男児投げ落とし事件、いまさら編
世間的にはもう過ぎ去った話になるのかもしれない。川崎市のマンションで小学三年生の男児が投げ落とされ殺害された事件だ。無職の今井健詞容疑者(四一)がすでに犯行を供述している。恐らく事件としては解決なのだろうが、なぜこんな事件が起きたのかということはわからない。そして恐らくわからないままに過ぎていくのだろう。
容疑者と同じく、日常生活近所に腰の低い中年男でもある私としてその心理に洞察するところがあるかというと、まるでない。皆目検討も付かない。マスメディアの報道も同じようでこの間いろいろなストーリーはつけてみたものの空振りだったのではないか。
しいて言えば、すでに今井容疑者の供述にあるようだが、死刑を覚悟していたから、なんでもできたというのはあるのだろう。先月二九日付け読売新聞記事”投げ落とし「死刑になりたかった」今井被告が供述”(参照)はこう伝えている。
川崎市多摩区のマンションで小学3年男児(9)が投げ落とされた事件で、殺人容疑などで再逮捕された同市麻生区細山、無職今井健詞被告(41)(殺人未遂罪などで起訴)が、神奈川県警多摩署の特捜本部の調べに対し、「自分では死にきれなかったので、人を殺して死刑になりたかった」と供述していることが28日、わかった。
今井被告は昨年11月に同市内の病院に入院する前、何度か自殺を図っており、特捜本部は一連の犯行は自殺願望を満たすためだった可能性が高いとみて、さらに詳しく動機を追及している。
気になることというかますます不可解な感じだが、自殺願望があったというのはあながち嘘でもないだろう。入院とあるのは精神疾患の可能性に関係しているだろうから裁判では一応争点とはなるだろうが、現状のニュース報道の供述からは善悪の判断もないということはないだろう。
大阪池田小学校殺人事件の犯人詫間守の時も思ったのだが、彼は狡猾に精神疾患を装っていたものの、死刑なんかなんぼのもんじゃいみたいな覚悟もあったと見ていいだろう。こういう犯罪者に対して、死刑というのがその犯罪の抑止として有効かというと、有効以前の問題のようでもある。今回の今井容疑者の場合死刑になるかはわからないが、その意義をどう市民社会で了解を取っていくかはもう少し問われてもいいように思う。死で贖って終わりという市民社会の意志より、死をそのような贖いに使わせないという意志のほうが重要なのではないか。まあ、単純に死刑廃止論という文脈でもないが。
事件報道の記憶を振り返り、ネットでの報道の残存をざっと見ていて他に思ったのだが、今回の事件は監視カメラが犯人の自供につながったとみていいようだ。その意味では事件解決には監視カメラは有効だったのだが、朝日新聞社説を初め、監視カメラは犯罪防止には結びつかなかったという議論がもわっと黴のようにわいた。おかしな話で、今回犯罪が発生したことと監視カメラの犯罪抑止力とは別の問題であり、後者は社会学的な土台で議論されなくてはいけない。こうした評価は難しいだろうが、議論の範疇は個別ケースから導かれるものではないだろう。
事件を振り返りながら、細かい点では、ランドセルについて少し考え込んだ。四月六日付け共同通信記事”ランドセルに一致指紋なし 小3投げ落とし事件”(参照)によると、こう。
川崎市の小3投げ落とし事件で、現場マンション15階の通路に落ちていた山川雄樹君(9つ)のランドセルに、今井健詞容疑者(41)=女性(68)への殺人未遂容疑で逮捕=と一致する指紋がないことが6日、分かった。
たまたま指紋が採取できなかっただけでたいしたことじゃないと最初は思っていたのだが、この事件、物証という点から見ると、ランドセルが重要な位置にある。先月二五日東京新聞記事”県警と一問一答”(参照)でもここは重視されている。
――男児のランドセルは今井容疑者が外したのか。
今井容疑者は「自分でランドセルを外した」と言っている。「男児と正面になり、肩にかけていたランドセルを外し、両わきに手を入れてそのまま抱えて投げ落とした」と話している。
そういう状況でまったくランドセルに指紋がないということがありうるのだろうか。事件に謎があると強調したいわけではない。ただ、供述をはずして事件の世界だけを見たとき、ちょっと光景が変わるなという印象はもつ。
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コメント
監視カメラの犯罪抑止力にかんしては、そのとおりですね。マスコミってのは率直に言って「頭が悪い」?
いや「判り易い」記事のほうが売れる(と中の人が判断している)のか
指紋が採取できてないのは気になりますね。
投稿: cru | 2006.05.02 21:29
ランドセルなどの皮革製品からは、指紋が採取しにくいのではないでしょうか。
投稿: bofu | 2006.05.02 22:01
エントリーとは別な視点で。
容疑者はうつ病では?
抗うつ剤の副作用はかなり恐ろしいものがあります。米国で高校生の銃乱射事件をきっかけに使用禁止になった抗うつ剤を日本ではまだ使用しています。厚生省は薬害エイズ問題で明らかになったように、他国で禁止されている薬でも再調査せず認可し続けます。元うつ病患者の会社の同僚から教えてもらったのですが、数年前のことなので薬の名前は失念しました。当時、服用すると行動の自制できなくなる薬は使用禁止にすべきと力説しておりました。
投稿: 川崎在住 | 2006.05.03 01:50
耐震偽装事件が発覚したすぐ後に、栃木で吉田有希ちゃん殺害事件が発生した。
姉歯元建築士の妻が飛び降り自殺をした直後に、川崎の男児投げ落とし事件のことが報道された。
そして、ほぼ同時期に民主党の中村議員の妻で、細野豪志議員の元政策秘書が飛び降り自殺をしている。
だから何だ?と言われてもそれ以上のことは書きませんが、これだけはとりあえず書いておきます。
投稿: 笹原更紗 | 2006.05.03 12:36
いつもなら貴ブログを見ながら「大所高所」から「気の利いたこと」を考えるのですが、この投げ落とし事件は当方の住居から500m位のマンションで起きました。自ずと、視点は変わってきます。
自分の日頃の議論の底の浅さを痛感した次第。
投稿: 匿名希望 | 2006.05.03 18:44
指紋の有無…
当初警察が、少年の事件を、事故として処理するために、手抜きをしたツケが、今になって後を引いている…という可能性も?
投稿: 妙訝 | 2006.05.05 02:42
ランドセルに「ゴキブリ」と外させる 投げ落とし容疑者
2006年05月12日23時47分
http://www.asahi.com/national/update/0512/TKY200605120376.html
>「ゴキブリがついている」と男児をだまし、ランドセルを外させて投げ落としたことがわかった。「ランドセルがクッションになると殺害できないから外した」と供述しているという。
とのことで、自分ではランドセルには触らなかったということなのでしょうか。
投稿: たかい | 2006.05.15 18:17