空間線量マップが映し出す「0.1マイクロシーベルト」の虚構
6月6日、NHKをはじめとするメディアで、「福島県内の7割の地域で放射線量が全国と同レベルに低下した」とする報道がなされた(参照)。原子力規制委員会の15年間にわたる測定データを基にしたこのニュースは、事故由来の放射性物質が着実に減少しているという大枠の事実を伝えており、一見すると復興の順調な歩みを示すものとして喜ばしい。
しかし、その報道が根拠としている「1時間あたり0.1マイクロシーベルト(μSv/h)以下=全国と同レベル(回復)」という前提には、科学的な事実から著しく乖離した重大な欺瞞が潜んでいる。2020年と2025年の放射線量統合マップを丹念に読み解くことで、日本の放射線報道がいかに非論理的な指標に縛られているかが浮き彫りになる。
マップが証明する「不変の自然放射線」
原子力規制委員会が公開している2020年と2025年の空間線量マップを比較すると、東部の原発周辺地域(浜通り)では、相対的に線量の高い緑や黄色のエリアが5年間の物理的減衰やウェザリングによって明確に縮小している。これは事故由来のセシウム等が順調に減少している証左である。
しかし、視点を原発から遠く離れた西部の会津地方や県南地方に移すと、極めて不可解な現象に気づく。これらの地域に広がる「0.1〜0.2 μSv/h(水色)」のエリアは、5年という歳月が経過しているにもかかわらず、その分布や形状が2020年より2025年で拡大化しているのである。この自然放射線の存在は、マップ上に地理的な「逆転現象」すら引き起こしている。
2020年
2025年
人工放射性物質であれば、必ず物理的減衰する。だが、この地点では増加している。理由は単純で、このエリアの放射線が原発事故とは無関係であるからだ。すなわち、花崗岩などの地質や土壌から半永久的に放出され続けている「自然放射線」の数値が、そのままマップに反映されているに過ぎない。
原発事故直後、放射性物質が大量に降り注いだ中央部の「中通り」では、国や自治体によって表土の削り取りや高圧洗浄といった徹底的な除染作業が行われた。その結果、環境が人為的にリセットされ、現在のマップでは大半が「0.1 μSv/h以下(濃い青)」となっている。一方で、原発から遠く、初期から汚染が少なかったため大規模な除染が行われなかった西部の山間部では、手つかずの自然が残された結果、先述の自然放射線によって「0.1〜0.5 μSv/h」の数値を示している。
つまり、「かつて激しく汚染されたが人為的に削り取られた地域」のほうが、「元々影響が少なく自然のまま残された地域」よりも空間線量が低く表示されているのである。
国際基準から乖離したメディアの「ゼロリスク信仰」
ここに至って、先述のNHKの報道がいかに奇妙であるかが明らかになる。報道では「0.1 μSv/hを超えている地域は3割まで縮小した」とし、あたかもこの3割がいまだ原発事故の影響から回復していない汚染地域であるかのように伝えている。しかしその「残り3割」の中には、半永久的に減衰することのない自然放射線を発する西部エリアがすっぽりと含まれてしまっているのだ。
そもそも、国際放射線防護委員会(ICRP)が定める「年間1ミリシーベルト」という公衆の被ばく限度は、自然放射線や医療被ばくを「除いた」追加の被ばく線量に対する基準である。世界平均の自然放射線量は年間約2.4ミリシーベルト(空間線量で約0.27 μSv/h相当)に上り、花崗岩の多い西日本や世界の多くの地域では、自然のままでも0.1 μSv/hなど優に超えている。国際的な科学の常識に照らし合わせれば、0.1〜0.2 μSv/hなどという数値は、ごくありふれた平穏な自然環境のレベルでしかない。
それにもかかわらず、日本のメディアや行政は、事故由来の「追加線量」ではなく、自然放射線も含めた「空間線量の合計値」にすり替えてしまった。そして、「0.1以下にならなければ全国レベルとは言えない」という、日本の地質を無視した独自の非科学的なハードルを設定し、無用な不安を煽り続けている。
「0.1 μSv/h基準」の終焉
事故からおよそ15年が経過し、福島県の広範な地域において、事故由来の放射線という「シグナル」は、自然放射線という「ノイズ」と同等かそれ以下のレベルにまで減衰、あるいは埋没した。このような低線量域において、空間線量の合計値だけを測定し、それを基に汚染の有無や除染の必要性を議論することはもはや意味をなさない。実は、もっと以前に意味を失っていたのである。
自然放射線によって0.15 μSv/hを示している山林に向かって、「0.1以下にするための除染」を議論するなら、そこにある自然の山や大地そのものを破壊せよと言っているに等しい。
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