スリランカ沖の一撃
2026年3月4日午前5時08分(スリランカ時間)、スリランカ南部ゴール沖約40海里の国際水域で、イラン海軍のモッジ級フリゲート艦IRIS デーナ(ペナント番号75)が遭難信号を発した。爆発を報告する短い通信のあと、艦は急速に沈んだ。
同日、ペンタゴンでの記者会見でヘグセス国防長官が攻撃の詳細を認めた。米海軍の攻撃型原子力潜水艦がMk48重魚雷一発をデーナの船尾に命中させ、竜骨を破断させて急速沈没に至らしめた。ヘグセスはこの攻撃を「静かな死(Quiet death)」と呼んだ。統合参謀本部議長ダン・ケイン大将は「即座に効果を得るためにMk48一発を使用した」と述べ、これが1945年以来初めて米国潜水艦が魚雷で敵艦を撃沈した事例であることを強調した。
原子力潜水艦による敵水上艦の撃沈という意味では、1982年のフォークランド紛争で英原潜コンカラーがアルゼンチン巡洋艦ヘネラル・ベルグラーノを沈めて以来の事例である。その比較は、単なる歴史的アナロジーにとどまらない。ベルグラーノもまた、アルゼンチンが設定した排他的経済水域の外で、すなわち主戦場から離脱する途上で撃沈され、国際法上の激しい論争を呼んだ。デーナの場合はさらに議論含みである。主戦場たるペルシャ湾から約2500キロ離れたインド洋で、しかも多国間海軍演習からの帰路で、攻撃を受けたからだ。
IRIS デーナというイラン海軍の「旗艦」の意味
デーナが何者であったかを理解するには、イラン海軍の構造と、その中でモッジ級フリゲートが占める位置を把握する必要がある。
まず、イランには二つの海軍があり、一つはイラン・イスラム共和国海軍(IRIN)、もう一つは革命防衛隊海軍(IRGCN)である。IRINは1979年の革命以前から存在する正規海軍であり、フリゲートや潜水艦を擁して外洋(ブルーウォーター)作戦を担当する。IRGCNは革命後に設立された準軍事組織の海上部門で、主としてペルシャ湾とホルムズ海峡の沿岸防衛を任務とし、小型高速攻撃艇の大群による「群狼戦術」を得意とする。
IRINの水上戦闘艦は2025年末時点で約8隻のフリゲート級を中核としていた。その内訳は、旧型のAlvand級(1970年代に英国から導入したVosper Mk5型の改修艦)3隻、同じく旧型のバヤンドール級コルベット2隻、そして国産のモッジ級フリゲート3隻(正確には5隻が建造されたが、うち1隻のダマーヴァンドは2018年にカスピ海で座礁・大破し実質喪失、もう1隻のデイラマンはカスピ海の北方艦隊所属でペルシャ湾には展開不能)である。
モッジ級はイラン海軍の近代化の象徴だった。全長94メートル、排水量約1,500トン。Alvand級の船体設計を基礎としつつ、国産のNoor対艦巡航ミサイル、Sayyad-2艦対空ミサイル、324mm三連装魚雷発射管、76mm艦砲、ヘリコプター甲板を備えた。イラン政府はこれらを「ナーヴシェカン(駆逐艦)」と呼び、外洋能力を持つ主権国家の海軍力の証として誇示した。西側のアナリストはこれを「軽フリゲート」ないし「コルベット」と分類するが、制裁下で国産化を進めてきたイランにとっては最良の水上戦闘艦であった。
デーナは同級の4番艦で、2021年に就役。バンダル・アッバースを母港とする南方艦隊に所属し、ホルムズ海峡とオマーン湾の防衛が主任務だった。同時に、インド洋への長距離展開にも投入され、イランの「ブルーウォーター能力」を国際社会にアピールする役割も担っていた。2023年にはブラジル・リオデジャネイロに寄港し、イラン海軍史上初の南米訪問を果たしている。
デーナが撃沈された時点では、2026年2月14日から25日までインド東岸ビシャカパトナムで開催された多国間海軍演習「MILAN 2026」と国際観艦式2026に参加した帰路にあった。74カ国が参加した大規模行事で、デーナの乗員がパレードに参加する映像がSNSに投稿されていた。駐インド・イラン大使によれば、デーナは演習の「平和時プロトコル」に従い非武装状態で、つまり弾薬や兵装を搭載していない状態で帰還中だったとされる。
