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2025.07.05

トランプは「狂人理論」を採用しているか

 ドナルド・トランプ米大統領の外交手法が、BBCをはじめとする国際メディアで「狂人理論(Madman Theory)」として注目を集めているようだ(参照)。確かに、頷けるものがある、というか、日本への関税の対応を見ていると、頷く以外はできそうにない。最近では、2025年6月、トランプはイランへの攻撃を巡り、「するかもしれない、しないかもしれない」と曖昧な発言を繰り返した後、突如として核施設への爆撃を実行した。この行動は、単なる衝動や気まぐれではなく、意図的な予測不可能性を武器にした戦略として解釈されているが、ようするに「狂人理論」に見える。他にも、カナダを「米国の51番目の州」と揶揄し、デンマークの自治領グリーンランドの併合を検討すると発言した事例や、NATOの集団防衛条項(第5条)への米国のコミットメントに疑問を投げかけた姿勢も「狂人理論」に見えて不思議ではない。これらの行動は、従来の外交の枠組みを突き破るもので、国際社会に不安と期待の両方を生み出している。ウクライナ問題に関しても、米国防長官ピート・ヘグセスが、ウクライナがロシアに占領された領土の奪還やNATO加盟は「非現実的」と発言して欧州に衝撃を与え、翌日、彼は「すべての選択肢はトランプの手中にある」と修正しものの、トランプ自身は「大体知っていた」と曖昧に答え、意図的な混乱を演出した。このような意図的にも見える一貫性の欠如が、トランプの「狂人理論」を象徴している。背景には、トランプの政策決定がニクソン時代以来最も中央集権的で、彼の性格や気質に強く依存している面もある。トランプの行動は単なる国内向けのパフォーマンスを超え、国際秩序や同盟関係に深刻な影響を及ぼしている。

「狂人理論」とは

 「狂人理論」とは、指導者が自身を予測不可能で、場合によっては非合理的な行動を取る危険な人物として演出することで、相手に譲歩を強いる外交戦略である。1968年、リチャード・ニクソン大統領がベトナム戦争中に北ベトナムに対し「ニクソンは何をするか分からない」と印象づけるよう指示したことに起源を持つ。トランプはこの理論を現代的に応用し、予測不可能性を外交の中心に据えているように見られる。2025年4月、トランプがメキシコやカナダへの関税をちらつかせた後、市場の動揺を受けて一時的に免除した事例は、典型的な「狂人理論」のありがちな展開だ。関税の混乱演出は貿易交渉の前触れとして機能し、両国から譲歩を引き出したが、完全な実施は見送られた。ゲーム理論の観点から見ると、これは「チキンゲーム」に近い。トランプは「衝突(関税戦争)」を辞さない姿勢を見せることで、相手に譲歩(貿易条件の改善)を強いる。この戦略はNATO加盟国にも効果を発揮し、英国が防衛費をGDPの2.3%から5%に引き上げるなど、劇的な政策変更を促した。しかし、戦略としてのデメリットもある。敵対国に対しては効果が限定的であることだ。ロシアのプーチン大統領はトランプの脅しに動じず、ウクライナ戦争の終結を拒否した。また、イランへの核施設攻撃は、核開発を加速させる逆効果を招く可能性がある。ゲーム理論の想起からだが、「繰り返しゲーム」の枠組みでは、相手がトランプの行動パターンを学習し、予測不可能性の効果が薄れる。イランやロシアは、トランプの「ブラフ」を見抜き、すでに長期的な戦略を優先している。さらに、予測不可能性は米国の交渉信頼性を損ない、同盟国が米国を信頼できないパートナーと見なすことになる。つまり、ゲーム理論の「信頼ゲーム」では、信頼の喪失は長期的な協力関係を崩壊させ、トランプの戦略が裏目に出る可能性がある。

