「冥福」は祈らない
外交官殺害事件について各種ブログをザッピングしていて、「冥福」という言葉が奇妙に心に引っかかった。なにか痛ましい事件があると、メディア、とくにTVで「ご冥福をお祈りします」と来る。いつからそういう風潮になったのだろう。自分の少年期や青年期を思い起こすのだが、よくわからない。ただ、阪神大震災あたりから「あれ?」という違和感があった。この手の問題はどうも気持ちが悪い。
話がそれるが、最近の若い子は食事の前に「いただきます」と言って合掌をするのだが、これもどこから入ってきた風習なのだろう。育児のことを現在ではあたりまえのように「子育て」と呼ぶが私の記憶では三好京三「子育てごっこ」以降のことだ。昭和50年である。広辞苑を見ると浮世風呂に「子育て」の用例があるのでこの時期の造語ではないようだが。
「冥福」に話を戻すと、浄土真宗つまり門徒は「冥福」という言葉を使わない。御同行御同朋使だけで使わないわけでもない。この手の話はネットにあるだろうと探すとある。「浄土真宗の弔辞の例文」にはこうある(参考)。
仏教でも、浄土真宗でも、故人の冥福を祈りません。
既にご承知と思いますが、冥福とは、「冥土(冥途)で幸福になる」と言う意味です。そして、この「冥土(冥途)」とは、仏教以外のものの考え方なのです。
つまり、ご遺族に「ご冥福をお祈りします」とご挨拶されることは、「亡くなられた方は、冥土(冥途)へ迷い込んだ」と言うことを意味し、「お浄土の故人を侮辱する無責任で心ない表現」と言えます。
亡くなられた方は、何の障害もなく、お浄土に往かれています。亡くなれば「迷う者」として、「祈る(供養)」と言うことは、果たして遺されたご家族の悲しい気持ちに対してふさわしいものでしょうか。
浄土真宗にご縁が深い方へのご挨拶なら、「○○さんのご冥福をお祈りします」ではなく、「○○さんのご遺徳を偲び、哀悼の意を表します」と、浄土真宗の教えにふさわしい言葉に言い換えましょう。
「浄土真宗にご縁が深い方へのご挨拶」と限定されているが、門徒の信仰者ならどの人にも冥福は祈らない。門徒でない人間なら冥福を祈ってもいいのだろうか?と、そんな理屈をいうまでもなく、「ご冥福をお祈りします」は礼儀を示すというだけの空文なのだろう。つまり、「私は礼儀正しい人間だ」という表明なのだ。
たまたまテレビのニュースで井ノ上正盛書記官のご夫人の映像があった。身重の映像で痛ましかった。TVに映す必要があるのか私にはわからない。痛ましいものだった。井ノ上正盛のご冥福を祈ると私はとうてい言えない。生まれてくるお子さんには「お父様はお国のために命をかけられたご立派なかたでした」と聞いて育ってもらいたいという思いが湧く。
近代人は脱宗教化を遂げ、死後の世界など信じない。だから、こそ冥土の幸福が祈れるのだとしたら、そうすることで大きなものを失っているとしか思えない。
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コメント
「冥途」には「俗世間。煩悩に迷う現世」の意味もあります。
なので、もしかしたら「現世(に残された我々)が幸せになれますように」との身勝手な祈りを死んだ方にしているのかもしれません。
神様と仏様がごちゃ混ぜに扱われて来た時期ぐらいから、仏様にお祈りをはじめ、それの結果「ご冥福をお祈りします」となったのかもしれません。
#これは僕の勝手な想像ですが。
投稿: 瞬 | 2003.12.02 17:08
日本の葬礼は儒教由来なんだそーです。はい。
投稿: stranger | 2003.12.30 20:41
ええ、そうなんですよね。儒教です。この話は、以下の本に詳しいですよ。
「儒教とは何か」(加地伸行 著)中公新書〈989〉ISBN:4121009894
投稿: finalvent | 2003.12.30 22:12
「冥福」を「冥土での幸福」と考えるからおかしいんじゃないでしょうか。
神仏から受ける恩徳を冥利と言うように、冥と言う字に込められている意味は
そもそもも現在も死後・神仏などを漠然と指しているのではないですか?
