finalvent著『考える生き方 』の「はじめに」を公開
先日出した、finalvent著『考える生き方 』の、カバーにもなっている「はじめに」の部分が、ダイヤモンドオンラインのサイトで無料公開になりました。「からっぽな人生を生きてきた |考える生き方 空しさを希望に変えるために」(参照)です。未読の方で、あの奇妙な表紙の先になにが書いてあるのか、ちょっと気になるかな、という人は、ご覧ください。
この「はじめに」ですが、書いた手順としては、初めに書いたものではありませんでした。ちょっとその経緯の裏話でも。
先日、この本は、ブロガー本だからブログ論とから始まったという話(参照)を書きましたが、他の部分も、現在のような自分語り的スタイルではなく、個別の議論のような体裁で書き進めていました。そしてそれぞれに一例として自分の体験談を混ぜていくというスタイルです。が、どうしても体験談を書き進めていくうちに、「うぁ、これはつらい、書けない、もうだめ」という事態に陥り、「さて、どうしましょうかね」ということになりました。この時点ではまだ書籍の企画としても、危うい状態だったので、企画練り直し、となりました。そこで再開するのに、「まず、本の全体のコンセプトとなるような一文を書いてみましょう」という話になり、今日公開の「はじめに」ができました。
この「はじめに」は、執筆という点では一気に書いたものですが、これも書き出すまでが自分としては、けっこう大変でした。この本ってなんなの?というのを自問し続けていたわけです。
その一つの答えが、この「はじめに」にでも書きましたが、普通の人生を書こうというものでした。
普通、本を書く人というのは著名な人や、それなりに偉業を遂げた人だ。その成功例から何かを学ぼうということだ。私の場合は、そういうのは何もない。
たいていの人もそうだろう。若いころ思っていたような希望に挫折して、それなりに運命と折り合って生きていく。
世間的に社会的に、自分の人生の意味はないとしても、自分の内面から見れば、それなりにある種の手応えのようなものがあれば、それを支えに生きていける。
それなりに挫折やトラブルはあるにしても、まあ普通といえそうな人生を、意識して書いてみようと思ったわけです。仕事を退職したお年寄りがよく、自費出版でだれも読みそうない自伝とか出したりするものですが、まさにそんな感触で受け取られてしまいそうな本を、あえて書いてみよう、と。
小さな物語を、できるだけ、小さく書いてみよう、と。
でも、お歳寄りの自費出版の自分語りは、大きな物語の幻想をもってしまいがちに思えます。
また、政治評論でも哲学や思想でも、人はつい、大きな物語を志向してしまいがちです。
人生の意味や、書籍の価値というものを、つい、大きな物語のなかで見てしまいがちなります。
ひとつには、これまでの人生の語りというものには、大きな物語が関わってきたからでしょう。
その近景には戦争があり、背景には貧困がありました。それらのなかに、普通の人を置いた場合、置かれた位置によって濃淡はあるにせよ、大きな物語のなかで、自分を語ることができたわけです。
その年代の境目は、現在の80歳ではないかと思います。
現在の80歳。1932年生まれ。
戦争が終わったときに、12歳。
ようやく、生涯の基礎になるものの心が固まる時期。世界というものが見えてくる時期。
12歳のときに、戦争と貧困をどう見たか?
このとき、大きな物語を見たか、大きな物語のような幻影を見たか、その差が明確に分かれてくるのが、現在の80歳。1932年生まれ。昭和7年生まれ、だろうと思います。戦後の「若者」の原型です。
ということで、同じ生年月日でありながら、大きな物語を見た五木寛之と、大きな物語のような幻影を見た石原慎太郎という話を、これもまた今日後編公開のcakes連載「新しい「古典」を読む」(参照)の「【第18回】風に吹かれて(五木寛之)」(参照・後編)に書きました。
文学と人間の内省的な自覚というのは面白いものだなと思うのですが、大きな物語の中にいた五木寛之は意識して自身について小さな物語を語るのに対して、大きな物語のような幻影の中にいた石原慎太郎は大きな物語を語ってきました。
私の時代には、普通の人にはもう大きな物語はありません。
ただ、大きな物語を希求してしまう幻影だけがあります。
それゆえに、大きな物語を希求すれば、石原慎太郎やその支持者や、あるいはその熱狂に捕らわれて熱狂的に憎悪する人々が絡め取られるようになりがちです。
そこをやめよう、大きな物語が失われても、私は、五木寛之の側のスタイルでいようと、思いました。
今回ダイヤモンドオンラインで公開した、「はじめに」のなかでは、山本七平にも言及していますが、彼もまた大きな物語に翻弄されつつ、小さな物語のなかで生きた人でした。
あと、ダイヤモンドオンラインでは、次週、3月13日に「あとがき」に相当する、ダイヤモンド社の小冊子「Kei」に寄稿した文章が公開になります。なお、「Kei」はオンラインで無料配布になると伺っています。
こちらも「あとがき」として意識して書いたものではなく、『考える生き方』脱稿後に、紹介的に書いたものでした。
『考える生き方』では、「あとがき」は意識して書きませんでした。
特に要らないだろうというのと、書籍という形をそれほど意識する必要はないようにも思えたからでした。
スタイルとしては、この本は、自分語りにも見えるだろうし、これまでこのブログを読んでくださった方には、深読みができるだろうとは思います。そうでありながら同時にこの本を通して、平凡な人生の内側(考えることで掘り下げられる内面)をできるだけ、幅広い人に通じてほしいと思っています。その意味で、後書きで自分の書いた本を強調するより、むしろ私から、離れていけばいいという思いでした。
それと、先ほどアマゾンを見たら、もうKindle版の予定(3月11日)が出ていました。同じ出版社の『統計学が最強の学問である』(参照)のKindle版が出ているので、いつかは出るのだろうとは思ったのですが、そのいつかがわからず、書籍版を買ったけどKindle版が欲しかったのにという人には、情報が足りず、申し訳ありませんでした。
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コメント
拝啓 finalvent殿。
1949年生まれ。
早死にしたお袋の歳はとうに過ぎ、おやじの歿年まであと2年。
時折ある種荒寥とした喪失感にとらわれることがあります。
さて。
長嶋が引退した年、板橋区にある零細な鉄鋼会社にシステム保守要員として派遣されていました。
河一つ隔てた向こうはキューポラのある街。
作業服を着て、ミドリの安全靴を履き、始業、終業はサイレンが教えてくれる。そんな職場です。
当時でさえもうすで十分に旧かったNEAC2200を使い、業務オペレーション、プログラム開発、システムメンテナンスなどを行う。
この工場に1年いました。
貴著の一部に自分のささやかな人生のある時期がまるまるトレースされ、まるで我がことのように記されており心底驚きました。
この時期の前後数年、なぜか気持ち荒んでいたこともあり、知らぬ間、どこかに封印していた当時の音や匂いや心の波動などが、貴著の一文で、まるでキンポウゲの種子はじけるようにあっけなく蘇り、それはそれで懐かしくもあり、しかしざらざらとした記憶にヤスリかけられた老いぼれは、その赤むけた痛さにわらわらとうろたえました。
愉しいご本でした。
ブログも毎回愉しみにしております。
今後のご活躍と、なによりご健康を心よりお祈り申し上げます。
敬具
投稿: gitanes | 2013.03.06 19:44