高市早苗政権は2025年10月1日に発足し、わずか3週間後の10月24日に行われた所信表明演説で、物価高対策、成長分野支援、安全保障のための軍事力強化を三大政策課題として明確に位置づけた。11月4日には首相官邸で初の「日本成長戦略本部」を開催し、17の成長分野を指定したロードマップを策定する方針を決定している。政権はこれらを「責任ある積極財政」の三本柱と呼び、補正予算編成を通じて2025年度中の実行を約束している。背景には、2024年衆院選での自民党単独過半数割れ、維新との連立合意、トランプ再選後の日米関係強化という政治的状況がある。以下、それぞれの政策について過去のデータ、現在の経済・安保環境、海外事例を踏まえ、考察する。
物価高対策はデフレ回帰を招く誤った優先順位である
高市政権は物価高を「政権の最大の課題」と位置づけ、2025年10月の経済対策大綱でコアCPIを1%台前半に抑える数値目標を事実上設定した。しかし、この方針は日本経済の構造的問題を完全に誤解している。日本は1997年から2022年までの25年間、コアCPIがマイナスまたはゼロ近辺で推移し続けた。企業は「値上げしたら売れなくなる」と価格競争に終始し、労働者は「給料は上がらないのが当たり前」と消費を控え、若年層は貯蓄志向を強めた。その結果、国内需要は縮小し、経済成長率は先進国中最下位クラスに沈んだ。2023年以降、ようやく2%前後のインフレが定着しつつある段階で、再び物価抑制を最優先に掲げることは、市場参加者に「またデフレに戻るのか」という強烈なシグナルを送るだけである。
現在の物価高は、2022年から2024年にかけての円安(ドル円150円台後半)がもたらした輸入コスト上昇と、エネルギー・穀物価格の高騰によるコストプッシュ型が9割を占める。財務省の貿易統計によれば、2025年9月の輸入物価指数は前年比12.4%上昇している。日銀が利上げしても輸入物価は下がらず、むしろ海外金利との差が縮小しない限り円安圧力は残る。実質賃金は2023年度、2024年度と連続マイナスだが、名目賃金は着実に上昇している。厚生労働省「毎月勤労統計」2025年9月速報値では現金給与総額が前年比2.8%増、所定内給与も2.5%増である。総務省家計調査でも、2025年8月の消費支出は物価変動を除いた実質で前年比0.8%増と回復傾向にある。
インフレ率を無理に1%以下に戻すより、名目賃金を年間4~5%で伸ばし続ける方が実質賃金は早くプラスに転じる。具体的には、大企業だけでなく中小企業への賃上げ促進税制の補助率引き上げ、減税額上限の撤廃、低所得層への定額給付金継続、食料品・生活必需品への消費税軽減税率導入が有効である。欧州諸国はエネルギー危機時に同様の選択的給付と税制措置で実質購買力を維持した。日本が全体の物価を抑え込む政策に固執すれば、デフレマインドが再燃し、30年近い停滞を繰り返すだけである。政権の優先順位は完全に間違っている。
成長分野支援は過去の失敗を繰り返す無駄遣いである
高市政権は11月4日の日本成長戦略本部で、AI、半導体、量子コンピュータ、バイオ、造船など17分野を「成長分野」と指定し、官民連携でロードマップを策定、補助金・税制優遇・官民ファンドによる総合支援を行う方針を決定した。しかし、日本政府主導の産業政策に成功例は皆無である。1980年代のVLSIプロジェクトは一時的な成功を収めたが、その後の液晶・半導体産業は経産省主導の垂直統合型モデルが水平分業への転換を遅らせ、韓国サムスン、台湾TSMC、中国SMICに完全に敗れた。2025年現在、世界半導体製造装置シェアで日本は10%未満にまで低下している。
官民ファンドの失敗も顕著である。産業革新投資機構(JIC)は2018年設立以来、投資回収率が目標を大幅に下回り、政治的圧力で非効率な投資が続いている。アベノミクス成長戦略も、産学連携やオープンイノベーションを掲げたが、2025年時点で労働生産性はOECD加盟国中27位のまま改善していない。高市首相自身が「アベノミクスの成長戦略は成果十分でなかった」と認めているにもかかわらず、同じ手法を繰り返すのは理解に苦しむ。
政府の目利き力はゼロに近く、市場の変化に追いつけない。補助金依存は民間のリスクテイクを殺し、ゾンビ企業を延命させるだけである。韓国は1997年IMF危機で企業数を強制的に絞り、サムスンなどに集中投資した。台湾はTSMCを民間主導で育てた。日本は成熟経済で大企業が林立し、政府介入は既存産業の保護に終始する。IMFは2024年報告書で「産業政策は政府失敗のリスクが高く、万能薬ではない」と明記している。高市政権の補正予算は数兆円規模に及び、基礎的財政収支黒字化目標は事実上放棄された。成長分野支援は税金の無駄遣いであり、過去の失敗を繰り返すだけである。規制緩和、法人税減税、労働市場改革で民間が自由に動ける環境を整える方が、よほど成長に寄与する。
軍事力強化は遅すぎたが正しい緊急課題である
高市政権は安全保障のための軍事力強化を目玉政策に据え、防衛費をGDP比2%に2025年度中に前倒し達成、安保3文書を2026年中に改定する方針である。2025年10月27~29日のトランプ大統領との首脳会談でも、日米同盟のさらなる強化を確認した。中国の軍事費は2024年推定で約30兆円、日本の約10倍である。2025年に入ってからも台湾周辺での演習は月平均20日以上、尖閣周辺では中国海警船が機関砲搭載で常駐している。北朝鮮は2025年5月までに弾道ミサイルを少なくとも3発発射、軍事偵察衛星の運用を追求している。ロシアはウクライナ侵攻3年半を超え、極東での演習を活発化させ、北朝鮮への武器支援も確認されている。
防衛省によると、2024年度のスクランブル発進は704回で、中国機464回、ロシア機237回を占める。中露朝の戦略的連携は2025年9月の天安門広場での首脳並び立ちや共同軍事演習で象徴的に示された。欧州とインド太平洋の脅威が連動し、米国は国防戦略で中国・ロシアとの長期戦略競争を最優先に位置づけている。高市政権の具体策は、防衛費GDP2%前倒しで補正予算約1兆円増、敵基地攻撃能力のさらなる強化、無人機・サイバー・宇宙・電磁波領域での長期戦対応、AI・半導体・造船をデュアルユース技術として危機管理投資と連動させるものである。
維新との連立合意で装備輸出規制緩和も進み、GCAP(日英伊次期戦闘機)開発は2025年度中に本格化する。財源は復興特別税の転用や赤字国債が想定され、野党からは「財源不明」と批判されている。自衛隊現場では予算増でも人員不足が深刻で、2025年度募集目標達成率は6割程度に留まる。
しかし、脅威の切迫性を考えれば軍事力強化は遅すぎたくらいの緊急課題である。岸田政権までの増額ペースでは対応が追いつかず、トランプ再選で日米が強固になった今が実行の好機だろう。物価高対策や成長分野支援で税金を無駄遣いするより、ここに資源を集中すべきである。日本再起の基盤は、抑止力としての安全保障の確立にある。