米国の子どもたちの学力低下
2024年の米国学力テスト(National Assessment of Educational Progress: 全米教育進捗評価)の結果によると、米国の子どもたちの読解力は引き続き低下し、数学の成績もほとんど改善が見られないという。特に8年生(日本の中学2年に相当)の3分の1が「基礎レベル未満」となり、過去最悪の結果を記録した。低学力層の生徒はさらに遅れをとり、学力格差が拡大している。この問題は、米国社会において単なる教育の課題ではなく、社会全体に深刻な影響を及ぼしつつある。読解力と数学力の低下が固定化されれば、長期的には貧困の拡大や雇用の不安定化を招き、社会全体の発展を阻害する。
全体学力は低迷つつ格差は広がる
際立っているのは、読解力の低下が示す深刻な実態である。2024年の全国学力テストでは、4年生と8年生の読解力がともに2ポイント低下した。2019年と比較すると、8年生のスコアは8ポイント、4年生は5ポイントの減少を記録している。特に問題視されているのは、低学力層のさらなる後退である。例えば、8年生の低学力層の生徒の多くは、短い物語を読んでも登場人物の動機を推測することができず、「industrious(勤勉な)」という単語の意味さえ理解できない。基礎的な読解力の欠如が見られる。加えて、2022年の調査では、若年層の「読書離れ」が顕著になっていることが明らかになった。趣味として読書をする生徒の割合が減少することで、語彙力や文章理解力が低下する。デジタルコンテンツの普及により、長文を読む機会が減少していることも一因と考えられる。
数学成績の停滞と低迷も著しい。4年生の算数の成績はわずかに改善したものの、依然として2019年の水準を下回っている。8年生の成績は停滞しており、特に低学力層の生徒のスコアが大きく低下した。2024年のデータでは、上位10%の生徒はスコアが3ポイント改善したが、下位10%の生徒は6ポイント低下している。数学教育の全体が低迷するなかで、格差はそれなりに拡大している。
数学能力の低下は職業選択にも影響を及ぼす。近年、STEM(科学・技術・工学・数学)分野のスキルが求められる職業が増加しているが、数学的思考力が不十分なまま成長した場合、高度なデータ分析やプログラミングを必要とする職種への道が閉ざされる。
数学のみならず、学力格差は拡大し、学力の「二極化」が進んでいる。高学力層の生徒は多少回復傾向にあるが、低学力層の生徒はさらに遅れをとり続けている。学力格差は、社会経済的背景とも密接に関連している。低所得層の生徒ほど、学習支援を受ける機会が限られており、学力の向上が難しい。裕福な家庭では家庭教師やオンライン学習プログラムを利用できるが、低所得家庭ではそのような教育投資が難しいのが現状である。都市部と郊外・地方の教育環境の格差も無視できない。大都市の一部(例:ニューヨーク、ロサンゼルス)では、連邦政府の支援を受けた学習支援プログラムが功を奏し、成績が回復傾向にある。しかし、地方や郊外の学校では支援が行き届かず、学力低下が加速している。
学力回復は可能か
成功例もないわけではない。ルイジアナ州では、州政府主導の読解力向上プログラムが成功を収めた。特に低学力層の生徒にも成果が見られ、2019年の水準を上回る成績を記録した。政府は教育改革の一環として、低学年からの読解力強化に取り組み、教師の研修を強化した。また、調査結果を分析すると、学習支援が成功した学区ではいくつか施策が実施されていた。集中的な個別指導プログラムの導入(例:1対1の指導時間の確保)、読解力を高めるためのカリキュラム改革(例:語彙力を重視する教材の採用)、補習授業や放課後プログラムの充実などである。
理想論で言えば、連邦政府と地方自治体が協力し、全国的な学習回復プログラムを拡大することが求められるのだろう。共和党は「学校の伝統的価値観」を重視し、規律強化を主張し、民主党は「教育支援の拡充」を求め、低所得層向けのプログラムを提案している。しかし、教育の問題は一見イデオロギー問題に帰せやすいが、幻影だろう。基礎的な学力の向上に奇手はないうえ、米国という連邦国家はそれ自体にこうした教育の統制は取りにくい。成功例はおそらく幻影であり、あったとしても規模は小さい。全体として見れば、米国の教育水準の低下という事態はさらに深刻化するだろう。
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