ワーテルゾーイ!
「タラと野菜を使ったクリーム煮込みの料理なんだが...」
友人がもどかしそうに言葉を探している。名前は思い出せないものの、料理の具体的な内容は覚えているという。タラにカボチャ、そしてクリーム系の煮込み。これは簡単だろう。
「タラのクリーム煮では?」
「いえ、もっとカタカナの変わった名前で...」
こうして始まった料理名探しの旅は、思いがけない方向へと私たちを連れて行った。
最初に浮かんだのは「チャウダー」。たしかにチャウダーと言ってよいらしい。が、違う。「じゃあ、タラのブイヤベース」「違うよ」「タラのフリカッセ」「まあ、フリカッセといえばそうなんだが」
次々と候補を出すたびに首を横に振られる。やがて「グイーゾ」という音の記憶が友人の中でよみがえってきた。
スペイン語なら「ギソ」(Guiso)、ポルトガル語なら「グイザート」(Guisado)。イベリア半島の伝統的な煮込み料理の数々が、私たちの会話に姿を現す。「どうなの?」 いや、どれも違うという。
そして突然、記憶が蘇った。
「ワーテルゾーイ! だ、ぞーい!」
思いがけない、くだらない展開に、私は笑った。タラ料理を探して南欧を彷徨っていたのに、答えは意外にも北の国、ベルギーにあった。しかも、必ずしもタラを使う料理ではなかったのだ。
ワーテルゾーイ。ゲントの伝統料理だ。言葉の原義を探れば、「水で煮る」。その名の通り、野菜でとった出汁に魚や鶏肉を煮込み、最後に卵黄とクリームでとろみを付ける。かつては川魚を使うのが一般的だったが、都市化とともに海の魚を使うようになっていった。
料理の記憶をたどる旅は、思いがけない発見に満ちている。フランス、ドイツ、オランダという強大な食文化に囲まれたベルギー。
一つの料理名を探す過程で、ヨーロッパの食文化の地図が私たちの目の前に広がっていった。フランスのブイヤベースやコックオーヴァン、ドイツのアイントプフ、イギリスのスチュー。それぞれの国に、それぞれの煮込み料理がある。その中で、なるほどワーテルゾーイは、独特の位置を占めている。フランスのクリーム煮ほど濃厚でなく、ドイツの煮込みほど素朴でもない。まさにベルギーらしい、絶妙なバランスの取れた一皿だ。
「タラのクリーム煮」から始まって「ワーテルゾーイ」にたどり着くまで、私たちは想像上のヨーロッパ食紀行を楽しんだ。料理名を探す旅は、時に目的地以外の景色の方が印象に残るものだ。イベリア半島の塩ダラ料理や、北ドイツの魚料理との出会いは、この迷い道あってこその収穫だった。
料理とは、そういうものかもしれないな。レシピ通りに作っても、その土地や時代によって少しずつ姿を変える。ワーテルゾーイが川魚から海の魚へと材料を変えていったように、料理は生き物のように進化していく。その変化の過程にこそ、その土地の歴史や文化が刻まれている。
気になる料理名は見つかった。そして、それ以上に私たちは、一つの料理をめぐる豊かな物語を手に入れた。それはきっと、次に口にするワーテルゾーイの味を、より深いものにしてくれる。まずは、作ってみるかな。
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