語源なんて諸説あるでしょうし仏教研究者は色々こじつけるのも仕事でしょうが
故人が、安らげるようにお祈りすることが変だと考えることの方がおかしいです。
そもそもお祈りという言葉も仏教とはそぐわない感じがしますし
「御冥福をお祈りする」という言葉を敬虔な仏教徒以外の人が
仏教とつなげて考えるのは違和感があります。
でも浄土真宗では失礼な言葉にあたるというのは勉強になりました。
投稿: 藻藻 | 2005.04.29 06:50
実家にいた頃は父の月命日にご坊さんと一緒にお経(仏世阿弥陀経と正信喝/略字ですんません)をあげる程度の浄土真宗(の家の息子)でしたがそれは知りませんでした。
へぇ~ そうだったんだ。一つ賢くなりました。ありがとうございます。
投稿: (anonymous) | 2005.05.04 04:13
ぼくも、「天国」と「冥福を祈る」という二つの決まり文句が
TVなどで空々しくいわれるのを変だと思ってました。「天国」は
キリスト教だし、「冥福」は中国の考えだと思いま
す。後者については、いまでもあの世で幸福になれるよう
にお金や家や家具などいろんな物を紙で作って燃やすと
いうことをよく聞きます。最近は、自動車やパソコンの紙
細工も燃やすらしいです。
投稿: アップル君 | 2005.06.19 23:45
話はそれますが・・
>最近の若い子は食事の前に「いただきます」と言って合掌をするのだが、これもどこから入ってきた風習なのだろう。
エエ!!?
あんた、 普通のウチの子なら これ昔からやってますがナ。
ワシらもやったモンです。
大人になってもやってるヤツは少ないけどねぇ。
忘れた頃に迷い込んで来てスンマセンが・・。
投稿: 還暦おやぢ | 2006.10.04 05:07
「いただきます。」
大地の恵みやら海の幸やら山の幸やらに対する礼儀ですよ。
特に、魚や豚等は命を犠牲にしてくれたんですから。
投稿: @ | 2006.12.04 11:19
はじめまして。
貴ブログの一文私のURL「冥福」に拝借させていただいております。
真言密教も冥土が無いと思います。詳しくは知りません。無責任ですが・・・
「阿字より生まれ阿字へと帰る阿字の里」阿吽の呼吸
「あっ」と生まれて「あっ」と死ぬ と同時に「あっ」と生まれる。
この世に天国も地獄も六道があるということでしょうか?
一文拝借に関しもし問題あれば お手を煩わせますがご連絡お願いします。
事後承認で申し訳ありません。
投稿: lraumn | 2007.03.28 08:04
もう4年前の記事だけど、
あんまりテキトーな事書かない方がいいですよ。
投稿: mさん | 2007.05.19 08:39
とりあえずメディア否定しました。みたいな感じに見受けられた。
「冥福を祈る」のは決まり文句であって、「こんにちは」が今日のひよりを聞くだけの言葉で無いのと同じではないでしょうか。
わざわざ蒸し返してすみません。
投稿: | 2007.05.28 11:54
あれ? 私は祖母から「いただきます。私の命のために、あなたの命を頂きます」と言うように躾けられました・・・・
投稿: | 2007.05.28 18:31
ツッコミの対象は「いただきます」を言うことじゃなくて「合掌をする」ことの方じゃないの?
