愛知立てこもり発砲事件、雑感
愛知立てこもり発砲事件についてぼんやりと思う雑感を時代のログとして書いておく。毎度ながら大した話はない。
この事件に私は関心を持ってなかったのだが、今朝の大手紙の社説で事件が悲劇的に終わったことを知った。各社説から事件のニュースをいくつかあらためて読んだが、特に心にひっかかるものはない。事態がよくわからないというのが率直な印象だが、何が事件だったかとあらためて問えば、二十三歳の未来有るSAT隊員の林一歩警部が無念の殉職をされたことになるだろうと思う。哀悼したい。
なぜこの悲劇に至ったのか気になるところだが、朝日新聞社説”立てこもり事件 銃と暴力団を追いつめよ”(参照)では標題どおり暴力団と銃器の問題という枠組みに押し込んでいる。確かにそれも問題には違いないが、統計上は同社説が触れているように銃器については日本社会からは減少している。だが、発砲事件が今年28件ということを根拠に、「銃が大量に出回っているのに、警察が発見できなくなっているということだろう」と主張するのは、私には奇妙な論理には思える。他、気になる指摘としては、「防弾衣や盾などの装備や隊員の配置は適切だったのか」という問いかけがある。そのあたりはどうだったのだろうか。
はてなブックマーク(参照)の今日のトップの話題に”My Diary 2007年4月26日(木)/「町田市立てこもり事件」のヤバい内幕”(参照)が上がっていたので、なにか防弾チョッキについて構造的な問題の裏話でもあるのかと思って読んだが、私にはよくわからなかった。別の事柄のような印象も受けた。というのも今回林警部が殉職されたのは、防弾チョッキ隙間が原因だったらしく、それが事実ならどう受けとめていいのか、やはりそれも防弾チョッキの構造の問題なのか、そこを撃たれないように行動すべきという意味での指示の問題か、偶然的なものか。雑駁な印象にすぎないが偶然的な要素が強いように感じられる。
読売新聞社説”籠城発砲事件 多くの疑問が残った警察の対応”(参照)では、たぶんこの事件を聞いて誰もが思う疑問を率直に述べていた。
現場の状況が分からないから軽々には言えないが、籠城男を狙撃するなど、早期解決の方法はなかったのか。
そしてこの早期解決の方法こそが、私の主観に過ぎないといえばそうなのだが、朝日新聞社説なかで結局、語るまいとされていた部分のように思えた。
なぜ「籠城男を狙撃するなど、早期解決の方法はなかった」という理由がごく自然に理解できるのは、たぶん、私のように(今回の犯人もたまたまそうだが)五十歳以上の日本人ではないかと思う。ちょっとひねくれた言い方をすれば、読売新聞がばっくれてしらっと語っている背後をきちんと読めるのは、もう五十歳以上になってしまった。その意味で、そうした背景を語らず、狙撃もありだよねというばっくれ方には疑問を持つ。
この問題の歴史背景について、いくつか資料を探しているうちに、そうだウィキペディアにあるのではないかと検索したらあった。瀬戸内シージャック事件(参照)である。
瀬戸内シージャック事件(せとうちしーじゃっくじけん)とは、1970年(昭和45年)5月12日に発生した、旅客船乗っ取り事件である。また別名を「ぷりんす号シージャック事件」ともいう。
事件の季節が今頃に近いのが因縁深く思えるが、この事件には後に小説化・映画化されるなど、いろいろと奥行きがあるものの、市民社会との関わりでは、日本で戦後初の犯人狙撃・射殺だった点が重要だ。
この事件は単独犯による犯行であり、日本で戦後初の犯人狙撃・射殺によって人質を救出した事件となった。
戦後初の犯人狙撃・射殺という点はその後も尾を引いた。
事件後、自由人権協会北海道支部所属の弁護士(下坂浩介、入江五郎)が、狙撃手を殺人罪で広島地検へ告発した。広島地検は狙撃手の行為を刑法36条の正当防衛及び刑法35条正当行為として不起訴処分にしたが、弁護士側は不服として広島地裁に準起訴処分を取ったが棄却され無罪が確定した。これ以降起こった日本の事件では、犯人が銃器等で武装している場合でも、なかなか射撃命令が下されなくなり、1972年のあさま山荘事件では、犯人からの一方的な攻撃で、警察官が殉職するといった事態を招いた。