注目すべきは、米海軍もこの演習にP-8Aポセイドン哨戒機を派遣し、対潜戦訓練に参加していたことだ。ただし、水上戦闘艦は送っていなかった。開戦準備が進行中であったためとみられる。つまり米国は、デーナの演習参加を完全に把握していた。帰還ルートはインド洋を南西に進んでアラビア海に至る経路であり、高い精度で予測可能だった。
イラン海軍壊滅の計画
デーナの撃沈を孤立した事件として捉えると、本質を見誤るだろう。これは2月28日に開始されたOperation Epic Fury(米側作戦名。イスラエル側は「吠える獅子」作戦)の一環であり、「イラン海軍の完全壊滅」という明確な作戦目標の下に実行された。
米軍の態勢
作戦開始時、米海軍は中東に過去20年で最大規模の戦力を集中させていた。空母打撃群(CSG)は2個、USSアブラハム・リンカーン(CSG-3、第9空母航空団搭載)がアラビア海に展開し、USSジャルド R.フォード(CSG-12、第8空母航空団搭載)が地中海から東進して合流した。Lincolnの打撃群だけで、F-35CライトニングII、F/A-18Eスーパーホーネット、EA-18Gグラウラー電子戦機、E-2Dアドバンスド・ホークアイ早期警戒機を含む60機以上の航空機と、トマホーク巡航ミサイルを搭載したアーレイ・バーク級駆逐艦6隻、沿海域戦闘艦3隻を擁していた。2隻の空母を合わせると約150機の航空戦力が投入可能であり、2003年のイラク戦争開戦時に匹敵する規模だった。これに加え、F-22ラプターがイスラエルのオヴダ空軍基地に、F-15Eストライクイーグルがヨルダンのムワッファク・サルティ基地にそれぞれ展開し、B-2ステルス爆撃機が遠距離から作戦に参加した。
最初の48時間
「壮絶な怒り」作戦は東部時間2月28日午前1時15分に開始された。CENTCOM(米中央軍)が公表した作戦概要によれば、最初の24時間だけで1,000以上の目標が攻撃された。CENTCOM司令官ブラッド・クーパー大将は、この初日の攻撃規模を2003年のイラク戦争における「衝撃と畏怖」作戦の2倍と表現している。
最初の48時間における優先攻撃対象リストには、IRGC航空宇宙軍の司令部、イラン艦艇と潜水艦、対艦・弾道ミサイル発射基地、指揮統制施設、防空システムが明記されていた。海軍の壊滅は核施設攻撃と並ぶ最優先事項だったのだ。統合参謀本部議長ケイン大将は「最初に海上で発射されたのは米海軍のトマホークであり、イラン南部沿岸の海軍戦力に向けて攻撃を開始した」と述べた。
イラン海軍の壊滅——艦名ごとの記録
報道と衛星画像、および公式発表を総合すると、破壊が確認された主要艦艇は以下の通りである。
バンダル・アッバース基地(イラン海軍本部所在地、ホルムズ海峡に面する最重要拠点)では、衛星画像が複数の火災と沈没した艦艇を捉えた。モッジ級フリゲートIRIS サハンド(74番)が撃沈された。サハンドは2024年7月に整備中に転覆・沈没し、2025年末に引き揚げ・再就役したばかりだった。同じくアルバンド級フリゲートIRISサバラン、前進基地艦IRIS マクラン(441番、元タンカーを改装した大型艦でヘリコプターとドローンの洋上母艦として機能)、ドローン空母IRISシャヒード・バグヘリ(C110-4、コンテナ船を2年かけて改装した無人機・回転翼機搭載艦)がいずれも港内で破壊された。さらにIRGCN所属のファテ級沿岸潜水艦が被弾・沈没した。Kilo級潜水艦(ロシア製、イラン最有力の水中戦力)も損傷が報告されている。
