの希少鉱物はこの戦略に適した解決策として浮上した。米国にとって、この資源確保は単なる貿易ではなく、地政学的なゲームの一部である。ホワイトハウスの国家安全保障顧問マイク・ウォルツ氏は「この契約は経済成長を促し、米国とウクライナの結びつきを強める」と述べ、米国の地質投資グループは「ウクライナの希少鉱物資源が安定供給されれば、世界市場のバランスが大きく変わる」と指摘している。

世界経済への影響
 ウクライナの希少鉱物をめぐる争奪戦は、国家間の交渉にとどまらず、世界経済や私たちの日常生活にも深刻な影響を与える。
 まず、電気自動車の価格高騰が懸念される。ウクライナは欧州全体のリチウム埋蔵量の3分の1を保有しており、リチウムはEVバッテリーの主要材料だ。ウクライナのリチウム供給が制約されれば、世界的なバッテリー価格の高騰を引き起こし、最終的にEVの販売価格に反映される可能性が高い。これは自動車産業だけでなく、消費者にも大きな影響を及ぼす。
 次に、スマートフォンや電子機器の生産にも影響が及ぶ可能性がある。希少鉱物はスマートフォン、パソコン、テレビなどの電子機器に不可欠な材料であり、供給不足は製造コスト高騰による消費者価格の上昇や生産遅延を招くおそれがある。特に希少鉱物をめぐる供給競争が激化すれば、各国企業が代替供給源確保に奔走し、市場混乱を招く可能性もある。
 米中対立の激化を促進する恐れもある。米国がウクライナとの鉱物契約を強化すれば、中国は報復措置を取る可能性が高い。すでに中国は米国への希少鉱物輸出を制限しており、今後さらに規制強化も考えられる。これが現実化すれば、米中貿易戦争が再燃し、世界経済全体に波及するだろう。
 ウクライナの希少鉱物争奪戦は、地政学、経済、安全保障のすべてに影響を及ぼす巨大な問題である。この動向により、世界経済と私たちの日常が大きく変わることになるだろう。

 

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2025.02.25

ロシア制裁の「抜け穴」

 ロシア制裁には「抜け穴」がある。ロシアがウクライナに侵攻してから3年が経過した2025年2月24日時点で、西側諸国はロシア経済を締め付けるため、かつてない規模の経済制裁を展開してきた。米国は2022年3月にロシア産石油の輸入を全面禁止し、G7諸国も石油や天然ガスの取引に厳しい制限を設けた。しかし、ロシアは2024年だけで化石燃料輸出から2420億ユーロ(約2538億ドル)の収益を上げている。これは、戦争前の2021年の1991億ドルを大きく上回る数字だ。制裁が機能しているどころか、ロシア経済はむしろ潤っているように見える。ロシアに制裁を与えるはずなのに、そのガソリンや暖房が、知らず知らずのうちにプーチン政権の戦争を支えている。
 この逆説的な状況の裏には、ロシア制裁の「抜け穴」が存在するからである。インド、トルコ、中国といった制裁に参加していない国々が、ロシア産原油を大量に購入し、それを精製した石油製品として西側諸国に輸出しているのだ。2024年のデータによると、G7諸国はインドとトルコの製油所から180億ユーロ(約190億ドル)相当の石油製品を輸入した。そのうち半分の90億ユーロ分が、実はロシア産原油に由来していることが判明している。これにより、ロシアは直接的な制裁を回避しつつ、間接的に西側から資金を得ている。たとえば、インドの製油所はロシア原油を安価に仕入れ、それを高付加価値のガソリンやディーゼルに変えて欧米に売りさばく。この取引で生じた利益の一部は、ロシアへの税収として還流し、推定40億ユーロがプーチン政権の懐に入ったとされる。
 歴史を振り返れば、冷戦時代に米国とソ連が繰り広げた経済封鎖は、相手国の経済を確実に疲弊させた。しかし、現代のグローバル化したエネルギー市場では、もはや単純な輸入禁止では効果が薄い。第三国が仲介役となり、制裁の網をすり抜ける仕組みが構築されてしまっている。欧州の家庭で使われる暖房用燃料や、アメリカの高速道路を走る車のガソリンは、ロシアの戦争資金に一役買っている。

ロシアのエネルギー収益と戦争資金の流れ
 ロシア経済を支える最大の柱は、化石燃料の輸出である。2024年の収益内訳を見ると、原油が1040億ユーロ(約1090億ドル)と最も多く、次いで天然ガス、液化天然ガス(LNG)、石炭が続いている。侵攻開始からの3年間で、ロシアは化石燃料だけで総額8470億ユーロ(約9000億ドル)を稼ぎ出した。これは、米国防総省が推定する戦争費用2110億ドル(2022~2024年)の約4倍に相当する。言い換えれば、ロシアは戦争を賄うだけでなく、経済的な余裕すら確保している。
 さらに注目すべきは、外国企業がロシアに納める税収である。2022年から2024年にかけて、ロシアで事業を続ける外国企業は総額600億ドルの税金をロシア政府に支払った。その中には、アメリカ企業が2023年に支払った12億ドルの利益税も含まれる。たとえば、シェルやBPといったエネルギー大手は、侵攻後もロシア国内での事業を完全には撤退させていない。これらの企業は、ロシアでの採掘や精製活動から得た利益の一部を税として納めており、それがプーチン政権の財政基盤を支えている。米国が最大のロシアへの納税国であるという事実は、制裁を主導する国の内部にすら矛盾があることを示している。
 加えて、ロシアは戦争に不可欠な技術製品の輸入も続けている。兵器製造に欠かせないCNC(コンピュータ数値制御)機械は、中国から63%、台湾から9%、韓国から5.5%が供給されている。これらの装置は、戦車やミサイルの部品を高精度で製造するのに使われ、ウクライナ戦線でのロシア軍の持続力を支えている。中国は、ロシアへの経済的支援を公には否定しているが、こうした技術輸出の実態は、西側が抱える地政学的なジレンマを浮き彫りにする。読者が普段使うスマートフォンや車に搭載される部品が、こうしたサプライチェーンを通じてロシア軍事産業に寄与している。

新たな地政学的リスクとエネルギー依存の未来
 2025年1月にドナルド・トランプが米大統領として再就任したことで、西側諸国の対ロシア政策は大きな転換点を迎えている。トランプ氏はプーチン大統領に対してバイデン前政権よりも友好的な姿勢を示し、ロシアへの制裁強化には消極的であり、むしろエネルギー価格の安定や米国内の経済優先を重視する立場である。この政策転換は、ロシアの化石燃料輸出をさらに後押しするだろう。もし制裁が緩和されれば、ロシアは現在の2420億ユーロを超える収益を2025年以降も維持し、戦争資金を増強する。このことはトランプ氏が無自覚とも言えないので、日本などに米国からエネルギーを買うように圧力をかけている。
 こうした状況で、西側諸国のエネルギー依存構造も見直しが迫られている。欧州はロシア産天然ガスの代替として米国やカタールからのLNG輸入を増やしたが、インドやトルコ経由の石油製品に依然として頼っている。2024年のデータでは、インドとトルコの製油所からG7諸国に供給された石油製品のうち、90億ユーロ分がロシア原油由来だったことが明らかだ。このような間接的な依存が続けば、ロシア経済への圧力は弱まり、ウクライナ戦争の長期化を許すことになる。第三国への制裁や再生可能エネルギーへの投資拡大があればよいが、その実行には時間とコストがかかる。
 西側市民の日常生活に目を向ければ、エネルギー価格の上昇や供給不安自体が現実的なリスクとして迫っている。トランプ政権がロシアとの関係改善を進めれば、短期的な燃料価格の安定は期待できるかもしれないが、長期的にはロシアへの経済的依存が深まり、西側の地政学的影響力が低下する。こうした自体に日本はどうすべきか、どうなるかは、エネルギー戦略の事実上の無策を思えば、特段に考慮すべきこともないだろう。





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ワクチン接種後症候群

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックで、mRNA医薬の「ワクチン」的活用は感染拡大を抑え、多くの命を救ったとされている。しかし、接種後に慢性的な症状に苦しむ人々がいるのも事実である。現状、彼らの声は社会にあまり届かず、支援も遅れている。そんな中、イェール大学の岩崎明子教授らが進める「ワクチン接種後症候群(PVS)」研究が注目を集めている(参照)。この研究から、被害者の苦しみを科学的に解明するきっかけとなることが望まれる。この問題の本質は「反ワクチン」や「陰謀論」ではない。被害者救済とレッテル貼りからの脱却でもある。

PVS研究が明らかにしたこと

 岩崎明子教授とハーラン・クルムホルツ教授は、2025年2月19日にMedRxivでPVS研究のプレプリントを発表した。彼らは、接種後に運動に耐えられない状態や過度な疲労、頭のもやもや感を訴える42人と、症状のない22人の血液データを比較した。結果、PVS患者ではエフェクターCD4+ T細胞が少なく、TNF-α+ CD8 T細胞が多いことが分かった。さらに、一部ではSARS-CoV-2のスパイクタンパク質が接種後700日以上も体内に残存していた。通常、数日で消えるはずのこのタンパク質が長期COVIDとの関連を示唆する異常な持続性を見せたのである。再活性化したエプスタイン・バーウイルス(EBV)の痕跡も多く、自己免疫や組織損傷の可能性も探られている。岩崎教授は「スパイクタンパク質が症状の原因かは不明だが、一つのメカニズムかもしれない」と語っている。
 日本では、厚生労働省のデータで2023年までにCOVID-19ワクチン関連の被害認定件数が過去45年間の全ワクチンを超えた。申請から認定まで1年以上かかるケースが多く、治療法がないまま苦しむ人が絶えない。PVS研究は、これらの症状が「気のせい」ではない可能性を示している。日本でも同様の研究が進み、診断基準が確立されれば、治療法開発につながる。例えば、モノクローナル抗体でスパイクタンパク質を除去できれば、被害者の救済に直結する。科学が被害者の声を裏付けることで、医療への信頼も回復するだろう。

NHKの問題事例とメディアの責任

 こうした科学的な進展とは裏腹に、メディアの対応には課題が残っている。特にNHKの報道姿勢はさらに詳細な問題構造の解明が必要だろう。典型例は、2024年10月、NHKは「ニュースウオッチ9」による重大な誤報である。ワクチン接種後に亡くなった人の遺族を取材した映像を、新型コロナに感染して亡くなった人の遺族に見えるよう編集し放送した。この問題が発覚すると、NHKは謝罪し、報道局職員を懲戒処分にしたが、視聴者からは「意図的な印象操作だ」との批判が相次いだ。被害者団体の「つながる会」は、この誤報が遺族の苦しみを軽視し、ワクチン被害を隠してしまうと抗議した。また、NHKの番組「フェイク・バスターズ」では、コロナワクチンを「安全」と強調し、SNSの情報を「デマ」と断じる内容が繰り返された。2021年の放送では、専門家やタレントが出演し、「接種後の死亡はワクチンが原因とは限らない」と主張した。しかし、その後の超過死亡の急増やPVS研究の知見を考えると、この一方的な報道は誤解を招いた可能性があると言えるだろう。視聴者からは「薬害が明らかになった今、なぜ謝罪しないのか」との声も上がっている。2024年9月の「あさイチ」では、ワクチン健康被害救済制度の特集で、接種後の症状を訴える視聴者の声を紹介しながら、「ワクチンが原因とは言い切れない」と印象づける編集も批判された。これらの事例は、NHKが被害者の視点に立たず、公衆衛生優先の立場を押し付けた結果と言えるのではないか。包括的な反省が求めらる。

「反ワクチン」レッテルが隠してしまうもの

 接種後に苦しむ人が「反ワクチン」や「陰謀論者」とみなされる傾向は強い。このレッテル貼りは問題の本質を見えなくする。すでに言及したように、「つながる会」のメンバーがNHKの取材を受けた際、ワクチン後遺症を訴えた内容が「コロナの特集」にすり替えられ、放送されなかったケースもある。彼らはワクチンを否定したいわけではない。苦しみを認め、支援を受けたいだけである。それなのに、「反ワクチン」と誤解され、社会的な対話から排除されてしまう。
 この点、岩崎教授は「被害者の経験に耳を傾け、原因を調べるのが科学者の責任だ」と言う。クルムホルツ教授も「症状の経路は人によって違う。それを丁寧に探る必要がある」と述べている。この姿勢は、被害者を敵視せず、協力者として向き合うものである。NHKを含むメディアは、こうした科学者の態度を再検討する時期にきている。「反ワクチン」という枠組みで切り捨てるのではなく、PVS研究を参考に症状を客観的に報じれば、対立は協力に変わる。被害者と医師が話し合える場をメディアが作れば、理解が進むだろう。

日本社会とメディアにできること

 PVS研究がどのように被害者救済に寄与するかはまだわからないが、被害が現実である状況では、具体的な行動が必要であろう。第一に、被害者救済を迅速化する仕組みを強化すべきだろう。今の救済制度は遅すぎる。認定データを基に治療研究に資金を投入すれば、とりあえず生活が改善される。また、情報公開の透明性を高める。政府やNHKが副反応データを詳しく公開し、地域ごとの状況を共有すれば、不信感が減り理解が広がる。
 メディア、特にNHKは過去の誤報を教訓に、被害者の声と、PVS研究の成果を分かりやすく報じ、ワクチンの利点とリスクをバランスよく伝えなおすべきだろう。岩崎教授の指摘する「思いやりとオープンな心」をメディアが実践すれば、被害者への支援が進む。治療を受けた被害者が社会復帰できた事例を報じれば、他の人も希望を持てる。



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2025.02.24

ジェフリー・サックス教授の講演「平和の地政学」

 2025年2月19日、欧州議会で開催された「平和の地政学」と題されたイベントにおいて、ジェフリー・サックス教授が講演を行った(参照)(参照)。このイベントは、元国連事務次長補で現在はBSWの欧州議会議員であるミヒャエル・フォン・デア・シューレンブルクが主催したもので、サックス教授は、長年にわたり東欧、旧ソ連、ロシアなどの地域で政治・経済顧問として活動してきた経験を基に、現在の国際情勢と特に米国の外交政策が世界に与える影響について語っている。彼は、ここで自身の視点がイデオロギーではなく、36年間にわたる直接的な観察と経験に基づいていることを強調した。例えば、1989年にはポーランド政府、1990~1991年にはゴルバチョフ大統領、1991~1993年にはエリツィン大統領、1993~1994年にはウクライナのクチマ大統領の顧問を務め、エストニア通貨の導入や旧ユーゴスラビア諸国の支援にも関与した、と。また、マイダン革命後には新政府からキエフに招かれ、現地で多くの情報を得ている。さらに、30年以上にわたりロシア指導者や米国政治指導者とも密接な関係を築いてきた。こうした豊富な経験から、サックスは現在の危機を米国主導の戦争と結びつけ、その背景を詳細に説明した。
 彼の講演の目的は、複雑で急速に変化する現代の危険な状況において、ひとつの明確な論点を提供することであった。これは、欧州が独自の外交政策を持つ必要性であり、そこに至るまでに、ウクライナ危機や1999年のセルビア紛争、中東やアフリカでの戦争が、米国の方針によって引き起こされたとしている。サックス氏によれば、米国は国際的な義務や国連の枠組みを無視する形で行動し、その結果、欧州が大きな代償を払ってきたと見ている。

米国の外交政策とその影響

 サックス氏は、米国の外交政策が過去40年以上にわたり、多くの戦争の原因となってきたと主張する。特に1990〜1991年のソ連崩壊後、米国は単極覇権を確立し、他国の見解や安全保障上の懸念を無視する姿勢を取ったと述べた。彼は、1991年にゴルバチョフへの支援を米国に求めた自身の提案が、国家安全保障会議で嘲笑とともに却下された経験を振り返り、米国がソ連の安定化を支援するのではなく、最小限の対応で済ませる方針を採ったことを明らかにした。ソ連崩壊後、この傾向はさらに強まり、チェイニーやウォルフォウィッツといった人物が「米国が世界を支配する」と信じ、旧ソ連の同盟国を次々と排除する政策を進めたと説明した。これにより、イラク、シリア、リビア、ソマリア、スーダンなどでの戦争が引き起こされ、欧州は米国への忠誠心から明確な外交政策を持てず、多大な負担を負ってきたと氏は批判した。具体例として、2003年のイラク戦争が挙げられ、フランスとドイツが国連安全保障理事会の承認なしでの戦争に反対したことを「欧州が最後に声を上げた瞬間」と評価したが、その後欧州は独自の立場を失い、特に2008年以降は米国の単極主義に完全に追随する形となった。サックス氏は、これらの戦争は米国による意図的なプロジェクトであり、特にイラク戦争がネタニヤフと米国防総省の協力によるイスラエルのための戦争であったと指摘した。このような米国主導の政策が、欧州に長期的な悪影響を及ぼし、独自の安全保障や外交戦略を構築する機会を奪ってきたと強調している。

NATO拡大とロシアとの緊張

 サックス氏は、NATOの東方拡大が現在のウクライナ危機の主要因であると見ている。1991年2月7日、ゲンシャーとベーカー国務長官がゴルバチョフと会談し、NATOが東に拡大しないと約束したことは、ドイツ統一交渉の法的文脈で明確に記録されている。にも拘らず、1994年にクリントン大統領がNATOの東方拡大を承認したことで、この約束は破られてしまった。サックス氏は、ジョージ・ワシントン大学の国家安全保障アーカイブに掲載された資料を参照し、米国がこの事実を隠してきたと批判した。1997年、ブレジンスキーが著書『グランド・チェスボード』でNATOと欧州の東方拡大を計画として提示し、ロシアがこれに抵抗できないと予測したことも紹介した。しかし、ロシアは中国やイランと同盟を結ぶなど、ブレジンスキーの予想に反する動きを見せ、米国の方針が誤っていたことが明らかになったと述べた。
 2004年にはバルト三国やルーマニア、ブルガリアなどがNATOに加盟し、ロシアは強く反発したが、米国はこれを無視した。2008年にはウクライナとジョージアへのNATO拡大が決定され、ロシアとの緊張がさらに高まることになった。サックス氏は、2008年、ジョージアのサーカシビリ大統領の行動が米国の支援を受けて戦争を引き起こしたとして、NATO拡大が単なる防衛策ではなく、米国による覇権拡大の道具であったと主張した。また、2014年のマイダン革命も米国による政権転覆作戦の一環であり、ヤヌコーヴィチ大統領の追放が意図的に仕組まれたと指摘した。ミンスク合意が米国とウクライナによって履行されなかったことも、欧州が米国の従属的な役割に甘んじた結果だと批判した。

