2026.08.08

200万人規模のウクライナの動員危機

「200万人」は何を意味するのか

ウクライナの動員制度が抱える問題を象徴する数字が、改めて表面化した。2026年8月7日、与党「国民の僕」の最高会議議員オレクサンドル・フェディエンコはテレビ局Espresoの番組で、「約200万人の忌避者がいる。彼らはレーダーに載っていない」と述べ、まず彼らを軍事登録制度の中に戻すことが動員改革の前提になるとの認識を示した。翌8日にはZN.uaもこの発言を取り上げ、TCC(領土募集・社会支援センター)の視野から外れている人々を把握することが改革の優先課題だと報じた。

衝撃的な数字だが、この「200万人」は、そのまま「徴兵命令を拒否して逃亡している人数」ではない。軍事登録上の義務を履行していない者、最新情報を届け出ていない者、TCCとの接触が成立していない者など、法的地位の異なる人々が含まれている。フェディエンコ自身も、まず登録上把握したうえで、徴兵猶予や重要職種による留保、健康上の事情などを確認する必要があると説明している。200万人全員が、直ちに動員可能な違法な徴兵忌避者というわけではない。

もっともだからといって、この留保によって「200万」という数字の重みが失われるわけではない。問題は、200万人全員が犯罪者かどうかではなく、戦時下の国家がこれほど大きな兵役義務者集団を通常の軍事登録と動員の枠組みに収められていないことである。ここに表れているのは、単なる行政事務の遅れというより、国家の動員制度そのものから相当数の人々が距離を取っているという現実だ。

すでに国防相が認めていた数字

約200万人という数字は、フェディエンコが突然持ち出したものではない。2026年1月14日、国防相に就任したミハイロ・フェドロフは最高会議で、国防省が引き継ぐ問題として「捜索中の約200万人」と「無断離隊約20万人」を挙げている。少なくとも、ウクライナ政府が数百万人規模の軍事登録上の問題を認識していることは、公式発言から確認できる。

この問題の背景には、2024年に強化された軍事登録制度がある。同年5月以降、兵役義務年齢の男性らには、住所や連絡先などの情報をTCCや行政サービスセンター、アプリ「Reserve+」を通じて更新することが求められた。登録制度そのものはその後も整備され、自動登録などの仕組みも導入されたが、それでも2026年時点でなお約200万人が「捜索中」「レーダー外」と表現されている。問題が一時的な事務上の混乱ではなく、長期化した制度的課題であることは明らかだ。

なぜ人々は制度から離れるのか

なぜこれほど多くの兵役義務者が国家との接触を避けるのか。背景にあるのは、単純な「戦争に行きたくない」という心理だけではない。戦争が長期化するなかで、十分な訓練を受けられるのか、前線に送られた後にいつ交代できるのか、負傷した場合に適切な処遇を受けられるのかといった不安が蓄積してきた。とりわけ、明確な服務期間や復員の見通しが乏しい状況は、「いったん軍に入れば、いつ戻れるか分からない」という感覚を広げた。

なにがウクライナで起きているのか。重要なのは、動員回避を個人の臆病さや愛国心の欠如だけで説明しても、徴兵の実態が理解できないことである。ロシアの侵略を受けている以上、国家が兵員を必要とし、国民に防衛義務を求めること自体には明確な理由がある。しかし、その義務がいつまで続くのか分からず、負担が公平に配分されているという確信も得られなければ、人々が制度から距離を取ろうとする誘因は強くなる。200万人という数字は、国家の軍事的必要と、個人が受け入れ可能と考える負担との乖離を映している。

腐敗と強制が損なった正統性

動員制度への不信をさらに深刻にしたのが、徴兵をめぐる腐敗である。ウクライナ当局はこれまで、軍医委員会による不正診断、虚偽の障害認定、兵役不適格認定、国外逃亡を可能にする書類の売買などを相次いで摘発してきた。2023年にはゼレンスキー大統領が地域徴兵当局トップの一斉更迭に踏み切り、その後も不正認定や贈収賄事件の摘発が続いている。

戦争への参加という極めて重い義務について、「金や人脈のある者は逃れられる」という認識が広がれば、制度の正統性は急速に損なわれる。動員される側にとって重要なのは、義務そのものの有無だけではなく、それが誰に、どの基準で、どれだけ公平に課されているかである。制度が不公平だと認識されれば、遵守しようとする動機も弱くなる。

街頭での強引な徴兵も、同じ問題を悪化させてきた。男性を路上で取り囲み、車両に乗せてTCCへ連れて行く映像はSNSを通じて広く共有され、「busification」と呼ばれるまでになった。個々の映像には前後関係が不明なものもあり、ネット上の動画だけから徴兵活動全体を評価することはできない。それでも、2025年だけでTCC職員による権利侵害の疑いについて人権オンブズマンに6000件を超える苦情が寄せられた事実は重い。強制的な徴兵をめぐる摩擦は、単なる情報戦上のイメージではなく、現実の社会問題になっている。

