財務省原案から思う日本の問題
今朝の新聞各紙はこぞって、次度政府予算の財務省原案をテーマにしていた。わからないではない。深刻な問題だからだ。だが、どの社説もぱっとしなかった。改革を進めよだの、小泉しっかりしろだの、官僚は無駄遣いを止めろだの、どれも正論だが、問題に噛み合っていないか、あるいは的を射ていないように思われる。では、毒舌極東ブログはどうかというと、実はなにも提言はない。だったら、そんなブログを書くなよであるが、書いてみる。
まず、問題はこうだ。いつになく朝日がわかりやすい。
来年度予算の財務省原案が内示された。一般会計の総額は約82兆円で、税収は約42兆円。歳出の半分しか税収でまかなえていない。36兆円を超す国債発行で問題を先送りしているが、こんな状態が長続きするはずはない。
経済学者はよく国家経済を家庭の経済になぞらえるが、こりゃ、400万円の支出を必要とする家庭が破産してパラサイトのOLさんの給料200万円でやっているようなものだと、時代ボケした比喩でも使いたくなる。だが、学者が常套で使うこうした比喩が問題を本当にわかりやすくしているのかは疑問がある。
問題の別の局面は、ようするに増税だ。この話も朝日がわかりやすい。
来年度末には国と地方を合わせた借金が720兆円、国内総生産(GDP)の144%に達する。先進国でこれほど財政が悪化している国はない。この比率をいま以上に上昇させないためだけでも、大幅な歳出削減や大規模な増税が必要になる。
一読すれば大変だと思う。だが、そうなのだろうか。もちろん、大変は大変だが、一見わかりやすいこの説明に詐術はないだろうか。もちろん、間違っているというのではない。また、エコノミストたちの詭弁を真似てみたいわけではない。率直にいうと、日本という先進国ならこのくらいは大丈夫なのではないか。もちろん、根拠はないがそういう感覚が自分にもあり、それがおそらく他の日本人にもなんとなく無意識的にあるのではないか。
近い将来増税は必要になるし、増税のことを日本人は頭では理解していても、まだ実感が伴わない。だが、その日は確実にくるし、歴史は常に教師になる。
現代の日本人の多くは戦前は日本の軍国主義が台頭してひどいことになったと思っているが、歴史を子細に見ればあのときの問題は政治側の混乱だった。国民が政治に絶望しているときに軍事が台頭した。こうした流れは後のアジアの近代化の流れから見れば、別に不思議でもないことではある。だが政府に意志がないという混乱が悲劇をもたらしたことは確かだ。日本人の多くはサヨクのご尽力で政府が強力になることが軍事の台頭をもたらすと刷り込みされているが、事態は逆で政府なら民衆がコントロールできるのだ。イラク派兵がいけないなら、国民はこれを止めることができる。だが、衆院選挙の結果でも国民はそう考えていない。もう一歩進めて、今の日本に大切なのは、小泉のリーダシップよりその前提となる意思統一のできる政府だ。筆がすべるついで言えば、公明党を政権から排除することが先決なのだ。
増税が決まれば国民にじわじわと動揺が走るだろうし、世相も変えていくだろう。こうしたときこそ、政府が強くなくてはいけない。国民が政府に力を託さなくてはいけない。つまらない結論かもしれないのだが、つまらない面白いということもでない、というのがそもそもつまらないのだが。
増税はしかたがないが、国民はまだ感覚として捕らえていない。これがまず問題の一端にあるが、もう一端は朝日も引用箇所以外で触れているのだが、景気の向上だ。景気が向上すれば財政は潤う。ではどうすれば景気が向上するか。と問われてたいした答えがあるわけでもない。日本の経済は内需向上の兆しが見えるといえ、依然米国主導だ。そして、日経までも新三種の神器といった間抜けなことを言い出して自動車産業との比率を隠蔽するようでは脱力するしかない。事実を見れば日本経済は米国様のなりゆきまかせであることがわかる。
そしてその米国には現在明るい兆しがある。陰謀論好きのバカはさておくとして、米国の好景気への道筋は今週のニューズウィークの最新号のサミュエルソンがいうように、単なるオールド・エコノミーの成果だ。正当な資本主義なら景気は循環するのだ。米国がまっとうであれば日本社会は皮一枚を残して首がつながるということになる。もちろん、皮肉だ。
私たち日本人の社会の経済動向は米国から脱却できないのか? 簡単な答えではない。たぶん答えはアジアにある。そこを戦略的に問わないかぎり、国家経済の問題はつねに米国のケツを舐めろとの匕首しかならない。
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コメント
「国家経済を家庭の経済になぞらえる」のは経済学者じゃなくて四流トンデモエコノミストですよ。まともな経済学者はそんなことしません。念の為。
投稿: [No Author] | 2003.12.22 14:41