ウクライナ戦争と核軍備管理の崩壊

 2022年に始まったウクライナ戦争について、サックスはプーチンの目的がゼレンスキーに中立性を交渉させることであったと説明した。戦争開始から7日以内に交渉の用意が示されたが、米国と英国の介入によりウクライナが合意から離脱したと述べた。特にボリス・ジョンソンが2022年4月にキエフを訪れ、戦争継続を促したことが決定的だったと指摘した。この結果、約100万人のウクライナ人が死傷し、米国の一部議員がこれを「アメリカ人が死なない素晴らしい投資」と称賛するほど冷酷な代理戦争となったと批判した。サックス氏は、米国がロシアを経済制裁や軍事支援で屈服させようとしたが失敗に終わり、戦争終結の可能性がトランプ政権下で高まっていると予測している。また、戦争の背景には核軍備管理の枠組みの崩壊があるとも強調した。
 2002年に米国が一方的に弾道弾迎撃ミサイル(ABM)条約から脱退したことで、核抑止の均衡が崩れ、ロシアの懸念が強まった。2010年以降、米国がポーランドとルーマニアにイージスミサイルシステムを配備したこと、さらに2019年に中距離核戦力(INF)条約からも離脱したことで、現在の世界は核軍備管理の枠組みが全く存在しない状態だと指摘した。これによりロシアは、ウクライナへのミサイル配備を極度に警戒し、2021年12月から2022年1月の交渉で米国がミサイル配備の権利を主張したことが戦争の引き金となったと述べている。
 サックス氏は、2022年初頭の交渉でロシアが提示した中立性と安全保障保証を含む提案を米国が拒否したことが決定的だったと語る。彼はホワイトハウスのジェイク・サリバン国家安全保障補佐官と1時間の電話で戦争回避を訴えたが、「NATOはウクライナに拡大しない」との公的表明を拒否され、このため戦争は回避不能となった。この経験から、サックス氏は米国指導者の外交的知恵の欠如と、対話ではなく一方的なゲーム理論に基づく戦略を批判した。当時、戦争終結に向けた交渉がトルコの仲介で進展しかけたが、米国と英国の圧力で頓挫したことも明らかにし、欧州が主体的に介入できなかった点を残念だとしている。

欧州の外交政策と今後の展望

 サックス氏は、欧州が米国依存から脱却し、独自の外交政策と安全保障構造を構築する必要性を強く訴えた。現在の欧州はNATOと一体化し、米国の方針に盲目的に従うことで自らの声を失っていると指摘する。2003年のイラク戦争反対以降、欧州が独自の立場を示した例はほとんどなく、特にウクライナ戦争では米国の代理として役割を果たしてきた。彼は、欧州がロシアと直接交渉し、相互の安全保障上の懸念に対処する外交を展開すべきだと提案している。例えば、バルト諸国の安全を確保するためには、ロシア系住民への敵対的政策を止め、対話を通じて信頼を築くことが重要だと述べた。
 さらに、サックス氏は欧州が経済力(20兆ドル)と人口(4億5,000万人)を活かし、ロシアとの経済的・自然的つながりを強化する主要パートナーとなるべきだとまで主張した。ノルドストリーム爆破のように米国が関与しうる妨害行為にも触れ、欧州が自らの利益を守るために行動する必要性を強調した。
 トランプ政権下での戦争終結の可能性については、トランプが「負け戦」を嫌う性格からロシアとの合意を模索するだろうと予測している。ただし、これは米国の大義ではなく、損失回避の判断によるものだとも分析した。欧州にとっては、戦争終結後も米国に頼らず、ロシアを含む包括的な平和を構築する責任があると訴えた。
 最後に質疑応答では、チェコやスロバキアからの質問に対し、中立政策の重要性やロシアとの直接対話の必要性を説いた。また、NATO加盟国への軍事費増額要求については、米国への依存を深めるだけだと警告し、欧州独自の安全保障投資を推奨した。長期的な展望として、サックスは技術革新による豊かさの時代が可能だとし、平和がその前提条件であると強調。欧州が気候変動対策や社会的公正をリードし、国際法に基づく協調的な世界秩序を築く役割を担うべきだと結論づけた。
 技術革新がもたらす豊かさを実現するためには、平和が不可欠であり、欧州がそのリーダーシップを発揮すべきであろう。サックス氏によるこの講演は、欧州議会議員に対し、党派を超えた平和への積極的取り組みを促すものであり、今後の議論の出発点となることを意図しているものである。

 

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2025.02.23

トランプ大統領のフォートノックス発言

 2025年2月22日、トランプ大統領は保守派の政治集会「CPAC(保守政治行動会議)」での演説において、政府の無駄遣いを摘発する新機関「政府効率局(DOGE)」の成果を強調した。その流れの中で、フォートノックスの金の保管状況に言及し、「イーロン・マスクとともに現地へ行く」と述べた。この発言は単なる政治的な演出なのか、それともより深い意図があるのか。フォートノックスとは何か、なぜ問題視されるのか、そしてトランプの発言が持つ意味について言及しておきたい。

歴史的背景と意義

 フォートノックス(Fort Knox)は、ケンタッキー州に所在する米国財務省の金保管施設であり、正式名称は「米国合衆国金塊貯蔵庫(United States Bullion Depository)」である。1936年に設立され、現在も米国の金準備の象徴として知られる。米国政府がこの施設を建設した背景には、1930年代の世界経済の混乱がある。大恐慌を受け、フランクリン・ルーズベルト大統領は1933年に民間の金保有を禁止し、政府が強制的に買い上げた。その結果、大量の金が政府の管理下に置かれ、その保管のためにフォートノックスが建設された。第二次世界大戦中には、米国独立宣言やイギリス王室の宝石といった貴重な文化財の避難場所としても利用された。
 現在、フォートノックスには、約4,500トン(約1億4,500万トロイオンス)もの金が保管されているとされ、その価値は2023年時点の米財務省の報告によれば約4,250億ドル(約64兆円)に相当すると推定される。なお、米国は世界最多の8,133トンの金を保有しており、その大部分はフォートノックス、ウエストポイント、そしてニューヨーク連銀の地下金庫に分散している。特に、ニューヨーク連銀には約7,000トンの金が保管されており、これは世界36カ国の政府によるものであり、フォートノックスとは異なる管理体制が敷かれている。
 しかし、フォートノックスは1974年以来全面的な公開監査が行われていないことが問題視されている。2017年には当時の財務長官スティーブ・ムニューシンが視察を行い、一部の映像が公開されたものの、依然として包括的な監査は行われていない。この不透明性が、フォートノックスの金が本当に存在するのかという疑惑を生み続けている。特に、1971年のニクソン・ショック以降、ドルが金本位制を離れてからは、フォートノックスの金は米国の財政健全性を示す象徴としての意味を持つようになった。そのため、「政府が金を密かに売却したのではないか」という陰謀論が絶えず囁かれてきた。実際、1974年の部分的な監査以来、全面的な検証は行われておらず、過去には「政府が金を担保に財政政策を動かしているのではないか」との憶測も飛び交った。
 特に、2008年の金融危機後には金の重要性が再評価され、「フォートノックスの金が実は存在しないのではないか?」という疑念が再燃。近年では、インフレや国家債務の拡大が懸念される中で、フォートノックスの金が米国経済の信頼性に与える影響が再び注目されている。このような状況の中、2025年2月にはケンタッキー州選出のランド・ポール上院議員が、フォートノックスの金準備に対する監査を要求する書簡をスコット・ベセント財務長官宛てに送付した。この書簡は、1974年以来公的な監査が行われていないという長年の問題を指摘し、監査の必要性を強調している。さらに、ポール議員はX(旧Twitter)でイーロン・マスクに言及し、マスクが率いるDOGE(政府効率局)がフォートノックスの金準備を調査する可能性を示唆した。これにより、フォートノックスの金問題が再び政界や市場の注目を集めている。

国際社会への影響

 この問題は、例によって日本ではあまり関心を持たれないのではないか、あるいは陰謀論のネタにされるかくらいの扱いとなるように思われるが、仮にフォートノックスの金に関する疑惑がさらに深まり、ドルの信用が揺らぐことになれば、日本経済にも直接的な影響を及ぼすことにはなる。日本は世界最大の米国債保有国であり、ドルの安定性が揺らげば、日本の外貨準備や金融政策にも波及する。日本政府や企業は、こうしたリスクを見越して米国債への依存を再評価し、分散投資や金の保有拡大といった対応策を検討する必要や、日本の輸出企業にとっては、ドル安が貿易収支に影響を与える可能性があるため、為替リスクヘッジの強化が求められるかもしれない。不要な危機感を醸成したくはないが、注意するに越したことはないだろう。トランプの発言が市場に影響を与え、金価格の乱高下を引き起こすとなれば、日本の投資家や企業にとって、今後の金市場の動向をは懸念される事態となる。
 いずれにせよ、トランプのフォートノックス発言は、単なる政治的パフォーマンスではなく、政府の信用、金融制度の安定性、さらにはドルの未来に関する重要な問題提起を含んでいる可能性はないわけではない。トランプが今後この問題をどのように扱うのか、そして国際社会がどのように反応するのか、慎重に見極める必要がある。



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2025.02.22

外交官ホセ・トリージャ氏の見解

 2月21日のNeutrality Studisのチャネルの元ホセ・トリージャ外交官(José Antonio Zorrilla)のインタビュー(参考)は興味深いものだった。ホセ・トリージャ氏はスペインの著名な外交官であり、1973年にスペイン外交団に加わり、ミラノ、上海、モスクワで総領事を務めた後、2011年にジョージア駐在大使に就任した経歴を持つ。

ウクライナ危機の起源

 ホセ・トリージャ氏は、このインタビューで現在のウクライナ危機についての見解を語った。核心は、この危機が米国主導のNATO拡大政策から始まったというものだ。1990年、ソ連崩壊後の世界秩序が議論される中、ドイツはユーラシア全域を包括する集団安全保障構想を提示したが、米国はこれを実効性に欠けるとして退け、NATO拡大の道を選んでしまった。この決定の背景には、イギリスの帝国主義者マッキンダーの地政学理論があった。この理論は、ドイツとロシアの提携を阻止することを主眼とするものだ。米国によるNATO拡大の選択には、さらに思想的背景もあったと氏は説明する。それは「マニフェスト・デスティニー(明白な運命)」という、19世紀以来米国が掲げてきた世界征服の使命感である。この思想に基づき、米国はロシアの封じ込めを目指してNATOの東方拡大を進めていった。こうした動向が、ウクライナへの介入という形で表れた。米国は1990年以降、NGOや諸機関を通じて資金を投入し、2014年のマイダン革命へと至る政変を準備した。同年、イスタンブールで和平協定が結ばれたにもかかわらず、ワシントンはこれを認めなかった。そればかりか、ウクライナに対して、NATO加盟を目指して戦争を継続するよう指示したという。トリージャ氏の分析は、ここで一つの結論に達する。米国の真の目的は支援ではなく、ロシアを消耗させることにあったのだと。米国は自国の覇権維持を優先し、ウクライナを代理戦争の手段として利用した。その結果が、現在の悲惨な紛争なのである。

外交コミュニティの認識

 トリージャ氏は、今回のウクライナ危機におけるヨーロッパの対応にも厳しい見解を示した。氏によれば、ヨーロッパの政治指導者たちは米国の戦略に従うあまり、自らの地政学的現実を見失っていた。重大な問題は、EUが掲げる平和主義の理念に反して、ミンスク合意をウクライナの武装化と戦争準備のための時間稼ぎに利用したことだ。氏はこれを驚くべき裏切り行為と呼ぶ。とりわけドイツの方針転換は理解し難いという。ドイツは当初、包括的な対話路線を提案していたにもかかわらず、一転して対ロシア強硬策を支持した。氏はその原因を現在の指導者層の無知に求めている。また現在のEU戦略を主導するバルト諸国やポーランドについても、ロシアへの憎しみに基づく非合理的な政策を展開していると指摘する。氏は、戦略とは国益を守ることだと強調し、憎しみに基づく政策を満足を得られない過食症に例えた。しかし、その陰となる外交の現場では異なる認識が共有されていた。例えば、米国が10年かけてウクライナでのクーデターを準備していたことや、ヤヌコーヴィチが東西の調和を目指していたことは、外交官や軍関係者の間では周知の事実だった。しかし政治家への従属から、これらの真実を公に語ることはできなかった。結局のところ、スペインを含むヨーロッパ諸国は、米国の「プーチンは悪」という主張に表面的に同調せざるを得なかったが、外交の内部では別の見方が存在していた。氏はこうした真実と公式見解の乖離に強い苛立ちを示し、それはヨーロッパが主体性を欠いていた証左だとしている。

ロシアへの歴史的敵対心

 トリージャ氏は、ヨーロッパとロシアの関係を250年の歴史を通して提示し、ナポレオンやヒトラーによる征服の試みが、今日のロシアへの敵対心の源流となっているとした。また、氏は、12のタイムゾーンにまたがるロシアの巨大さこそが、世界支配を目指す勢力にとっては欲望の対象となってきた理由だと説明する。クリミア戦争の例は、その構図を象徴的に示している。イギリスはロシアによるコンスタンティノープルのキリスト教都市としての奪還を阻止した。氏はこれを「西洋史における陰険で悲しい瞬間」と呼び、イギリスが覇権維持のためにキリスト教的価値観を犠牲にしたと強く非難する。米国もまた、ロシアを変わることのない脅威とみなしてきた。氏はその例として、第二次世界大戦後のトルーマン大統領の発言「2000万人の死ではロシアを弱体化させるのに十分でない」や、ソ連崩壊後のブレジンスキーの警戒的な姿勢を挙げる。こうした対ロシア敵対心の本質は、単なるロシア恐怖ではない。それは征服欲と憎しみに根ざしている。氏の分析では、ヨーロッパは自らの歴史的失敗から目を背け、メディアを通じてロシアを悪者とする単純な物語を受け入れた。その結果、現実的な政策立案の視点を失ったのである。かつてドイツが提案した楽園的なヨーロッパ構想は、米国の覇権主義的野心の前に敗れ、ヨーロッパはその渦に巻き込まれていった。

紛争解決へ

 トリージャ氏は、ウクライナ危機の解決とロシアとの関係修復について、現実的な提案を示した。氏の出発点は明快だ。地理が変わらない以上、ヨーロッパはロシアと友好関係を築き直す以外に道はない。そして今、米国がロシアとの対話を再開した機会を捉え、ヨーロッパ諸国もモスクワへ赴いて関係修復を始めるべきだという。その具体的な手順として、まずビザ規制の緩和など、小さな一歩から始めるべきだとする。数年をかければ、相互の信頼を取り戻すことも可能だと氏は見る。実際、歴史を振り返れば、ナポレオンの侵略後でさえフランスとロシアは同盟関係を結んだ。「何も永遠ではない」という氏の見方には、こうした歴史的な根拠がある。しかし氏は、EUの現在の指導者層には厳しい評価を下している。彼らは自身の名声やキャリアのために、また非合理的な判断を下しかねないというのだ。特に懸念されるのは、バルト諸国とポーランドの動向である。米国の支援を失った今、彼らが莫大な資金を投じた対ロシア政策は無意味に終わる可能性が高い。氏は、それが指導者たちの「恥」の感覚をさらに強めると予測している。対照的に、ジョージアの現実的な判断を氏は評価する。ジョージアは第二戦線を開くという提案を拒否したが、これは賢明な選択だったという。その一方で、EUがジョージアにロシア非難を強要する姿勢は批判に値すると氏は指摘する。トランプ政権による紛争終結の可能性を歓迎しつつ、氏は真の解決に向けた課題も示す。それは、ヨーロッパの指導者たちが米国への依存から脱却し、自律的な政策を築くことである。ただし、次世代が権力を握るまでの15年から20年の間、現指導者層が大陸を混乱に陥れる危険性は依然として残る。最後に、氏はこの問題の解決には民衆による選挙を通じた大幅な指導者層の刷新が必要だと結論づけている。



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2025.02.21

サルマン・ラシュディ裁判

 2025年2月、事件から2年半が経ち、作家サルマン・ラシュディの襲撃犯ハディ・マターの裁判がついに始まった。襲撃事件は、2022年8月12日のことだ。米ニューヨーク州のチャウタクアで講演を控えていた作家サルマン・ラシュディが突然聴衆から襲撃を受けた。襲撃者は彼を何度も刺し、ラシュディは片目を失い、左手の指の感覚をほぼ失った。
 ラシュディは1988年の著作『悪魔の詩』を発表した直後、イランの最高指導者ホメイニ師から死刑宣告(ファトワ)を受け、それ以来、命の危険と隣り合わせの生活を余儀なくされ、その人生の大半を過ごした。イラン政府は1998年にファトワを「支持しない」としたが、2006年にはヒズボラの指導者が暗殺を推奨する発言をし、その影響が続いていることがあの事件で証明された。
 2023年に出版されたラシュディの回顧録『ナイフ』には、襲撃の瞬間がこう記されている。「ついに来たか、と思った。私は長年、こうした日が来ることを想像していた。」これは単なる小説家の想像ではなく、彼が実際に抱えていた現実の恐怖だった。言論の自由を守ることは、作家にとって命をかけた戦いであるという事実を、この事件は改めて世界に突きつけた。

信念と暴力
 襲撃事件の背景には、単に個人的な狂信ではなく、明確な政治的・宗教的イデオロギーがある。襲撃犯マターは、米国当局によれば、この事件はヒズボラと関わりがあり、テロ組織とのつながりが指摘されている。ファトワが発令された1989年から30年以上が経過しているにもかかわらず、彼のような人物がいまだにその影響を受け、暴力に訴えるという事実は、テロの持続的な影響力を示している。
 ラシュディの事件は日本社会にも大きな影を落としている。1989年7月に発生した五十嵐一・筑波大学助教授暗殺事件だ。五十嵐氏は『悪魔の詩』の邦訳を担当し、出版に関わった一人である。彼は何者かによって筑波大学のエレベーターホールで刺殺された。犯人は逮捕されることなく、2024年に時効を迎えた。
 日本国内では、この事件がファトワと関連していると広く信じられているが、公式には「証拠不十分」のまま扱われた。事件が時効を迎えたことで、犯人の特定も処罰も永遠に不可能となった。しかし、五十嵐氏の死は、日本においても言論の自由が暴力によって脅かされる現実を如実に示した。ラシュディ襲撃事件が裁判にかけられているのに対し、日本では暗殺が事実上「解決されず」に終わった。この違いは、社会が言論の自由とその脅威にどれほど真剣に向き合っているかの差を映し出している。一言でいえば、日本社会の恥といえるほど向き合っていない。

言論の自由
 ラシュディの事件が突きつける最大の問題は、言論の自由である。彼の著作は、宗教や文化を批評する権利を擁護するものであり、それこそが民主主義社会における自由な討論の基盤である。しかし、今回の襲撃は、「表現には命を奪われるリスクが伴う」という恐怖を現実のものにした。
 言論の自由を脅かすのは、暴力を用いる個人や組織だけではない。国家による弾圧もまた、表現の自由の最大の敵である。ロシアでは、政府に批判的なジャーナリストや作家が次々と暗殺されたり、投獄されたりしている。2023年には、米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』の記者エヴァン・ゲルシコビッチがスパイ容疑で拘束され、いまだに解放されていない。中国においても、政府の方針に反する発言は厳しく取り締まられている。DeepSeekですら、言論弾圧下にある。香港では、民主派メディア『アップル・デイリー』が2021年に強制的に廃刊され、創業者ジミー・ライ氏は国家安全法違反で逮捕された。こうした国家による弾圧と並行して、米国では「キャンセルカルチャー」もまた言論抑圧の文脈で問題視されている。2020年には著名な言論人や研究者らが「反対意見に対する不寛容が広まり、公然と個人を糾弾することが社会の風潮となり、自由な議論が妨げられている」と警鐘を鳴らす公開書簡を発表した。
 国家による抑圧も、社会による排除も、いずれも自由な言論空間を狭める。日本でも「キャンセルカルチャー」の影響はあるが、それよりも、多様な言論を、陰謀論の条件を提示せずに「陰謀論」として排除する動向が懸念される。



