2025.11.10

【お知らせ】『新しい「古典」を読む 4』finalvent著が、今日、2025年11月10日、ついに発売されました。

『新しい「古典」を読む 4』finalvent著が、今日、2025年11月10日、ついに発売されました。

『新しい「古典」を読む 4』
https://www.amazon.co.jp/dp/B0FYGVYY4L

この巻は、著者自身が言うのもなんですが、圧巻という感じです。自分が書いたものとはいえ、10年も前に書いたので、かなり距離感もあり、離れた目で読むのですが、これは、けっこうとんでもない代物だなあ、と他人事のように思いました。

これで4巻シリーズは完結です。
悲願達成という感じがします。

率直なところ、これが実現される日が来るのとは思わなかったです。すでに原稿があるのだから、版組すればいいじゃないかと簡単に思ってた自分を殴ってあげたいです。編集に苦慮されたバンディット(BANDIT)さん、ありがとう。ここまでできる編集者はいないよ、すごいよ。

これを祝してということでもないのですが、池袋ジュンク堂で、文芸評論家の仲俣暁生さんとトークイベントをします。

参加費2000円と映画なみのお値段ですが、たぶん、珍しい機会、そして、めずらしい話題になると思います。ぜひ、ご参加ください。

開催日時:2025年11月25日(火) 19:30~
開催場所:池袋ジュンク堂9F イベントスペース

来店トークイベント【19:30開演】
軽出版から考える 本を作ること・売ることの未来

https://honto.jp/store/news/detail_041000122134.html

 仲俣 暁生(編集者・文芸評論家/大正大学表現学部教授)
 finalvent(ライター・ブロガー)  
 坂田 散文(司会・編集者)

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2025.11.08

ニューヨーク市長選は「リベラルの勝利」

今回の事態は敵失と低投票率の産物である

2025年11月4日、ゾーラン・マムダニがニューヨーク市長に当選した。日本のメディアは「リベラルの大勝利」「アメリカ左派の復権」と報じている論調が目に付く。しかし、この見方は根本的な誤解であろう。マムダニの勝利はリベラルの勝利ではなく、バーニー・サンダース現象の再現であり、成功は極めて困難な賭けである。この勘違いのままの認識では再び手痛いバックラッシュを招くことになるだろう。

今回の事態は、2021年のエリック・アダムズ当選の鏡写しである。アダムズは民主党予備選で30.8%の得票率で1位通過したが、過半数には程遠かった。アンドリュー・ヤン、マヤ・ワイリー、キャスリン・ガルシア、スコット・ストリンガーの4候補が票を食い合い、ランクド・チョイス投票でアダムズに流れた。これは2020年のジョージ・フロイド事件後の「警察予算削減」反動と犯罪急増が背景にあった。アダムズは元警察官として「法と秩序」を掲げ、黒人・ヒスパニック労働者階級の支持を集めた。しかし、2024年からの汚職スキャンダルで支持率は20%に急落。側近のイングリッド・ルイス・マーティンが贈収賄で起訴され、「ポテトチップス・ゲート」が象徴する腐敗が露呈した。トランプ接近もリベラル層の反発を招いた。

マムダニは予備選で41%を獲得したが、投票率は38%と史上最低クラスである。全市的な民意ではなく、熱狂層の動員による勝利ではあるが、敵失が大きい。6月の予備選ではアダムズが28%、クオモが15%と票が分裂し、マムダニは「反アダムズ」で団結票を集めたに過ぎないと見るべきだろう。総選挙でも無所属出馬を断念したアダムズの支持層が棄権し、マムダニの勝利を助けた。投票率の低さは、勝利が「現象」であり、「民意の総意」ではないことを示す。

実態はサンダース現象

この実態は、ようするに、サンダース現象である。2016年のサンダース予備選は若者爆発、小口献金、反ウォール街を特徴とした。平均献金27ドル、100万人超のボランティア、デジタル戦略で22州を制した。マムダニは平均献金38ドル、TikTokで「#FreeTheSubway」が約1.2億ビュー、ボランティア約4.1万人、これはDSA会員が約65%を動員した。なお、DSAは、Democratic Socialists of America、民主社会主義者同盟である。その政策は富裕税(年収1000万ドル超に5%)、公共住宅10万戸建設(空き家接収)、地下鉄無料化パイロット、市営無料医療拡大と、サンダース2016年公約のNYC版でもある。警察予算10%削減は「Defund the Police」の再分配版である。

