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2025.05.21

夜中に目が覚めたとき

 夜中に目が覚めたとき、私はスマートフォンとかで時刻を確認しないようにしている。代わりに、季節ごとの日の出の時間をなんとなく覚えておいて、部屋に漏れる薄明かりで朝が来たかなと考える。そして日が昇ったなという時間には起きることにしている。私はもう若いときのように、寝られるならずっと眠っていたいということはない。そうしてみて、睡眠というのはなんだろうと思う。少し調べてみると、というか私はこの間、冗談みたいだが中世の研究者にもなったので、どうも彼ら中世人の生活時間は違うなあ、睡眠もなあと思っていたのだった。
 どうやら西欧中世の人々は夜中の目覚めをごく自然なものとして受け入れ、むしろそれを特別な時間として活用していたようだ。歴史学者のロジャー・エカーチの研究によれば(『At Day's Close: Night in Times Past』)、中世ヨーロッパの人々は「第一睡眠」と「第二睡眠」という二相性の睡眠パターンを持っていたそうだ。日没から数時間後に始まる「第一睡眠」を終えると、人々は1、2時間ほど目覚めて過ごし、その後再び「第二睡眠」に入るのが一般的だったというのだ。
 この睡眠習慣は、当時の環境と密接に結びついていた。ろうそくや油明かりしかない時代、夜は深い闇に包まれ、屋内外の活動は自ずと制限されたから、就寝時間は必然的に長くなり、途中で目覚めることは異常なことではなかったのだろう。農民たちは日没とともに床に就き、夜明けとともに作業を始める生活を送っていただろうし、その長い夜の時間の中で、目覚めの時間を持つことは自然な営みだった。あるいは、まだ暗い未明からの活動だったかもしれない。
 このような二相とも言える夜の過ごし方は、日本でも見られたようだ。江戸時代以前の農村部では、季節の変化に応じて労働時間を調整し、特に冬の長い夜には、家族が夜中に目覚めて囲炉裏の周りで語らう習慣があったのだろう。都市部でも、夜の時間の使い方は柔軟だっただろう。「夜なべ」という言葉に象徴されるように、夜間に作業や家事をこなすこともあり、必ずしも夜を一気に眠り通すものとは考えられていなかったはずだ。ヨーロッパの都市でも、職人たちは作業の合間に短い睡眠を取り、夜間の時間を効率的に使っていた。
 東西を問わず、前近代の人々は夜中の目覚めを「異常」とは考えていなかったのではないか。灯りのための油が安価になり、そして人工的な照明が発達し、そして工場での規則的な労働が始まる産業革命以降に、現代のような日没後の夜の生活時間が生じて、それから連続した睡眠が「正常」とされるようになったのではないか。
 とすると、「夜中に目が覚める」ことへの不安や焦りは、実は人類にとって比較的新しい感覚なのかもしれない。私たちの祖先は、もっと自然な形で夜の時間と付き合っていたのだ。
 夜中に目覚めた時間は、西欧中世の人々にとって特別な意味を持つ時間だったようだ。『カンタベリー物語』をはじめとする中世ヨーロッパの文学作品には、夜半に目覚めて思索にふける人々の姿が自然な形で描かれている。これは単なる文学的表現ではなく、当時の人々の実際の生活を反映したものだっただろう。注目すべきは、この時間の使い方だが、16世紀フランスの医師ローラン・ジュベールは、「第一睡眠」と「第二睡眠」の間の覚醒時間を「心と身体が最も落ち着いた状態になる瞬間」と評価し、静かな会話や祈り、時には夫婦の親密な時間として活用することを推奨していた。上流階級の人々は、この静謐な時間を読書や詩作に充て、創造的な活動の機会としていたのかもしれない。
 修道院では、この夜中の時間は特に重要視された。修道士たちは「夜間の勤行」として定期的に目覚め、聖歌を歌い、祈りを捧げた。彼らにとって、世俗の騒音から解放された深夜は、神との対話に最もふさわしい時間だった。夜中の目覚めは、単なる睡眠の中断ではなく、むしろ日常とは異なる特別な時間として認識されていたのだ。それは瞑想や祈り、創造的活動、そして人々の絆を深める機会として、積極的な意味を持っていた。現代のように「早く寝なければ」という焦りに苛まれることなく、夜の静けさの中で、人々は心を解放し、深い思索や温かな交流の時を過ごしていた。夜の闇が深まり、日常の喧騒が遠ざかるその時間は、私たちの先人たちにとって、心を豊かにする贅沢な「余白」の時間だったと言えるだろう。
 歴史が教えてくれる「二相睡眠」の知恵は、現代の私たちの睡眠観を見直すヒントになるかもしれない。産業革命以降、人工照明の発達と労働環境の変化によって、人々の睡眠パターンは大きく変化した。現代の睡眠研究では、1953年にアセリンスキーとクライトマンによって発見されたレム睡眠の重要性が指摘され、連続した睡眠時間の確保が推奨されてきた。その結果、夜中の目覚めは「睡眠障害」として問題視されるようになった。しかし、興味深い研究結果もある。1990年代初頭、精神科医のトーマス・ウェアは、被験者を毎日14時間の暗闇の中で過ごさせる実験を1か月間行ったところ、被験者たちは約4週間後に睡眠パターンが変化し、4時間の睡眠の後に1~2時間の覚醒時間を挟み、再び4時間の睡眠をとる「二相性睡眠(二度寝)」の傾向を示しました。これは、人間の体内時計が本来、二相睡眠に適応的だった可能性を示唆している。
 現代社会において、二相睡眠を活かせるのだろうか。まず、夜中の目覚めを「異常」と捉えない心の余裕を持つことが前提になる。無理に寝直そうとするのではなく、その時間を穏やかに受け入れる。具体的には、スマートフォンやテレビなどの刺激的な光を避け、温かい色味の間接照明で静かに過ごす。呼吸を整えたり、気持ちを落ち着かせる瞑想を試みたりするのもよいかもしれない。寝室に置く読み物も、刺激の少ない本を選ぶことで、自然な眠気を誘うことができる。
 もちろん、現代社会ですべての人が中世のような二相睡眠を実践することは難しい。しかし、その本質的な知恵―夜の時間を柔軟に受け入れ、心を静める機会として活用する姿勢―は、今を生きる私たちにも十分に応用可能なはずだ。24時間稼働の現代社会で失われつつある「夜の静けさ」。その価値を再発見し、心身の健康に活かしていくことは、睡眠に悩む現代人への一つの処方箋となるかもしれない。

 

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