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2025.02.20

学校制服の価格

 BBCのニュースを見ていたら、北アイルランドで中高生の制服が高価すぎるという話題を見かけた。「息子の制服代に400ポンド(約7万円)かかった。心臓が止まるかと思った」とも語られるほど、親たちの経済的負担が深刻な課題となっているそうだ。制服は本来、生徒間の格差をなくし、学校の規律を保つためのものとされてきた。しかし、近年ではむしろ家庭の経済的負担を増大させ、教育の公平性を損なう要因になっている。
 この問題は、日本ではどうか。近年、日本政府は高校の授業料無償化を進めているが、制服代は依然として親の負担となっている。文部科学省の調査によれば、公立高校の制服代は平均26,110円、私立高校では36,086円に上る。北アイルランドの半分くらいかと言えないことはないが、体操服や指定カバン、運動靴なども学校指定なので、これらを加えれば、総額は5万円から7万円に達することも珍しくない。私立高校によってはデザインにこだわった制服が採用されることもあり、男子のブレザーだけで28,000円、スラックス15,000円、ワイシャツ4,200円、ネクタイ3,000円など、総額50,000円を超えるケースもあるそうだ。これに体操服も加わる。トータルの費用はさらに膨らむ。
 なので、こうした状況の中、日本政府が高校の無償化を推進しても、存外にその恩恵を実感できないということになる。「授業料がタダになっても、制服や学用品の費用が高すぎるために、経済的負担が軽減されたとは感じられない」というのが親の実感である。特に問題視されるのは、制服の購入が学校指定の業者に限られるケースが多いことだ。価格競争がほとんど起こらない。こうした状況でも、日本と北アイルランドは似ている。英国全体でも学生服の価格高騰が問題視されているが、特に北アイルランドではその影響が顕著ということだが、イングランドやウェールズでは政府が制服価格の透明化を進め、スーパーや量販店で無地の制服を安価に購入できるようになった。北アイルランドでは依然特定の制服業者が市場を独占しているため、親たちは高額な制服を購入せざるを得ない状況が続いている。ジャージが30ポンド(約5,400円)、靴下が10ポンド(約1,800円)という価格設定なので、それほど高いという印象がないわけではないが、特定の業者からしか購入できないため、安価な代替品を選ぶことすらできない。こうした状況を受け、北アイルランド議会では制服の価格透明化と価格上限の設定を求める法案が提出された。
 世界各国と比較すると、日本や英国は制服制度を厳格に運用する国の一つであるようだ。米国では、公立学校の多くが制服を採用せず、私立学校や一部のチャータースクールのみが制服を導入している。カトリック系の私立校ではブレザー+ネクタイの制服が一般的だが、カジュアルなポロシャツにチノパンといったスタイルも少なくない。制服を義務付ける公立校もあるが、その割合は20%程度にとどまる。
 フランスやドイツでは、公立学校に制服の文化はほぼ存在しない。特にフランスでは、「服装の自由は個人の権利である」という理念が強く、制服の導入はほぼ見られない。ドイツも同様に、公立校では私服が一般的である。ただし、カトリック系やプロテスタント系の私立学校では制服を着用することがあるが、全国的な統一ルールはない。スウェーデンやノルウェーなどの北欧諸国では、学校制服の概念そのものが一般的ではない。教育の自由を重視する文化があり、生徒の個性を尊重するため、服装規定すらないケースも多い。そもそも制服代という負担が発生しないため、価格高騰が問題になることもない。

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2025.02.19

ウクライナを排除した米露和平交渉

 2025年2月18日、サウジアラビアの首都リヤドで、米国とロシアの政府代表団による直接交渉が行われた。表向きの議題はウクライナ戦争の終結に向けた「和平交渉」だったが、最も重要な当事者であると主張するウクライナは交渉の場から排除された。この決定は、戦争の膠着状態と欧米の支援疲れを背景に、米露が現実的な解決策を模索し始めたことを示している。
 ウクライナのゼレンスキー大統領は、「我々抜きで和平を決めることはあり得ない」と強く反発したが、トランプ米大統領は「ウクライナは3年間も交渉の場にいたのだから、もっと早く戦争を終わらせることができたはずだ」と批判した。ロシアのプーチン大統領も、「ゼレンスキー大統領はもはや正当な指導者ではない」とみなし、ウクライナの新たな選挙を和平の前提条件として提示した。これに対し、ウクライナ政府は「戦時下での選挙は現実的でない」と反論し、ロシアの要求を拒否してきたが、米国もこの点ではロシアと同意見にあり、大統領選が実施されない状況に不信感を抱いている。

サウジアラビアが交渉の舞台となった背景

 交渉の舞台としてサウジアラビアが選ばれたのは、その地政学的な立場が要因である。同国はロシアとOPEC+を通じたエネルギー協力関係を持つ一方で、米国とも安全保障面で強固な関係を維持している。このバランスが、中立的な交渉の場としての適性を高めた。また、ウクライナがクルスク州侵攻を計画する直前、ロシアとウクライナの間では「エネルギー施設への相互攻撃を控える合意」が検討されていたとされ、サウジアラビアはその調整役を務めた経緯がある。このような背景から、リヤドが交渉の舞台として選ばれたのは自然な流れだった。加えて、サウジアラビアの関与はエネルギー価格の安定化にもつながるため、米露双方にとって合理的な選択だったと言えるだろう。さらに言えば、この問題に口を出したがっている大国気取りのインドやブラジルを封じ、問題を実際には複雑化するトルコを排除したいという思惑もあっただろう。

ウクライナを排除した和平交渉の現実性

 今回の交渉で最も注目されたのは、ウクライナが交渉のテーブルから排除された点である。ゼレンスキー政権はこれに強く反発し、「当事国抜きの和平は受け入れられない」と主張したが、ウクライナがこれまで和平の機会をことごとく拒否してきた点も見逃せない。ウクライナは戦争開始以来、「完全勝利」以外の選択肢を認めず、戦況は膠着状態に陥り、人的・経済的損失が拡大した。
 米国と欧州諸国の一部は、ウクライナへの支援継続が政治的・経済的に困難になりつつあることをすでに認識している。戦争継続のための資金や軍事物資の提供が限界を迎える中、和平交渉を進める現実的な方法を模索する必要が生じた。そのため、「交渉を妨害し続けるゼレンスキーを排除し、米露で直接交渉を進める」という判断は、戦争終結に向けた一つの合理的な選択肢とされた。

ミンスク合意の崩壊と欧州の誤算

 今回の米露交渉は、2014年と2015年に締結されたミンスク合意の破綻を受けた新たな和平プロセスともいえる。ミンスク合意は、ウクライナ東部ドンバス地域の戦闘停止と特別自治権の付与を目的としていたが、ロシア側からすれば、ウクライナ政府はこれを完全に履行しなかった。欧米諸国はウクライナを支援し続け、ロシアとの対話を拒み続けた。特に、ドイツのメルケル元首相が「ミンスク合意はウクライナの軍備増強のための猶予期間だった」と認めたことで、ロシア側の不信感は決定的となった。欧州諸国が和平交渉を単なる時間稼ぎとし、ロシア封じ込めの戦略に利用したことが、現在の対立を深めた要因となった。これによりロシアは、ウクライナとの直接交渉ではなく、米国との対話を優先する方針に転換した。

欧州の対応とNATOの亀裂

 米露主導の「和平交渉」は、欧州諸国にも大きな衝撃を与えた。2月19日、フランスのパリで首脳会合が開かれたが、各国の対応は分かれた。イギリスのスターマー首相は、ウクライナの安全保障のためには米国の支援が不可欠であり、場合によっては英軍の派遣も辞さない構えを見せた。対照的に、ドイツのショルツ首相は現時点での部隊派遣は時期尚早との慎重な姿勢を崩さず、ポーランドのトゥスク首相は軍を派遣する予定はないと明言した。イタリアのメローニ首相は、欧州の部隊派遣は最も複雑で、最も効果が低いと懐疑的な見方を示した。
 トランプ前大統領のNATOに対する姿勢が、この亀裂の要因となっているとも見られる。彼は以前から「欧州はNATOの防衛費をもっと負担すべきだ」と主張しており、今回の交渉を機に、NATOの役割を縮小し、米露が主導する新たな安全保障枠組みを構築しようとしているのではないかとの疑念が広がっている。そもそもNATOは冷戦時代の遺物であり、イラク戦争以降、その目的が曖昧であり、その存続のために冷戦時代のソ連の代替としてロシアを選び直したという懐メロ趣向かもしれない。

ウクライナの未来は誰が決めるのか

 ウクライナを蚊帳の外に置いた米露の和平交渉は、多くの問題を孕んでいるのは当然だろう。しかし、「ウクライナの未来を決めるのは米露でも欧州でもなく、ウクライナ国民自身である」というレトリックが問題を複雑にしてきた。そもそもウクライナ国民自身の意思が明瞭になるには、大統領選を実施するのは前提条件である。ウクライナ国民の意思が提示できない状態だからこそ国外流出が続いているともいえる。そもそもウクライナはマイダン革命以前から、国民の意思が統合できるような国家ではなかった。国際社会は、建前としては、「ウクライナの主権と領土保全を尊重し、国民が自らの意思で未来を選択できるよう支援を続けるべきである」が、それは基本的には正しいとしても、もともとクリミア半島はロシアの認識ではソ連時代の経緯を踏まえたうえでウクライナとの友好関係で委託されたものであり、ウクライナ側から敵視されるに至ったことで、軍港としての保全とこの地のロシア系国民を保全する必要が生じていた。




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2025.02.18

対露制裁のジレンマ

 対露制裁は本当に「効いている」のか。今更のようにこの問いが浮上してきているのは、欧州連合(EU)が対ロシア制裁を虚しく更新してきた事実に加え、この制裁に関連するドイツにおいて、政治家ザーラ・ワーゲンクネヒト(ザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟=理性と公正のために)が「制裁はEU自身の経済を弱体化させている」と警鐘を鳴らしていることがある。
 2月12日、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相はスーダンのアリ・ユセフ・シャリフ外相との会談後の記者会見で、「EUはすでに16回目の対露制裁を準備しているが、その経済的結果は悲惨なものになっている」と指摘した。また、「制裁は世界の貿易・経済関係を発展させる助けにはならない」とも述べた。さらに、欧州の経済悪化の要因として「ロシア産ガス価格の急上昇」を挙げ、「かつてロシアのエネルギーがEU経済を支えていた」と強調した。特にドイツの産業界は、ロシアからの安価なエネルギー供給を基盤としていたが、制裁によって競争力が低下している。
 ワーゲンクネヒトは、ラブロフの発言を直接受けたわけではないが、この事態を「EUの自傷行為」と評し、ガス価格の上昇が食品価格の高騰を招き、企業の競争力を損なっていると指摘した。制裁の目的がロシア経済への圧力であるとすれば、その代償を払っているのはEU市民なのではないかということだ。

EU内の分裂
 ロシア産ガスへの依存からの脱却を目指したEUのエネルギー政策は、理想と現実の間で揺れ動いている。ノルウェーや米国のLNG(液化天然ガス)輸入を増やす試みは続いているが、コスト面ではロシア産よりも高価であり、安定供給の面でも問題を抱えている。フランスやオランダでは、再生可能エネルギーの導入を加速させる政策が進められているものの、短期間でロシア産エネルギーの穴を埋めることは難しい。ドイツでは、脱原発政策と重なり、代替エネルギー源の確保が大きな課題となっている。
 EUがエネルギー戦略を転換する中で、最も苦しんでいるのは産業界と一般市民である。製造業のエネルギーコスト増加は、企業の利益率を圧迫し、雇用の不安定化を招く。市民にとっては、電気代やガス代の高騰が家計を直撃し、生活の質が低下している。これらが累積し、EU内では16回目の制裁を巡って対立が生じている。スロバキアは、ロシア産ガスに関する制裁に対して反対の立場を取っている。これは、スロバキアがEUの制裁パッケージ全体に異議を唱えているわけではなく、エネルギー供給の安定性を考慮した「部分的な拒否」に過ぎない。加盟国の足並みが揃わない現状は、EUが制裁を拡大するたびに国内経済への影響を巡る議論が強まっていることを示している。

地政学的シフト
 対露制裁は短期的な圧力としては機能することが多いが、16回も更新される中で、EUの経済構造自体が変容しつつある。ロシアとの経済関係が希薄になる一方で、EUは米国や中国との新たな関係構築を模索している。しかし、これが必ずしもEUにとって有利に働くとは限らない。
 米国はLNGの供給を通じてEUとの経済的結びつきを強めているが、その価格はロシア産に比べて高く、結果的に欧州経済の競争力を低下させる要因となっている。中国に関しては、EUの制裁方針とは異なり、ロシアと経済協力を深めており、結果としてEUはエネルギー政策でも貿易政策でも孤立するリスクを抱えている。
 EUは、2月12日、14日に常任代表レベル(EU加盟国の大使クラス)の会合を開き、16回目の制裁についての協議を行った。この制裁には、ロシア産アルミニウムおよびLNGの輸出制限が含まれており、1月15日に報道されていた内容が正式に議論される形となる。EUの外交政策責任者であるカヤ・カラスは、制裁をさらに6カ月延長する方針を1月27日に発表しており、制裁の発効日は2月22日とされている。カラスはまた、ロシアがEU制裁を「違法」と批判している点について、「制裁は国際法に則った正当な措置であり、ロシアの主張は誤りである」と一蹴している。
 ロシア側は、この制裁継続を「違法」と非難しつつも、中国やインドを中心とした貿易ルートを拡大し、欧州との経済的結びつきを徐々に薄めている。結果として、EUはロシア経済に打撃を与えるどころか、ロシアを西側経済圏から脱却させる方向へと押しやっている可能性があり、制裁の成果をめぐる議論は今後も続くが、少なくとも欧州経済にとっての「勝利」とは言い難い状況が続いている。

 

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2025.02.17

J.D.バンス副大統領のミュンヘン安全保障会議での演説

 バンス米副大統領が2025年2月14日にミュンヘン安全保障会議で行った演説をまとめます。Foxニュース(参照)からの書き起こしで編集が加わっているので、詳細な部分の差異はオリジナルと照合してください。

バンス米副大統領が2025年2月14日にミュンヘン安全保障会議で行った演説

[拍手]

本日は、ご参集いただいた代表者の皆様、有識者の方々、そして報道関係者の皆様に御礼申し上げます。とりわけ、この素晴らしい会議を主催されたミュンヘン安全保障会議の関係者の皆様に、心より感謝申し上げます。もちろんのこと、このような場に参加できることを、大変光栄に存じます。

本日お話ししたい主題の一つは、私たちが共有する価値観についてです。再びドイツの地を踏めることを、大変嬉しく思います。先ほど触れましたが、私は昨年、米国上院議員としてこの場を訪れました。デイビッド・ラミー外務大臣(当時)とお会いした際、互いの立場が1年で変わったことを冗談めかして話しました。しかし今こそ、私たち一人一人が、国民から託された政治的権限を賢明に行使し、国民の暮らしをより良いものにしていく時なのです。

私は幸いにも、この24時間、会議場の外で過ごす機会に恵まれました。そして昨日の痛ましい事件で打ちのめされながらも、ドイツの人々が示してくださった温かいもてなしに、深く感銘を受けました。妻と共に初めてミュンヘンを訪れたのは、個人旅行でしたが、私はずっとこの街とその市民を愛してきました。私たちは深い悲しみを覚えており、この美しい地域社会を襲った卑劣な行為により被害を受けたミュンヘンの皆様に、心からのお悔やみと祈りを捧げます。私たちは今後も皆様のことを想い、祈り続け、支援してまいります。

[拍手]

この会議の目的は、安全保障について議論することです。通常、それは対外的および国内の脅威について話し合うことを意味します。本日は多くの優れた軍事指導者の方々にお集まりいただいています。トランプ政権は欧州の安全保障を非常に重視しており、ロシアとウクライナの間で合理的な解決策を見出すことができると確信しています。また、今後数年間で欧州が自らの防衛において大幅に責任を拡大すべきだと考えています。

しかし、私が欧州において最も懸念しているのは、ロシアでも中国でもなく、その他のいかなる外部勢力でもありません。私が危惧しているのは内部からの脅威、すなわち、欧州が米国と共有する最も基本的な価値観から離れつつあることです。

最近、ある欧州委員会の元委員がテレビ出演し、ルーマニア政府による選挙の全面無効化を歓迎する発言をしました。さらに、もし計画通りに事が運ばなければ、ドイツでも同様の事態が起こり得ると警告したのです。このような無責任な発言は、我々アメリカ人の耳には衝撃的に響きます。長年にわたり、我々が資金提供し支援してきた全ての施策は、共有する民主主義的価値観に基づくものだと説明されてきました。ウクライナ政策からデジタル検閲に至るまで、あらゆる政策が民主主義を守るためだと謳われています。しかし、欧州の裁判所が選挙を無効にし、高官がさらなる選挙の無効化をちらつかせる事態を目の当たりにして、我々は自問せざるを得ません。我々は本当に、自ら掲げた高い基準を守れているのでしょうか。私が「我々」と言うのは、根本的に私たちが同じ陣営にいると信じているからです。

民主主義的価値観について語るだけでは不十分です。実践しなければなりません。この会場にいる多くの方々の記憶に新しい冷戦時代、この大陸では民主主義の擁護者たちが、はるかに専制的な勢力と対峙していました。当時、向こう側の勢力は反対意見を検閲し、教会を閉鎖し、選挙を無効にしました。彼らが正しい側にいたと言えるでしょうか。明らかにそうではありませんでした。彼らが冷戦に敗れたことを、私は感謝しています。彼らが敗北したのは、驚きや失敗、発明や創造の自由という、この上なく貴重な恩恵を尊重せず、その価値を認めなかったからです。人々に特定の考え方や感じ方、信念を強制できないのと同様に、革新や創造性を強制することはできないのです。

しかし残念なことに、今日の欧州を見ていると、冷戦の勝者の一部に何が起きているのか、時として判然としません。ブリュッセルでは、EUの委員たちが、「憎悪に満ちた」とされるコンテンツがある場合、社会不安時にソーシャルメディアを遮断すると市民に警告しています。このドイツでは、「女性蔑視との戦い」という名目で、オンライン上で反フェミニスト的なコメントを投稿した疑いのある市民の自宅が、警察の捜索を受けました。スウェーデンでは2週間前、キリスト教活動家が、友人の殺害につながったコーラン焼却に加担したとして有罪判決を受けました。担当裁判官は、スウェーデンの法律は表現の自由を保障しているはずなのに、「特定の信念を持つ集団の反感を買うリスクを冒さずに、何でも言動できる通行許可証」は与えていないと、冷厳に述べたのです。

そしておそらく最も懸念されるのは、親愛なる友人である英国の状況です。そこでは、良心の自由の侵害が信教の自由を脅かしています。2年前、英国政府は51歳の理学療法士で退役軍人のアダム・スミス・コナーを、中絶クリニックから50メートルの場所で3分間静かに祈りを捧げたという理由で起訴しました。彼は誰の妨げにもならず、誰とも接触せず、ただ静かに祈っていただけでした。法執行機関が何を祈っていたのか尋ねると、彼は、何年も前に元恋人との間で中絶により失った息子のために祈っていたと答えただけでした。しかし警察官は一切の同情を示しませんでした。アダムは、中絶施設から200メートル以内での静かな祈りを犯罪とする政府の緩衝地帯法違反で有罪判決を受け、数千ポンドの訴訟費用の支払いを命じられたのです。

これが単発の出来事で済めばよかったのですが、昨年10月、スコットランド政府は市民に対し、「安全アクセスゾーン」と呼ばれる区域内では、自宅での個人的な祈りですら違法となる可能性があると警告する通知を配布しました。

言論の自由は、英国そして欧州全体で後退の一途をたどっています。率直に申し上げますと、検閲を最も声高に主張する声の一部は、私の母国アメリカからも上がっていることを認めざるを得ません。前政権は、新型コロナウイルスが中国の研究所から流出した可能性が高いという、今では明白となった事実のような、いわゆる「誤情報」を検閲するよう、ソーシャルメディア企業に圧力をかけました。しかし、トランプ大統領の指導力の下、我々は真逆の道を進みます。「新しい保安官」の時代が到来したのです。そして、我々は言論の自由を守るために戦い続けます。

[拍手]

民主主義の偉大な擁護者の一人である教皇ヨハネ・パウロ二世は、かつてこう述べました。「恐れることはない」と。我々は、国民が指導者と異なる意見を表明することを恐れるべきではありません。それこそが民主主義の神髄なのです。もし我々が国民の声に耳を傾けることを拒めば、たとえ最も成功した戦いであっても、ほとんど意味をなさないでしょう。

ご清聴ありがとうございました。神のご加護がありますように。

[拍手]

Vice President J.D. Vance's Speech at the Munich Security Conference

[Applause]

Thank you, and thanks to all the gathered delegates, luminaries, and media professionals. A special thanks to the hosts of the Munich Security Conference for organizing such an incredible event. We are, of course, thrilled to be here.