投稿: | 2007.05.29 22:52
浄土真宗が仏教面するな。釈迦に失礼だ。
投稿: 浄土真宗は仏教か? | 2007.07.21 09:08
冥福を祈るとは、冥土での幸福を祈るという意味ではないです。
冥土とは死者が亡くなってから49日間さまよう場所で、生前の行いを裁かれ、次の世界を決める場所であるというのが「仏教」の教えです。
そこでの幸福を祈るというのは、失礼というよりも、意味が解りませんよね。
冥福を祈るとは、冥土での旅を無事に終え、良い世界に行けるようにと親族が祈ることです。
つまり、記事の浄土真宗で言う「哀悼の意を表す」と同じ意味なのです。
投稿: | 2007.11.20 04:31
全くこのblog主は分かった気になって言葉を
捻じ曲げて伝える事がおすきなようですね。
何人かの方が言っておられますが、
仏教で言う冥福とは葬儀後の冥土に旅立たれた故人が来世や輪廻の行き着く先で仏様の下で安寧と服を祈ることです。
言葉じりを捉えてこの人がこういう言葉はおかしいとか言えた筋の話ではないですね。
何もあやまりでもありませんよ
投稿: | 2008.05.05 02:58
この人本当に常識のない人だね。「いただきます」で手を合わせるのも、「ご冥福をお祈りします」も変じゃないよ。家庭でまともな教育受けてこなかった人が自分の狭い常識で偉そうにかたってるの読むと、もう日本も終わりなんだなとつくづく感じるね。
投稿: | 2008.06.12 04:51
ごはんをたべる前にはいただきますって言いましょう。
大切な命をわけてもらってありがとうの感謝の気持ちをわすれてはいけません。
戯文ですけど、よかったらどうぞ。
http://haineko2003.blog.so-net.ne.jp/2008-06-07
投稿: haineko2003 | 2008.06.13 04:35
私もご冥福は祈りません
ただし、宗教的に故人に失礼だからとか言う理由ではないです
そもそもあの世なんてあるのか?
それは死んでみないと分からない
私は、死んだら後は「無」でそれまでだと考えてます。
そんな、あるのかないか分からない所での幸せを祈るくらいなら
今現在、私たちが生きているこの世界で故人がやってことを思い出し、この世界からいなくなってしまったことを残念に思う気持ちを言葉に表したいです。
「お悔やみ申し上げます」と
投稿: たろすけ | 2008.10.22 04:29
私も冥福は祈りません。
個人の宗教観は様々ですので、それを無視して冥福を祈るということは、自分の宗教観の押しつけになるからです。
ほとんどの場合「心より追悼の意を表します」で足りるでしょう。
投稿: | 2008.11.23 23:19
「冥福を祈る」ということに関して、たくさんの方がコメントを寄せてあるのを拝見して、浄土真宗僧侶として一言。
浄土真宗は阿弥陀如来の本願力により、お念仏をいただいた人は即得往生する教えです。ですから冥福(死後の幸福)を祈る必要はありません。冥福は死後に迷って幸福になれないかもしれないという認識に立つ言葉ですから、浄土真宗の方に「謹んでご冥福をお祈りいたします」とは大変失礼な言葉となります。 「謹んで哀悼の意を表します」などが適当です。なお、葬儀などで包む御香典も「御霊前」と記している人がいますが、浄土真宗では通夜・葬儀ともに「御仏前」と記します。
同様に、「草場の陰」「昇天され」「泉下の人」などの用語も用いません。ただし、仏事にはそれぞれの宗教宗派ごとに定められた教えに基づく作法がありますので、真宗のお作法を押し付けるつもりはありません。
ただ他の宗派の方から、浄土真宗のお念仏の教えの根幹にかかわるようなことを言ってほしくはないですね。
また世俗の冠婚葬祭の本の内容は、お寺側から言わせてもらうとほとんど誤りです。
投稿: happiness | 2009.05.03 00:20
