2026.10.08

フランスの金利上昇が問うこと

2026年10月7日、フランス銀行総裁エマニュエル・ムーランは、フランスの財政状況は深刻だが、その解決をフランクフルト(つまりEU)に求める必要はないと述べた。その前日の6日、10年国債の利回りは4.8%台、ドイツとの差は130ベーシスポイント前後まで開いていた。週内には差が140近くまで広がった局面もある。この事態は、「フランスの債務危機の再来」と理解しやすいのだが、市場が値付けしているのは、フランスが明日にも借金できなくなるという見通しではない。フランスは今も国債を発行できている。上がっているのは、2027年初頭の大統領選まで、誰も赤字を本気で削れないのではないか、という政治リスクの保険料なのである。

数字を並べれば確かに事態は悪い。国立統計経済研究所(INSEE)が9月29日に確認したところでは、6月末の公的債務は3兆5955億ユーロ、GDP比119%で、戦後の記録圏にある。政府は年末に119.3%、2027年末には121.7%を見込む。赤字は2024年が5.8%、2025年が5.1%、2026年は2月に成立した予算の5%から、9月には5.4%へ上方修正された。成長見通しも同時に1%から0.5%へ下げられた。利払いは2026年に約790億ユーロ、2027年には約910億ユーロの見込みだ。

とはいえ、この軌跡は、2024年夏に突然始まったわけではない。2017年の政権発足時、債務はGDP比約101%だった。2020年から21年のコロナ支援、その後のエネルギー危機対応、住居税の廃止や法人税・社会保険料の軽減が、低金利の十年間に債務を積み上げた。金利が低いうちは、その体質は「フランス・モデル」として通った。2022年以降に金利が戻った瞬間、同じ体質が市場の審査対象になった。

ここで冒頭の10月7日の「正論」が問われる。ECBの使命は物価安定であり、各国の予算を肩代わりすることではない。介入が常態化すれば、削る動機が消える。ムーランが「条件は今日、満たされていない」と言ったのは、制度上はその通りだ。だがフランスが今できないのは、正しい予算案を書くことではない。書いた案を、みじめにも三つに割れている議会でどうやって通すかということだ。

分岐点は2024年6月の解散総選挙だった。議会は三つに割れ、安定多数は消えた。2024年と2025年、首相は予算対立で退陣した。2026年予算も約4か月の空転の末、2月にようやく成立したが、赤字目標は緩んでいた。10月1日、ルコルニュ政権は2027年予算案を提出し、赤字を5%へ下げるためおよそ540億ユーロの緊縮を掲げた。算術としては一歩だ。政治としては、選挙前の自殺行為に見える。極右と左派はともに反対し、年内成立は見通せない。

こうしてみると、スプレッドの拡大は、支払能力の判定というより、統治可能性の判定なのである。ドイツとの差は2026年初めの約55ベーシスポイントから、9月18日に2012年以来はじめて100を超し、10月上旬には130を上回った。債務比率だけで説明できる幅を、政治プレミアムが上回っている。イタリアは債務比率ではフランスより重い時期が長かったが、市場が怖がるのは比率そのものより、「次の予算を通す政府がいるか」だった。フランスは今、その問いにいいえと答えかけている。中核国が周縁国と同じ問いを投げられている点が、2012年との違いである。

この事態について、ウクライナ支援を原因に据える議論もないわけではない。だが、キール世界経済研究所の集計では、2022年2月から2026年6月までの二国間支援は約79億ユーロ、EU予算のフランス負担分を足すと約262億ユーロ、年平均およそ60億ユーロだ。同じ期間の財政赤字は年平均およそ1500億ユーロで、支援はその数パーセントにすぎない。9月24日、ルペンは財政を理由にウクライナ向け支出の停止を改めて掲げた。戦争が本当に効いているのは支出のその一行ではなく、国防費を構造的に上げざるを得なくなったことと、財政を争点にする党派に「外に出す金があるなら国内を守れ」という合言葉を渡したことだ。金額の問題が、正統性の問題にすり替わっている。

ECBが動くかどうかは、したがって二次的な問いになる。伝達保護手段は、国が自ら財政を立て直したあとの無秩序な金利急騰を想定している。フランスが2026年10月に直面しているのは無秩序な急騰ではなく、選挙カレンダーに縛られた秩序だった先送りだ。フランクフルトが買えばスプレッドは一時的に縮む。縮んだあと、議会がなお削れなければ、同じプレミアムは戻る。介入は時間を買う手段ではあっても、多数派の代わりにはならない。