トランプが「狂人理論」を実践する理由

 トランプが「狂人理論」を実践する背景には、彼のビジネス経験、政治的動機、そして地政学的危機感が絡み合っているのだろう。不動産業界での交渉では、相手を揺さぶる大胆な発言や予測不可能な行動が有利な条件を引き出す手法として有効だった。トランプはこの経験を国際舞台に持ち込み、米国の影響力を最大化しようとしていると分析する。興味深い挿話として、2017年の米韓自由貿易協定(KORUS FTA)再交渉でのエピソードがある。トランプは交渉官に「この男はいつでも協定から離脱するかもしれない」と韓国側に伝えるよう指示し、結果的に有利な条件を引き出した。このビジネス流の「揺さぶり」が、現在の外交戦略の基盤となっている。政治的動機も大きい。「MAGA(Make America Great Again)」陣営は、米国の国際的負担を減らし、中国を主要な脅威とみなす孤立主義を支持する。2025年2月のガザに関する提案では、トランプが「ガザを米国が占領し、パレスチナ人を移住させて中東のリビエラを建設する」と発言し、世界を驚かせた。この提案は、CNNの報道によると、トランプ自身がガザの破壊映像を見て思いついたもので、意図的な「狂人」演出だったわけである。ただ、そうでもない側面が見えないでもない。2025年6月のイラン攻撃は、イスラエルのネタニヤフ首相の圧力に応じた側面もあり、トランプが「ノーベル平和賞を狙うディールメーカー」と「強硬派の指導者」の間で揺れていることを示す。しかしこの二面性もまた、一周回ってトランプの「狂人理論」を複雑で予測不能なものにしている。
 ゲーム理論の「シグナリング理論」を適用すると、トランプは「強硬なタイプ」のシグナルを送り、相手を動揺させることで交渉の主導権を握ろうとしている。しかし、トランプも大統領期間の二期目に入ったが安易な見通しもないことから、単に断末魔的な理由も考えられるだろう。

狂人理論への対応策

 トランプの「狂人理論」に対処するには、戦略的な冷静さと長期的な視点が不可欠だ。同盟国は、トランプの圧力に応じつつ、過度な追従を避ける必要がある。ドイツのフリードリヒ・メルツ首相が主張する欧州の運用自立は、米国依存からの脱却を目指す戦略だ。欧州は、そもそも米国並みの兵器生産や人的資源を構築するには数年を要するが、この動きは不可避なものである。ゲーム理論の「協調ゲーム」の観点から、NATOやEUの枠組みを活用し、集団的な防衛力を強化することで、トランプの「チキンゲーム」に対抗できる。また類似の例として、2025年3月のNATOサミットでの出来事がある。NATO事務総長マーク・ルッテがトランプを「イランでの果断な行動」と称賛するメッセージを送ったが、トランプはこれをリークし、ルッテを嘲笑した。このエピソードは、トランプが称賛欲求を重視する一方で、同盟国をコントロールしようとする姿勢を示す。敵対しつつある国は、トランプの行動パターンを分析し、予測不可能性の「予測可能性」を利用することが有効だ。ロシアやイランは、トランプの脅しをブラフと見なし、長期的な戦略を維持している。なかでもイランは2025年6月の攻撃後、交渉を放棄し、核開発を加速させる可能性が高い。
 国際社会全体としては、トランプの短期的な勝利を認めつつ、信頼に基づく多国間協力を強化する必要があるだろう。米国の信頼性が低下すれば、国際協調が損なわれる。ゲーム理論の「信頼ゲーム」に例えるなら、同盟国は米国との協力関係を維持しつつ、トランプの「裏切り」への備えとして自立性を高める戦略が求められている。2025年4月の関税政策の混乱は、トランプが市場の動揺を受けて方針を変更した例であり、ゲーム理論の「ベイジアン更新」を用いれば、相手はトランプの「狂人」演技を見抜き、戦略を調整する可能性がある。さて、日本の赤澤特使はどう対応するか。すでに北斗神拳「無想転生」を習得して、無に帰したように見えないでもない。

 

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