射撃命令が事実上禁忌とされたことも遠因となり、警察官殉職になった。もう少し引用を続ける。
この事件を教訓とした結果、1979年に発生した三菱銀行人質事件では、一人の狙撃手ではなく、大勢で一斉に狙撃をすることにより、誰が致命傷を負わせ、射殺したのか分からなくするようにした。世界的には珍しい対応である。この事件以降、日本の警察は、狙撃の態勢は取るものの、射撃の命令には極めて慎重になった
実際上、こうした事件の担当者としては、狙撃命令を回避して済ませるなら済ませたいだろうし、毎日新聞”愛知立てこもり:重傷の巡査部長、防弾チョッキ着用せず”(参照)などを読むと、やはり今後も犯人狙撃・射殺という手法を上位の解決手法とするような動向にはならないだろう。
元警察庁警備局長、瀬川勝久さんの話 警察は早く動きたかったろうが、人質もいるし、倒れた警察官は無防備だからまた撃たれる危険もあった。夜の救出はギリギリの判断だったのではないか。容疑者を無事に逮捕し、裁判にかけるのが第一目標だ。今後、類似事案が起きたときにどう対応するかだ。元内閣安全保障室長、佐々淳行さんの話 最初の通報で駆け付けた巡査部長が撃たれた後の対応は納得できないことばかりだ。約5時間も巡査部長を救助せずにいたことは信じられない。警察官の人命は尊重されないのか。さらに、SAT隊員が撃たれた際も、どうして反撃や突入をしなかったのか。
佐々淳行元内閣安全保障室長のコメントには多少問題への煽りの印象も受ける。だが、現場の警察としては、俺たちの人命は尊重されるわけないよなという空気が満ちてくるだろうし、おそらく今回の事件は、類似の事件が連鎖しなければ、そういうこともあったというふうに風化していくのだろうと思う。
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コメント
ぷりんす号シージャック事件と、犯人を射殺できなかった今回の事件とのつながりについては、勝谷誠彦氏も「警察のトラウマ」としてメルマガで指摘していました。私のような70年代生まれにとって「犯人狙撃」とは、Gメンのような刑事モノの中のワンシーンでしかないのですが、そういえばTVドラマの中でも最近はあまりそんな場面を見かけなくなった気がします。印象的なところでは「スペーストラベラーズ」でしょうか。勇壮ではなく、否定的に描かれた狙撃ですが。。。
投稿: ももぱ | 2007.05.19 19:23
>事件後、自由人権協会北海道支部所属の弁護士(下坂浩介、入江五郎)が、狙撃手を殺人罪で広島地検へ告発した。
「市民を危険にさらす犯罪」として天に告発したい
だいたい、本当に市民の権利擁護がその告訴の目的だったの?
警察が萎縮して碌でもないのが蔓延った方が万事都合がよいと屁理屈こねたのか?とまで邪推したくなります。
投稿: 無力な一市民 | 2007.05.19 20:39
しかし当時と違って、今はもう世論も射殺を許すでしょう。
サヨクどもなに訴えようが、もうそんな主張は世論から浮き上がるだけ。裁判だってもう無罪の判例があるんだから大丈夫でしょう。
あとは警察自身の決断。
警察上層部の怯懦のせいで、現場の若い隊員が無謀な任務を強いられ、結果として今回の殉職を招いたものと思います。
本来なら最初の巡査部長が撃たれた時点で射殺してしまっても良かったはずですよ。
投稿: | 2007.05.21 15:46
撃たれた警官はほんとに気の毒でした。
しかしこの事件は元暴力団員の立てこもりなんていうのは表層の形にすぎないんでしょう。
当初からこれはDVの行き着くところの事件と見ていました。
この男の家族はこういう日常を20年以上にわたって生きてきたのでしょう。
それもまた、なんとも気の毒でやりきれない気分にさせられることでした。
投稿: いちげん | 2007.05.22 07:38
酔っ払いやらの類にマトモに付き合って、怪我するなんざまっぴらですね。
一人なら兵糧攻めで上等でしょ。
劇場型にすれば、犯罪者が有利になる世相は、治安が悪くなるのを期待しているんですかね?
投稿: わすれた | 2007.05.25 21:46