コナラク基地(チャバハール港近くの南東部拠点)では、モッジ級のIRISジャマラン(76番、同級1番艦で2010年就役)が岸壁で撃沈され、バヤンドール級コルベットのIRISバヤンドール、IRISナグハディも港内で炎上・沈没した。
ペルシャ湾・オマーン湾では、IRGCN所属のシャヒード・ソレイマニ級ミサイルカタマラン・コルベットIRISシャヒード・サイヤド・シーラーズィー(2024年2月就役のイラン最新鋭艦の一つ)がバンダル・アッバース沖で被弾・炎上した後に沈没した。
そして3月4日(作戦開始から5日目)に、インド洋にいたデーナが葬られた。
CENTCOMは「オマーン湾にあったイランの艦艇11隻は、今やゼロだ」と宣言した。クーパー大将は3月6日時点で30隻以上の撃沈・破壊を発表し、「アラビア湾、ホルムズ海峡、オマーン湾に航行中のイラン軍艦は1隻もない。我々は止まらない」と述べた。ヘグセス長官はさらに端的に要約した。「イラン海軍はペルシャ湾の底に沈んでいる。戦闘不能。壊滅。破壊。敗北。好きな形容詞を選んでくれ」。
残ったもの
モッジ級で唯一残存するIRIS ダイラマン(78番)はカスピ海のバンダル・アンザリーに所属しており、ペルシャ湾やインド洋に出ることは物理的に不可能だ。IRINの外洋戦闘能力は完全に消滅した。残されているのはIRGCNの小型高速攻撃艇(数十隻)、機雷、沿岸対艦ミサイル、そしてドローンによる非対称戦能力だけである。
デーナはホルムズ海峡の瓶の首足りえた
デーナ撃沈の戦略的意味は、ホルムズ海峡という地理的文脈で初めて明確になる。
幅わずか58キロのこの海峡を、世界の石油海上輸送の約20%にあたる日量約2000万バレルが通過する。Epic Fury開始後、IRGCは直ちに海峡通過船舶への攻撃を宣言し、海峡の交通量は激減した。原油価格は1バレルあたり約80ドルへと10%上昇した。複数の商船がすでに攻撃を受けている。米国にとって海峡の「再開放」は軍事目標であると同時に、世界経済の安定に直結する緊急課題だった。トランプ大統領が3月2日に署名した法的根拠文書にも、「ホルムズ海峡を通じた物資・交通の自由な流れの確保」が作戦目的として直接言及されている。
港内で撃沈された艦艇は、海峡周辺の「現在の脅威」を除去するものだった。一方デーナの撃沈は、性格が異なる。デーナがイラン本国に帰還すれば、1〜2週間以内にホルムズ海峡に展開可能だった。対艦ミサイルを搭載し、IRGCN小型艇の指揮艦として機能し、機雷敷設を支援しうる。それは海峡封鎖作戦を実質的に強化する戦力だった。
デーナを沈めることは、したがって、「将来の脅威」の予防的排除という意味を持っていた。主戦場から2500キロ離れたインド洋での攻撃であるがゆえに、この撃沈には戦略的メッセージも込められていた。デフコンレベルの分析が指摘するように、潜水艦作戦は通常、所在が不明であること自体が価値を持つため、作戦の詳細は秘匿される。にもかかわらず米国が潜水艦の関与を公表し、映像まで公開したのは、抑止力の誇示を優先したからだ。どこにいようとイランの軍艦は安全ではないこと、それがヘグセスの「静かな死」に込められたメッセージである。
この撃沈は国際慣例上どのように見られるか
デーナ撃沈をめぐる国際慣例上の議論が残る。
攻撃そのもの考察
海戦法規(特に1994年のサンレモ・マニュアル)の下では、交戦国の軍艦は武装の有無にかかわらず合法的な軍事目標(legitimate military target)であり、中立国の領海(12海里)外であれば攻撃は許容される。デーナはスリランカ領海の外側(約40海里の地点)にいた。キングス・カレッジ・ロンドンのアレッシオ・パタラーノ教授は、攻撃の法的根拠がトランプ大統領の3月2日署名文書にあると指摘し、海戦法規上デーナは合法的標的であったとの見解を示した。グローバル・セキュリティの分析も同様に、「軍事的必要性は、最初の一斉射撃を待つことを要求しない。合法的標的、軍事的目的、執行における比例性において、デーナはこの三つの基準をすべて満たしていた」と結論づけている。
