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2025.06.03

トランプ第二期政権の中東政策

 トランプ第二期政権が掲げる「米国第一主義」は、中東政策をバイデン政権の混乱から転換させる看板として喧伝されるが、このスローガンは新たな戦略というより、既存の枠組みをトランプ流に再解釈する修辞に近く、バイデン政権とトランプ政権の限界は近似的である。

「米国第一主義」の修辞と実態

 第二期トランプ政権は「米国第一主義」を掲げ、米国の経済・地政学的利益を最優先するという修辞を掲げている。JD・バンス副大統領は2025年6月の海軍士官学校演説で、従来の「国家建設」や内政干渉からの脱却を宣言し、サウジアラビア、カタール、UAEとの数兆ドル規模の投資や武器取引、フーシ派やハマスとの直接交渉を成果として強調する。しかし、2025年1月のガザ停戦合意は、バイデン政権の2024年5月提案を基盤に、トランプの強硬な発言(「ハマスが人質を解放しなければ地獄が待っている」)と特使スティーブ・ウィットコフの関与で加速させたものに過ぎない。
 サウジとの武器取引も、バイデン政権後期に修復された関係を土台に推進されている。トランプ政権の「米国第一主義」は、既存のプロセスをトランプのディールとして再包装する修辞的役割が強く、新たな戦略的枠組みとは言い難い。トランプ政権の政策は、バイデン政権の基盤を継承しつつ、強硬なスタイルで成果を強調する結果論的な対応に終始している。

バイデン政権の混乱とガザ問題の深刻化

 バイデン政権(2021-2025)が、ガザ問題で深刻な混乱を招いた。2023年10月7日のハマス攻撃後、イスラエルに179億ドル以上の軍事支援を提供し、ガザでの死者約47,000人、インフラ壊滅、200万人の避難民という人道危機を悪化させた。ガザ桟橋(3億2000万ドル)や援助トラックの増加要請は効果が限定的で、イスラエルの援助妨害を止められなかった。ネタニヤフの強硬姿勢(ラファ侵攻やヨルダン川西岸の入植地拡大)への圧力不足は、停戦交渉の遅延を招き、2024年5月の提案が2025年1月の合意に至るまで被害を拡大させた。親イスラエルロビー(AIPACなど)、官僚機構(国務省、NSC)、2024年選挙でのアラブ系票の懸念が、バイデンの人権重視の外交を空洞化させ、優柔不断さを露呈した。この混乱は、大統領の関与が構造的制約に縛られ、ガザ問題の根本的解決に踏み込めなかった結果である。

トランプ政権の「関与の薄さ」と限界

 そして、トランプ政権は、バイデン政権の混乱への反省を踏まえ、介入を最小限に抑えるようになった。フーシ派へのピンポイント軍事行動やハマスとの直接交渉は、長期の軍事関与を避け、短期的成果を優先する。しかし、これらは新たな戦略というより、バイデン政権の枠組みを継承した戦術的対応に過ぎない。ガザ停戦はバイデン政権の提案を基盤とし、サウジやUAEとの経済取引もその関係修復を土台にしている。ガザの再建やパレスチナ人の権利に関する具体策は不明確で、「ガザ再開発」や「民間安全通路」案は、パレスチナ人の強制移送への懸念を呼ぶ。トランプ政権は、米国のコストを抑える「関与の薄さ」を特徴とするが、バイデン政権と同様に、ガザ問題の長期的な解決には踏み込めない。親イスラエルロビーやNSCスタッフ解雇への抵抗(元FBI長官の「8,647」メッセージ)も、バイデン政権と共通の構造的制約を示す。

トランプ政権の特殊性の弱さ

 こうしたトランプ政権の特殊性は、「米国第一主義」の修辞と強硬なディールメイキングに集中するかにみせるが、実際には独自性は弱い。ガザ停戦はバイデン政権の枠組みを活用し、トランプの強硬姿勢で加速させたもので、新たなビジョンを示してはいない。サウジとの武器取引やイランとの正常化模索も、バイデン政権の基盤を踏襲し、地域アクター(ネタニヤフの強硬姿勢、サウジの経済野心)に依存する。イスラエルの優先度を下げ、ネタニヤフを迂回する姿勢は一見大胆だが、親イスラエルロビーや議会の圧力により、完全な関係再定義には至らない。ウィットコフの「イスラエルが戦争を長引かせる」との批判は、バイデン政権のネタニヤフへの不満と本質的に近く、トランプの政策は修辞的ブランディングを除けば、バイデン政権との連続性が強い。ガザの「民間安全通路」案は、パレスチナ人の権利を軽視するリスクがあり、バイデン政権の人道支援失敗と異なる形の問題を先送りする。

地域再編と中国への対抗の限界

 トランプ政権は、サウジやUAEとの取引で中国の影響力(ベルト・アンド・ロードやAI)を抑え、イスラエル抜きの地域再編を模索する。アブラハム合意を活用し、サウジとイランの正常化を視野に入れるが、これもバイデン政権の基盤を継承した対応だ。
 中国との経済的結びつきを断つのは難しく、成功は地域アクターの協力に依存する。バイデン政権が多国間協調で中国を牽制したのに対し、トランプの直接的ディールは迅速だが、アドホックで長期ビジョンを欠く。この点でも、トランプ政権の特殊性は修辞に頼り、バイデン政権と本質的な限界を共有している。



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