多摩川氾濫のこと
台風19号が関東を過ぎ去った。事前に江戸川区を中心に多数の避難勧告が出ていて、これは首都圏にはかなり厳しい台風になるのだろうなという予想はついた。が、他方、渦中では身近な者にしか語らなかったが、接近につれて細かく気象データを観察しつつ、河川地域や水はけのよい地域であれば、それほどの被害はでないのではないかとも想定していた。そう思ったのは、沖縄での台風経験がものすごいものだったこともある。とはいえ、都下には意外に廃屋が多いので、そうした家屋が倒壊してその周辺に被害をもたらすのではないかと懸念してはいた。それと、こういうときに限って、地震が来るものだよと思ったら、まじで来てびっくりした。幸い大きな地震ではなかった。
多摩川は氾濫するだろうと思った。実は先日、等々力渓谷から多摩川縁に出て、二子玉川まで散歩したのだが、このあたりはやばそうだと目星つけていたので驚いた。私は治水に詳しいわけではないが、1974年(昭和49年)の8月31日から9月1日、台風16号のもたらす雨で多摩川が氾濫し狛江市で堤防が決壊。民家が19戸が船のように流されていくようすをテレビで見ていた。高校生だった。
私は多摩川が好きで、折に触れていろいろ散歩するのだが、そのおりごとに、あの氾濫の光景を思い出す。こんなのどかな河川敷が満杯になり、濁流となり、民家を押し流すのだよなと思うのである。
高校生は62歳になった。45年前か。あれをリアルタイムで見たというのはけっこう強烈な体験で、しかも、その後の多摩川のリアルがそれに反するようなのんきな光景なので、このコントラストが脳裏に奇妙なスパークをもたらす。
自分はいつの間にか老いた。半世紀前の記憶をけっこう生々しく思い出すこともできる。懐かしいといえば懐かしいが、おぞましい光景も多い。
1974年の狛江の水害は映像記憶といては残っている。そういえば、1983年(昭和58年)の日本海中部地震の津波の映像も記憶にある。1993年(平成5年)には奥尻島地震と津波。
直接見たわけではないが、生きているといろんなものを見るようになるものだと思う。
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