批判もある。元ペンタゴンの民間人被害評価責任者ウェス・ブライアントは、デーナが差し迫った脅威を構成していたとは言えないと主張する。「この軍艦は能動的に脅威を与えていたのか、敵対行為に参加していたのか。誰もこの軍艦が誰に対しても差し迫った脅威だったとは言えない。これを標的にすることで、トランプ政権はイランの政府と軍全体が差し迫った脅威だと言っているのか。もしそうなら、これは極めて危険な軍事的越権の例である」。イラン外相アラグチは「イラン海岸から2000マイル離れた海上での残虐行為」と断じた。
救助義務
もう一つの論点は、攻撃後の救助義務だ。1949年の第二次ジュネーブ条約第18条は、交戦後に漂流者・負傷者の捜索・収容を行う義務を課している。デーナの乗員を実際に救助したのはスリランカ海軍とインド海軍(コーチから哨戒機P-8Iネプチューンとフリゲート艦INS タランギニ、INS イクシャクを派遣)であり、攻撃を行った米潜水艦は浮上せず、救助活動に参加していない。これを国際法違反と批判する声がある一方、潜水艦戦においてはこの義務は「作戦状況が許す場合」という条件付きであるとする解釈が通説だ。当該水域に敵対勢力がいなかったとはいえ、潜水艦が浮上すれば自らの位置と能力を暴露するため、「作戦上不可能」との判断には一定の合理性がある。
ベルグラーノとの比較、そしてその先
1982年のベルグラーノ撃沈は、英国が設定した排他的経済水域の外で、戦闘海域から離脱中の巡洋艦を攻撃したものだった。英国は「巡洋艦が反転して英艦隊を攻撃する可能性があった」として正当性を主張した。デーナの事例は、主戦場からの距離がさらに遠く、演習帰りという「平時に近い」状態での攻撃である点で、ベルグラーノよりもさらに論争的な先例となりうる。海戦法規の枠組みでは合法であっても、そこには「帰還中の軍艦をどこまで追撃してよいのか」という規範的な問いが残る。
事前計画はいつからか
この撃沈がいつから計画されていたのかという問題も考察に値する。
直接的な内部文書は公開されていない。しかし、公開情報から再構成できるタイムラインは、計画の長期性を強く示唆する。
2025年6月13日、イスラエルがイランの核施設・軍事拠点を大規模空爆。同月22日、米国がナタンズ、フォルドゥ、イスファハンの核施設を直接攻撃した。この「第1フェーズ」の公式目標は核プログラムの無力化だったが、トランプは選挙期間中から「イラン海軍の一掃」を繰り返し公言していた。
2026年1月末、USS アブラハム・リンカーンがCENTCOM管轄海域に到着した。2月3日にはリンカーン搭載のF-35Cがイランのシャヒード-139ドローンを撃墜し、同日IRGCNがホルムズ海峡で米国籍タンカーの拿捕を試みる事件が発生した。2月中旬にはUSS Gerald R. Fordがジブラルタル海峡を東進し、F-22がイスラエルに前方展開した。開戦直前の2月27日、オマーン外相が「ブレイクスルー」を発表し、イランが濃縮ウランの廃棄に同意したと報じられた。しかし米国はこれを不十分として翌日作戦を開始した。
今回の作戦が開始された瞬間に海軍が最優先攻撃対象になったこと、そしてインド洋にいたデーナが即座に追跡・待ち伏せされたことは、海軍壊滅計画が作戦開始のはるか以前から策定されていたことを物語っている。ヘグセスの「国際水域で安全だと思っていたイラン軍艦を沈めた」という発言は、事前の追跡・監視を事実上認めるものだ。MILAN演習への参加は米国にとって好都合な情報だったかもしれないが、計画の本質はそこにはない。核施設攻撃と海軍壊滅は、2025年夏の時点で同一の戦略パッケージの中にあった。そう考えるのが最も合理的である。