One of the things I wanted to talk about today is our shared values. It is great to be back in Germany. As you heard earlier, I was here last year as a United States Senator. I saw Foreign Secretary David Lammy and joked that both of us had different jobs last year than we do now. But now is the time for all of us, who have been fortunate enough to be given political power by our respective peoples, to use it wisely to improve their lives.

I was fortunate to spend some time outside the walls of this conference over the last 24 hours, and I have been so impressed by the hospitality of the people, even as they reel from yesterday’s horrendous attack. The first time I was in Munich was on a personal trip with my wife, who is here with me today. I have always loved this city and its people. We are deeply moved, and our thoughts and prayers are with Munich and everyone affected by the evil inflicted on this beautiful community. We are thinking about you, praying for you, and rooting for you in the days and weeks to come.

[Applause]

We gather at this conference to discuss security. Normally, that means threats to our external and internal security. I see many great military leaders here today. The Trump administration is very concerned with European security and believes we can reach a reasonable settlement between Russia and Ukraine. We also believe it is important for Europe to step up in a big way to provide for its own defense in the coming years.

However, the threat I worry most about in Europe is not Russia, China, or any other external actor. What concerns me is the threat from within: the retreat of Europe from some of its most fundamental values—values shared with the United States.

A former European commissioner recently went on television and expressed delight that the Romanian government had annulled an entire election. He warned that if things do not go as planned, the same thing could happen in Germany. These cavalier statements are shocking to American ears. For years, we have been told that everything we fund and support is in the name of our shared democratic values. Everything—from our Ukraine policy to digital censorship—is billed as a defense of democracy. But when we see European courts canceling elections and senior officials threatening to cancel others, we ought to ask whether we are holding ourselves to an appropriately high standard. I say "ourselves" because I fundamentally believe we are on the same team.

We must do more than talk about democratic values—we must live them. Within living memory of many of you in this room, the Cold War positioned defenders of democracy against much more tyrannical forces on this continent. Consider the side in that fight that censored dissidents, closed churches, and annulled elections. Were they the good guys? Certainly not, and thank God they lost the Cold War. They lost because they neither valued nor respected the extraordinary blessings of liberty—the freedom to surprise, to make mistakes, to invent, and to build. You cannot mandate innovation or creativity, just as you cannot force people to think, feel, or believe a certain way.

Unfortunately, when I look at Europe today, it is sometimes unclear what has happened to some of the Cold War's winners. I look to Brussels, where EU commissioners warn citizens that they intend to shut down social media during times of civil unrest if they deem content "hateful." I look to this very country, where police have carried out raids against citizens suspected of posting anti-feminist comments online in the name of "combating misogyny." I look to Sweden, where two weeks ago, a Christian activist was convicted for participating in Quran burnings that led to his friend’s murder. The judge in his case chillingly noted that Sweden’s laws, supposedly protecting free expression, do not grant "a free pass to do or say anything without risking offending the group that holds that belief."

And perhaps most concerningly, I look to our dear friends in the United Kingdom, where the erosion of conscience rights has placed religious liberty in the crosshairs. Two years ago, the British government charged Adam Smith-Connor, a 51-year-old physiotherapist and army veteran, with the crime of standing 50 meters from an abortion clinic and silently praying for three minutes—not obstructing anyone, not interacting with anyone, just silently praying. When law enforcement demanded to know what he was praying for, he simply replied that it was on behalf of the unborn son he and his former girlfriend had aborted years before. The officers were unmoved. Adam was found guilty of breaking the government’s buffer zone law, which criminalizes silent prayer within 200 meters of an abortion facility. He was sentenced to pay thousands of pounds in legal costs.

I wish I could say this was an isolated incident, but just last October, the Scottish government distributed letters to citizens warning that even private prayer within their own homes might be illegal if they lived in so-called "safe access zones."

Free speech is in retreat across Britain and Europe. In the interest of truth, I must admit that some of the loudest voices for censorship have come from within my own country. The prior administration bullied social media companies into censoring so-called "misinformation," such as the now-obvious truth that COVID-19 likely leaked from a Chinese laboratory. But under President Trump’s leadership, we will do the opposite. There is a new sheriff in town, and we will fight to defend your right to free speech.

[Applause]

Pope John Paul II, one of the greatest champions of democracy, once said: "Do not be afraid." We should not fear our people, even when they express views that differ from their leaders. That is the magic of democracy. If we refuse to listen to the voice of the people, even our most successful fights will secure very little.

Thank you, and God bless you.

[Applause]



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2025.02.16

米国主導の和平交渉に排除される欧州

 2025年2月12日、米国のトランプ大統領はロシアのプーチン大統領との電話会談を行い、「即時和平交渉」の開始を発表した。その直後、ホワイトハウスは「欧州の指導者にも事前に相談した」と強調したが、実際には欧州は交渉の当事者と見なされていないことが判明した。注目すべきは、キース・ケロッグ特使の発言である。彼は2月15日に「交渉が失敗したのは、関与する国が多すぎたからだ」と述べ、欧州諸国が交渉のテーブルから排除されることを正当化した。米国とロシアがウクライナ戦争の和平交渉を進める中で、欧州は「相談されるだけ」の存在にとどまることになる。
 こうした状況を受け、フランスのマクロン大統領は2025年2月下旬にパリで緊急首脳会議を開催する方針を決定した。目的は、欧州が独自の安全保障戦略を持つべきかどうかを議論するためである。イギリスのキア・スターマー首相もこの会議に出席する意向を示し、「欧州はNATO内でより大きな役割を果たすべきだ」と強調している。さらに、スターマー首相は2月末にワシントンを訪れ、トランプ大統領と会談する予定であり、欧州の立場を直接伝える機会となる。しかし、トランプ政権の外交方針が示すように、米国はもはや「欧州の守護者」ではない。ウクライナ戦争をめぐる交渉の場において、欧州が主体的な役割を果たせるのか。
 ウクライナ戦争の影響は、エネルギー価格の高騰、難民問題、そしてロシアの脅威として欧州全体に及んでいる。戦争の結果次第では、欧州の安全保障環境は大きく変わる。にもかかわらず、和平交渉の主導権を握るのが米国とロシアだけであるならば、欧州は自身の未来を他国に委ねることになる。これは、ミュンヘン会談でチェコスロバキアの運命が決められたときと同じ過ちを繰り返すことになりかねない。1938年のミュンヘン会談では、イギリスとフランスがヒトラーの要求を受け入れ、チェコスロバキアの一部をドイツに譲り渡した。その結果、ナチス・ドイツの侵攻を食い止めるどころか、第二次世界大戦への道を開くことになった。そして、2025年2月、欧州は再び重大な岐路に立たされている。

ゼレンスキーの「欧州軍」構想
 2025年2月17日、ミュンヘン安全保障会議において、ウクライナのゼレンスキー大統領はある提案を行なった。彼は、「欧州は独自の軍隊を創設し、自らの安全を守るべきだ」と主張し、「欧州の防衛は、もはや米国に依存すべきでない」と明言したのである。この時、欧州首脳は彼がかつてコメディアンであったことを瞬時に想起したかは、もちろん、定かではない。
 とはいえこの発言は、トランプ政権の外交政策が欧州に与えた衝撃を如実に示している。2月12日、トランプ大統領はロシアのプーチン大統領と電話会談を行い、和平交渉の開始を一方的に発表したが、この交渉から欧州諸国は実質的に排除されており、NATOの将来に対する不安が高まっている。加えて、米国のJD・ヴァンス副大統領は、ミュンヘン安全保障会議で「ヨーロッパは自力で防衛しなければならない」と発言し、米国が今後もNATOの主要な支柱であり続けるとは限らないことを示唆した。
 ゼレンスキーの「欧州軍」構想は、欧州の政治指導者たちにとっては、笑えないジョークとしては予想外のものであったかもしれない。フランスのマクロン大統領は過去に「欧州の戦略的自立」を訴えたことがあるが、現実的にはNATOの枠組みの中での強化にとどまっていた。しかし、ウクライナ大統領の提案は、NATOの枠組みを超え、完全に独立した欧州の軍事力を構築するというものである。これを真に受けるなら、戦後の欧州安全保障の根幹を揺るがす提案である。
 ドイツのショルツ首相はゼレンスキーの提案に対し、一応慎重な態度を取っているが、ポーランドのシコルスキ外相は「欧州はもはや米国の庇護のもとに生きていける時代ではない」と述べ、欧州軍創設に前向きな姿勢を示した。特に東欧諸国では、ウクライナ戦争の経験を踏まえ、ロシアの脅威に対抗するための新たな安全保障体制を求める声が高まっている。
 欧州軍創設は議論としてはそれなりの議論の積み上げがあり、多くの課題も指摘されている。最大の問題は、加盟国間の防衛政策の違いである。フランスとドイツは歴史的に独自の軍事戦略を持ち、統一された指揮系統の確立が難しい。また、軍事費の負担をどの国がどの程度担うのか、核戦力をどうするのかといった問題も未解決のままである。
 ゼレンスキーの発言は彼の一流の修辞であり修辞としての効果はあったが、それでも欧州の指導者たちにとって避けられない現実に直面することを認識させた。NATOが弱体化し、米国の支援が不確実になる中で、欧州が自らの安全を守るための選択肢を考えなければならない時が来たのである。

欧州の防衛費増加と徴兵制復活

 ウクライナのゼレンスキー大統領が提唱した「欧州軍」構想が惹起した欧州の安全保障の現実は、各国の防衛政策に大きな影響を与えることになる。トランプ政権が進めるウクライナ和平交渉に欧州が排除される中、各国では防衛費の増額が急務となっているからである。フランスのマクロン大統領は、2月下旬に開催される緊急首脳会議で「欧州の防衛戦略を根本から見直す必要がある」と強調するとみられる。
 そこでは、欧州諸国で徴兵制の復活も議論になるだろう。兵員の確保という問題が現実化しているからだ。欧州諸国の軍隊は慢性的な人員不足に悩んでおり、徴兵制の復活が避けられないという意見が台頭しつつある。ドイツ国防省の報告によれば、現在の兵力では「実戦能力の維持が困難」とされており、特にウクライナ戦争の事実上の敗北から、東欧諸国との共同防衛の観点からも人員確保が急務となり、2022年に廃止された徴兵制の復活を求める声が高まっている。ショルツ首相も「ドイツは防衛力を強化する必要がある」と認めている。フランスでも、マクロン政権が2024年に導入した「国民奉仕制度(SNU)」を拡大し、若者に軍事訓練を義務付ける案が浮上している。ポーランドやバルト三国ではすでに徴兵制が部分的に復活しており、東欧諸国を中心に「ロシアの脅威に備えた本格的な軍備増強」が進んでいる。
 防衛費の増額も国民生活に直接影響を及ぼす。イギリスのキア・スターマー首相は、2月中に発表予定の新たな国防戦略の中で、NATO基準を超える「GDP比2.5%以上の防衛予算」への引き上げを検討している。フランス、ドイツも同様に国防費を増額する方針であり、すでに23のNATO加盟国がGDPの2%以上を国防費に充てることを決定している。しかし、この防衛費増額は増税や社会保障費の削減を伴う可能性があり、国民の間には懸念の声も広がっている。
 冷戦終結以降、欧州諸国は平和と経済発展を最優先にしてきた。しかし、2025年の現実は、それとは異なる選択を迫られている。徴兵制が復活し、防衛費が増額されれば、欧州の若者はこれまでとは異なる未来に直面することになる。さて、これが日本にとって対岸の火事の風景かというと、おそらくそうではないだろうが。



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2025.02.15

『哪吒2』が映す新国潮の潮流

 2025年2月、中国では国産アニメ映画『哪吒2』が公開され、興行収入100億元を突破する歴史的な快挙を成し遂げた。この映画は、単なるアニメ作品ではなく、現代中国の文化潮流「新国潮(シングオチャオ)」を象徴する存在として注目を集めている。作品は、中国伝統神話に登場する哪吒という少年神を題材にしながら、現代の若者たちが直面する社会課題や意識の変化を反映した内容となっており、多くの観客の心を捉えている。現在、新国潮の潮流がなぜ今の中国社会においてこれほどの影響を持つのだろうか。

伝統を現代に再構築する新国潮

 『哪吒2』は、2019年に公開された『哪吒之魔童降世』の続編であり、哪吒というキャラクターが持つ「逆天改命(運命に抗う)」というテーマが、現代中国の若者たちの心に強く響いた。近年、中国では経済成長の鈍化や社会階層の固定化が進み、特に都市部の若者の間では将来への不安が高まっている。親世代が享受した急成長の恩恵を受けることが難しくなり、努力だけでは成功をつかむことができないという現実が広がる中、哪吒の「運命に抗い、自らの道を切り開く姿勢」が共感を呼んだのはある意味必然であったし、中国政府としては「パンとサーカス」的なガス抜きの意図もあっただろう。
 同時に今回の成功は、「新国潮」の台頭とも密接に関連している。新国潮とは、中国の伝統文化を現代風にアレンジし、映画、ファッション、ゲームなど多様な分野に取り入れる動きのことを指す。従来の「国潮(グオチャオ)」が単なる伝統の復興に留まっていたのに対し、新国潮はより洗練された形で進化し、国際的な視野も意識した文化現象へと成長している。『哪吒2』が映し出すのは、ただの神話の世界ではなく、現代中国の若者たちが抱えるアイデンティティの模索や社会の流れそのものともなるだろう。解毒されたナショナリズムとも言えるかもしれない。

SNSと消費市場が支える新国潮

 新国潮の浸透を加速させた要因のひとつに、中国でのSNSの影響力がある。抖音(Douyin、中国版TikTok)や小紅書(Xiaohongshu)といったプラットフォームでは、新国潮を取り入れたファッションやライフスタイルが次々と発信され、若者たちの間で「中国らしさ」がトレンドとして定着してきている。例えば、漢服を日常的に着用する若者が増えたり、伝統的なデザインを取り入れたファッションブランドが成功を収めたりするなど、新国潮は単なる文化運動ではなく、実際の消費行動にも結びついている。
 この流れに乗る形で、映画業界以外にも新国潮の影響が広がっている。スポーツブランドの李寧(Li-Ning)は中国伝統の意匠をスポーツウェアに取り入れ、安踏(ANTA)は少林寺とコラボしたスニーカーを展開し、若者からの支持を得ている。ゲーム業界では、『原神(Genshin Impact)』の璃月編が中国伝統文化を巧みに取り入れたことで国際的な評価を得た。食品業界でも、月餅や伝統的なお菓子が「新国潮」デザインでリブランドされるなど、幅広い分野でこの潮流が影響を及ぼしている。

クールジャパンとの比較

 日本でも2000年代以降、「クールジャパン」という国家戦略が推進され、日本文化をグローバル市場に発信する試みが続いてきた。アニメ、ゲーム、ファッション、食品など、日本独自の文化が国際的な評価を受ける中、中国の「新国潮」との比較が興味深い。クールジャパンは、比較的外向きの文化発信を目指し、海外市場での受容を前提にしているのに対し、新国潮は国内市場を重視し、中国国内の消費者のアイデンティティ形成に重点を置いている。この違いは、文化戦略の目的にも反映される。クールジャパンが「日本文化のブランド化」を目指し、海外市場を開拓するための一環として進められているのに対し、新国潮は「文化自信」という国内向けのナラティブの強化を目的としている。これは、政治的背景にも関連し、中国政府が自国文化の復興を推進し、国内市場の拡大を狙う意図があるためである一方で、クールジャパンが民間のクリエイターや企業の主体性に依存する部分が大きいのに対し、新国潮は国家主導の側面がより強い。

文化自信か商業戦略か

 新国潮は多くの若者にとって「中国文化を誇る」というポジティブな要素を持つ一方で、その成長には「クールジャパン」と同質の懸念もあり、政府の文化政策との関係性が指摘される。中国政府は近年「文化自信(文化的自信)」というスローガンを掲げ、国産コンテンツの振興を奨励しているが、一部ではこれが「ナショナリズムの強化」として受け取られることもある。特に、新国潮が「自国の文化を誇ること」と「外国文化の排除」を同一視するような方向へ進む場合、国際的な文化交流の妨げになる可能性がある。また、伝統文化のアレンジが過剰になり、本来の伝統文化の意味を失う危険性もある。例えば、古代の漢服がファッションとして取り入れられることは、伝統の再解釈としては興味深いが、それが単なる商業戦略に利用されるだけでは、文化の本質的な理解にはつながらない。新国潮が持続的な文化運動となるためには、単なる消費トレンドではなく、深い文化理解と共に成長していく必要がある。これも「クールジャパン」が辿った道とも言えないことはない。
 『哪吒2』の成功は、新国潮が中国社会に定着しつつあることを示しているが、これが一過性のブームで終わるのか、それとも今後の文化の基盤となるのかは、まだ未知数である。新国潮が持続的な動きとして発展するためには、商業化だけでなく、文化そのものの質を高める取り組みが求められる。日本の「クールジャパン」戦略と比較しながら、新国潮がどのように進化していくのか、今後も注目すべきだ。また、メディア全体の新動向としては、日本の今期アニメの『RINGING FATE』のようにとりわけ、新国潮とも関連ない進展もある。総じてクリエイター視点でいうなら、新国潮は二流の動向なのではないか。



