名前に「申」はないのか
週刊文春を買って、私が楽しみに読むのは、土屋賢二のエッセイでもなく、まして椎名誠のエッセイでもない。高島俊男の「お言葉ですが」である。私もまた言葉にうるさい爺ぃのような人間なのである。で、先週の、つまり新年号の「サルと猿とはどう違う」がどうも心に引っかかった。高島先生にあるまじく、間違っているんじゃないかな、とちらと思った。先生のミスをめっけたらもう鬼の首を取ったも同じである、が、ま、間違いというわけでもない。先日紹介した増田小夜「芸者」の別バージョンの古書をめっけて読んでいるうちに、あれ?と気が付いたことがあったので、この手の話が好きな人もいるだろうと思うので、ブログに記しておく。と、でもねぇ、ま、あまり関心ある人は少ないでしょう。ネタもとの高島先生の話はこうだ。
十二支の字のうちでも、丑や寅などはむかしから人の名によく使われるからどなたもなじみである。『破壊』の丑松とか、フーテンの寅さんこと車寅次郎とか。
しかし、申松とかフーテンの申こと申次郎とかいう人はいないようですね。いはこれも小生調査の手をつくしたわけじゃないから断言ははばかるが、そうめったにいらっしゃらぬであろうと思います。
ウシやトラよりサルのほうがかしこいし、陽気で愛嬌もいいのに、何ゆえに日本の親は子の名前にサルとつけないのであるか。小生サルの名誉のために、抗議するものである。
と書き写してみると、あまり先生の文章もうまくはないかな…おっと失言。で、この洒脱な文章を読みながら、私はあれれとなにかひっかかっていた。まずは豊臣秀吉だ。秀吉はサルと呼ばれていたが、これは信長が付けた蔑称であり、ひいては大衆受けする秀吉の愛称のように思われているが、そうだろうか。以前、近江の国を旅しながら、秀吉の古伝説を思いながら、実はサルは比延の神から来ているのではないか。つまり、縁起をかついでのことではないかと考えたことがある。その先まで考えたことはないが、どうもサルというのは縁起がよく、人名にもありそうだ。
話は前段に戻るのだが、増田小夜「芸者」に出てくる弟の名前が「甲」で「まさる」と訓じていた。なぜ「甲」が「まさる」かといえば、恐らく、甲乙丙丁、つまり、Aアベレージで「優」というわけだ。優良可である。
だが、ふと「甲」という名は、「申」に由来し、だからして「さる」ではないかと思えてきた。「さる」をいみて「まさる」という線があるのではないか、と。と、思い起こすに、今年は申年であるが、干支の甲申ではないか。「きのえさる」である。そうだそうだ。猿の縁起物にして、甲申のサルは「魔去る(まさる)」ではないか。厄除け・魔除けのサルである。そして、前回の甲申(きのえさる)は1944年かぁ。と、ふと、増田小夜「芸者」に出てくる弟の「甲」は甲申年ではないかと暗算してみるが、数が合わない。残念。
ちなみに、その前の甲申は1884年(明治17年)。この年、福沢諭吉とも懇意だった朝鮮独立党の金玉均(キムオッキュン)は事大党の政権を倒すべく王宮を占領。だが、三日後事大党を推す清軍に敗れ、クーデタは失敗した。甲申の変である。日本の援護という彼の期待は失望に終わった…という話は今日は書かない。あまりに、難しい余談であるから。
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コメント
申といえば、正月の朝日新聞の天声人語の欄あたりに載ってたのを思い出します(おぼろげ)。確か、申が名前についているのだけれど、学生時代に先生から、勝手に人(にんべん)をつけられて扱われてしまっていたとか・・・なんとか。
ま、我が子には、申はつけたくないな。(申・猿・友達から笑われるに決まってる。)その人には、失礼ですけど。
投稿: やまざる | 2004.01.16 12:41
やまざるさん、どうも。あ、そうだったのですが、正月の朝日新聞紙面は全部読んだけど忘れてました。人偏というと「伸」ですね。ふと思ったけど、「伸介」「伸太朗」といった名前は意外に申年かもしれませんね。気を付けてみようと思います。
投稿: finalvent | 2004.01.16 15:23
そうだ。あと、十二支といえば、南方熊楠が十二支に関する書物を書いています。(私はまだ読んでないので、内容については知りませんが、この人は植物やこけ以外にも、民俗学方面で有名です。暗記力は超人的だったそうですよ。うらやましい。)
投稿: やまざる | 2004.01.16 17:54
どもです。南方熊楠の十二支考は読んだことがありますが、あまり記憶ありません。最近、吉野裕子先生が十二支の本を書かれたようなので気になっていますが、これもまだ読んでいません。南方熊楠は私も好きです。慕って田辺にも行きました。「もののけ姫」は南方熊楠の世界そのものですが、そういう評論を見たことありません。
投稿: finalvent | 2004.01.16 18:15