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2025.05.24

ドイツのエネルギー政策対立とEUタクソノミー

 ドイツの新連立政権内で、エネルギー政策をめぐる深刻な対立が表面化している。2025年5月23日、ベルリンに拠点を置くdpa通信は、経済相カタリーナ・ライヒェがEUタクソノミーにおける核エネルギーの「持続可能」分類を支持する姿勢を示した一方、環境相カーステン・シュナイダー(社会民主党:SPD)がこれに強く反対していると報じた。ライヒェは、CO2排出量が少ない核エネルギーを気候変動対策の現実的選択肢とみなし、フランスとの共同文書で「すべての低排出エネルギーを平等に扱う」方針を打ち出している。これに対し、シュナイダーは、核エネルギーの放射性廃棄物や事故リスク、高コストを理由に「持続可能とは呼べない」と反発。ドイツの脱原発政策(2023年までに全原発停止)を堅持する立場を強調している。
 日本を含めどこの国にもありがちにも思えるこの対立は、エネルギー政策の技術的議論を超えて、ドイツの国家アイデンティティやEU内での影響力をめぐる深い分裂も映し出しているようだ。ライヒェの現実主義は、EUの気候目標やエネルギー安全保障の必要性を反映するが、シュナイダーの反核姿勢は、ドイツ人の環境保護や反核の伝統に根ざすが、この対立は、ドイツが一貫した国家戦略を打ち出せないという「自壊」の兆候とも捉えられるかもしれない。

EUタクソノミーとは何か

 方面的な対立軸にあるEUタクソノミー(EU Taxonomy Regulation)だが、これは、持続可能な経済活動を分類するEUの枠組みである。気候変動対策や2050年までのカーボンニュートラル目標を支援するため、どの活動が「持続可能」とみなされるかを明確化するためのものだ。投資家や企業が「グリーン投資」を判断する際のガイドラインとして機能し、グリーンウォッシング(偽の環境配慮)を防ぐ役割も担う。
 EUタクソノミーでは、経済活動が「持続可能」と認められるには、以下の基準を満たす必要がある:

  • 6つの環境目標への貢献:気候変動の緩和・適応、水資源の保護、循環経済、汚染防止、生物多様性の保護のいずれかに大きく貢献。
  • 他の目標への害の回避(Do No Significant Harm: DNSH):他の環境目標に重大な悪影響を与えない。
  • 技術的スクリーニング基準:CO2排出量や安全基準などの具体的な閾値をクリア。
  • 社会的セーフガード:人権や労働基準の遵守。

 興味深いのは、これがタクソノミーが単なる基準ではなく、多層的な評価を可能にしている点である。エネルギー分野では、再生可能エネルギー(太陽光、風力など)は明確に「持続可能」と分類されるが、核エネルギーと天然ガスは条件付きで「持続可能」とされる。核エネルギーは、CO2排出量が少ない点で「気候変動の緩和」に貢献するが、放射性廃棄物や事故リスクがDNSH基準を満たさないとの批判ができる。2022年のタクソノミー補足法で、核とガスが「持続可能」に含まれたのは、フランス(核推進)と当時のドイツ(ガス依存)の妥協の結果でもある。

EUタクソノミーを巡るEU、フランス、ドイツの対立

 EUタクソノミーをめぐる議論は、EU、フランス、ドイツの三者の異なる優先順位と戦略が交錯する場である。
 EUとしては、27加盟国の利害を調整しながら、気候中立とエネルギー安全保障を両立させる必要がある。核エネルギーとガスを「持続可能」に含めたのは、フランスの核推進と、ガス依存の東欧諸国への配慮を反映した妥協である。タクソノミーは、投資を誘導し、EUのグリーン・ディールを推進するツールだが、加盟国の対立を完全に解消できていない。
 フランスは、電力の約70%を核エネルギーに依存し、核を国家安全保障とエネルギー自給の柱とする「国是」と位置づけている。核保有国としての技術基盤維持、化石燃料依存の回避、経済的利益(核産業への投資)、EU内でのリーダーシップ確保を目指し、核をタクソノミーで「持続可能」と分類させることに成功した。dpaが報道する「ドイツとフランスの共同文書」は、フランスが核推進をEU政策に押し込む戦略の一環であり、ドイツの新保守派(ライヒェ側)を取り込む動きを反映している。
 さて、注目されるドイツの立場だが、2011年の日本の福島事故を機に2023年までに脱原発を完了し、再生可能エネルギーのリーダーとしてEUでの地位を確立してきた。シュナイダーの核反対は、ドイツの反核文化や自然保護の価値観に基づくものだが、ライヒェの核受け入れは、フランスやEUの現実路線、エネルギー安全保障の必要性を反映している。2022年以降のロシア・ウクライナ戦争で露呈したロシアへのガス依存の失敗は、ドイツにエネルギー政策の再考を迫るが、内部の分裂が一貫した戦略を妨げている。
 この三者の構造は、EUの気候政策をめぐる主導権争いも象徴している。フランスは核を通じてEUのリーダーシップを握り、ドイツは再生可能エネルギーで影響力を維持しようとするが、内部対立がその足かせとなる。