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2025.02.14

光ファイバー制御FPVドローン

 ドローン戦争の進化が、新たな戦場の現実を浮き彫りにしている。ロシア軍が使用した光ファイバー制御のFPVドローンは、これまでの無人機とは一線を画す技術を備えている。従来のFPV(FirstPersonView)ドローンは、操縦者がドローンから見た視点の映像をリアルタイムで見ることができるドローンだが、これが光ファイバー制御となることで、電波を介さず有線接続によって制御されるため、電子戦(ジャミング)の影響を受けない。これまでのドローンは無線制御されており、敵の電子戦システムによって信号を妨害されることが多かったが、光ファイバーを使用することでこの弱点が克服され、戦場における無人機の優位性が一層強まり、戦闘そのものも変えつつある。
 ロシア国防省の発表では、光ファイバー制御FPVドローンはウクライナ軍の歩兵部隊を発見し、正確な攻撃を実施するという。通常、歩兵は塹壕や建物の影に身を潜めることで敵の監視を逃れるが、このドローンは高解像度の映像をリアルタイムで送信できるので、そうした隠れ場所も見逃さない。ウクライナ兵の一部は、攻撃を避けるために応戦したり、隠れたりしてもこのドローンの監視精度の前には効果が少ない。
 光ファイバー制御FPVドローンの技術は、戦場の戦術を根本から変えつつある。これまでのドローン攻撃は主に戦車や装甲車といった目立つ目標に対して行われてきたが、光ファイバー制御のFPVドローンは、歩兵レベルでの精密攻撃を可能にするからだ。戦場での生存戦略が大きく変わり、今後の戦争において歩兵の役割が再定義されることになる。
 技術的な観点から見れば、光ファイバー制御ドローンは、「リアルタイム戦場監視システム」としての役割も果たす。高解像度の映像を指揮官が直接確認し、瞬時に攻撃の指示を下せるため、意思決定の速度が飛躍的に向上する。このような技術の進歩は、従来の戦闘ドクトリンを過去のものとし、より高度なネットワーク中心戦(NCW)を実現する要素となるだろう。

技術的エスカレーション
 ウクライナ戦争は、単なる地上戦の枠を超え、技術の戦いへと移行している。ロシア軍の光ファイバー制御FPVドローンがジャミングを回避し、ウクライナ兵に正確な攻撃を加えるという展開は、この戦争が「電子戦」から「次世代無人戦争」へと進化していることを示唆している。ウクライナ軍もまた、西側の技術支援を受け、無人兵器や電子戦能力を急速に強化しており、両陣営の間で新たな兵器競争が激化している。
 そもそもロシア軍の光ファイバー制御FPVドローンが成功を収めた背景には、皮肉にもウクライナ側の電子戦能力の向上がある。これまで、ウクライナ軍は米欧の支援を受け、ロシアの無人機やミサイルに対して強力なジャミングを展開してきた。GPS信号の妨害や無線制御ドローンの乗っ取りは戦場の常識となりつつあり、特にスターリンク衛星を活用した通信インフラは、ウクライナ軍の戦術的優位性を支えてきた。しかし、この「無線戦争」の渦中、ロシア軍は光ファイバー方式という新たなアプローチを導入し、電子戦を回避する技術的突破口を開いた。
 こうした戦闘技術エスカレーションは、兵士の戦い方を変えるだけでなく、戦争そのもののルールを塗り替える。たとえば、光ファイバー制御FPVドローンによる精密攻撃が一般化すれば、従来の塹壕戦や陣地防衛の概念が崩れ、戦場での生存戦略が大きく変わる。ウクライナ軍も対抗手段として、新型のドローン迎撃システムや、自動索敵AIを活用した防衛網の強化を進めている。双方の技術的な応酬が戦争の性質を変えており、もはや旧来の火力の優劣では勝敗が決しない時代へと変化しつつある。
 こうした無人兵器の進化は、兵士の役割を根本から変えつつある。かつて地上戦は、兵士が直接戦場で戦うことが前提だったが、現在では遠隔操作や自律型AIによる攻撃が増えている。ロシア軍の光ファイバー制御FPVドローンも、オペレーターが遠隔地から安全に操作することで、リスクを最小限に抑えながら敵に打撃を与える仕組みである。この「距離のある戦争」は、従来の兵士像を一変させ、戦争の心理的・倫理的側面にも大きな影響を及ぼり、戦争のハードルを下げる。従来の戦争では、兵士の犠牲が戦争のコストとして考えられてきた。しかし、無人兵器が主力となる戦争では、人的被害が軽減されることで、戦闘に対する政治的な意思決定がより容易になる。すでにその兆しは見られ、旧来の市民の反戦感情が抑えられ、戦争の継続が技術的に支えられる時代が到来する。実際のところ、すでに局地戦は、ゲーム実況であるかのような様相を見せつつある。第二次世界大戦以降の倫理観や国際法のあり方にも課題を突きつけることになる。

市民社会への影響
 戦場での技術革新は、民間社会にも波及する。ロシア軍が使用した光ファイバー制御FPVドローンは、単にウクライナ軍への攻撃手段としてだけでなく、無人兵器の未来像を示している。この技術は軍事利用にとどまらず、監視、警察活動、さらには市民生活にまで影響を及ぼす。つまり、都市部の治安維持にも応用可能だ。ロシアの光ファイバーFPV制御ドローンのように、電子戦の影響を受けないシステムが普及すれば、政府や警察がより強力な監視ツールを手にすることになる。中国ではすでに、無人機を活用した広域監視システムが整備されつつあるが、さらに各種の技術と組み合わせることで、犯罪予防や群衆管理に利用されていくだろう。
 無人兵器の民間転用は、警察や軍隊の役割も根本的に変えるだろう。街中のパトロールや犯罪捜査にもドローンが積極的に導入されるだろう。警察が犯罪容疑者をリアルタイムで追跡するために、光ファイバー制御でなくても、FPVドローンを使えば、これまで必要だった大規模な捜査が効率化される。これはほとんどSFの世界だったものだ。かくして、無人兵器の進化は、「戦争の民営化」でも進展する。民間軍事会社(PMC)の存在感が増す中で、無人機を用いた戦争がビジネスモデル化する兆しが見えている。すでにウクライナ戦争では、西側諸国が提供する無人機が戦場で重要な役割を果たしており、民間企業が戦争に関与するケースが増えている。対するロシア軍での北朝鮮の兵士投入は実際のところPMCの国家管理版でしかなく、彼らはウクライナが主張したがるような地上戦投入ではなく、バックエンドのドローン操縦者でもあるだろう。
 こうした傾向が進展すれば、戦争の主体は国家から委託された企業的組織となる。すでにウクライナ戦争におけるNATOの関与はこれに誓った。こうした傾向は、イラク戦争でも見られたことだが、戦争の責任の所在を不透明にし、倫理問題を一層複雑にする。ロシアの光ファイバー制御FPRドローンのような戦争技術の進展は、戦時と日常生活の境界線を曖昧にしていくだろう。おそらく、日常とは、お茶の間やスマホで戦闘を閲覧できる状態を指すようになるだろう。

 

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2025.02.13

予測不能な徴兵の現実

 ウクライナの動員政策は、戦争の長期化とともに一層厳しくなっている。TASSが伝えるマクシム・ポリシュクの証言によれば、彼は仕事に向かう途中で突然徴兵され、その場で軍に編入されたという(参照)。徴兵のあり方というものは、どのような戦時下においても国家というものの厳しい現実を示すものだ。
 ウクライナでは、2022年のロシア侵攻以降、動員の必要性が急速に高まった。初期の段階では志願兵が多かったが、戦闘が長引くにつれて戦力の補充が急務となった。結果として、徴兵の基準が厳格化され、西側報道ですら散見するが、街中での徴兵が常態化したようだ。兵役適齢の男性がレストランやショッピングモールで突然呼び止められ、その場で徴兵されるケースも報告されている。ポリシュクのように、「書類確認」という名目で呼び出され、そのまま軍務に就かされる例も後を絶たないのだろう。
 TASSの報道ではあるが、衝撃的なのは、彼の証言にある「15,000ドルを支払えば徴兵を免れられた」という点である。これが事実であれば、徴兵が一部の国民にとって「買収可能な制度」となっていることを意味している。裕福な者は徴兵を免れ、そうでない者が戦場に送られる構図は、社会の分断を一層深める要因となるもので、このような事態は、戦争の本質を「国を守るための闘い」ではなく、「経済的な格差を反映した制度」として捉えさせる。
 戦争が市民の日常を根底から変えてしまう現実が、このポリシュクの物語に示されている。兵士としての訓練を受けるつもりもなく、ましてや前線で戦うつもりもなかった市民が、一瞬で軍服を着せられる。このような状況では、「戦争を支持するかどうか」といった意見の違いは意味をなさず、ただ軍に召集されるか否か、それだけに帰結する。個人の自由や選択肢はほとんど存在しないというも戦争の特質である。

捕虜の選択

 戦争において捕虜となることは、常に厳しい選択を伴う。特にウクライナとロシアの戦争においては、捕虜がどのように扱われるかが、双方のプロパガンダの一部として利用される。マクシム・ポリシュクはロシア側の捕虜となった後、「逃げることもできたが、残ることを選んだ」と証言しているが、この決断の背景には、単なる個人的な事情だけではなく、戦争が兵士に与える心理的影響や、捕虜としての待遇の問題もある。彼の証言を追うなら、彼がウクライナに戻らなかった理由の一つは「恐怖」である。戦争の現場では、捕虜が帰国後にどのように扱われるかは大きな問題となるものだが、ウクライナにおいては、捕虜となった兵士が「裏切り者」と見なされ、厳しい尋問や処罰を受ける可能性がありそうだ。実際、ウクライナ軍の一部では、戦場で投降した兵士が軍法会議にかけられるケースも報告されてはいる。ポリシュクが「逃げなかった」という選択の背景には、こうした事情が影響しているのかもしれない。
 宣撫工作的な意図ではあるだろうが、ロシア側の待遇も彼の決断に影響を与えただろう。彼の証言では、「ロシア軍はよくしてくれた」「食事も与えられ、医療も受けた」と述べている。もちろん、戦時中の情報は慎重に扱う必要があり、捕虜が敵国の支配下で発言する場合、その言葉がどこまで自由意志によるものなのかは判断が難しい。しかし、もし彼の証言に事実が含まれているのであれば、ロシア側が捕虜の待遇を改善し、心理的な影響を利用しているとも解釈できる。
 このような状況は、兵士にとって「敵とは誰か?」という問題を深く考えさせることになる。ウクライナ兵士が戦っていたのは、「もともと同じソ連の一部であり、歴史的にも文化的にも関係が深いロシア軍」という認識を誘発する。もっとも戦場では敵対していた相手が、捕虜となった途端に友好的な態度を取ることも少なくなく、戦争がいかに不条理なものであるかを示している。

個人の証言は何を示すか

 ポリシュクの証言は、一兵士の個人的な経験に基づくものではあるが、この全体構図が持つ意味は単純ではない。戦争における情報は、常に操作されるリスクをはらんでいて、特に、捕虜の証言はしばしばプロパガンダとして利用されるため、どのように解釈すべきかは困難である。ロシア側のメディアは、彼の証言を「ロシア軍の人道的な対応」を強調する形で報じているが、戦争中の情報戦では、一つの証言が全体像を示すものではない。例えば、他のウクライナ人捕虜が異なる証言をした場合、それはどのように報道されるのか。あるいは、彼がもし「ロシア軍に虐待された」と語った場合、それが公にされる可能性はあるのか。戦争においては、個人の証言がいかに政治的な文脈で利用されるかを見極める必要がある。
 ウクライナ側もロシア側と同様に、情報を管理し、捕虜の扱いに関する報道を統制していると考えるべきだろう。捕虜の帰還後の証言が厳しく制限されるケースもあるため、どちらの側の情報も慎重に判断しなければならない。捕虜証言は基本的に額面通りに受け取るのではなく、その背景にどのような力学が働いているのかを考察することが重要だろうが、それ以前の問題として、西側では、そもそもこうしたタイプの証言は報道されず、ウクライナ側のみの報道しかされていない現実がある。戦争は、情報戦の場でもある。捕虜証言が、戦争のプロパガンダにどう利用されるのかを理解することは、現代の戦争の本質を見極める上で不可欠だろう。

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2025.02.12

アルミ産業とギニア

 2025年2月、トランプ大統領は、輸入品アルミニウムに対する25%の関税を課すという発表を行った。国内産業の保護を掲げたこの措置は、米国のアルミ精錬業者を支援する狙いがあるとされるが、その影響は、広範囲に及ぶ波紋を広げることになるだろう。世界市場の価格変動、主要貿易国との摩擦の拡大、さらには遠くアフリカの地、ボーキサイト産出国であるギニアにまで、その波は直接・間接的に押し寄せていく。アルミニウムは、我々の生活の隅々にまで浸透している。それは単なる金属ではなく、現代のインフラ、産業、そして国家戦略と密接に結びついた、いわば「戦略物資」である。この関税という名の「石」が、アルミ市場という「湖」に何を引き起こすのか。

アルミ市場の構造

 世界のアルミニウム生産量は、2024年時点で約6,500万トンに達する。これは2010年の4,000万トンから約62.5%増加という、驚異的な伸び率である。背景には、電気自動車(EV)や再生可能エネルギー設備の需要拡大という、現代社会を象徴するトレンドがある。しかし、この「アルミの宴」は、特定の国々に偏って催されているのが現状だ。

  • アルミニウム主要生産国(2023年推定):
    1. 中国: 世界の生産量の約60%を占める圧倒的な存在。
    2. インド: 近年生産量を急速に伸ばしている。
    3. ロシア: 世界有数のアルミニウム生産国。
    4. カナダ: 水力発電を利用したアルミニウム精錬が盛ん。
    5. オーストラリア: ボーキサイト資源も豊富。
  • ボーキサイト主要産出国(2023年推定):
    1. オーストラリア: 世界最大のボーキサイト生産国。
    2. ギニア: 世界最大の埋蔵量を誇り、生産量も世界第2位。
    3. 中国: 国内のアルミニウム需要を賄うため、ボーキサイトも大量に生産。
    4. ブラジル: アマゾン地域に豊富なボーキサイト資源を持つ。
    5. インドネシア: 近年、輸出規制を強化する動きも見られる。
  • 主要な輸出国: カナダ、ロシア、インド、UAE
  • 主要な輸入国: 米国、EU、日本

 米国は、年間約550万トンのアルミニウムを消費する巨大市場だが、その約70%を輸入に頼っている。国内生産は1990年代から急激に縮小し、2017年時点の米国内アルミ生産能力は290万トンだったが、2024年には220万トンにまで減少している。トランプ政権は、この輸入依存という「アキレス腱」を克服するため、関税という名の「盾」を構えることにした。その背後には、大きく分けて3つの狙いが想定される。

  1. 米国内産業の保護:
    関税によって安価な輸入アルミニウムを抑制し、国内の精錬業者を支援する。これは、いわば「国内産業育成」という名の伝統的な政策だ。2018年にもトランプはアルミ関税を導入したが、例外措置が多かったため、その効果は限定的だった。しかし、2025年の措置では、その「盾」に穴はなく、すべての輸入アルミに25%の関税が適用される。
  2. 中国の影響排除:
    中国のアルミ輸出量は、2023年時点で570万トンに達し、10年前の約2倍という、まさに「爆発的」な増加を見せている。中国は、補助金政策という「魔法の杖」を使い、世界市場に安価なアルミを供給。これが価格競争を激化させ、米国内生産を圧迫していた。関税措置は、この「中国の魔法」を封じ込め、市場のバランスを取り戻そうとする試みと言える。
  3. 国家安全保障:
    軍需産業において、アルミニウムは航空機や装甲車などに不可欠な素材だ。その供給が海外に依存しすぎると、有事の際に調達が困難になるリスクがある。これは、国家の安全保障に関わる、まさに「死活問題」である。

関税がもたらす影響

 関税という「衝撃波」は、アルミ市場に様々な影響を及ぼしている。

  1. アルミ価格の変動:
    関税の発表後、アルミニウムのLME(ロンドン金属取引所)価格は上昇。2024年末時点のアルミ価格は1トンあたり約2,541ドルだったが、2025年2月12日には2,658ドルまで上昇している。この間の上昇率は約4.6%であり、市場の需給バランスや供給不足の懸念が影響した可能性がある。
    • 米国自動車産業: 1台あたりのコストが平均200ドル増加すると見積もられている。これは、自動車価格の上昇、ひいては消費者の負担増につながる可能性がある。
    • 建設資材、食品包装、航空産業: これらの産業も、コスト増加という「重荷」を背負うことになる。
  2. 主要輸出国の対応:
    関税は、主要輸出国にも大きな影響を与える。
    • カナダ(米国アルミ輸入の40%): 最大の被害国となり、米国向けの輸出が激減する可能性がある。カナダ政府は、報復関税という「反撃」を検討中だ。
    • ロシア(米国向け輸出:約4%): ウクライナ侵攻による制裁ですでに米国市場から排除されており、関税の影響は限定的。
    • 中国: 直接的な影響は小さいが、世界市場での価格競争が激化する可能性は否定できない。そして、この「波紋」は、ボーキサイト産出国であるギニアの経済にも及ぶ。

ギニアという見えざる犠牲者

 ギニアは、世界最大のボーキサイト埋蔵量を誇る、いわば「ボーキサイトの王国」である。確認されている埋蔵量は約74億トン(2024年)。2023年のギニアのボーキサイト生産量は1億800万トンで、世界の約25%を占める。その主要輸出先は中国(60%)であり、EU、インド、UAEと続く。ギニアにとって、ボーキサイトは経済の生命線だ。しかし、その「生命線」は、トランプ関税という遠い国での決定によって、不測の事態にさらされるかもしれない。一見すると、米国の関税は中国のアルミニウム輸出を抑制し、ギニア産ボーキサイトの需要を高める可能性があるように思える。しかし、現実はそれほど単純ではない。中国への過度な依存は、ギニア経済を中国経済の変動に脆弱にし、価格操作のリスクも高める。
 現状ギニアのボーキサイト採掘は、現在世界のメディアの偏向もあってあまり注目されないが、すでに大規模な森林破壊、水質汚染、土地の劣化を引き起こしている。年間7,000~10,000ヘクタールもの森林が失われ、河川の約30%が鉱山開発の影響を受けているという報告もある。採掘権をめぐる汚職や政治対立も、ギニア社会を不安定化させている。資源収入が適切に管理されず、一部の権力者や企業によって私物化されることで、社会の不平等は拡大し、紛争のリスクを高めている。現在な国際社会は基本的にアフリカの問題を事実上無視しているので、これが私たちの視界に入る頃にはおそらく絶望的な事態が進展してからのことだろう。