さて、この膠着はフランスだけの話で終わらない。ユーロは通貨を共有し、予算は各国に残した。その非対称性は、小さい国が市場に屈するときには「規律」と呼ばれた。大きい国が同じ規律を政治的に実行できないとき、それは規律ではなく、制度の穴として見える。投資家が10月のフランス債を通じて試しているのは、パリの次の予算ではない。中核国がルールを守れないとき、ユーロはなお「助けない」と言い切れるのか、という一点だ。

年内に予算が通れば、プレミアムは一部剥落する。2024年、2025年と同じように倒れれば、債務比率はほとんど動かなくても、金利はさらに政治を織り込む。フランスの問題は、借金が多すぎることではない。借金を減らす決定を、マクロン政権は、2027年の投票日より前に下せないということだ。

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2026.10.07

クレテイユの校門から、25万人の行進へ

9月21日、パリ郊外クレテイユのサン=テグジュペリ高校で、生徒が校門を塞いだ。教員が来ない、代わりも入らない、1クラスは32〜35人、トイレも暖房も壊れたまま。この封鎖が10月6日には全国25万6000人(主催者側は45万人)の行進になった。主体は高校生だ。ただし、ここまで大きくなったのは高校生だけではない。

要求は具体的だ。未補充の教員を埋めよ。過密学級を減らせ。郊外と中心部の予算差を埋めよ。そのうえで、高校生と大学生がそろって廃止を求めているのが Parcoursup(パルクールシュップ)と Mon Master(モン・マスター)である。

Parcoursup は、2018年に始まった大学進学の全国共通サイトだ。日本の共通テストと各大学入試を一つにまとめたようなもので、高校3年の1月から、大学・短期高等課程・準備学級など約2万5000課程へ最大10志望を出す。合否そのものは各課程の教員が成績と志望理由で順位を付け、サイトが定員に合わせて入学枠を回す。抽選だった旧制度より露骨な運は減ったが、春から夏まで結果が読めず、成績上位者が複数の枠を長く押さえる。2026年7月、本募集の終了時点で約13万人がどこにも入れないまま残った。また、Mon Master は、その修士版だ。大学を出ても修士に進めない、という同じ不安を大学院の入口で繰り返す。生徒側の主張は「高校卒業資格は大学入学を、大学卒業は修士入学を保証すべきだ。サイトによる選抜はやめ、定員を25万増やせ」である。政府は「制度は動いている。廃止は安易」とし、10月末までに基準の透明化を出すと約束した。

さて、高校生だけでは、この規模のデモにはにならなかった。拡大したのは、教育労組がストライキを呼びかけ、CGT、FO、FSU、Solidaires、CFDT が支持を表明したからである。7日にはパリの Sciences Po が入り口を塞ぎ、ブルヴァール・サン=ジェルマンで機動隊と対峙した。エクス=アン=プロヴァンスとストラスブールの政治学院も占拠した。8日は学生側が「第4幕」と呼び、保育職と TotalEnergies のストライキが重なる。首相ルコルニュは6日夜、8日から9日まで高校の時間割を組み替え、「対話の時間」にすると発表した。

事態の悪化はすでに数字で見える。ルコルニュは議会で、これまでの衝突で生徒少なくとも215人、教職員85人が負傷し、「教育現場が数十年で払った最大の代償」と述べた。首相府は警察官の負傷を700人超とする。北部ランスでは今週、15歳の生徒が閃光弾で片手を失い、内相は高校生抗議での使用を一時停止した。6日のパリでは、覆面の約300人が終盤にナシオン広場で投石し、催涙ガスと放水砲が出た。行進本体の5万6000人とは別枠だ、と警察は言う。同じ日、全国約3700校のうち約900校が影響を受け、488人が拘束された。運動開始以来の拘束は6500人を超える。

この端緒の教室に覚えのある人もいるだろう。2008年の映画『パリ20区、僕たちのクラス』がすでに今日の姿を見せていた。教員フランソワ・ベゴドーがパリ19区のモーツァルト中学で教えた記録が原作で、画面の舞台は20区という設定だ。職員会議で、教員が女子生徒たちを「pétasses(尻軽)」と呼んだことが漏れ、懲戒委員会と退学手続きに発展する。教室では、教科書の人名が自分たちを表していない、と生徒が言い返す。全国の普通高校の平均ではない。2024〜25年度の重大事案は中高で生徒1000人あたり14件、普通・技術高校は6件、職業高校は20件だ。ただクレテイユは、あの映画が選んだ側の公立である。摩擦そのものが全国に広がったというより、その側に授業の欠落と壊れた校舎が集中し、10月6日の25万6000人がそれを街頭に出した。教育省自身、年間の授業時間の約1割が実施されていないと認めている。

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