>この人本当に常識のない人だね。「いただきます」で手を合わせるのも、「ご冥福をお祈りします」も変じゃないよ。家庭でまともな教育受けてこなかった人が自分の狭い常識で偉そうにかたってるの読むと、もう日本も終わりなんだなとつくづく感じるね。
コメント欄に書かれたこの思考回路は馬鹿っぽい。
常識うんぬんで述べる場ではなく、原理的な話をしていることぐらいは感づくことが出来ないものだろうか。
問題点は、原理を知らないような宗教用語を軽々しく使う人が世の中には多いということだろう。
「お手て合わせていただきます」が「やるのが常識」となった時点で、食べ物の素材となった者への畏敬の念はとうに消え果てている。
投稿: | 2009.05.03 21:46
>いつからそういう風潮になったのだろう。
昔、当時の大平総理が亡くなったニュースの締めで
「ご冥福をお祈りします」と言ったアナウンサーを批判した随筆を読んだ覚えがあります。(筆者の名前は失念)のでその頃からあることかと。
大平さんは敬虔なクリスチャンとして知られてましたので、「天国ならともかく冥土の幸福を願うとは失礼な発言ではないか」という趣旨の批判だったと思います。
投稿: | 2009.05.27 21:58
この問題、実は気になっていたので、本文とコメントを読ませてもらって勉強になりました。
>「お手て合わせていただきます」が「やるのが常識」となった時点で、食べ物の素材となった者への畏敬の念はとうに消え果てている。
習慣とはそういうもので、「やるのが常識」の「おはようございます」に相手に対する親愛の情などが消えうせているかと言えば、そんなこともないでしょう。習慣は一種の知恵だと思いますよ。
「いただきます」と言うたびに、今食卓にあるこの魚は、漁師さんに釣り上げられ、命を奪われた。しかし、今晩私が食することで私も生かされるのです──みたいなことを食事の度に想像し感謝して食べるほうが、よほど不自然です。
投稿: ピンちゃん | 2009.06.08 21:57
誰だ!こんなつまらない言説を薀蓄と勘違いして言い出したのは!
死者に生者の哀悼の気持ちを批評する資格なぞないのだ。黙って聞いてりゃいいんだ。嫌だったら死ぬな!
投稿: ハヤシ | 2009.08.10 22:13
まあ、宗教的に中立な言葉があればいいと思うよ
わけも分からずとりあえず「冥福」を祈ってる人多すぎだよね
投稿: aaa | 2009.08.21 04:53
浄土真宗の僧侶です。
「冥」には「暗い」という意味があります。
明らかに浄土真宗の教義からは外れている言葉が「冥福」です。仏教の他の宗派はよく知りませんが「冥(くら)い土地での福」なんて僧侶には祈ってほしくありません。
亡くなられた方は「冥い土地」に往かれたのですか?
あと「いただきます」って、命の重みを考えれば言わずにはおれない言葉じゃないですか?
私以外の命(動植物)を私の命に代えないと、私の命が存続できないんです。ほかの命をいただけなければ、近い将来「死」が確定ですよね。
だからこそ「他の命をいただきます。お陰様で私の命を続けさせていただきます。」という報恩感謝の気持ちが大切だと思います。
投稿: | 2009.10.02 21:44
>この人本当に常識のない人だね。「いただきます」で手を合わせるのも、「ご冥福をお祈りします」も変じゃないよ。家庭でまともな教育受けてこなかった人が自分の狭い常識で偉そうにかたってるの読むと、もう日本も終わりなんだなとつくづく感じるね。
↑文章を理解できない人ってかわいそう・・
投稿: | 2009.10.20 08:14
結局何て言えばいいの?
投稿: | 2010.07.12 18:20
「心より哀悼の意を表します」
がいいのでしょうか。
ただ自分が思うには、個人の方の神がわからない場合など多々あると思います。
そんな時一々調べたり伺ったりする事などで来ません。
ご自身で持ち合わせてる最大のお悔やみの気持ちを言葉に乗せればいいのでは無いでしょうか?
それに対し、それぞれの神は受け止めるはずでは無いかなと思っています。
投稿: | 2010.08.17 11:36