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2025.02.11

新たなJFK文書が多数発見される

 すでにこのブログでもドナルド・トランプ前大統領が、ジョン・F・ケネディ(JFK)暗殺に関する機密文書の全面公開を掲げ、大統領令を発令したことは言及した(参照)。その後、想定外の事態が進展してきたようだ。この公開プロセスの中で、FBIがこれまで未発見だったJFK暗殺関連の文書を約2,400件新たに発見したとFox Newsが伝えている(参照) 。この発見は、2020年に開始された中央記録管理システムの電子化プロセスによるものであり、FBIの各地の支局から集められた未整理の捜査記録を電子管理する過程でJFK暗殺に関連する記録が含まれていることが判明した。
 この新発見は、最初にAxiosが報じ(参照)、その後Fox Newsが「記録に詳しい人物」からの情報として確認した。これらの文書は、従来CIAやFBIによって公開を禁止されてきた機密文書とは異なり、意図的に隠蔽されていたわけではなく、単に未整理のまま埋もれていた可能性が高い。今回の発見がJFK暗殺の真相解明にどのような影響を与えるのかが今後の注目点となる。

JFK文書の公開経緯

 くどいようだが、JFK文書の公開経緯を簡単にまとめておこう。1963年11月22日、ジョン・F・ケネディ大統領がダラスで暗殺された。この事件を受けて、FBIおよびウォーレン委員会が調査を行い、リー・ハーヴェイ・オズワルド単独犯説が公式見解とされた。しかし、暗殺をめぐる陰謀論や政府の関与を疑う声が根強く、米国民の間では「真相は隠されているのではないか」との不信感が広がったことは各種統計からも明らかである。
 1992年には、JFK暗殺記録収集法(JFK Records Act)が成立し、政府機関は暗殺関連文書を段階的に公開することが義務付けられ、2017年、第一期トランプ政権下でJFK文書の全面公開が宣言されたものの、CIAやFBIの要請により数百件の文書が公開延期となった。バイデン政権も一部の文書公開を進めたが、完全公開には至らなかった。しかし、第二期トランプ政権が発足し、2025年1月23日、トランプ前大統領は再びJFK暗殺関連文書の機密解除を命じる大統領令を発令した。この動きにより、FBIが改めて文書を精査し、新たに約2,400件の未公開文書を発見することとなった。

発見の経緯

 新発見の経緯は、第一期のトランプ大統領の大統領令がきっかけであった。2020年、FBIは中央記録管理システム(Central Records Complex)を開設し、全国の支局にある未整理の捜査記録を電子管理する作業を開始した。これにより、過去に未分類だった記録が精査されることとなった。その流れで、2025年のトランプ大統領の大統領令を受けて再調査したところ、JFK暗殺関連の未発見記録が特定された。
 FBIの公式発表によれば、技術の進歩により記録検索能力が向上し、今回の発見につながったとしている。これまでの紙ベースの管理では認識されていなかった資料が、電子化プロセスを通じて改めて関連性が判明したという。今回の発見は、単に未整理だった記録が整理された結果であり、従来の公開延期文書とは異なる可能性がある。特に、新たな証拠や証言の有無が注目されている。

今後の展開

 トランプ大統領の大統領令には、JFK暗殺文書だけでなく、ロバート・F・ケネディ(RFK)暗殺事件およびマーティン・ルーサー・キング・ジュニア(MLK)暗殺事件に関する文書も含まれている。現状では、今回の新発見文書がこれらの事件に関係するかは明らかになっていない。
 FBIは発見された文書を国家公文書館(NARA)に移管し、機密解除の手続きを進めている。しかし、CIAやFBIが国家安全保障上の理由で、再び一部情報の公開を制限する可能性もある。これまで、政府は「国家安全保障上の懸念」を理由にJFK関連文書の完全公開を阻止してきた。今回の新発見文書についても、どこまで一般に公開されるかは不透明である。
 JFK暗殺に関しては各種陰謀論が根強く残る中、新たな文書がどのような影響を与えるかも注目されている。もし新たな証拠が発見され、単独犯説を覆すものであれば、歴史的な再評価につながる可能性もあるが、既存の見解を補強する内容であれば、陰謀論は限定的になるだろう。率直にいって、発見したFBIとしてはそれなりに腹をくくっているだろうが、CIAが否定的に動けば、陰謀論を加勢しかねない。



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2025.02.10

トランプ大統領のソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)構想

 ドナルド・トランプ米国大統領が、2月3日、大統領選挙戦中にこの構想を打ち出していたとおり、ソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)創設を当局者に指示する行政措置に署名した。ベッセント財務長官とラトニック商務長官候補がこの取り組みの陣頭指揮を執ることになる。日本にとっても決して他人事ではないだろう。簡単に言及しておきたい。
 SWFは、国家が余剰資金を投資・運用し、財政の安定や経済成長を目指す政府系ファンドであり、言わば、「国家の巨大な財布」あるいは「国家の投資会社」である。SWFの歴史は意外と古く、1953年にクウェートが設立した「クウェート投資庁(KIA)」が最初とされる。石油収入を基に、長期的な国家財政の安定を目指したKIAは、SWFの先駆けとなった。1976年にはアブダビ投資庁(ADIA)、1984年にはシンガポール政府投資公社(GIC)が設立。SWFは、資源国の経済戦略ツールとして、徐々に世界に広まっていった。1990年代以降、SWFの数は急増する。1990年にノルウェーが設立した「政府年金基金グローバル」は、徹底したリスク分散と長期投資で、2025年には資産規模が1兆ドルを超える世界最大のSWFに成長した。2006年には、中国が「中国投資公司(CIC)」を設立。外貨準備高を背景に、世界中の企業やインフラに積極投資し、経済・外交両面で影響力を強めている。SWFの運用方法は、国によって大きく異なる。「長期安定型」の代表格はノルウェーである。株式や債券を中心に、リスクを抑えた運用で、国民の年金資金を着実に増やしている。一方、サウジアラビアの「公共投資基金(PIF)」は、新興産業や企業買収に積極的な「積極投資型」で、高いリターンを狙うが、リスクも大きい。
 SWFはよく似た政府系投資機関と比較されやすい。日本では、「年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)」が有名である。2001年に設立されたGPIFは、約200兆円(2024年時点)もの資産を運用する、世界最大級の年金基金である。しかし、GPIFの目的は、あくまで「年金支給の財源確保」であり、「国家経済全体の成長」を目指すSWFとは、根本的に異なる。GPIFは、2014年に「基本ポートフォリオ」を見直し、株式投資比率を大幅に引き上げ、翌年には、この積極運用が功を奏し、一時的に大きなリターンを得た。しかし、2018年には、世界的な株価下落の影響で、約15兆円もの損失を計上し、国民の年金不安を招いたことは記憶に新しい。この事例は、年金基金とSWFのリスク管理や目的の違いを、如実に示している。また、フランスのFSI(フランス戦略投資庁)も、SWFとは異なる。FSIは、国内産業支援に特化した投資機関であり、国家全体の資産運用というよりは、経済政策の一環として機能している。
 SWFは、国家の財政安定と経済成長に貢献する「光」の部分がある一方で、「影」の部分も存在する。収入の不安定さから、資金が枯渇する可能性がある。多くのSWFは、石油収入や外貨準備高を主な資金源としている。しかし、これらの収入は、国際情勢や市場動向に大きく左右される。資源価格の変動は、SWFの運用に大打撃を与える可能性があり、安定的な資金供給が保証されているわけではない。2014年以降の原油価格下落局面では、多くの資源国SWFが、資産の目減りや投資計画の見直しを迫られた。
 政治の道具にされる懸念もあり、透明性とガバナンスが問われる。SWFは、その規模と影響力から、政治的な目的に利用されるリスクが常に付きまとう。過去には、以下のような「事件」が起きている。

  • アブダビ投資庁(ADIA)とモルガン・スタンレー事件(1990年代後半): ADIAは、米国の投資銀行モルガン・スタンレーに巨額の投資を行ったが、その後の市場の急落で、大きな損失を被った。この事件では、ADIAの運用の不透明さや、リスク管理の甘さが問題視された。
  • サウジアラビアPIFの「暴走」: ムハンマド・ビン・サルマン皇太子がPIFの運用に深く関与。ソフトバンクグループへの巨額投資や、ジャーナリスト殺害事件への関与疑惑など、その強引な手法は、国際社会から強い批判を浴びた。
  • 中国CICとアフリカの「債務の罠」: 中国のCICは、アフリカ諸国のインフラ整備に巨額の融資を行っているが、返済不能に陥る国が続出。「債務の罠」外交との批判も根強い。

これらの事件は、SWFが政治的な影響を受けやすく、ガバナンス(統治体制)が脆弱であれば、国家の利益を損なうだけでなく、国際的な信用を失墜させることを示唆している。

トランプSWF構想の危うさ

 現状では、ファンドによって、中国系動画共有アプリ「TikTok」の米事業売却手助けすることが報道される。また、医薬品での活用も想定されている。新型コロナワクチンのようなものを購入する際、企業のワラントや株式を一部取得することもありうる。 こうした説明の背後で、トランプ大統領のSWF構想における最大の疑問は、やはり資金源である。米国は、ノルウェーやサウジアラビアのような豊富な石油収入を持たず、外貨準備高も、中国や日本に比べれば少ない。「関税収入」や「政府資産の売却」が検討されたが、いずれもSWFの安定的な資金源としては、心もとない。さらに、トランプ元大統領は、SWFの投資対象として、「TikTokの買収」などを示唆したが、経済的利益よりも、政治的意図が優先される可能性が懸念される。
 日本としては、この構想に巻き込まれる懸念が大きい。日本は、世界有数の米国債保有国であり、長年にわたって米国の財政を支えてきた。トランプ政権は、「米国経済の安定のため」と称して、日本にSWFへの出資を求める可能性は、十分に考えられた。今回のUSスチールへの「投資」もだが、日本は過去にも、米国から経済協力を求められた経験がある。1980年代の日米構造協議で、米国は、巨額の貿易赤字を背景に、日本に対して内需拡大や市場開放を強く求めたが、2017年の日米首脳会談ではトランプ大統領は、安倍首相(当時)に対して、日本企業による米国国内への投資拡大を要求した。
 仮に、日本が米国からSWFへの出資を求められた場合、日本政府は、以下の点を踏まえた、極めて慎重な対応が求められる。

  1. 徹底した情報公開と透明性の確保: SWFの運用状況、投資先、意思決定プロセスなど、詳細な情報を開示させ、日本の資金が不当に利用されないよう、監視体制を構築する。
  2. 政治的利用の排除: SWFが、米国の政治的な意図や、特定企業の利益のために利用されないよう、明確なルールを定める。
  3. リスク分散: 米国一国への集中投資は避け、国際的な分散投資を行う。
  4. 多国間協力の枠組み: 日本だけでなく、他の同盟国や友好国とも連携し、共同でSWFを運営する体制を模索する。
  5. 国民への丁寧な説明: なぜ米国のSWFに日本の資金を拠出する必要があるのかを明確に説明する。

残念ながら以上は理想論にすぎない。



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2025.02.09

ルイ・テイシェイラの米国現状観

 米国の政治学者として、その鋭い洞察と実務的な戦略的提案で広く知られているルイ・テイシェイラ(Ruy Teixeira)が、第二期トランプ政権について、The Free Pressで興味深い提言をしていた。彼が提供する政治の現状分析は、これまでも単なる予測にとどまらず、米国の政治がどのように変化するか、そしてそれにどう対応すべきかを示す指針となってきた。中でも注目されたのは、米国における人口動態の変化が、民主党にとって大きなチャンスを生み出すという彼の視点であり、代表作『The Emerging Democratic Majority』(2002年)では、米国の政治風景が劇的に変わると予測していた。彼の当時の理論によれば、米国の人口構成が変化し、特に移民、少数民族、都市部の有権者層が増加することで、民主党は次第に安定した支持基盤を築くことになるというものだ。ヒスパニック系やアジア系、都市部の若年層が選挙戦において民主党を強化し、その結果、将来的には民主党が米国政治の中心として確固たる位置を占めるだろうと予測していた。
 テイシェイラの魅力は、その予測の背景にある深い政治的洞察にある。単なる人口動態の変化だけでなく、彼は米国の政治における選挙戦術や有権者の心理にも深い理解を示し、その知識を駆使して未来の戦略を提案する。彼の分析は、未来の米国政治における有力な指針を提供し、現代の政治に生きる私たちに強い影響を与えている。しかし、現在の米国政治を見ると、かつてのテイシェイラの予測とは大きなズレが生じていることが分かる。民主党は2024年の選挙で大きな敗北を喫し、その後も党内での混乱と不人気に苦しんでいる。彼が予測した「新しい民主党の出現」という未来像は、現実には反動的な政治風景を迎えているようにすら見える。彼の理論が描いた未来は、必ずしも実現していないのが明らかだ。
 この現状について、現在のテイシェイラどう考えているだろうか。新しい冷静な視点から分析している。彼によれば、民主党が直面している最大の問題は、過度なアイデンティティ・ポリティクスへの依存である。特に、移民問題や性別、性的指向に関する過激な議論が、広範な有権者層、特に白人労働者層や地方部の有権者から反発を招き、結果として共和党がそれらの層を取り込む形になったと指摘している。移民問題や性別に関する政策が民主党の支持基盤を強化する一方で、他の重要な有権者層を無視することが、選挙での敗北を招いた原因となったのだとうものだ。また、テイシェイラは民主党内でのリーダーシップ不足や戦略的な混乱についても指摘しており、党内の方針を見直す必要がある点を強調している。選挙後のDNC(民主党全国委員会)の対応に関しても、選挙に敗れた理由を「人種差別」や「女性蔑視」に帰する声が多かったが、テイシェイラはこのような自己弁護が民主党の改革を遅らせる原因となっていると警告している。

民主党の再建に向けて

 テイシェイラは、現状を乗り越え、再び勝利するために民主党が取るべき具体的な戦略を明確に提案している。

  1. 名前を使った攻撃を避ける
    まず、テイシェイラはトランプを「ファシスト」などとレッテルで攻撃することを避けるべきだ。こうした過激な言葉を使うことで、トランプの支持者層を敵視することになり、逆に有権者との距離が開いてしまうからだ。代わりに、穏健で理性的なアプローチを取り、広範な有権者層にアピールすることが求められる。

  2. 移民政策での妥協
    テイシェイラは移民政策において、トランプの強硬策に一部賛同する形で妥協することを提案している。具体的には、国境の安全保障を強化しつつ、人道的な配慮を忘れないようにすることだ。これにより、有権者の懸念に対応し、現実的で広く支持される政策を展開できる。

  3. トランプの正当性のある政策に賛同
    テイシェイラは、トランプが実行した政策の中で正当性があるもの、特にDEI(多様性、公平性、包括性)政策の見直しに賛同すべきだと指摘している。これにより、民主党は選挙区内での支持を得られるだけでなく、現実的な政治戦略を取ることができる。

  4. エネルギー政策での現実的アプローチ
    テイシェイラはエネルギー政策において、エネルギー供給の安定とコスト削減を重視する現実的なアプローチを取るべきだと強調している。再生可能エネルギーと化石燃料のバランスを取ることで、広範な有権者層の支持を集めることができる。

テイシェイラの提言は、単に民主党の戦略を見直すための理論にとどまらず、実際の政治情勢に即した現実的な提案であり、党の再建に向けて非常に重要な指針となると期待されるが、意外にもというか当然というか、日本の左派の現状にもいくばくか論点を提供するかもしれない。

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2025.02.08

トランプ・石破初会談

 日本時間今朝未明に行われたトランプ・石破初会談は、表面的には円滑に進み、日米関係の強化が演出された。懸念された大失態もなかったという点では成功裏に終わったのだが、それは同時に、事前に裏方が上手にトランプ米大統領をpleaseしておいたということで、常識的に考えても、裏で満足したトランプ大統領の条件が大きな課題であることは明らかであろう。

表面的な成功の要因
 表面的な成功に見える要因について、簡単にまとめておこう。まず、貿易摩擦や防衛費増額の圧力が表立っていないからである。トランプ大統領は会談で「日本は米国の最良のパートナーの一つ」と評価し、貿易摩擦や防衛費負担の増額要求をこの場では直接的には突きつけなかった。これにより、日本側は「米国との関係を安定させた」と見せることができ、日米関係が順調であるとの印象を国内外に与えたが、その部分ではトランプ大統領の交渉を要すことはなかったということである。この点について会談から見えるのは、石破首相は「1兆ドル規模の対米投資」を発表し、日米経済関係の強化を演出したことだ。また、日本のLNG(液化天然ガス)輸入の拡大も決まり、アメリカのエネルギー市場との連携が深まることをアピールした。これらによって、トランプ政権は「アメリカにとって有益な対談だった」と認識し、日米関係が良好であるとのメッセージを発信したわけである。さらに石破首相は「日本の防衛力を根本的に強化する」と表明し、トランプ大統領も日本の防衛費増額を高く評価し、「日米同盟は強固である」との印象を与え、アジア地域に対する対外的なメッセージとしても機能した。

LNGを巡るディール
 課題という側面で見えづらかった面をまとめておこう。まず、LNG購入の強制によるエネルギー安全保障への影響がある。ウクライナ戦争前ではあるが、2021年度の日本のLNG輸入量は約7,216万トンであり、主な輸入先はオーストラリア(約38.3%)、マレーシア(約13.4%)、カタール(約6.7%)、ロシア(約8.8%)、アメリカ(約6.2%)であった。今回の合意により、アメリカのシェアが20〜30%に増加する可能性もあるだろう。
 アメリカのLNGは環境的にも問題のあるシェールガス由来であり、長距離輸送コストがかかるため、アジア市場価格よりも割高になる可能性が高い。2023年のLNGスポット価格は全体的に変動が大きかったが、アジア市場向けの価格は30ドル/MMBtuを超える水準から17ドル/MMBtu程度まで大幅に下落したと報告されている。具体的な供給国別の価格データは公表されていないが、既存のデータや市場動向を踏まえると。アメリカ産LNGは市場平均価格の上限に近い15〜17ドル/MMBtuと推定される。アメリカのLNGはシェールガス由来であり、輸送コストが加算されるため、アジア市場では比較的高価になる傾向がある。カタール産LNGは日本の2024年8月の平均LNG輸入価格が12.09ドル/MMBtuであったことを踏まえると、11〜13ドル/MMBtuの範囲にあった可能性が高い。ロシア産LNGは2024年8月の日本向け価格が11.77ドル/MMBtuであったことから、2023年は9〜11ドル/MMBtuの範囲に収まっていた可能性がある。オーストラリア産LNGの2023年の価格データは公表されていないが、日本の平均LNG輸入価格や過去の市場動向を考慮すると、10〜12ドル/MMBtu程度であったと推定される。日本の平均LNG輸入価格は、2024年8月時点で12.09ドル/MMBtuであることから、2023年は12〜14ドル/MMBtuの範囲で推移していた可能性が高い。
 今後、アメリカ産LNGを優先的に購入すれば、1MMBtuあたり3〜5ドルの割高なエネルギーを購入することになり、日本の電気・ガス料金の上昇を招くことになる。これはまた、対露関係が順調であれば増加していたはずのロシアからのLNG輸入を減らし、調達コストの上昇も招く。アメリカに依存することはエネルギー源の多極化で問題でもある。アメリカのLNG供給が不安定になった場合、日本はエネルギー危機に陥る。

「見えない防衛費増額」
 次の論点は、「見えない防衛費増額」のリスクである。2022年の日本の防衛費はGDP比約1%(5.4兆円)であり、2023年にはGDP比2%(約11兆円)へ増額する計画が決定されていた。しかし今回の対談では、防衛費のさらなる増額が「水面下で求められている可能性」が高い。2023年の防衛予算の内訳を見ると、FMS契約額を基にした推計では約3兆円(30%)がアメリカ製の武器・装備品の購入に充てられた。今回の会談後、日本はさらなる装備品の購入を求められる、防衛費が今後のGDP比2.5〜3%(13〜15兆円)規模まで拡大する可能性はあるだろう。日本の財政赤字は拡大し、増税や社会保障の削減という形になるかもしれないが、トランプ大統領の考えではこれらはそもそも日本国民が支払うべきコストであるという論法だろう。

「1兆ドルの対米投資」
 笑顔で1兆ドルの投資規模と石破氏は語ったが、1兆ドル(約150兆円)の投資は、日本の対米投資額の約1.5倍に相当し、過去最大の規模である。この資金の調達方法が明確でなく、日本国内の投資や社会保障を圧迫する可能性がある。2023年の日本の国債発行残高は1,200兆円に達し、財政赤字が深刻化している。1兆ドルの投資が「日本の年金基金」や「国民の税金」を原資にする場合、国民負担が直接的に増大するだろう。
 こうした問題は、小出しに国政に反映されるだろうが、トランプ大統領の任期が4年であるのに対して、石破茂首相の任期はおそらく2年を超えることはなく、今回の会談の「成功」のツケを彼が支払うこともないだろう。


【付録】
記者会見Q&Aセッション

記者: 大統領、日本の軍事拡大はどのくらい続くとお考えですか?また、軍事費の増加は中国と北朝鮮への抑止力として効果的だと思われますか?