対立の背景と展望

 この対立の背景には、ドイツの国家アイデンティティ、歴史的・文化的要因、地政学的変化が絡んでいるようだ。まず、ドイツの反核文化と自然観が背景にある。ドイツの反核運動は、1970年代の環境保護運動やチェルノブイリ事故(1986年)に根ざものだが、シュナイダーの核反対は、自然との調和や持続可能性を重視するドイツ人の価値観を反映している。ドイツの緑の党や市民運動は、核エネルギーを従来から「危険」とみなし、再生可能エネルギーを国家の未来像としてきた。この価値観は、ドイツの結束を支えるが、エネルギー安全保障の現実とのギャップを生みつつある。
 エネルギーにおけるロシア依存の問題もある。2022年以前、ドイツはロシアからの天然ガスに大きく依存し、ノルドストリーム・パイプラインを通じて安価なエネルギーを確保していた。脱原発後の電力供給をガスで補う戦略だったが、ロシア・ウクライナ戦争でパイプラインが破壊され(ウクライナの関与が疑われる)、ガス供給が不安定化し、エネルギー危機に直面している。2025年時点でロシア依存は減ったとされるが、再生可能エネルギーだけで需要を満たすのは難しく、ライヒェの核再評価は、この危機への現実的対応である。
 EUの主導権を握りたいとするドイツの野心はフランスのそれと潜在的に対立している。フランスは、核エネルギーを通じてEUの気候政策を自国に有利な方向に導き、経済的・地政学的リーダーシップを強化し、ドイツの新保守派(ライヒェ側)は、フランスとの協調やエネルギー安全保障を重視するが、シュナイダーやSPDは、フランスの核モデルがドイツの脱原発路線を脅かすと警戒している。この点から見れば、EUタクソノミーの問題は、EUにおけるフランスとドイツの主導権争いの「ダシ」としても機能している。

ドイツの「自壊」リスク

 ドイツ国内の政府内の対立やエネルギー政策の一貫性欠如は、ドイツの国家戦略の分裂を映し出す。ロシア依存の失敗、経済競争力の低下(エネルギー価格高騰による産業空洞化)、地域間格差(東部でのポピュリズム台頭)は、ドイツの求心力を弱める。フランスの核推進がEUで優勢になれば、ドイツの影響力低下は加速し、中規模国並みの地位に縮小するリスクも考えられる。
 ドイツのエネルギー政策は、短期的には妥協点を探るだろう。ライヒェの現実主義は、EUやフランスとの協調を重視し、核エネルギーの部分受け入れ(例:研究や小型モジュール炉への投資)を模索する可能性がある。一方、シュナイダーの反核は、国民の支持を集めるが、再生可能エネルギーの限界(天候依存やインフラ不足)が露呈すれば、支持が揺らぐ。
 問題は長期的展望である。ドイツが一貫したエネルギー戦略を構築できない場合、EU内でのリーダーシップはフランスに譲り、経済的・地政学的地位の低下が進むことになる。だが、ドイツの経済力や連邦制の安定性は、ハンガリーやルーマニア並みへの完全な分解を辿るかもしれない。エネルギー政策の対立は、ドイツの国家アイデンティティとEUでの役割を再定義する試金石となるが、おそらく見通しは暗い。



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