リヴィウの衝突が示したもの

その緊張が街頭で可視化されたのが、2026年7月8日のリヴィウである。TCCによる身分確認をきっかけに約200人が集まり、警察やTCC職員との衝突に発展し、車両が横転させられる事態となった。ひとつの事件をウクライナ社会全体の態度として一般化することはできないが、約200万人の「捜索対象」、約20万人の無断離隊、数千件の権利侵害の訴えと重ねれば、動員をめぐる国家と国民の緊張が例外的な出来事ではなくなっていることが見えてくる。

しかも、この問題は単純な「取り締まり不足」として処理することは難しい。刑法上の徴兵忌避事件や有罪判決は存在するが、その規模は「捜索中」とされる約200万人とは大きく隔たっている。これは、200万人の大半を刑事上の徴兵忌避犯とみなす理解が不適切であることを示す一方、行政上の軍事登録違反を刑事処罰だけで解消することが現実的でないことも示している。

「影から出す」には何が必要か

フェディエンコが「まず影から出す必要がある」と語ったのは、この事情を踏まえてのことだろう。政府にとって必要なのは、所在を突き止めて強制的に徴兵することだけではない。人々がなぜ正規の軍事登録から距離を置き、国家機関との接触を避けるようになったのかを考えなければ、摘発を強化するほど、かえって人々を地下へ追いやる可能性がある。

その意味で、最も深刻なのは前線で戦う兵士との公平性の問題である。長期間にわたり戦闘を続ける兵士から見れば、後方で軍事登録を避け、動員から距離を置く者の存在は不公平に映る。兵員不足によって交代要員が確保できなければ、動員回避の拡大が現役兵士の服務をさらに長期化させ、その長期化が新たな動員回避を生む。これは制度そのものを弱体化させる循環である。

この循環を断つには、国家も国民に対して条件を示さなければならない。誰がどの基準で動員されるのか。経済力や人脈によって義務を回避できないのか。徴兵の過程で基本的な権利は守られるのか。前線に送られた兵士には、交代や復員についてどのような見通しがあるのか。長期戦で国民に大きな犠牲を求める以上、国家の側にも、その犠牲が公平かつ予測可能な制度のもとで求められていることを示す責任がある。

兵員不足より深い問題

約200万人という数字は、200万人の犯罪者が存在することを意味しない。しかし、それを理由に数字の意味を軽視することもできない。前線で恒常的な兵員不足を抱える国で、これほど大きな人数が正常な軍事登録と動員の枠組みから外れていること自体が、国家の動員能力に重大な問題が生じていることを示している。

そして、それ以上に重要なのは、この数字が国家と国民の関係を映していることである。徴兵制度は、強制力だけでは長期的に維持できない。負担が公平に配分され、腐敗によって義務を免れる者が放置されず、兵士の生命と権利が可能な限り守られ、国家自身も自ら定めた規則に従うという信頼があって初めて成り立つ。

フェディエンコらが繰り返し「まず影から出す」と語るのは、その信頼が損なわれたままでは、動員制度そのものが機能しないからである。約200万人という数字が突きつけているのは、単なる兵員不足ではなく、長期戦のなかで深まった、国家と国民とのあいだの信頼の危機なのである。

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2026.08.06

ポーランドで崩れていく政治構造

第1党が勝者とは限らない

ポーランドの政治が迷走している。次回のポーランド総選挙では、最も多くの票を得た政党が政権を取れないかもしれない。反対に、最大野党が大幅に議席を減らしても、その政治陣営が政権を奪還する可能性がある。これは一見すると矛盾している。が、これこそが2026年夏のポーランド政治を理解する鍵となる。

ドナルド・トゥスク首相の市民連合は、世論調査で首位を維持している。最大野党「法と正義(PiS)」は分裂し、支持率も低下した。それだけを見れば、親EUの中道政権が優位を固め、保守陣営が後退しているように映る。しかし、実際に崩れているのはポーランド右派そのものではない。崩れているのは、PiSが右派票を一手に束ねてきた政治秩序である。

政権を握っても統治できない

トゥスク政権は、2023年の政権交代によって成立した。市民連合を中心に、農民党、ポーランド2050、左派などが連立を組み、下院では通常の法案を通すための過半数を維持している。しかしそれでも、政府は思うように改革を進められない。理由は、2025年に就任したカロル・ナヴロツキ大統領である。PiSの支援を受けて当選したナヴロツキは、保守・民族主義的な立場から、トゥスク政権の法案に拒否権を行使している。政府は法案を可決できても、大統領の拒否権を覆すだけの議席を持たない。

ポーランドではいま、政府を動かす権力と、政府を止める権力が並立しているのである。この状態は「コアビタシオン」と呼ばれることもあるが、単なる保守とリベラルの共存ではない。むしろ、選挙で成立した議会多数が、大統領権限によって継続的に制限される政治的な消耗戦である。司法改革、EU政策、安全保障、社会政策のいずれをめぐっても、問題は政策の内容だけではなく、誰が国家の正統な代表者であるかという競争になっている。ポーランドという国家の顔が見えなくなっている。

