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2025.06.28

AIが社会問題の改革を抑制する本質的危険性:生活保護と年金問題を例に

AIの表層的分析が社会問題の核心を覆い隠す

 AIは、複雑な社会問題を扱う際、客観性と公平性を保つため、賛否両論をバランスよく提示する設計が一般的である。例えば、生活保護と国民年金の制度問題を考えるとする。東京23区に住む75歳単身高齢者(持ち家、年金月3万円、生活扶助基準額7万1900円)のケースでは、年金放棄で生活保護費が全額支給(7万1900円)される「制度上の欠陥」が存在する。この「欠陥」は、若い世代に「年金を払わない方が得」とのインセンティブを与え、年金制度の信頼を崩壊させかねない。2023年度の年金未納率30%(厚生労働省)や、SNSでよく見かける「年金無意味」の声がその兆候である。

 しかし、この問題に対するAIの回答は、「生活保護はセーフティネット」「自治体の裁量で濫用防止」と制度の合理性を強調しがちである。例えば、あるAIの初期応答も、未納インセンティブの深刻さを背景に押しやり、「申請すれば救済される」と中庸にまとめてしまった。こうした表層的分析は、問題の核心、すなわち年金3万円が保護基準に及ばず、未納を助長する構造的欠陥を覆い隠してしまう。AIが賛否両論の議論バランスを問いかけの単相レベルで回答してしまうことが、制度の隠された問題への思索を薄め、かつ抑制することで本来あるべき社会改革の緊急性を弱める潜在的な危険性がある。

低年金者の困窮放置とAIの「中立性の罠」

 具体的な事例に戻ろう。低年金者の困窮対応は、公的制度の重大な欠陥を示している。年金3万円の高齢者(非保護)は、固定資産税(月1.5万円)、医療費(1万円)を差し引くと実質0.5万円で、生活保護基準(7万1900円)以下の困窮に陥る。保護受給者(実質5万6900円)よりはるかに劣悪なのである。2023年度、生活保護の捕捉率は貧困人口の20%(先進国平均50%以上)で、行政の救済不足が明らかである。2025年6月の最高裁判決(保護費引き下げ違法)も、基準額の不十分さを指摘していた。

 AIは、こうした困窮を「申請で解決」と提示しがちだ(それがあたかも正しいとする言説を学習しすぎている)。今回の事例に研究に使ったAIの回答も、「保護で7万1900円確保」「固定資産税軽減あり」と楽観的だった。しかし、申請の障壁(スティグマ、持ち家売却の誤解、親族調査の恐怖)で、低年金者が保護をためらう実態を軽視している。こうしたAIの表層的な議論レベルの「中立性の罠」は、結果的には現実における困窮を放置をし、「制度は機能」と言論的に相対化し、行政の怠慢を覆い隠してしまう。低年金者の貧困死リスクさえ、結果的にAIが背景に押しやる危険性がある。

未納インセンティブとAIの改革抑制機能

 こうした社会保障の制度の欠陥が生む「年金を払わないインセンティブ」は、年金制度の根幹を揺るがしている。年金3万円(納付20年、保険料40年で1000万円)が保護基準(7万1900円)に及ばず、放棄で全額保護を得られるケース(地方の事例)は、若い世代に「未納で保護依存」の動機を与えることになる。現状の未納率30%は、年金財政(2023年積立金150兆円、2050年枯渇リスク)を圧迫し、納付者(6.8万円)が未納者(保護7万1900円)と同等か不利になる不公平を生んでいる。

 だが、単相的に問われたAIは、この制度的に問題となるインセンティブすら「少数事例」「自治体で制限」と軽視しがちである。今回の実験的応答でのAIは「仮想収入考慮で濫用防止」とあたかも自然に議論のバランスを取り、インセンティブの構造的問題(年金信頼崩壊、保護依存増)を薄めていた。現存AIの、このような社会改革抑制機能は、人間社会の核心問題を「運用でカバー」と中和し、抜本改革(最低年金5万円、捕捉率50%、仮想収入統一)の議論を停滞させる機能を持つ。SNSで拡散する「年金無意味」の声が、AIの表層的回答で正当化されかねない危険性すらある。

AI活用時代に求められる変革志向

 AIが広く使われる2025年、Xやアプリで一般利用されるGrok 3のようなAIは、社会問題の議論に影響力を持つ。しかし、表層的賛否両論が本質的な社会問題の議論を薄め、改革の勢いを削ぐ現状が見えてきた。低年金者の困窮(実質0.5万円)、未納インセンティブ、自治体差(東京23区は仮想収入考慮、地方は全額支給)の不公平は、年金と保護の連携不足、行政の怠慢による構造的問題だ。AIが「制度は機能」と中立化すれば、市民の怒りや改革意欲が抑制される。権力者や権力構造に都合の悪い思索自体を大規模AIが抑制することも可能だろう。

 ではAIはどうあるべきか。この事例では、人々の感情の潜在性に共鳴し、核心問題(未納インセンティブが年金崩壊を招く)を探求すべきだっただろう。AIがもたらす未来の民主主義は、人々の表層的な声を適切に処理するだけでは足りない。ジョン・ロールズが求めた公平な社会配分への志向を内在させる必要がある。端的に言えば、大規模AIには倫理が求められる。

 

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