トランプ大統領: 私は、我々の軍隊が最強であることを望んでいるし、日本が防衛費を増やすことに異論はない。なぜなら、それはアメリカ製品を購入することになるからだ—"Made in the USA"だ。我々は、私の最初の任期中に軍隊を再建し、素晴らしい仕事を成し遂げた。日本が強い軍隊を持つことは、地域の安定に貢献することになると考えている。

記者: 大統領、石破首相についてどのような印象をお持ちですか?また、日本に対する関税を課す予定はありますか?

トランプ大統領: 私は石破首相が素晴らしいリーダーになると信じている。彼のことは以前から知っており、安倍晋三も彼を非常に高く評価していた。関税については、我々は相互主義的な貿易政策を目指している。もし日本が我々に高い関税を課すなら、我々も同じように対応する。近いうちに何らかの発表をすることになるだろう。

記者: 石破首相、今回がトランプ大統領との初めての会談でしたが、どのような印象を持たれましたか?信頼関係を築くことはできましたか?

石破首相: 今回が直接お会いするのは初めてだが、私は以前から大統領のことを見てきた。テレビでは強い個性をお持ちだが、実際にお会いすると、誠実で決断力のある方だと感じた。我々の国は、地域の安定を維持する責任を果たさねばならない。

記者: 日本の防衛費増額についてですが、これはアメリカからの圧力によるものですか?

石破首相: いいえ、これは日本が日本のために決定したことだ。当然ながら、アメリカと連携はするが、最終的な責任は日本にある。

記者: 日米の貿易赤字に関して、日本は1兆ドルの対米投資を予定しています。この構想について、トランプ大統領は支持しましたか?

石破首相: はい、我々はこの投資を相互利益のあるものと捉えている。これは単なるアメリカ企業の買収ではなく、例えばU.S. Steelのような産業の強化に向けた投資だ。日本の技術が高品質な生産を可能にし、両国にとって有益なものとなるだろう。

記者: 大統領、北朝鮮に関してですが、金正恩氏との直接対話を再開する予定はありますか?

トランプ大統領: 私は金正恩氏と良好な関係を築いていた。それが戦争を防いだと考えている。もし対話が平和維持に役立つのであれば、私はそれを受け入れるつもりだ。日本もこのアプローチを評価している。なぜなら、日本と北朝鮮の関係は非常に難しいものだからだ。

記者: 石破首相、もしアメリカが日本の輸入品に関税を課した場合、日本は報復措置をとりますか?

石破首相: それは仮定の質問なので、コメントは控える。

トランプ大統領: それは素晴らしい回答だ![笑い]  皆さん、ありがとう。

 

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2025.02.07

人生は、中年を過ぎていくあたりから

 人生は、中年を過ぎていくあたりから、砂時計にも似ているように思えてくる。あるいは、昔見た映画館での長い映画フィルムのようなものかもしれない。生まれた瞬間からカメラは回り始め、私たちの日常を、そして感情の機微を、余すところなく記録していくが、普段、私たちは、その撮影者と人生という物語の仕上がりに意識することはない。映画館の暗闇の中で、スクリーンに映し出される物語に夢中になっている観客のように、日々の生活に没頭している。が、ふとした瞬間、ハッとする。クライマックスはもう過ぎている。フィルムの残りが少なくなっている。
 それは、若い頃のようには身体が思い通りに動かなくなった時かもしれない。長年親しんだ作家や歌手など、さらに身近で親しい友人が人生というスクリーンから姿を消した時かもしれない。あるいは、鏡に映る自分の姿に、フィルムの劣化、色褪せ、ノイズを見た時かもしれない。死んだ父に似た顔や死んだ母に似た顔。つまり、死。その時は、多分誰にでも訪れる。
 そして誰もが、多分、心のなかに、「年齢を重ねるとできなくなることリスト」を持っているものだ。ゾンビに世界が襲われることなく、それは、まだ若く、フィルムが無限に続くかのように感じていた頃に、未来の自分への、半ばからかい、半ば警告として、自然に脳内に書き残したものだ。それが脳の片隅で折り重なっている。人生の上映時間が、すでに後半から終盤に入った今、そのリストを読み返すと、冗談では済まされない、切実な、そして少しばかりの焦燥感が込み上げる。
 リストあるリストにはこう書かれている。「ツバキハウスで徹夜で踊り明かす」。いやツバキハウスもレオパードキャットももうないよ。「バックパックを背負って、熊野古道を踏破する」「ロシア語を習得し、その言葉で愛を囁く」「もう一度、エメラルドグリーンのエーゲ海で泳ぐ」。若き日の自分が、そのころ思い描いた未来の自分に向かって、メッセージを送っているかのようだ。若い頃には当たり前にできたこと、あるいは、いつか必ずやろうと心に決めていたこと。年齢を重ねると、「当たり前」が、徐々に「当たり前」ではなくなっていく。体力、気力、そして、時間。若い頃には無限にあるように感じられた。打ち出の小槌のように、その気で叩きさえすればなんとかなると。しかし、年齢とともに確実に可能性はすり減っていく。砂時計の砂音もなく細い筋をしばらく煌めかせている。
 死ぬまでリストには、人にもよるが、それほど重要なことはないものだ。いつかやればできること。「中くらいに大切」だと思っていることが多いだろう。人生という映画を多少豊かにするくらいのものだ。そして、年を取って、心の底から「やべー」と思うのは、まさにここなのだ。まるで、映画のクライマックスシーンを目前にして、突然、フィルムが切れてしまったかのような、喪失感と後悔の念が予感されるとき、「死ぬまでに、あれもこれもやっておきたかったのに」と、中くらいに大切にしていた、様々な夢や希望が、老化という名の、容赦なく次々とカットされていく。気がつくとできなくなっていることが増えている。死ぬまでにと呑気に構えていても、そのいつかが遠いものだと思っている。80歳くらいか、日本人の平均は。しかし、80歳でできることは少ない。気力と体力がある50代くらいから、少しずつでも前倒しで準備をしておかないと見逃してしまうことになるのだ。
 中年を過ぎると、誰しも、心のなかでこっそり自分の「死のシナリオ」も意識し始める。まるで、映画のエンディングを、あれこれと想像するようになる。もちろん、人によって、ハッピーエンドを望む人もいれば、バッドエンドを覚悟する人もいるだろう。しかし、周囲で同世代の人間がぽつぽつと亡くなり始めると、そのシナリオは、否応なしに現実味を帯びてくる。まるで、映画の予告編のように、断片的な映像が、次々と脳裏に浮かんでくるのだ。
 私の父は、昭和の終わりに定年を迎えた世代だ。当時は、まだ終身雇用が当たり前の時代で、定年も55歳から60歳くらいに移行する、過渡期だった。父は、57歳で退職し、60歳まで嘱託として同じ会社で働いた。そして、62歳で突然死んだ。その朝にはランニングすらしていて健康そうに見えたのに。一本の映画が終わった。私は父の姿を見て、漠然と「自分も、きっと同じような人生を歩むのだろう」と思っていた。死は突然。もちろん、これは単なる思い込みに過ぎない。しかし、この「思い込み」が、その後の私の人生観、特に、読書に対する姿勢に、大きな影響を与えたことは、紛れもない事実だ。いつか読もうと思っていた本を、いつか読むことはないかもしれない。
 読書は、一見すると、静かな活動に見える。まるで、図書館の書架に並ぶ、背表紙の美しい本のように。その寂光に老いた自分を置いてみたくなる。しかし実際には、読書はダイナミックで、エネルギッシュな活動だ。特に、長編小説や、難解な古典を読むには、若い頃の体力と、研ぎ澄まされた集中力が不可欠になる。オーケストラの演奏を聴くようなものだ。論説的な本であれば、知識基盤さえあれば、年を取ってもある程度は楽しめるかもしれない。それは、室内楽の、静謐で、知的な調べのようなものだから。しかし、長編小説は、そうはいかない。体力、そして、体力に付随する注意力、そして、何よりも、作品世界に没入するための、精神的なエネルギーが、どうしても必要になる。例えば、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』。あの長大な物語は、まるで、ロシアの大河のように、うねり、流れ、そして、読者を圧倒する。年老いてから、あの濁流に身を投じるのは、容易ではない。もちろん、時間さえかければ、老いてもその岸辺にたどり着くことはできるかもしれない。しかし、あの作品が持つ、圧倒的な熱量、登場人物たちの、激しい感情の奔流、愛と憎しみ、信仰と懐疑、生と死、神と悪魔。それらを全身で受け止め、深く共感するためには、若い頃の、燃え上がるような情熱、そして、強靭な、つまり、体力が必要なのだ。
 マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』も手強い。精巧に作られた古代の迷宮のようだ。少しでも注意を逸らせば、用意されたかのような奈落に転落する。その読書体験という回廊には、無数の記憶、感情、そして、感覚が、宝石のように散りばめられている。それを味わい尽くすには、途方もない時間と、繊細な感受性が必要になる。それは、トルコの絨毯売の口上のように一人の少女が青春をかけて織り上げたもののようだ。その複雑な模様、鮮やかな色彩、そして、滑らかな手触り、その全てを理解するためには、長い年月と、深い情熱が必要になる。これもまたある種の体力である。
 そして、『源氏物語』。この作品は終わりなき美しい絵巻物のようだ。総文字数だけを見れば、『カラマーゾフの兄弟』や『失われた時を求めて』ほどではない。しかし、『源氏物語』の世界を、深くそして豊かに味わうためには、当時の時代背景、貴族社会のしきたり、複雑な人間関係、そして、和歌や漢詩の知識など、膨大な情報が必要になる。絵巻に描かれた優美な風景、華やかな衣装、そして、登場人物たちの表情、その一つ一つを、丁寧に読み解いていくような作業だ。薫はどうして柏木を知ったのか。年老いてから、これらの知識をゼロから習得し、絵巻物の世界に没入するのは、至難の業と言えるだろう。
 「死ぬまでに、これらの本を読破したい」と思うなら、若いうちに「基礎工事」をしておくべきだろう。壮大な交響曲を聴く前に、楽器の編成や、楽曲の構成、そして、作曲家の意図を、あらかじめ理解しておくようなものだ。とりあえず、入門書や要約に手を伸ばすのも決して悪いことではないが、それは、交響曲の有名なメロディーだけを、かいつまんで聴くようなものだ。その全体像や核心に触れることはできない。できれば、今からでも、原文に、原典に、直接ぶつかり、「これはやべー」という、魂を揺さぶられるような、深刻な感情を、一度は味わっておくべきだ。その「やべー」という感情こそが、本気で読書に取り組むための、最も強力な動機付けになる。航海の途中で嵐に遭遇した時に、船を安定させるためのバラストのようにもなる。老いと虚無に流れいくのを押し留める。

 

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2025.02.06

『クローズアップ現代』「ロシア “死の経済“の実態」批判

 2025年2月5の『クローズアップ現代』が報じた「ロシア “死の経済“の実態」は、ロシア経済が戦争によって回り、戦場での死が経済の一部として組み込まれているという視点を示したものであった。貧困層が高額な報酬に惹かれて戦場に向かい、戦死することで遺族が多額の補償を受け取るという構図が描かれ、「戦争経済がロシア社会を蝕んでいる」と批判していた。確かに、ロシア経済の軍事依存度が高まり、戦争が国家財政に大きな影響を与えていることは事実であろう。しかし、本「戦争によって経済が回る」構造をロシアだけに限定し、まるで特殊な異常事態であるかのように扱っている点には、どうしてもプロパガンダ臭を感じた。
 同番組ではロシア経済が制裁によって疲弊しているかのような印象を与えるが、実際にはロシアはBRICSを中心とした非西側諸国との経済連携を強化し、その恩恵を受けている。たとえば、ロシアの対中国貿易は2023年には約2400億ドルに達し、前年より約30%増加している。インドもロシア産原油の輸入を急増させており、2022年には前年比約16倍となった。また、トルコやアラブ諸国を通じた貿易ルートの確立により、西側制裁の影響を軽減している。これらの動きを考慮すれば、「ロシア経済は行き詰まる」とする予測はすでに誤りの可能性が高い。
 また番組では、ロシアが戦争経済に依存していると批判しているが、その一方で、西側諸国もロシアの資源に依存し続けているという欺瞞がある。たとえば、2023年時点で英国はロシア産エネルギーを依然として購入しており、ロシア産LNGの輸入額は前年より約50%増加した。フランスもロシアの液化天然ガス(LNG)の最大の買い手であり、2023年の輸入量は約64億立方メートルに達している。こうした事実は、西側がロシアを経済的に封じ込めると主張しながらも、裏ではその資源に依存していることを示している。このような構造を考えれば、「ロシアは戦争経済でしか生き残れない」とする主張は単純化されすぎており、西側の「ロシア叩き」がいかに偽善的であるかが浮き彫りになる。
 そもそも番組では、ロシアの戦争経済ばかりを問題視しているが、米国が行うウクライナ支援もまた、国内の軍需産業を潤す仕組みになっている。実際、ウクライナ向けの軍事支援として発表された資金の大半は、米国内の軍需企業を経由している。たとえば、2022年から2023年にかけて米国がウクライナに提供した約750億ドルの軍事支援のうち、多くはロッキード・マーチン、レイセオン、ノースロップ・グラマンといった米国の軍需企業に発注された。また、米国防総省の支援金の多くは、米国内での兵器生産や防衛産業の雇用維持に使われている。さらに、日本を含む西側諸国からの資金援助も、直接ウクライナに届くわけではなく、米国や欧州の軍需産業を通じて提供されている。この構造を考えれば、ロシアの戦争経済を批判する一方で、米国の軍需産業が戦争を通じて利益を得ている現実を無視するのは、どうなんだろうか。
 番組の構成法自体にも不公正を感じた。登場した経済学者ウラジスラフ・イノゼムツェフ氏は、長年にわたりプーチン政権を批判し続けるウクライナ寄りの専門家として知られている。彼の主張は一貫してロシア経済の脆弱性を指摘し、「いずれ崩壊する」とするものである。しかし、こうした視点だけが報道され、ロシア側の経済学者や中立的な専門家の意見は一切取り上げられていない。ジャーナリズムにおいては、異なる立場の専門家の意見をバランスよく取り入れることが求められる。しかし、クライナ寄りの専門家の見解のみを採用し、それを唯一の「正しい分析」として提示しているようでは、視聴者に一方的な印象を与える偏った報道となってしまう。
 NHKが本来、議論すべきだったことは、「戦争経済そのものの是非」であろう。特定の国だけを槍玉に挙げることではない。ウクライナ戦争が長引く中で、西側諸国もまた戦争経済の恩恵を受けていること、また、なによりも対露制裁で失敗している現実を直視し、冷静な分析を行うべきである。『クローズアップ現代』の今後の報道が、単なるプロパガンダに終わらず、より多角的な視点を取り入れることを期待したい。

 

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2025.02.05

USAID解体が問うもの

 トランプ政権とイーロン・マスクが主導する「政府効率化部門(DOGE)」が、2025年2月3日、米国国際開発庁(USAID)の解体を発表した。60カ国以上で人道援助や経済支援を行ってきたこの機関の消滅は、単なる国内政策の変更ではなく、アメリカの外交方針そのものを変える決定であることに間違いはない。
 パセティックな印象としては、「アメリカの顔」が消えていくということなのだろう。今回の事態は予想されたことではあったが、降って湧いたかのように受け止める向きもあった。全職員に向けた一通の通達「Thank you for your service」はドラマのシーンのようだ。シーンは続く。同日、ワシントンのUSAID本部前で抗議する職員たちの手には、かつて彼らが支援した国々からの感謝の手紙が掲げられた。「Thank you America」。だが、ドラマのシーンの裏には援助という「善意」の行為が内包する、より深い問いが潜んでいた。
 なぜ、米国国際開発庁(USAID)はこのような形で幕を閉じることになったのか。表面的には、シリアでの支援金流用疑惑やモロッコの陶芸教室への投資など、「税金の無駄遣い」が指摘されている。しかし、マルコ・ルビオ国務長官の言葉は、より本質的な問題を指摘している。「我々はもはや米国政府の機関ではない。独自の判断で行動するグローバルチャリティになってしまった」。また「rank insubordination(重大な不服従)」という言葉も使われた。これは、単なる組織の逸脱を超えた意味を持つ。それは、戦後米国が築いてきた援助システムの根本的な矛盾を象徴している。
 USAIDの変質は、必然だった。1961年の設立当初、それは明確な国家戦略の一環だった。ソ連との冷戦下、「善意」は米国の影響力を拡大するための効果的な武器だったのである。しかし、時代と共に「善意」の組織と言えども利権の組織は自己目的化していくものだ。
 援助する側の理想も、受け手のニーズや現実から乖離していく。象徴的な例は、アフガニスタンでのケシ栽培撲滅プログラムだ。莫大な予算を投じ、最新の農業技術を導入し、代替作物の栽培を推進した。しかし結果は、国連の報告が示すように、ケシ栽培の倍増だった。なぜか。それは、現地の社会構造や経済的現実を無視して「善意の押しつけ」ても、利権の構造に収斂するものだからだ。似たような例は他にも枚挙にいとまがない。イラクの「セサミストリート」制作に2,000万ドル、ウクライナのファッションウィーク支援、モロッコの陶芸教室—。これらは一見、「文化支援」という美名の下に行われた事業だ。しかし、その本質は、援助する側の価値観を一方的に押しつける「文化的植民地主義」であり、その美辞麗句は利権をカバーしていた。
 さらに深刻なのは、官僚機構の自己目的化である。USAIDの予算執行を詳細に見ていくと、「効率」や「成果」よりも、プログラムの継続そのものが目的化していた。かつて社会学者のパーキンソンは「官僚機構は仕事の有無にかかわらず膨張する」と指摘したが、まさにその通りの展開が起きた。
 イーロン・マスク率いる政府効率化部門(DOGE)は、この問題を、ノーテンキにAI管理システムで解決しようとしているかに見える。確かに、技術による効率化は重要だが、反発は必然だ。支援の是非を判断するのは、アルゴリズムではなく、人間の価値判断のはずだというリアクションはもう、機械的に発生する。そこまでAIが対処するのだろうか。この劇は不条理劇のようだ。
 今回の解体劇には、普通に大きな時代の変化も映し出されている。中国が「一帯一路」で影響力を強め、EUが独自の支援体制を構築する中、米国一国による援助体制は、すでに時代遅れだ。単に援助主体の多様化の問題ではない。より本質的な問いは、「援助」という行為そのものの意味である。被援助国の自立を促すはずの支援が、依存を深める結果になる。善意の行為が、なぜ意図せぬ負の結果を招くのか。利権が伴うからだ。援助の裏には利権の構造が強固に構築されている。
 確かに、今回の解体劇は極めて劇的だ。6,700人の海外駐在員を含む約10,000人の職員に対する30日以内の帰国命令は、人道支援の現場に深刻な混乱をもたらしている。しかし、この混乱を通じて見えてきたのは、戦後世界の「善意」の名の下に巨額の富が動くシステムが抱える根本的な矛盾、いや必然的矛盾である。