実際、サンダース本人が5月にブルックリン集会で応援演説し、「ゾーラン(マムダニ)は民主党の未来」と宣言した。6月の予備選直前にはTV広告に出演し、「私はゾーランと共にある」と訴えた。勝利後にはXで「社会主義市長の誕生――革命は続く」と祝った。DSAニューヨーク支部は過去最大級の動員を誇り、アレクサンドリア・オカシオ=コルテスやジャマール・ボウマンが応援に駆けつけた。支持層は18~34歳が70%、移民2世(南アジア・ラテン系)がクイーンズ・ブロンクスに偏在する。ウガンダ系ムスリムとして多様性の象徴となり、若者票を爆発させた。

民主党主流派は沈黙し、中道リベラルはクオモ支持に回った。バイデンはコメントを避け、チャック・シューマーは距離を置く。リベラル全体の勝利では到底ない。進歩派左派のクーデターとさえ言えるかもしれない。ニューヨーク・タイムズは「これはリベラルの勝利ではない。社会主義の反乱である」と社説で指摘した。ウォール・ストリート・ジャーナルは「無料地下鉄の夢、3.5億ドルの悪夢」と揶揄する。リベラル勝利なら民主党本部が次期リーダーと称賛するはずだが、現実は逆である。親イスラエル・リベラルはマムダニのBDS支持で離反し、ビジネス界はクオモに流れた。なお、BDSは、Boycott, Divestment, Sanctions、ボイコット・投資撤収・制裁運動である。

よって今回のマムダニ勝利は、単純にリベラルの勝利とは言えない。リベラル主流はクリントン・オバマ系の伝統的リベラルを指す場合が多いが、彼らはマムダニを「現実離れ」と警戒している。リベラル勝利は中道・現実主義の政策とエスタブリッシュメントの祝福を伴う。マムダニは両方を欠く。サンダース現象は「反エスタブリッシュメント」の爆発であり、むしろ主流リベラルは敗北した側である。

大手紙は失敗を予測する

今後の予想を大手紙などはどう見ているか。ニューヨーク・タイムズは「1年以内に市議会と対立、予算凍結」と予測する。市議会51議席中DSA系は8議席の16%に過ぎず、中道・保守派が多数を占める。富裕税法案は否決必至である。ウォール・ストリート・ジャーナルは富裕税が連邦税との2重課税で訴訟リスクと指摘し、富裕層の州外移転を警告する。ニューヨーク・ポストは警察組合PBAが「青の流感」警告を発し、予算削減で犯罪率が上昇すると予想する。地下鉄無料化には年間3.5億ドルが必要で、財源は見当たらない。

複数のアナリストが失敗確率7割超と予測する。クイニピアック大学の世論調査(回答者約1100人)では「マムダニ政権が2年持つ」は31%である。失敗予想が7割前後を占める。フォックス・ニュースは「バーニー・ブロ市長、犯罪波来たる」と煽り、ニューヨーク・ポストは「社会主義市長のハネムーンは始まる前に終わる」と断言する。成功を信じる声はDSA内部にほぼ限定されている。

反トランプだけでは見えない

マムダニの成功は望ましいが、理性的に見て、成功は極めて困難である。市議会、州政府、警察、財源の4重の壁がある。州知事キャシー・ホークルは中道民主党員で、地下鉄無料化に反対し、州予算補助をカットする可能性がある。警察予算10%削減は犯罪率上昇を招く。NYPDトップの辞任が相次いだアダムズ時代を上回る混乱が予想される。左派市長の失敗を繰り返す歴史となりかねない。デビッド・ディンキンズは1990~93年、警察改革で犯罪急増し、ルドルフ・ジュリアーニに敗北した。ビル・デブラシオは2014~21年、警察改革と幼児教育無料を掲げたが、後半支持率20%台で後継者なし。シカゴのロリ・ライトフットは2019~23年、警察予算削減で犯罪率50%増し、予備選最下位に沈んだ。マムダニも例外ではない。

マムダニの成功には犯罪率の抑制、連邦政府の支援、富裕層の定着が必要である。しかし、現実的には警察削減下での犯罪抑制は困難であり、連邦支援も不透明、富裕税は流出を加速させる。複数の試算で成功は極めて困難と見られている。

ではどうするか。少なくとも、反トランプだけでは見えない現実がある。トランプ接近のアダムズを彼らが倒したのは事実だが、それだけで政権運営はできない。反トランプという動向は基本的に感情であり、予算権も警察権も握れない。マムダニは執行権を獲得したが、基盤は若者とDSAに偏り、投票率38%の勝利は脆い。支持層の70%が18~34歳で、中間選挙で投票率が急落すれば議会はさらに敵対する。マムダニの成功には市議会の説得、警察との妥協、財源の現実的確保が必要である。

日本の識者は「リベラル勝利」と喜ぶ前に、失敗の確率とバックラッシュのリスクを見据えるべきであろう。バックラッシュは犯罪急増、富裕層流出、民主党分裂として現れることになる。サンダース現象は熱狂を生むが、政権維持には現実の壁を乗り越える必要がある。

 

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