PiS分裂が意味するもの

そこに、PiSの分裂が重なることになった。元首相マテウシュ・モラヴィエツキを中心とする約40人の議員は、PiSの議員会派を離れ、「開発プラス」を結成した。モラヴィエツキ派は新党の設立を目指し、カチンスキ党首の強硬な党運営とは異なる保守勢力をつくろうとしている。

これは単なる党内抗争ではない。PiSは長年、社会保障を重視する地方の保守層、カトリック的な価値観を支持する層、EUへの不信を抱く層、国家主導の経済政策を求める層を、一つの政党に集めてきた。だが、こうした有権者の利害は、もともと完全に一致していたわけではない。

モラヴィエツキ派は、経済成長、企業活動、現実的なEU関係を重視する中道保守層を狙う。一方、PiS本体は文化的保守主義と民族主義を強めている。さらに右側には、自由市場と反体制を掲げるコンフェデラツィアや、グジェゴシュ・ブラウン率いる急進的な民族主義勢力が存在する。つまり、右派票は消えていない。行き先が増えたのである。

「PiSの敗北」で右派の勝利

世論調査では、市民連合が首位に立ち、PiSはかつての勢いを失っている。だが、PiS、モラヴィエツキ派、コンフェデラツィア、ポーランド王冠連合などの支持率を合計すると、右派系勢力が有権者の半数近くを占める調査もある。

ここに次期選挙の逆説がある。右派政党が分裂したまま選挙に臨めば、票は分散し、議席獲得の効率は悪くなる。小党が5%の阻止条項を下回れば、その票は事実上、議席に結びつかない。市民連合にとっては、右派の分裂が続くほど第1党になりやすい。しかし、右派の各党がそれぞれ阻止条項を超えれば、事情は逆転する。PiSが単独で弱くなっても、選挙後に複数の右派政党が議席を持ち寄ることで、政権を形成できる可能性がある。つまり、PiSの敗北は、必ずしも右派の敗北とならない。PiSが右派の唯一の代表でなくなることで、むしろ従来より広い保守連合が成立する可能性すらある。

トゥスクの弱点は味方にある

トゥスク首相にとっても、最大の敵はPiSだけではない。より深刻なのは、連立を構成する小政党の低迷である。市民連合が30%前後を得ても、単独過半数には遠い。政権を維持するには、農民党、左派、ポーランド2050、Centreなどの議席が必要である。ところが、これらのうち複数は支持率5%前後に低迷し、調査によっては阻止条項を下回っている。

選挙では、第1党の得票率だけでなく、その周囲にいる小政党が生き残れるかどうかが決定的である。市民連合が勝っても、連立相手の票が死票になれば、トゥスク政権は多数を失う。逆に、PiSが後退しても、右派の小政党がすべて議席を得れば、保守陣営が多数派になる。トゥスクの問題は、自党が弱いことではない。味方が弱すぎることである。

争点はEUか反EUかではない

ポーランド政治は、しばしば「親EUのトゥスク対、民族主義的なPiS」という構図で説明される。だが、この図式も次第に現実を捉えられなくなっている。

ウクライナ支援をめぐっては、政府も従来より負担分担や国内産業への影響を重視している。農産物輸入、難民政策、戦時支援の費用、ヴォルィーニ虐殺をめぐる歴史認識は、政党横断的な争点になっている。EUとの関係についても、全面的な統合支持と全面的な反対の二択ではない。

モラヴィエツキ派が狙っているのは、まさにその中間地帯である。EUには残るが、ブリュッセルには従属しない。ウクライナは支援するが、ポーランドの利益を優先する。社会的には保守的だが、PiSほど国家統制的ではない。この立場が有権者に受け入れられれば、ポーランド政治の軸は「親EU対反EU」から、「どのような保守主義を選ぶか」へ移っていく。

2027年選挙の本当の勝者

2027年の総選挙で問われるのは、よって、トゥスクとカチンスキのどちらが勝つかという構図ではない。PiS解体後の右派を、誰が組み直すかである。市民連合が第1党になる可能性は高いのだが、第1党になることと政権をつくることは別である。PiSが歴史的な敗北を喫する可能性もあるが、PiS以外の右派が伸びれば、保守陣営は政権を奪還できる。ポーランド政治はすでに「リベラル政権対弱体化する保守野党」ではなくなりつつある。実際に信仰しているのは、二大勢力政治の終わりと、保守陣営の多党化である。次の選挙の勝者は、最も多くの票を取った党ではない。分裂した勢力を、最後に一つの野合に変えた者である。可視化されるのは、次期上下両院選挙である。早期解散がなければ2027年秋、憲法上は同年10月中旬から11月上旬に実施されることになる。ウクライナ戦争は終わっているかもしれないが。

 

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