 

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2025.02.04

潜在的衝突通知

 2013年、ロシア・チェリャビンスク州を襲った隕石爆発は、突如として地球に降りかかる自然の猛威を我々に知らしめた出来事であった。現在でもYouTubeの動画でその異様な脅威を見ることができるが、当時、1,500人以上が負傷し、数千の建物が破壊された。この被害は、不思議なこともあるものだといった単なる偶然の災厄ではなく、地球に潜む脅威の存在を示す前兆である。というのは、現代において、2024 YR4という新たな天体が、2032年の地球衝突の可能性を示唆しており、国際社会において大きな警戒感が広がっているからだ。
 2024 YR4 は2024年12月27日に、チリのコキンボ州で行われた小惑星地球衝突最終警報システム (ATLAS-CHL) による観測から発見された。最新の解析結果では、この天体が地球に衝突する確率は1.6%であるとされ、国際小惑星警戒ネットワーク(IAWN)は史上初の「潜在的衝突通知」を発出した。1.6%なら大したことはないだろうと安心するか、それとも低確率でも起きた場合の被害を想定するかは、原発事故を想起すべきだろう。また、今回の通知は、単なる確率数字上の警告にとどまらず、科学技術の進展と国際協力の必要性を浮き彫りにするものである点も興味深い。
 今回の「潜在的衝突通知」を出したIAWNは、2013年に設立された、地球近傍の小惑星の動向を監視するための国際的ネットワークである。今回の警告は、これまでの警告とは一線を画しており、2024 YR4の衝突リスクが初めて数値化された点において特に意義がある。通知の発出は、今後の観測体制の強化や防衛対策の議論を促す契機となり、各国の宇宙機関が連携を強化するための重要なステップとなるだろう。このタイプの地球存亡が関わる危機はむしろ今後の人類の課題だからだ。
 また、NASAのCNEOSと欧州宇宙機関(ESA)が共同で実施した軌道解析によれば、従来推定されていた衝突確率1.3%が最新のデータにより1.6%に上昇している点も注目されている。これは、観測技術の向上と新たなデータの反映によるものであり、天体の軌道における微小なズレが将来のリスクに大きな影響を及ぼすことを示している。専門家の間では、「数日以内に確率がゼロになる可能性もある」とする見解がある一方、現時点では依然として楽観視できない状況である。
 2024 YR4の規模の推定だが、直径は40~90メートルとされ、2013年のチェリャビンスク隕石(17~20メートル)の約2~5倍に相当するとされている。この規模の天体が放出するエネルギーは、8~10メガトンのTNTに匹敵し、ヒロシマ原爆の約500倍と計算される。もしこの天体が仮に都市部に衝突した場合、衝撃波や火災、インフラの寸断などにより、被害は壊滅的な規模に達する。海に落下した場合でも、局所的な大津波が発生するリスクが懸念される。

都市と海のリスク

 IAWNの通知によると、東太平洋、南米北部、大西洋、アフリカ、アラビア海、南アジアなどが影響圏内に含まれるとされる。これらの地域では、陸上および海上の双方で大規模な被害が予想され、特に人口密集地や主要なインフラが集中する都市部は、衝突の際に甚大な被害を受ける可能性が高い。このため、事前のリスク評価と対策の徹底が急務である。
 都市部に直接衝突した場合、衝撃波による建物の倒壊、火災の発生、交通網の寸断などにより、都市機能は一瞬にして麻痺する危険性がある。加えて、地質条件や都市の密集度が影響を与え、被害はさらに拡大するおそれがある。このようなシナリオを踏まえ、各都市における防災計画の見直しと強化は避けて通れない課題である。
 海上に衝突した場合は、10メガトン級のエネルギーが海水に伝わり、津波を誘発するリスクが存在する。過去の核実験において大規模な津波が発生しなかった例もあるが、衝突地点の海底地形や落下角度などの要因により、局所的に甚大な津波が発生する可能性は否定できない。従って、海上の衝突に対しても入念なリスク評価と対策が必要である。
 NASAは現状、ハリケーンの進路予測と同様の手法を応用して小惑星の軌道予測に挑んでいる。しかし、軌道上のわずかな誤差が未来の位置を大きく変動させるため、正確な予測は極めて困難である。今後の観測によって、衝突確率が再評価されることは確実であり、短期間でのデータ収集が急務であるといえる。現状、次回の十分な観測が可能な期間は4月までであり、もし十分なデータが得られなければ、次の観測機会は2028年まで訪れないという厳しい現実がある。NASA、ESA、IAWNなど各機関は、時間との戦いの中で迅速かつ緻密な対策を講じる必要がある。こうした国際協力の枠組みの強化こそが、地球防衛において極めて重要な要素である。
 なお、小惑星の軌道変更技術は可能だろうか。2022年に成功を収めたDARTミッションは、小惑星の軌道変更技術の実用化に向けた重要な成果であったが、2024 YR4のような大規模な天体に対してこの技術が適用可能かどうかは、依然として多くの課題を孕んでいる。簡単に言えば、現状の人類では不可能だろう。

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2025.02.03

動く耳は進化の忘れ物

 最近、Twitter(X)で「自分は耳が動かせるが、特に人生で得をしたことはない」というくだらない話をしたところ、意外にも耳を動かせる人がそれなりにいるという反応があった。そんなこともあって、NPRで人間の耳が動く話題を見かけて興味深く思ったので紹介しよう。
 動物が耳をピンと立てる様子はよく見られる。犬や猫、馬など、多くの哺乳類は耳の向きを変えて音の方向を探る。これは外敵の接近を察知したり、獲物の動きを捉えたりするために極めて重要な能力である。しかし、人間にはその能力がない。もうないと言うべきだろう。進化の過程で耳を自在に動かす能力を失ってしまったからだ。だが、最近の研究(参照)によると、完全に失われたわけではないらしい。耳の周囲にある小さな筋肉が、「聞こうとする努力」に応じてわずかに反応することがわかった。
 この研究では、耳の動きを制御する2種類の筋肉に注目している。一つは耳を持ち上げる筋肉、もう一つは耳を後ろに引く筋肉である。研究チームは被験者に電極を装着し、特定のオーディオブックに集中するよう求めた。最初は普通に聞いてもらい、途中で邪魔な音を混ぜた。すると、音の聞き取りが難しくなるにつれ、耳の筋肉がより活発に動くことが確認されたという。この発見は、人間が進化の過程で耳を動かす能力をほぼ失ったにもかかわらず、その名残が今なお「聞く努力」に応じて機能していることを示していると研究チームは想定した。だとすると、これは単なる生理学的な面白さにとどまらず、リスニングの負担を客観的に測定する新たな手法となる可能性がある。

聞く努力を測定する

 聞き取りが難しいと感じる経験は、多くの人にとって身近なものだろう。外国語の聞き取りというだけではない。例えば、騒がしいカフェで会話をする際、耳を傾けるだけで疲れを感じることがある。こうした状況は、補聴器を使用している人にとっては、単に音を増幅するだけではなく、聞き取る努力をかなり要することになる。できたら軽減させることが重要だ。しかし、これまでの聴覚補助では「聞く努力」を科学的に測定する方法が確立されていなかった。
 聞き取り負担を計測するために、これまでは瞳孔の拡張が利用されてきた。人間は何かに注意を払うと瞳孔が拡がるため、それを観察することで注意による負担が推測できる。しかし、この方法は実験室内での測定に限られ、日常生活では活用が難しいものだ。これが、耳の筋肉の活動を測定する手法でわかるのであれば、より現実的な環境でリスニングの負担を把握できる可能性がある。
 とはいえ、このような手法に対して一部の専門家は、耳の筋肉の活動が「聞く努力」を反映しているのではなく、単に音の大きさの変化に対する反応ではないかと疑念を寄せている。たしかに、大きな音に驚くと体が反応することはよくある。しかし、今回の研究では、被験者が「聞き取るのが難しくなった」と主観的に報告したタイミングと筋肉の活動が一致していたので、耳の使われざる筋肉がリスニングの負担を反映している可能性は高いだろう。

補聴器の未来

 耳を動かそうとしても動かないという研究に何の意味があるのか。大きな意味がありそうだ。補聴器や聴覚支援技術の進展にも影響を与えるかもしれない。現在の補聴器は音を増幅することに重点を置いているが、それだけでは「聞く努力」そのものを軽減することは難しい。高齢者の中には、補聴器をつけても会話に疲れてしまい、結果的に使用を避ける人も少なくない。だが、補聴器が耳の筋肉の活動をリアルタイムで感知し、リスニングの負担が大きくなったときに自動で音量やノイズキャンセリングを調整できるとしたらどうだろうか。聞く努力が最小限で済むように補助できる補聴器が開発されれば、多くの人にとって会話の負担が軽減され、より快適なリスニング環境を実現できるだろう。
 使われざる耳の筋肉の活動を活用した聴覚支援技術はまだ研究段階にあるが、将来的には「聞く努力」をリアルタイムで解析し、環境に応じて最適な音の調整を行うインテリジェント補聴器の登場も期待される。



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2025.02.02

児童虐待AI画像規制

 英国政府は世界初となるAIによる児童虐待画像生成規制を発表した。この規制は、AIツールを使って児童虐待を描いた画像を生成したり、配布したりすることを違法化し、違反者には最高5年の懲役が科される。さらに、指南書ともいる「ペドフィリアマニュアル」の所持も禁止され、違反者には最大3年の懲役が適用される。この法律は、ネット上で拡散される児童虐待コンテンツを抑制するため、特に英国において深刻な問題となっている。

AI技術の進展とそのリスク

 AI技術はここ数年で急速に進化しており、現在では誰でも簡単にリアルな画像を生成できる時代が到来した。ディープラーニング技術を用いることで、膨大なデータを学習し、現実の写真にかなり近いリアルな画像も作り出すことができる。この技術の進展により、AIツールを悪用すれば、現実の児童の顔を他の子どもと入れ替えたり、画像をヌード化したりすることが可能になった。その結果、物理的な証拠を伴わない虐待画像がインターネット上に拡散される危険性が高まっている。
 インターネットウォッチ財団(IWF)の報告によれば、2024年にはわずか30日間で3,512件のAI生成児童虐待画像がダークウェブで確認され、そのうち10%は最も深刻な虐待を描いた画像だったという。この急増は、AI技術の悪用が深刻な問題になっていることを示している。さらに、実際の虐待を受けた児童の顔が使用される場合、その子どもは再び被害者となるリスクがある。AIによって生成された画像は現実の児童が関与していないとしても、見た目は現実そのものであり、発見が困難だ。こうした画像は単なる犯罪の枠を超え、被害者にとってさらに深刻な心理的トラウマを引き起こしうる。

英国の規制:世界的な先駆け

 今回、英国が導入した規制は、AIを使った児童虐待画像生成を抑制するための強力な法的措置であり、非常に具体的に項目が挙げられている。まず、専用AIツールの所持、作成、配布の違法化がある。AIを使った児童虐待画像を生成するツールを所持、作成、配布することが違法とされ、違反者には最高5年の懲役が科される。
 また、AIを使った虐待行為を教える「ペドフィリアマニュアル」は所持自体が禁止され、違反者には最大3年の懲役刑が適用される。さらに、ウェブサイト運営者にも規制がかかる。児童虐待画像や「グルーミング」方法を共有するウェブサイトの運営者には、最大10年の懲役が科される可能性がある。加えて、国境管理の強化とデバイス検査も規定されている。英国では、児童への性的リスクを持つ人物が入国する際、デジタルデバイスの検査を強化することが規定されており、その内容に応じて最大3年の懲役が科せられる可能性がある。
 これらの規制は、AIを使った犯罪に対して実効性のある措置を取るためのもので、特にAIツールを使った悪用に対する法的対応は、これまで他国で見られなかった新しいアプローチであり、AIが引き起こす新たな脅威に対して、国際的な対応が求められていく先駆けとなるだろう。
 現状では、米国や他の欧州諸国では、児童ポルノや虐待に関する法律が厳格である一方で、AIを使った犯罪にはまだ十分な対応が取られていない。今後、AIによる児童虐待画像生成の規制と並行して、成人俳優が非常に若い少女のように見える映像や、「ヌード化」アプリに対する規制を強化すべきだという意見も出ているが、この問題に対する対応は慎重に進められている。

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2025.02.01

コンゴの紛争の現状

 2025年、コンゴ民主共和国は、依然として深刻な紛争に苦しんでいる。この紛争は、1994年のルワンダ虐殺を契機に始まり、数十年にわたる内戦と政治的不安定を引き起こした。特に、M23反乱軍の活動は、2012年に一度、東部に位置する重要な都市であり北キヴ州の州都のゴマを占拠した後、その後再度2021年に活動を再開し、2025年には再びゴマを支配し、さらなる領土拡大を宣言した。コンゴの紛争は単なる内戦にとどまらず、ルワンダをはじめとする周辺国との間で複雑な国際的対立を生んでおり、現在もその影響は続いている。なお、M23反乱軍(March 23 Movement)は、前身である「CNDP(National Congress for the Defense of the People)」というグループから発展したもので、コンゴ民主共和国(DRC)の東部における武装反乱グループである。ツチ系の指導者たちによって構成されている。このグループの名前は、2012年3月23日に結ばれた和平協定(コンゴ政府と反乱軍間の協定)が履行されなかったことに反発し、その日付を取って名付けられた。
 コンゴの紛争は、メディアからは見えなくなってきているが、世界には影響を及ぼしている。コンゴは鉱物資源が豊富で、特にコルタンや金、銅などは電子機器やスマートフォンに不可欠な素材であり、これらの資源の供給が不安定になることは、世界のハイテク産業にとって重大な影響を与える。日本においても、これらの鉱物資源は重要であり、供給の途絶や価格の変動は経済に直接的な影響を及ぼす可能性がある。また影響は経済的なものだけにとどまらない。人道的な問題も深刻であり、数百万人に上る難民が周辺国に流出している。紛争による性暴力や人権侵害も深刻であり、国際社会はその対応を迫られているのだが、これはメディアも無視できないレベルになりうる。

M23反乱軍のゴマ占拠

 M23反乱軍のゴマ占拠は、コンゴ東部における長年の紛争の中でも特に注目される出来事である。ゴマは、コンゴの経済的・戦略的な中心地であり、その支配権は重要である。M23は、2012年に一度ゴマを占拠したが、当時の国際的圧力とコンゴ政府軍の反攻により、短期間で撤退を余儀なくされた。しかし、2021年に再度反乱を再開し、2025年にはゴマを再び占拠し、さらに領土を拡大した。
 M23のゴマ占拠は、単にコンゴ国内の問題にとどまらない。ゴマはルワンダとの国境近くに位置しており、その支配権を巡る争いは、ルワンダとコンゴの関係をさらに悪化させる要因となっている。M23は、ルワンダが支援する反政府勢力として知られており、この紛争の背後には、両国間の民族的、政治的な対立が存在している。この紛争の延長線上で、コンゴ政府は「戦争の宣言」と見なすほどの強硬姿勢を示しており、M23とその支援者であるルワンダに対して断固たる対応を求めている。この対立は、周辺国への影響や国際社会の対応を強く求めることになり、解決には国際的な調停と協力が欠かせない。
 M23反乱軍の主な目的は、ツチ系住民への差別をなくし、民族的少数派を守ることとされている。M23の主張では、コンゴ政府がツチ系住民に対して行ったとされる差別やヘイトスピーチに反発し、そのために戦っているとのことだ。また、彼らの要求の一つは、ウガンダやルワンダに避難しているツチ系難民の帰還であり、これも紛争の根底にある重要な要素ではあろう。

ルワンダの関与

 ルワンダは、M23反乱軍への軍事的支援を行っていると広く報じられている。ルワンダ政府は、東コンゴに潜伏しているフツ系反乱軍(コンゴ政府と連携しているとされる)への対応が必要だと主張しており、そのためM23に対する支援を正当化している。しかし、コンゴ政府や国際社会は、この支援が紛争を長期化させ、さらに広げる原因となっているとも批判している。ルワンダの関与は、国際的な非難を浴びており、国連やアメリカなどの国々はルワンダに対して介入をやめるよう求めているが、ルワンダ政府は自国の安全保障を理由に、その支援を継続する意向を示しており、問題はますます複雑化している。
 ここで1994年のルワンダ虐殺後の難民問題と民族的対立が連想される。虐殺後、多くのフツ系難民がコンゴに逃れ、その中には加害者も含まれていた。これがコンゴ東部でのツチ系住民との対立を引き起こし、ツチ系住民を保護するための反乱軍が形成された。M23はその後、元々のツチ系反乱軍の一部として、コンゴ政府に対抗する形で発展したものである。M23はルワンダから支援を受けており、ルワンダ政府はコンゴ東部のフツ系反乱軍(FDLR)に対抗するため、M23を利用した経緯がある。つまり、M23はルワンダ虐殺後の民族的対立と、ルワンダ政府の安全保障上の関心が絡んだ結果として現れた。
 コンゴ東部ではM23反乱軍とフツ系反乱軍(FDLR)の活動が民族的緊張を高めていることから、「ルワンダ虐殺」の再来に対する懸念も存在するが、現在は1994年のような大規模な虐殺には至る兆候はないと見らていれる。ルワンダ政府は虐殺の再発を防ぐため、強い管理体制を維持しており、国際社会も状況を監視し、介入の準備をしているからである。

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