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2025.06.08

選択的夫婦別姓と戸籍制度

 日本で長年議論されてきた選択的夫婦別姓制度は、2025年5月に衆議院法務委員会で28年ぶりに審議入りし、それなりに注目を集めている。夫婦が結婚時に別々の姓を選択できるこの制度は、男女平等や個人の自由を求める声に応えるものとして、世論調査では約6割以上の支持を得ている。しかし、実際に別姓を選択する意向は女性で20~46%、男性で29%程度と低く、国民全体の関心は経済や物価高に比べ相対的に低い。このギャップは、制度の必要性を認める声が強い一方で、伝統的な家族観や実務的課題が影響している。また、戸籍制度との整合性、特に子の姓の決定や変更の制限が、完全な平等性を求める声にとって大きな課題となっている。さらに、国会での議論は、2025年7月の参院選挙を意識した各党の政治的要請に強く影響されており、国民的関心との乖離も見られる。

世論の支持と利用意向のギャップ

 選択的夫婦別姓の導入は、世論調査で広く支持されている。2025年2月の調査では63%が賛成、21%が反対と、過半数が制度の導入を後押ししている。特に女性(77%)や20~30代の若年層で支持が高く、男女平等やキャリア継続の観点から必要性が認識されている。2025年6月の中国新聞調査では、20~30代の女性46%、男性29%が別姓を利用する意向を示したが、全体としては少数派にとどまる。2025年1月のStanford Japan Barometer調査でも、女性の約20%が別姓を選択する可能性を回答し、男性の意向はさらに低い。このギャップは、制度の選択肢としての支持は強いが、実際の利用意向は社会的慣習や実務的懸念に影響されているためだ。日本では家族が同一の姓を持つことが長年の慣習であり、別姓による子どもの姓の不一致や行政手続きの複雑さを懸念する声が根強い。世論において、特段右派という人でなくても、現実的には「家族性を保つため同一姓を希望する」「別姓は家族の絆を弱める」といった意見はあるだろう。伝統的価値観が意向の低さにつながっている。さらに、結婚で姓を変更する95%以上が女性であるため、女性の方が別姓の必要性を感じやすく、男性の関心が低い点も影響している。このように、制度の支持と実際の利用意向の差は、選択的夫婦別姓が国民全体の喫緊の課題として浸透していないことを示している。

戸籍制度との整合性と子の姓の課題

 日本の戸籍制度は、家族単位で身分関係を記録し、筆頭者を基準に姓を統一する仕組みである。現行の民法では、夫婦は同一の姓を選び、子はその姓を継ぐ。この構造は、家族の一体性や行政手続きの効率性を保つが、選択的夫婦別姓の導入においては当然問題となる。そこで、現行の法案(国民民主党、日本維新の会など)は、戸籍の筆頭者を維持しつつ、配偶者の旧姓を併記したり、別々に姓を記載する案を採用している。たとえば、夫が筆頭者で「山田」姓、妻が「佐藤」姓を選択した場合、戸籍には「筆頭者:山田、配偶者:佐藤(旧姓)」と記載される。子の姓は原則として筆頭者の姓に従い、配偶者の姓を選ぶには婚姻時の合意や届出が必要だ。
 この仕組みは、戸籍制度の基本構造を維持しつつ別姓を実現する妥協案だが、完全な平等性を求める声には不十分だともされる。子の姓が筆頭者の姓に偏重することで、夫の姓が選ばれやすい現状(婚姻の95%で夫の姓)が反映され、母の姓が子に継がれる機会が少ない。また、子が成人後に自ら姓を変更する権利は、現行法案では明確に規定されておらず、家庭裁判所の許可(民法791条)など限定的な手段に頼る。この制限は、子の自己決定権や夫婦の平等性を重視する層にとって課題だ。

戸籍制度の構造的制約

 夫婦別姓が先行する欧米諸国には、元来日本の戸籍制度に相当する仕組みが存在せず、個人単位の身分登録(出生証明書、婚姻証明書など)で姓を管理してきた。米国では夫婦が自由に姓を選び、子は両親の合意で姓を決定、成人後に変更も容易である。ドイツやフランスも同様で、夫婦別姓が原則であり、子の姓は両親のいずれかから選択可能である。この個人主義的なアプローチは、姓の多様性を行政が柔軟に扱う基盤が前提にある。他方、日本は家族単位の戸籍制度が家族の一体性を重視し、姓の統一性を前提とするため、別姓の導入には構造的な制約がある。現行法案では、そこで筆頭者を維持しつつ旧姓併記で対応するが、子の姓変更の自由は制限されることになる。たとえば、1996年の法制審議会答申では、子が成人後に両親の姓から選択可能と提案されたが、現行法案には反映されていない。
 欧米の個人単位の登録制度は、姓の変更が家族全体に影響を与えないが、日本の戸籍では姓変更が戸籍全体の記録に影響し、行政手続き(住民票、パスポートなど)の不整合が懸念される。法務省は「両立可能」との見解を示し、戸籍のデジタル化や欄の追加で技術的対応は可能ではあるが、家族観の違いや社会的慣習が現実的な普及のハードルとなりうる。

国会審議と「政治」的影響

 2025年5月30日、選択的夫婦別姓法案が衆院法務委員会で審議入りしたが、これは2025年7月の参院選挙を意識した各党の政治的要請が強く影響している。立憲民主党、国民民主党、日本維新の会が法案を提出し、若年層や女性票の獲得を目指している。特に立憲民主党は、「58.7万人が結婚待機」と訴え、男女平等を争点化する戦略である。一方、自民党は党内での賛成派と反対派の対立から法案提出を見送り、「国民の理解が深まっていない」と慎重姿勢を崩さない。これは、それなりに保守層の支持基盤を意識した対応であり、ようは選挙対策の面が強い。野党としては、経団連や国連の賛成圧力を背景に、28年間停滞した議論を進めることで政治的成果をアピールする狙いがあるが、現下、国民の関心は物価高や経済対策に集中し、選択的夫婦別姓は一部の層(若年層、女性)に限られており、国会での活発な議論が国民的関心と乖離している印象がある。この乖離は、参院選での争点化を意図する野党の政治的要請と、保守層の反発を避けたい自民党の慎重姿勢があるが、つまるとこころ、各党それほど重要な案件と見なしていない。



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