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2025.05.18

肥満治療薬の最前線、ウェゴビーとマウンジャロ

 少し前の話題になるが、2025年1月13日のBBC報道で、肥満治療薬「ウェゴビー(Wegovy)」を使った62歳の男性が、英国のNHS(国民保健サービス)で治療を受け、5か月で14kgの減量に成功した事例が紹介された。孫を抱きながら「自分は幸運だ」と語る彼の話は、肥満治療薬の可能性を示す一方、供給不足や医療格差という課題を浮き彫りにしていた。2025年5月時点で見直すと、ウェゴビーや新星「マウンジャロ(Mounjaro)」を巡る議論はさらに加速しているようだ。それに日本でも肥満治療薬の展開が進んでいるらしい。

ウェゴビーとマウンジャロ

 ウェゴビー(セマグルチド)は、GLP-1受容体作動薬として肥満治療に革命をもたらした。GLP-1受容体作動薬というは、腸ホルモンであるGLP-1の働きを模倣し、2型糖尿病や肥満治療に使う薬であり、インスリン分泌を促し、血糖を下げ、食欲を抑えるとされている。マウンジャロ(チルゼパチド)のほうは、GIPとGLP-1の両受容体を刺激する新世代の薬である。2025年5月12日、両者の初の直接比較試験(New England Journal of Medicine)が発表され、72週間でマウンジャロは平均20%の体重減少させた。ウェゴビーは14%と比較すると、マウンジャロの優位性が明確になったといえる。血圧、血糖、コレステロールもマウンジャロ群でより改善するが、副作用(吐き気や胃腸障害)は同等だった。
 さらに、5月12日のランセットのeClinicalMedicine誌によると、両薬が肥満関連がん(乳がん、大腸がんなど)のリスクを41%低減する可能性も報告された。体重減少だけでなく、がん予防や心疾患リスク低減といった付加価値が、治療薬の意義を広げているようだ。ただし、5月15日の欧州肥満学会では、薬を中止すると1年以内に体重が元に戻る「リバウンドリスク」が指摘されており、薬物療法には生活習慣の改善が不可欠だと強調された。まあ、そんなにうまい話はない。

NHSを通してアクセスの拡大

 英国では、NHS(英国健康保険サービス)を通じてウェゴビーやマウンジャロが提供されることになるが、対象者は厳格に選定されるという。南東ロンドンだけで適格者が13万人以上いるが、予算と供給不足で治療を受けられるのはごくわずか(推定3000人程度)らしい。なにしろウェゴビーの年間費用はNHS割引後で約3000ポンド(約50万円)とされる。それでも民間クリニックでは月129-300ポンド(約2.2-5万円)と高額である。NHSとしても普及させたいのかもしれないが、全員に提供すればNHSの予算は破綻するとも言われており、治療は通常2年間に制限されている。
 そんななか、2025年5月2日、NHSは新たな一手を発表した。薬局での処方スキームを試験的に導入し、処方価格(約9.90ポンド)でウェゴビーやマウンジャロを提供する計画である。これにより、民間での高額負担が多少軽減され、低所得層のアクセス向上が期待される。現在、英国のGLP-1薬利用者の過半数(50万人以上)は私費で購入しており、SNSでは当然だが、困ったことに「痩せる注射」として話題になってしまった。セレブの利用も悪しき宣伝効果となり、裕福な層が恩恵を受ける構図が続いている。

世界と日本での動向

 英国以外ではどうか。世界保健機関(WHO)は5月2日、GLP-1薬の肥満治療への使用を初めて支持。2025年8-9月に推奨ガイドラインを最終化する予定だが、低・中所得国での高コスト(年1500-2万ドル)が課題と指摘している。安価な新薬の登場が、アクセスの公平性を左右するだろうが、難しい。
 日本では、肥満率(成人約25-30%)が英国(約28%)より低いし、そもそも基準が異なっているが、糖尿病や高血圧の増加に伴い、肥満治療薬への関心は高まっている。ウェゴビーは日本でも2022年に肥満治療で承認済みだが、保険適用はBMI≥35かつ併存疾患などの基準に限られる。最近の話題では、5月13日、イーライリリーがマウンジャロを2型糖尿病治療薬として日本で販売中だが、肥満治療への適応拡大が検討されている。自費治療の費用は月数万円と高額で、英国同様、経済的格差がアクセスを制限する課題がある。
 今後の見込みとして、マウンジャロの肥満適応承認や経口薬での導入があれば、肥満治療の選択肢を広げる可能性がある。日本の「健康経営」や「特定保健指導」といった予防プログラムと組み合わせれば、薬物療法の効果を最大化できるだろう。英国の薬局スキームのような取り組みは、日本でも地域薬局やオンライン診療での処方拡大の参考になるかもしれない。保険適用の基準緩和やジェネリック薬の開発も、アクセスの公平性を高める鍵だが、かなり先のことにはなるだろう。



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