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2025.05.16

始祖鳥の新発見と鳥類進化

 第二期トランプ政権になってから、FOXニュースを見るくせがついてしまって、これもなんだかなあと思っていたが、2025年5月14日付けでちょっと面白い話があった。バイデンの耄碌話や民主党の醜態とかではなくても面白い話はあるのだ。シカゴのフィールド博物館による始祖鳥(Archaeopteryx)の化石に関する「画期的な」研究である。1億5000万年前のジュラ紀の化石についてだ。それは、14体ある始祖鳥化石の中でも保存状態が極めて良く、最新のUV光とCTスキャン技術で驚くべき特徴が明らかになったというのだ。注目されるのは、飛行に特化した「ターシャル羽毛」である。この羽毛は上腕骨に沿って配置され、揚力を生む非対称な構造を持つ。また、頭蓋骨は現代の鳥ほど可動性はないが、くちばしが独立して動く初期の適応を示し、脊椎は従来推定の23個より1つ多い24個であることが判明した。これらの発見は、始祖鳥が短距離のバースト飛行や木登りなど、地上生活を組み合わせた複雑な生態を持っていたことを裏付けている。このニュースは、始祖鳥が恐竜から鳥類への進化の「ミッシング・リンク」として長年注目されてきた歴史を再び呼び起こすのだが、最新の科学的知見は、始祖鳥をめぐる物語に大きな修正を迫っていたな。この機会にまとめておきたい。そういえば、類似の話題で前回書いたのは、もう14年前になる(http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2011/04/post-5ab1.html)。

「始祖鳥」はその名前と異なり鳥の「始祖」ではない
 始祖鳥は1861年にドイツで発見されて以来、進化論の輝く象徴だったのだろう。僕みたいな科学少年は熱心に学んだものだ。その名「Archaeopteryx」(古代の翼)は、爬虫類の歯、長い尾、爪と、鳥類の羽毛、翼を併せ持つ姿を象徴し、恐竜と鳥の橋渡しとして当時の教科書や博物館で「最初の鳥」と讃えられたものだ。チャールズ・ダーウィンの『種の起源』(1859年)の発表直後に見つかったこの化石は、進化論を視覚的に裏付ける「可視的なナラティブ」として、科学的・文化的アイコンとなっていた。映画『ジュラシック・パーク』シリーズで羽毛恐竜が登場する背景にも、始祖鳥のイメージが影響を与えている。古い話になったね。
 だが、1990年代以降の化石発見がこの物語を覆した。ミクロラプトル、アンキオルニスといった羽毛恐竜や、孔子鳥などの初期鳥類の化石が続々と見つかり、始祖鳥は現代の鳥(新鳥類)の直接の祖先ではなく、近縁な側枝(進化的いとこ)に位置づけられるようになった。始祖鳥は、獣脚類恐竜のマニラプトル類内のアヴィアラエ類に属するが、その系統は現代の鳥に直結せず、絶滅した可能性が高いのである。今回のニュースは、ターシャル羽毛が飛行のための揚力を生み、頭蓋骨や脊椎が鳥類的進化の初期段階を示すことを明らかにしたが、始祖鳥はすでに「始祖」ではなく「進化の試行錯誤の一例」であることを裏付けてもいる。かつての「恐竜から始祖鳥、始祖鳥から鳥」という単純な物語は、複雑な進化のネットワークに取って代わられている。

DNA探索は単一の起源を裏付ける
 現存鳥類の起源の解明は、分子系統学に随分と傾いた。2014年の鳥類ゲノムプロジェクトは、48種の鳥の全ゲノムを解析し、すべての現代の鳥(ハチドリからダチョウまで)が単一の祖先から進化した単系統(monophyletic)であることを証明した。飛べない走鳥類(古顎類:ダチョウ、エミュー)と飛ぶ鳥(新顎類:ハト、ハヤブサ)は、遺伝子レベルで共通のマーカーを持ち、約1億年前(白亜紀後期)に分岐した姉妹群となった。たとえば、ゲノム中の特定のイントロン配列やミトコンドリアDNAの類似性は、両者が単一の起源を共有することを示している。
 かつては、走鳥類の大きな体や飛行能力の喪失から、飛ぶ鳥と別起源とする「多系統起源説」が議論されたこともあるが、2000年代以降のDNA解析により、走鳥類の特徴は飛行能力の二次的退化にすぎないと判明した。分子時計解析では、新鳥類の主要な分岐(古顎類と新顎類)が約1億〜8000万年前に始まり、6600万年前の大量絶滅(K-Pg境界)を生き延びたグループが現代の約1万種を生み出したと推定される。2025年の始祖鳥研究はDNAを直接扱わないが、ターシャル羽毛や頭蓋骨の鳥類的特徴は、単一の祖先が飛行能力や骨格を進化させた過程を間接的に映し出すというものだ。化石と分子データの融合は、鳥類進化が単一の起源に根ざすことを強固に裏付けている。

では鳥類の始祖は何なの?
 では、現存鳥類の祖先は何なのか? それは、白亜紀(約1億3000万〜6600万年前)に生息した小型の羽毛恐竜で、マニラプトル類内のアヴィアラエ類に属する「真鳥類」である。代表的な例として、孔子鳥(Confuciusornis、約1億2500万年前、中国)やイクチオルニス(Ichthyornis、約9000万〜8000万年前)がいる。孔子鳥は、歯が減少し、現代の鳥に近い短い尾やくちばしの初期形態を持ち、飛行用の非対称羽毛を備える。イクチオルニスは、現代の海鳥に似た頭蓋骨と強力な飛行能力を持ち、新鳥類の直前のグループに近づく。しかし、これらは、「ずばりご祖先」というわけではなく、近縁種である可能性が高いというだけだ。厳密な共通祖先は化石として未発見の「仮想的な種」にとどまっている。
 この祖先は、始祖鳥の特徴を進化させた姿を持つ。たとえば、2025年のニュースで明らかになった始祖鳥のターシャル羽毛は揚力を生み、頭蓋骨の非可動性は現代の鳥への移行段階を示しているが、「始祖」に近い孔子鳥やイクチオルニスも同様の特徴をさらに洗練させ、現代の鳥に直結する系統を生み出していた。
 つまり、問題はこの祖先が「理念型」(概念モデル)としてしか存在しない点なのだ。始祖鳥は、化石として可視化でき、UV光やCTスキャンで羽毛や骨格が鮮明に観察されるため、進化の物語の「スター」だった。対して、真の祖先は化石の欠如と進化のネットワーク的複雑さから、抽象的な推測に頼る。理念型は、孔子鳥やイクチオルニスのパズルのピースを組み合わせて想像する影絵のような存在だ。
 かつての始祖鳥のナラティブは、19世紀の単純な「恐竜→鳥」の物語を支えた。博物館の展示や映画で、始祖鳥は「鳥の起源」を体現する英雄だった。しかし、現代のナラティブは異なる。進化は直線的でなく、始祖鳥、ミクロラプトル、アンキオルニスなど多くの側枝を含む試行錯誤の過程であり。始祖は、このネットワークの「結節点」として理念的に定義されるだけだ。理念型は科学的には正確だが、始祖鳥のような可視的・物語的魅力に欠ける。2025年の研究は、始祖鳥が理念型の特徴(飛行羽、骨格)を映す代理モデルとして重要であることを示すだけで、始祖はもう見えないだろう。

 

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