カンピ・フレグレイとイルピニア地震
1980年のイルピニア地震のことを、映像で見ただけなのだが、私は、けっこう鮮明に覚えている。そのせいもあって、イタリア・ナポリ近郊のカンピ・フレグレイ超巨大火山の最近の地震活動に注目している。噴火がおきるとかなりの規模の災害になるだろう。天災による大災害はリスク管理だけではなく、発生後の対処の観点でも備えるべきだと、福島第一原発事故の教訓から考えるようになった。
イルピニア地震
さて、1980年11月23日のこと。イタリアのカンパニア州イルピニアでマグニチュード6.9の地震が発生した。ナポリから約50km東のアペニン山脈の断層帯で起きたこの地震は、約2,900人の死者、10,000人の負傷者、30万人の避難民を出し、壊滅的な被害をもたらした。ユーラシアプレートとアフリカプレートの衝突による地殻の圧縮が引き金となり、活断層がずれてエネルギーを解放し、強烈な揺れが生まれたのだった。私が20代半ばだったこの記憶は、今も鮮明だ。崩壊した村や泣き叫ぶ人々の姿は、地震の予測困難さと破壊力を痛感させた。
地震学の視点から見れば、イルピニア地震はプレート境界型の構造地震である。単発的に見えるが、実際には余震や誘発地震が続き、断層運動の連鎖が生じる。イタリアはプレート境界に位置し、地殻の歪みが時折大きな破壊をもたらす。1980年当時、地震計やGPS観測は限られ、正確な予知は難しかった。
カンピ・フレグレイ
現在注目の、ナポリ西方に広がるカンピ・フレグレイは、超巨大火山(スーパーボルケーノ)として知られる。約4万年前に大噴火(火山爆発指数VEI 7)があり、そのおりは50立方キロメートル以上の火山灰と溶岩を放出し、全球の気候に影響を与えた。火山灰は東欧まで到達し、数年間の気温低下を引き起こしたとされる。
気になるのは、2025年5月13日にマグニチュード4.4の地震が観測されたことだ。過去6か月で3,000回以上の群発地震が記録された。2024年には6,740回の地震と20cmの地盤隆起が観測されている(INGVデータ)。こうした活動は、地下のマグマや熱水の動きに起因し、火山が「目覚めつつある」との不安を呼び起す。
火山活動の科学的背景
カンピ・フレグレイでは、カルデラ下約10kmにマグマ溜まりが存在する。マグマが上昇したり、熱水やガスが地殻を押し広げると、群発地震や地盤隆起(ブラディセイズム)が生じる。2024年の隆起速度(月2cm)は、1982~1984年の1.8m隆起が想定される。また、火山性ガスの増加は、マグマや熱水の動きを知らせる兆候である。イタリア国立地球物理学火山学研究所(INGV)は、地震波、GPS、ガス組成の変化をリアルタイムで監視している。
カルデラ周辺は、ユーラシアプレートとアフリカプレートの境界帯という地殻の歪み環境に置かれている。火山活動の背後には、こうした構造運動の影響もある。火山性地震が多いとはいえ、プレート境界での歪みと無縁ではない。小規模な噴火(VEI 3~4)は局地的な被害を生むが、超巨大噴火(VEI 6~7)では、火山灰雲が欧州を覆い、気候変動を引き起こす可能性がある。
1982~1984年のブラディセイズムでは、2年間の活動が沈静化した。2025年の活動も一時的な可能性があるが、2005年以降に観測された地殻弱化やマグマ移動のデータは、火山が静かに力を蓄えているかのように思わせる。こうした火山の予知は困難で、噴火の時期や規模を正確に言い当てることは今もできない。それでも、昨年の6,740回もの地震の数字は、ゆらぎの大きさを物語る。
カンピ・フレグレイとイルピニア
こうしてみると、イルピニア地震とカンピ・フレグレイの活動は、地域的には隣り合いながらも、異なる顔を見せる。イルピニアは、プレート運動による断層のずれがもたらした単発的な破壊だが、対して、カンピ・フレグレイの群発地震は、マグマと熱水が地下を押し広げ、長い時間をかけて息づく火山の兆しでもある。とはいえ、どちらもこの地殻運動帯に生きる現実を映している。断層の一撃が村を崩し、マグマの膨張が大地を持ち上げる。
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